第235話 中央地下八階の亀
中央地下七階を調査した翌日、俺達は地下八階へと向かうことに。
昨日と同じメンバー構成で昇降機を待っていると、丁度降りて来たのは地下四階を調査していた騎士隊だった。
「どうだった?」
「地下四階はキノコの楽園だったよ」
ロッソさんの同期だろうか。騎士隊の隊長は地下四階で採取したキノコを見せてくれたが、見た目は地下六階や七階に生えている光るキノコと同じ。
だが、色は薄紫で大きさは人間の腕一本分もあった。地下四階は巨大で長いキノコが床や壁に群生しているようだ。
そして、同時に生息しているのはネズミと小さなエリマキトカゲのような魔物だそうだ。
「エリマキトカゲの大きさは一メートルくらいかな。二足歩行でちょろちょろとすばしっこい。魔法は使って来なかったな」
彼等がエリマキトカゲと称した理由は、首に葉っぱのようなモノを巻いているからだった。地下七階に生息しているリザードマンは花の鱗を持っていたが、こちらは葉っぱを首に巻いているだけで体はツルツルとした緑色らしい。
七階のリザードマンもエリマキトカゲっぽいと感想を抱いたが、四階にいる魔物の方がよりエリマキトカゲに近いのかもしれない。
相違点としては他にもあって、四階のエリマキトカゲは好戦的ではなく、相対するとすぐに逃げてしまうんだとか。
むしろ、好戦的なのはネズミの方らしい。こちらは地下五階にいたキノコネズミに似ているようだが、体にキノコが生えていない。その代わり、尻尾が五本ほど生えている。
戦闘方法も群れになって襲うという、小型ネズミの典型と思えるような戦い方で挑んでくるようだ。
「そっちは八階だろ? 気を付けろよ」
「ああ」
騎士隊を見送り、俺達は地下六階へ。そこから階段を降って地下八階へと向かった。
地下八階へ降りたのは、俺達を含めて二度目となる。最初は偵察隊が八階へ降りたが、階段付近を観察したのみで終了している。偵察隊の目的は階段が何階まで続いているかの調査だった事もあるが。
階段は地下九階まで続いており、地下九階はエントランスから先が
レバーで開くのかと思いきや、レバーすら見つからなかったようだ。特殊な仕掛けがあるかどうかは不明であるが、九階は八階の調査が終われば向かうことになるだろう。
「さーて……。どこから手を付けるか」
話を戻して、地下八階。
俺達は早々に選択を迫られる。何故なら階段を降りた先には通路があって、少し先には十字路が見える。
壁と床はコンクリートのような材質で造られており、天井からは数本のケーブルが垂れていた。階層内にランプ等の光源はないが、代わりに光るキノコが群生している。
全体的に薄暗い状態であるが、光るキノコがあるだけマシだ。しかし、この中央ルートに限っては「薄暗い」状態では十分とは言えない。
「影があるとビーストマンの奇襲に気付けないな」
「二人は照明係になってくれ」
地下七階もだが、地下八階は特に気を付けなければならない。黒いビーストマンが潜んでいる階層かもしれないからな。
俺の懸念を聞き、ロッソさんは部下二人に魔導ランプを持ちながら移動するよう命じた。ランプを持った二人が左右に別れたことで、通路を照らす光量はある程度確保できた。
俺達は死角の闇を潰しながら通路を進み、最初の十字路で立ち止まる。
「いつも通りなら真っ直ぐだが、今回は既に階段があるからなぁ」
いつもは次の階層へ続く階段を見つけるのが最優先とされていたが、今回は既に階段が見つかっている状態。任務としては奥を調べるのも重要であるが、階層全体を把握するのも重要となってくる。
隊全体に「どっちへ行きたい?」と問うロッソさん。俺達は少し話し合うと「行き止まりになったら戻って来よう」と約束事を決めて、右手に続く通路を進むことになった。
右手側の通路を進んで行くと、気付いたことが一つ。
「この階は蔓が無いね」
そう、この階には天井や壁を這う蔓が無い。通路上にある扉も蔓によって封鎖されていないし、生えているのは光るキノコくらいだろうか。
まぁ、俺とレンにとっては喜ばしいことであるが。
「だな。まぁ、こうして扉の、中をっ、調査できるのはっ、良いことだっ!」
部下と共に引き戸になっていた扉を開けるロッソさん。
変形して詰まってしまった扉を強引に開けると、中には塵の積もった机が置いてあって、他は空になった棚だけが残されていた。
机の引き出しを開けてみるも何も残されていない。遺物の一つでも残されていたら良かったのだが、この部屋はハズレだったようだ。
部屋を出ようとすると、外にいたターニャが「止まれ」のジェスチャーをした。そっと顔を通路に出して窺うと、通路の奥から姿を現したのは地下七階にいた「亀」だ。
しかし、よく見ると背負った甲羅についていた蕾が
ターニャが俺達に静止を求めたのは、花粉への懸念があったからだろう。俺とレンはすぐに顔を室内に引っ込めてマスクを装着した。
「キラキラ光ってないから花粉を振り撒いているってわけじゃなさそうだ」
「だが、万が一もある。マスクは装着しておけ」
確かにターニャの言う通りだ。
しかし、あの亀はどうして花を咲かせているのだろう? 蕾状態であった亀との違いは何なのか。
俺達はのそのそと移動して来る亀をじっと観察し続けると……。ある程度の距離まで歩いて来た亀がピタリと止まった。
「ん?」
そして、あんぐりと口を開けて――
「部屋の中へ逃げろッ!」
ブワァッと炎を噴き出したのだ。
口から吐き出された炎は俺達がいた小部屋前まで伸びた。亀との距離は十メートルほど開いていたと思うのだが……。
慌てて部屋の中へ飛び込んで来た仲間達は直撃を避けることが出来たが、開け放たれたドアの向こう側には伸びて来た炎が映り込む。
「な、なんて亀だ……」
「火球じゃなくてブレスですか」
所謂、ファイヤーブレスというやつだ。伝説の生き物であるドラゴンが口から吐くものとして物語の中に登場する架空の攻撃方法。まさか実際に使う魔物がいるとは驚きだ。
「亀の外見は上の階にいたモノと変わらないよな?」
「ええ。色も大きさも変わりませんね」
「となると、花が咲いた状態だと魔法攻撃が強化されるのか?」
上層階にいた亀との違いは背中にある蕾が咲いているか否かだけ。となると、その部分が大きく関係していると考えるのが妥当だろう。
蕾の状態で魔法攻撃の形や威力に変化を見せる魔物なのかもしれない。
「まだ居座ってる?」
「……いるな」
ロッソさんの質問に対し、ターニャが通路へ顔を出して確認。
すると、まだ通路の先に亀が陣取っているようだ。
「倒さないと進めそうにないぞ」
「あの炎、盾で防げると思うか?」
質問を振られた重装兵は「うーん」と悩む。対ゴーレム用として開発された盾はファイヤーブレスを耐えるのだろうか。検証するには少々危険が伴うが……。
「試してみましょう」
勇気を出した重装兵の一人が盾を構えて通路に出た。
部屋の入り口前で盾を構えてブレスを受け止める体勢を取る。直後、再び亀の口からブレスが放たれた。
「あつっ!?」
重装兵は自身の体を盾で隠し、襲い掛かる熱波に耐え続けて……。
「耐えられた!」
盾はブレスを防いだ。急いで部屋の中へと戻った重装兵が盾の表面を見ると「ひえっ」と情けない声を上げた。何故なら盾の表面が溶けていたからだ。あと数秒ほどブレスが続いていたら盾を貫通していたかもしれない。
「単純な熱量だけを見ると第二ダンジョンにいた人型ゴーレム以上って事ですか……」
眉間に皺を寄せながら言葉を口にしたのはレンだった。
人型ゴーレムが放つ攻撃は持続性が無かったから何度も耐えられたのかもしれない。だが、今回のブレスは直撃を受け続ける点が問題だ。
これは流用はできず、専用の盾を開発せねばならないか?
「だが、今はこれで乗り切るしかないぞ」
どうするか、と悩んだ末に手を挙げたのはウィルだった。
「ブレスを誘発させて、攻撃が終わったら一気に飛び出すというのはどうでしょう?」
ウィルが提案したのは通路に出て亀を挑発し、ブレスが放たれたら部屋の中へと退避。ブレスが終わった直後に飛び出して一気に倒すという方法だ。
盾でもう一度防ぐ事も検討されたが、数秒の差で使用者が死亡してしまう可能性がある。レンによる魔法攻撃も同様に検討されたが、身体能力が低いレンに万が一があると怖い。
無駄な犠牲は出したくない。よって、ウィルの提案を採用することになった。
そこで攻撃者として選ばれたのは俺だ。俺なら身体強化で一気に突っ込める。スピードが求められるシーンでは、身体強化が一番活かせると思うし。
「よし、頼んだぞ」
作戦通り、俺は通路に身を晒して亀を睨みつけた。
亀の表情はのんびりとした感じであったが、ガパッと口を開けると口の奥がオレンジ色に光り出す。これが炎を生み出している瞬間なのだろうか。
ただ、もう一つは甲羅の上で咲く紫色の花が淡く光ったことだ。これも魔法攻撃の合図、もしくは口の中で炎を生成する際に出す挙動なのかもしれない。
注意深く観察していると、遂に口から炎のブレスが放たれた。咄嗟に部屋の中へと退避して、俺の真横を炎が通過していく。
通路上から炎が消えると、俺は通路に飛び出して足へと魔力を送り込む。一気に加速しながら亀に突撃して、下げていた合金製の剣を斜めに振り抜く。
亀の頭部を力任せに両断すると、亀の体は地面に沈んだ。
「さすが!」
振り向けば、ロッソさんがぐっと親指を立てて賞賛してくれる。無言で頷き、足元にある亀の死体に顔を戻した。
すると、甲羅に咲いていた花がしなしなと枯れていくではないか。やはりこの甲羅にある花や蕾は魔物の命や生態と何かしらの繋がりがあるのだろう。
「ふぅ……。ん?」
改めて安堵の息を吐き出すと、通路の奥にある闇にピカピカと光る物体が目に入った。
なんだろう? と目を細めて見つめるとどうやら光るキノコのようだが。
「どうかした?」
「あれ、いつものキノコより光が強くないか?」
隣に来たミレイに問われ、奥を指差す。彼女も「確かに」と俺の意見に同意してくれた。
「ん? なんか、キノコの根本に水が流れてない?」
「んん~?」
もう一度よく見てみると、確かにキノコの根本に水溜まりみたいなものがある。
あれは何だろう?
俺達は亀の死体を回収してからより強い光を放つキノコに近付いて行った。
キノコの根本にある水溜まりの正体は――
「む、紫色の水……?」
水溜まりは紫色になっていて、その色は蔓についている蕾や紫色の水晶を思い出す色だった。
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