第237話 謎の木と鳴き声


 中央地下八階を調査していた俺達は、一度地下二階に戻って昼飯タイム。


 騎士団に所属する凄腕料理人達の食事を楽しんだあと、夕方から再び地下八階へ向かうことになった。


「今回も二時間から三時間程度の調査で戻ろう」


「分かりました」


 本日二度目のアタックとなるが、午前中と同じく昇降機に向かうと帰還した騎士隊と出くわした。


 どうやら今回は地下三階を調査していた隊のようだ。いつものように「どうだった?」と問うと、彼等は少し悩んだ後に首を振る。


「あまり収獲はなかったかな。全体的に寂しい階層で魔物もネズミしかいない。物も残されていなかったし……」


「雰囲気的には騎士団の宿舎に似ていますかね? 二段ベッドが置かれていたりしていました」


 地下三階は古代人が生活する階層だったのか、生活には欠かせないベッドや私室に似た内装の部屋がいくつか見つかったようだ。他にも広い場所がいくつかあったようだが、そこは共用休憩室と推測された。


 しかし、彼等が探し求めていたのは別にある。


「やっぱり階段は三階までだった。二階に続くルートが見つからない」


 中央ルートとして発見された階段は地下三階までしか上がれない。二階に続く階段は地下三階のどこかにあると推測されていたが、どうにも見つからなかったようだ。


 昇降機で地下六階まで向かい、地下三階まで階段で上がる……となると、普通に考えたら不便すぎないだろうか? それとも古代の様式としては普通だったのか、他にも理由があるのか。


 とにかく、彼等はまた明日も地下三階に向かって階段の発見に努めるようだ。


 昇降機前で彼等と別れ、俺達も地下八階へと向かう。


 今回の調査ではロッソ隊に重装兵が五人、女神の剣、ジェイナス隊と十人を越えての人数で挑む。人数が数名追加された件もだが、例のブレスについて報告すると大盾の予備がかなり追加された。


 同時に地下二階にある簡易研究所では更なる防御力の増加に向けて新しい盾の開発も開始されるようだが、学者達はどこをどうすれば良いのか見当がついていない様子だった。


「さて、昼飯前に進んだ場所まで向かおう」


 俺達は亀の死体が残されていた場所まで再び進む。すると、放置したままにしておいた死体はまだその場に残っていた。


 ビーストマンが残りの肉を食いに来たわけでもなく、ネズミが齧りに来たわけでもない。ただその場に残されていただけ。


 肉の状態を見ると腐敗はまだ始まっていないようだ。


 既存のダンジョンであればとっくに腐り始めてドロドロになっているはず。やはり中央ルートに生息する魔物の肉はすぐに腐らない、内部から色付き魔石が見つかった件も含めると第二ダンジョン十八・十九階のリザードマンと同じとみて間違いなさそうだ。


 今回も肉を放置したまま先に進むと、辿り着いたのは広めの場所。周囲には光るキノコが群生しているが、やはり蔓や植物は生えていない。


「ここは何の場所だろうな?」


 全体的にゴチャゴチャした場所だった。


 右側の壁側には受付のような場所があって、周囲には割れたガラス片のような物が散乱している。あとは壊れた椅子らしき物の残骸だ。


 中央付近には金属の箱が散乱しつつ、小さな車輪が備わった板が半分に割れた状態で放置されていた。


 左側の壁には扉が一枚あったのだが――


「こっちにも扉があります」


 右側にも散乱した金属箱の奥に扉が一枚。どうやら左右それぞれに道があるようだ。


「どっちに向かう?」


 そうロッソさんが問うと、ターニャは左側の扉に近付く。そこで壁に耳を近づけながらじっと何かを探っているような姿を見せた。


「どうした?」


「……微かに音がしないか?」


 彼女に倣い、俺達は耳に集中して音を拾う。すると、確かに左側から「ゴウン、ゴウン」と何かが動くような重低音がほんの微かに聞こえた。


「なんだろう?」


「遺物が動く音か?」


 俺達は顔を見合わせると「例の液体に関係しているかも」と予想して、向かう先が決定。


 左側の扉を慎重に開けて通路を覗き込むと、光るキノコが微かに通路を照らしている状態だった。


「慎重に」


 まず先頭に立つのは大盾を構えた重装兵二人。彼等は肩を並べて歩き出し、通路に壁を作るようにして進んで行く。


「通路上に小部屋は無いか」


 となると、また通路で亀と出会ったら非常に危険だ。ブレスを吐かれたら回避できない。


 二列目を行く重装兵は代えの盾を取り出し、両手に大盾という異様なスタイルで後に続く。これは後ろから破損した盾の代わりを素早く渡せるようにとのことだろう。


 警戒しながら進むも、魔物とは遭遇しなかった。いや、運が良かったと喜ぶべきか。


 しかし、進むにつれて聞こえてくる重低音は大きくなっていく。どうやら先にある両開きの扉の先から聞こえて来ているようだ。


「開けます」


 先頭の騎士が両開きの扉を開けると――不思議な構造を持つ短い通路があった。


「なんだこりゃ?」 


 扉を開けた直後には大人数人が留まれるちょっとした空間があって、その先にはアーチ状になった金属製のゲートがある。ゲートの先は大人一人分の道幅を持つ細長い通路が続き、先にはもう一枚扉が見える。


 不思議な構造も気になるが、もう一つ気になることが。


「これは服か?」


 ゲートの手前側にある壁にはツルツルした素材で作られた服があった。服は経年劣化でボロボロになっているが、広げてみると首から下を全て覆う上下一体型となっていた。


「こっちは帽子?」


 その隣には透明なガラス板? みたいなモノが備わった帽子がある。こちらは頭を丸ごとすっぽり覆い隠すような作りになっている。


 ガラス板が丁度前面にくるようになっているらしく、頭を丸ごと覆っても視界百八十度は確保できるようになっているようだ。まぁ、用途は不明なのだが。


 残されていた服も気になるが、やはり一番気になるのはゲートだろう。


 一人ずつ、もしくは一列になって進むのを強制するような作りには、一体何の意味があるのだろうか?


「自分が先に行きます」


 謎の構造に警戒していると、一人の重装兵が勇気を出して一歩前へ。そのままゲートを潜って先へと進むが――


「……異常なし」


 ゲートを潜っても特に何も起きない。罠の類ではないようだ。


 そのまま俺達は一列になって進み、通路の先にあった扉を開けて中へと向かった。 

 中へ進入すると、俺達は言葉を失ってしまう。


 高い天井と円柱型に作られた部屋の中心にあったのは『紫色の水晶を実らせる木』である。


 いや、これは木と呼んで良いのだろうか。


 形は木そのものなのだが、根や幹、枝の全てが半透明なガラス状になっている。ガラス状になった木の内部には紫色の血管がいくつも走っていて、幻想的と表現するよりは毒々しいと言った方が正しいかもしれない。


 そして、ガラス状の木には紫色の水晶が実っている。水晶と枝は半透明な細長い管で繋がっていて、根から伸びる紫色の血管が実った水晶まで伸びていた。


「液体の正体はこれか?」


 何より特徴的なのは、実った紫色の水晶から滴る紫色の液体。


 水晶からポタポタと滴る液体は床に垂れ、床に開けられた無数の小さな穴の中へと吸い込まれていく。


「なんか……。気色悪いな」


「水晶から液体が滴るって……」


 全体的に毒々しさを感じ、何より水晶から液体が滴るという現象が意味不明である。


 実った水晶をよく観察すると、水晶内部に送られた液体は水晶の中心にある白い芯をぐるっと一周回っているようだ。芯の付近は淡く光っているのだが、これが何を意味するかも分からない。


「やっぱり紫色の液体が原料なんじゃないですか?」


 そう告げたのはレンだった。彼は液体が滴る水晶を指差して言葉を続ける。


「どういった理由で液体が作られているのかは不明ですが、紫色の液体がここで生産されて、床にある穴はパイプへと繋がっているのではないですか?」


 そして、パイプを通って別の部屋へ運ばれる。


 午前中に調査した部屋――金属の樽が並べられた部屋に送られ、一部を保管したり水色の液体を生成する原料となるのでは、と。


「つまり、これは毒性を持つ水色の液体を作るための材料ってことか」


 あくまで推測に過ぎないが、材料となるのは紫色の液体だと思われる。


 しかし、どうして魔物の血と同じ毒性を持つ液体の色が水色なのだろうか? 元々の材料となる液体が紫色なのに。こっちの方が色だけ見ると魔物の血に似ているから余計に頭がこんがらがる。


 俺は感じた疑問を口にすると、ロッソさんが「この液体も同じ毒性が含まれているんじゃ?」と口にした。


 となると、水色の液体は何らかの加工を加えた結果、色だけが変化したのだろうか?


「とにかく、液体の出所は分かった。次に行こうぜ」


 俺達は分岐点である場所まで戻り、今度は金属の箱に埋もれていた右側の扉を調べることに。


 こっちらも通路が伸びていたのだが、途中で分岐点があった。一方は階層の奥へ向かって伸びているようだ。


 一先ず階層奥へと続く道は放置して、通路を真っ直ぐ進むことに。


 通路の先には両開きの扉が壊れた状態で開け放たれていた。しかも、無理矢理強引にぶち破ったような開け方だ。


 扉の片方が辛うじて残っているのだが、巨体な何かがこちら側から扉にタックルして、ひしゃげさせたような跡が残っている。


 同時に扉の先にある部屋の中には、光るキノコの光りに照らされてモゾモゾと動く影が見えた。


 影から察するに亀の魔物がいるようだが……。ランプを室内にスライドさせると、ランプの光りによって露わになったのは甲羅に花を咲かさせた亀達だ。


 そう、中にいたのは複数の花を咲かせた亀。数は五匹、そして何匹か蕾を担ぐ子亀の姿もあった。


 亀達は部屋の中央付近に集まっている。その理由は床をぶち破って天井へと伸びた太いトゲ付きの蔓だろう。


 どうやら下層に生えた蔓がダンジョンの天井を突き破って八階まで昇って来たようだ。亀達はその蔓に群がり、花や蕾の根本から伸びる管を蔓と結合させていた。


 結合した管には「ドクン、ドクン」と蔓から得た養分が流れていて、亀達は揃って瞼を閉じながら口をパクパクと動かしていた。


 なんだか表情を見ると気持ち良さそうな感じだが……。魔物にも感情ってものがあるのだろうか?


 しかも、気持ち良さそうにする亀達は俺達に全く気付く様子がない。照らされているランプにも全く関心が無いようだ。


「あれ見て下さい」


 レンが小声で言いつつ、奥の子亀を指差した。


 子亀も周りの個体と同じく蔓から養分を得ていたのだが、突如甲羅にある蕾がじんわりと光り出した。蕾は何度か点滅したあと、先端が少しだけ開いた。


 ただ、完全に花が開花するまでには至らない。もしかして、亀の蕾は養分を得ることで開花するのだろうか?


「……さすがにこの数を相手にするのはマズイか?」


 開花状態の亀は五匹。この五匹がまとめてブレスを吐いたら……。俺達は確実に被害を負うだろう。


 灰燼剣と身体強化で即座に仕留めても良いと提案すると、ロッソさんは悩み始めた。ここで処理しておいた方が後々楽になるが、亀から採取できる色付き魔石はなるべく回収するよう命じられている。


 灰燼剣で斬ると討伐は確実だが、素材も灰に変わってしまうのが難点だ。


「……一旦離れよう」


 気持ち良さそうに養分を楽しむ亀達を視界に入れながら、俺達はゆっくりと後ろに下がる。十分に距離を取ったあと、通路上にあった分岐点まで戻ることにした。


「魔石の回収も命じられているからな。今回は見逃そう。次回個別でいるところを狙いたい」


 次回、あの亀達が階層内を個別で徘徊していたら倒そう。そう決定したロッソさんに全員が頷いた時――分岐点の奥、階層の奥からから物凄い音が響く。


「なんだ!?」


「爆発音!?」


 爆音はかなり大きい。何かが衝突したか、もしくは爆発したか、そう思わせるような音だった。


 しかも、遅れて聞こえて来たのは。


『ガアアアアッ!!』


『グエエエエッ!!』


 異なる魔物の鳴き声だった。


 片方はビーストマンが吼えたように聞こえるが、もう片方の鳴き声は亀の鳴き声を低くしたような鳴き声だ。


 二種類の鳴き声が聞こえたあと、奥からはドカンドカンと壁や床に何かが衝突するような音が何度も聞こえて来る。


「魔物同士が戦っているのか?」


 俺達は顔を見合せ、音の鳴る通路の先を見た。


 恐らくはビーストマンが餌を求めて狩りをしているのだろう。


 だが、俺達はもう一種類の鳴き声が気になった。何度も同様の鳴き声が聞こえてくるし、ドッカンドッカンと鳴る衝突音もまだ続く。


「……もしかして、ビーストマンと互角に戦っている?」


 ミレイがそう呟いた。彼女の推測が当たっていたら、それはそれで問題だ。


 あの鳴き声はどんな魔物が発したのだろうか。ビーストマンと互角に戦い、まだ生き残っているであろう魔物の正体が気になる。


「……偵察だけしておくか?」


 ビーストマンと同様の脅威になりそうな魔物は見ておいた方が良いんじゃないか。


 皆の意見も一致して、俺達は音を立てず慎重に奥へと向かった。

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