第238話 魔物大戦争
鳴き声と衝突音が聞こえる方向に進んで行くと、進む度にどんどん音が大きくなっていく。それだけじゃなく、音の激しさもどんどん増していくのが分かった。
俺達はとにかく悟られないよう、ゆっくりと……。足音すら鳴らさないように注意しながら近付いていった。
『あの角を曲がったところから聞こえる』
そう言わんばかりに先頭を歩く重装兵が後方にいる俺達へハンドサインを送って来た。ゆっくりと角に近付き、顔を半分だけ出して覗き込むと――目に飛び込んできたのは「魔物大戦争」って感じの光景である。
「グワァァッ!!」
「グエエエッ!」
通路を曲がった先にはかなり広い場所があったのだが、そこにいたのは三体のビーストマンと一匹の巨大亀。
茶の毛並みを持つビーストマン達は床を疾走し、壁を蹴って飛び、体長二メートル半はあろう巨大亀に飛び掛かる。巨大亀の太い首元や手足に噛みつくも、巨大亀の皮膚が分厚いのか血の一滴すら流れない。
対する巨大亀は……。いや、あれは巨大亀と言って良いのだろうか?
俺達が第四ダンジョンで目撃して来た亀の魔物の最上位といったところで、背負う甲羅だけでも二メートルくらいある。首と尻尾も長く、架空の生き物であるドラゴンを連想させるような長さだ。
巨大な翼と長い首を持ち空を飛ぶドラゴンではなく、地を這うアースドラゴンと表現した方が近いかもしれないが。
そして、何より特徴的なのは甲羅に咲く大きな花。同じ階で花を咲かせた亀と出会ったが、背負っている花の規模が違いすぎる。
花も甲羅と同じくらい大きく、花びらは四重になって咲いていた。濃い紫色の花は毒々しくもあるが、その大きさに圧倒されてしまう。
巨大な亀とビーストマン達の戦闘に驚く俺達であったが、もっと驚くような出来事が目に映る。
「グワッ!」
後ろから飛び掛かったビーストマンを長い尻尾で張り飛ばし、その勢いは叩きつけた壁にヒビを入れるほどだった。
同時に側面から前足に噛みついたビーストマンには反応を示さない。まるで効いていない、痛みすら感じないと言わんばかりの無反応。
そして、真正面から飛び込んで来たビーストマンに対しては――
「―――ッ!」
ブワァァッと炎のブレスが放たれる。その規模は俺達が通路上で遭遇した亀が放つブレスとは桁違い。灼熱どころか地獄の炎が口から吐き出され、真正面から飛び込んで来たビーストマンはあっという間に炎に飲まれてしまった。
吐き出した炎が途切れると、炎を浴びたビーストマンがいた位置に残っていたのは「黒い塊」だった。黒焦げになったビーストマンの全身は炎で変形してしまったのか原型を留めていない。
それを見て、俺は「嘘だろ」と叫びそうになるが必死に抑えた。
以前、通路で見つけた亀の死体。あれはビーストマンが食らったモノで間違いないだろう。同時に隣に放置されていた黒焦げの死体は一体何なんだと疑問を口にしていたが……。
あれはビーストマンだったんだ。
小さな亀を襲って腹を満たしたところを、目の前にいる巨大亀のブレスを食らって殺されたのだろうか? いや、でも通路の幅的には巨大亀が歩いていたとは思えない。
となると……。俺の胸の内がザワザワし始めた。
もしかして、巨大亀には満たないが通常個体よりも大きな個体がいるのでは? 所謂、中間に位置するまで成長した個体がいるのではという疑問が浮かび上がる。
「…………」
疑問を頭の中で描いていると、一緒に覗き込んでいたロッソさんが俺の肩を突いた。気付いて亀とビーストマンの戦闘に改めて注目すると、遂に決着がつく瞬間だった。
「グエエエエッ!」
「ギャンッ!」
長い尻尾を振るった巨大亀はビーストマンを地面に叩き落とし、巨大な足でビーストマンを踏みつけた。
バヂンと水が弾けるような音が鳴って、巨大亀の足元には赤い水溜まりが出来上がる。ゆっくり足をどかした巨大亀の傍には潰れた肉と血が広がっていた。
「グエエエ」
鳴き声を上げた巨大亀は自身の後方に首を伸ばす。すると、後方にあった暗闇からは大中小様々なサイズの亀がのしのしと歩いて来るではないか。
現れた亀の中には蕾を背負った子亀もいるし、蕾を背負う親亀もいた。他にはこの階層で初めて目撃した開花した花を背負う亀も。
しかし、俺の予想は正しかった。開花した花を背負う亀よりも大きい個体がいたのだ。巨大亀との丁度中間と思われる大きさの個体が。
あれだ。
あれがビーストマンを焼き殺したのだと確信した。
同時に親亀だと思っていた個体は『親』じゃないのだとも。あれらの個体はまだ成長過程で完全に「親」と呼ぶには、巨大亀くらいまで成長しないといけないのだろう。
つまり、ビーストマン三体を物ともせず殺害する巨大亀こそが本物の「親」なのだ。俺達が相手にしていた個体はただの「成長途中」であるだけ。未熟な若い個体だったのだろう。
そう認識した瞬間、俺の中にあった魔物の序列が変動した。
中央ルートの支配者はビーストマンじゃない。本物の支配者は亀だ。この巨大亀が真の支配者だ。
そう思いながら顔を引っ込めた。観察していたであろう皆の顔色を窺うと、誰もが「嘘だろ」みたいな表情になっていた。
「ど、どうする?」
中でも一番焦っていたのはロッソさんだ。顔を青くしながら「あんなのと戦いたくねえ」と言いたくてしょうがない雰囲気が漏れ出る。
「いや、無理でしょう……。あれより二回り以上小さい個体のブレスすらギリギリだったんですよ?」
「無理だ。殺される」
最初に言ったのは重装兵の一人だった。
あんな凶悪なブレスを人が防げるわけがないと絶望した表情で語る。
次に言ったのはターニャだ。
彼女も「人が相手するには無理がある」と首を振った。
「ブレスを防ぐ手立てが無い以上、あれを倒すにはアッシュの灰燼剣と同等の武器が必要だ。それも不意打ちによる一撃で仕留められるほどの武器がな」
ターニャが言ったように離れた位置で気付かれたら確実にブレスを吐いて来るだろう。
ビーストマンを一瞬で焼き付くすような攻撃を人間が耐えられるはずがない。盾ごと溶かされて終わりだ。
じゃあ、接近戦はどうなのか。こちらも不可としか言いようがない。だって、ビーストマンの攻撃が全然効いていなかった。厚い皮膚を傷付けることさえできないなんて……。
あの巨大亀を倒さなきゃいけないなら、不意打ちによる一撃必殺以外選択肢はない。
では、灰燼剣ならば討伐は可能なのではないか。
答えとしては、身体強化を全力で使って灰燼剣を振るえば倒せるには倒せるだろう。
しかし、そうなると巨大亀は灰に変わってしまう。
灰燼剣を存分に振るって良いとされるキメラとは違い、王都研究所が魔物の生態や謎を解く為に巨大亀の死体を欲するだろう。特に肉が腐らない特殊な魔物であれば研究材料として喉から手が出るほど欲しいはず。
加えて、あれほどの巨体であれば魔石も大きいのではないだろうか。巨大な色付き魔石となると、今後の魔導具開発においてかなり重要な役割を果たすのではと容易に想像できる。
要は「出来る限り素材が欲しい」というわけだ。灰燼剣を振るう選択肢は最後の最後、最悪の事態になった時の切り札となるわけだ。
「スルーして奥に行けたりとか」
スッと角の向こうを覗くロッソさんだったが、すぐに顔を戻して首を振った。
「ダメだ。あそこ、亀の住処だ。めっちゃ寝てる」
言われて俺も覗き込むが、巨大亀は首を床に下ろして目を瞑っている様子が映った。周囲には他の亀達が集まっていて、ロッソさんが言ったように住処のようになっていた。
しかし、ここで俺は左側の壁付近にいる個体が気になった。あの亀だけ巨大亀の傍から離れていて、部屋の隅に首を伸ばしながら何かを飲んでいるようだった。
「双眼鏡ってあるか?」
「あるよ」
ミレイから双眼鏡を借りて覗き込むと、一匹離れた亀が飲んでいたのは紫色の液体である。どうやら液体は壁の中にあるパイプから漏れているようだ。
ガブガブと液体を飲んでは口の周りを紫色に汚している。だが、飲み終えた直後に亀の背中にあった開花済みの花がポワッと淡く光り始めた。
光った瞬間、亀は首や手足を甲羅の中に引っ込める。甲羅と花だけの状態になると、花が光りながら徐々に成長し始めたのだ。
二枚重なっていた花びらが三枚になり、同時に亀の甲羅がぐぐぐと急成長。最終的には一メートルだった甲羅が一メートル半まで成長して、にょきりと飛び出した首まで長くなっていた。
「あの液体は成長薬か何かなのか……?」
飲んだ瞬間に成長したが、ただ単にタイミングが重なっただけだろうか? それとも紫色の液体を摂取すると魔物は急成長するのか?
どちらが正解かは不明であるが、仮に後者だった場合は……。
「放置しておくのは危険すぎないか? あの巨大亀が何匹も誕生するだけじゃなく、もっと巨大になるんじゃ?」
懸念を口にしたのはロッソさんだった。
巨大亀が続々と誕生するのも危険だが、巨大亀が果てもなく大きく成長し続けたら手がつけられなくなるんじゃないだろうか?
「階層の天井を突き破るくらい大きくなったらどうする?」
それこそ正真正銘アースドラゴンが誕生してしまうんじゃないだろうか。
「そうなる前に手は打ちたいですね」
だが、どうすりゃいいんだって問題があるのだが。
「ここに居ても仕方ない。一旦戻って――」
オラーノ侯爵とベイルーナ卿に報告しよう。ロッソさんがそう言いかけた時、再び亀達の住処からビーストマンの鳴き声が聞こえた。
俺達は揃って反応を示し、ゆっくりと住処の方を窺う。
すると、再び亀の住処にはビーストマンの姿が。どこから現れたのかと疑問に思っていると、右側の壁付近にある闇の中からもう一体のビーストマンが飛び出して来た。
姿勢を低くしながら飛び出して来たところを見るに、壁には穴が開いているようだ。ビーストマンはその穴を通ってやって来たのだろう。
二体ほど現れたビーストマンは亀達を威嚇するように吼える。まるで「どけ、ここから失せろ」と言っているようだ。
しかしながら、亀達は住処から離れたくないようで。眠りから覚めた巨大亀が鳴き声を上げながら威嚇を始めると、再び巨大亀とビーストマンの戦闘が始まる。
結果は先ほどと一緒だ。一方的にビーストマンが返り討ちにされて終わり。
だが、どうしてビーストマンは亀の住処へやって来たのだろう? 何度も仲間が殺されていたら、巨大亀は避けて狩りを行いそうなものだが。
「もしかして、ビーストマンも紫色の液体を求めているのか?」
そう推測したのはターニャだ。彼女は俺が見た亀の成長を例に出して語り出す。
「仮にあの液体が魔物を急成長させるものだったとして、ビーストマンも成長するために液体を求めているのではないか?」
住処に漏れ出る液体を独占するのは亀達だ。ビーストマンが液体を得ようとしても亀達が邪魔になる。
「住処で戦っているのは茶色の毛を持つビーストマンだ。あの黒い毛を持つビーストマンじゃない。黒い毛は成長した証だったとしたら? 液体を摂取したいから、仲間が殺されようと繰り返し挑んでいるのではないか?」
ターニャはこれまで対峙したビーストマンを見るに「馬鹿じゃない」と評価した。
素早く動き、獲物を狩る動きには知性がある。絶対に死ぬと分かっていながら挑んでくるような魔物じゃない、と。
だが、それでも巨大亀に挑むのはビーストマン達の中で「黒い毛の個体になる」ということに大きな意味があるんじゃないかと推測した。
「獣は強い個体が群れのリーダーになると聞く。ビーストマンも同じような習性があるんじゃないか?」
「なるほど」
しかし、どうしてこの場に執着するのだろう? 紫色の液体は他の場所にもあったはずだ。
「ここより手前にも亀がいたから……。もしかしたら八階の半分は亀のテリトリーになっているのかも」
そう予想したのはミレイだ。
じゃあ、扉の先にあったワイナリーのような場所はどうだろう。あそこはそもそも魔物が近寄った形跡も無かったが……。
「あの場所は水色の液体を嫌って近づかないんじゃない?」
毒がある事を知り、亀もビーストマンも近付かないエリアになっているのかもしれない。
となると、ビーストマンは亀の住処を奪うしかないってことか。果敢に挑む理由が何となく納得できた。
「とにかく、今のうちに戻ろうぜ。気付かれたら最悪だ」
ビーストマンと戦っているうちに離脱しよう。そう告げたロッソさんに頷き、俺達は来た道を急いで戻って行った。
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