第234話 魔物の血


 地下二階に戻ると、俺とロッソさんは司令室にてオラーノ侯爵へ中央地下七階についての報告を行った。


 未調査だった奥の構造、それに通路の奥にあった謎の宝石。加えて、リザードマンの対策と最後に出現した黒いビーストマンの件も。


 全てを聞き終えたオラーノ侯爵は「ご苦労だった」と言って頷く。その後、第一に感じた感想を告げた。


「学者は連れて行けんな」


 オラーノ侯爵の言葉にショックを受けたのは、隣にいたベイルーナ卿だ。嘘でしょ、と言わんばかりの表情を浮かべてオラーノ侯爵の顔を見つめた。


 恐らくは通路の奥にあった、蔓から生える宝石が気になって仕方がないのだろう。報告中も「おお!」とか「実際に見なければ!」とか興奮していたし。


 だが、オラーノ侯爵はそんなことお構いなしだ。いや、危ないのは確かなのだが。


「ビーストマンの脅威は勿論だが、魔物の生態についても不可思議な点が多すぎる」


 俺達が地下七階に向かったと同時に別の騎士隊が地下五階に向かっていた。


 地下五階は階層全体に背の高い植物が生えているそうだ。出現する魔物は甲羅に蕾を生やした亀と体にキノコを生やした小さなネズミのようで。


「地下五階に出現する亀も親子揃って散歩する姿が見られたそうだ」


 地下五階では俺達が目撃した子亀よりも更に小さな個体が発見された。となると、子亀は「成長」するのではないかと推測される。


「これまでのダンジョンには成長過程を思わせるような魔物はいなかった。つまり、中央ルートに出現する魔物は階層内で繁殖している可能性がある」


「ああ、そうだ。ついでに言っておくと、西側の再調査を行ったが魔物の復活は無かったぞ」


 既存のダンジョン、そして第四ダンジョンでは東側地下においては時間経過による魔物の復活が行われていた。


 しかし、ベイルーナ卿が告げた西側地下では時間経過による復活は無し。中央地下ではまさかの「現地繁殖」が起きている兆候が見られる。


「西側が時間経過で復活しない点は朗報と言えるだろう。あちらは厄介な魔物が多かったからな」


 しかし、次なる問題は中央ルートだ。


 仮に魔物が繁殖行為を経て数を増やしているならば、中央ルートの扱い方は良くも悪くも考えねばなるまい。


 王国にとって有益な素材が採取できるなら狩り尽くしてはいけないし、逆に厄介な魔物がいるなら絶滅するくらい狩り尽くさないといけない。


 厄介な魔物を残しておくと一般公開後に問題が起きるかもしれないし、狩り尽くしてしまって後から素材が必要になったとなるのもまた問題だ。


「現状で問題視している魔物はいますか?」


「一番はビーストマンだろうな」


 俺の問いにオラーノ侯爵が答えた。


 やはりと思ったが、一番厄介な魔物はビーストマンだろう。あれは生半可なハンターじゃ相手にできない。出会ったら最後、食われて終わりと最悪の運命を辿る者達が続出しそうである。


 しかも最悪な事に階層間を移動しているのだ。一般開放後に多くのハンターをのはビーストマンで間違いない。


「この判断については少し時間をくれ。幸い、ビーストマンを狩ってくれたからな。学者達の判断を待ってから決めたい」


 ウィルが狩ったビーストマンの死体は学者達に提供された。今頃は死体の検分が始まっている頃だろう。


 倒した本人はオラーノ侯爵からお褒めの言葉をもらって嬉しそうにしていた。今回の調査で自信もついただろうし、今後の活躍も十分に期待できる。


「ああ、あと地下五階についてなんだが」


 再び話は地下五階に戻り、語られたのは五階に出現する「ネズミ」についてだった。話題を変えたオラーノ侯爵は、ベイルーナ卿に顔を向けて「話してくれ」と言った。


「昇降機の中に放置されていた死体、それと地下六階にあった死体を覚えているか?」


「骨からキノコが生えていた死体ですか?」


 ベイルーナ卿の問いに俺が答えると、彼は頷いて続きを語り始める。


「骨がキノコに変形していた点と体の一部が欠損していた理由が判明した。あれは地下五階に生息するネズミにやられたようだ」


 五階を調査した騎士隊曰く、地下五階には同様の白骨化死体が大量に残っていたらしい。ここまでは「またか」程度の認識だったようだが、キノコを生やすネズミの行動を調べると驚きの事実が判明する。


「地下五階のネズミは群れで他の魔物を襲ったそうだ。二十匹以上ものネズミに襲われた魔物はたちまち喰い殺されてしまったようだが、残された死体からキノコが生え始めた」


 襲われた魔物は子亀だったようだが、体のほとんどを食われてしまったらしい。そして、その後は騎士隊を襲い始めたようだ。


 何とかネズミを撃退した騎士隊であったが、一息ついて子亀の死体を見ると――露出していた骨から白い石膏のようなキノコが生え始めていた。


 これは昇降機の中にあった白骨化死体や地下六階にあった死体の様子と一致する。念のため子亀の死体を回収した騎士隊が学者達に見せるも、結果は「同じである」と判断された。


「つまり、五階のキノコネズミが六階に生息していると?」


「いや、いたと言うべきだな。これまで何度も地下六階を調べているが、キノコネズミの姿は一匹たりとも目撃されていない」


 何らかの理由でキノコネズミは地下六階にいた古代人を襲った。ネズミに襲われた古代人は狩り尽くされ、無残な姿になって放置されていた。


 全ての獲物を狩り尽くしたからか、キノコネズミは上層階に移動した……ということだろうか?


「しかし、どうして六階には魔物がいないのでしょう?」


 五階と七階には他の魔物も生息していて、移動したと思われるキノコネズミも五階に留まっているようだし。六階にだけ魔物が全くいない点は不自然に思える。


「その理由だが、これが原因かもしれん」


 ベイルーナ卿がテーブルの上にあった金属ケースを開けて、中から一本の試験管を取り出した。


 試験管の中には水色の液体が入っていて、振ると中の液体がどろりと揺れる。どうやら粘度の高い液体であるようだ。


「これは六階で階段を見つけた際に発見されたものだ。六階のガラス管が並ぶ通路に大量のケーブルがあっただろう? ケーブルの一部から漏れ出ていた液体なのだが……」


 採取された液体を調べてみると、どうやら魔物が持つ紫色の血と同じ成分が含まれているようだ。より詳しく調査するには王都研究所に持ち込まないといけないが、ある種の「毒」として検査結果が出たとベイルーナ卿は語る。


「魔物の血ですか」


「そうだ。既存のダンジョンに徘徊する魔物は紫色の血を流す。人が摂取すると死に至るが、この液体からも同じような検査結果が出た」


 簡易検査用のキットを使用されるのは、特殊な液体を浸した紙だそうで。それに採取された液体を垂らすと毒の反応が出たようだ。


 同時に豚肉に液体を注入すると、豚肉はみるみる黒くなって腐敗したような状態に変化した。前回の調査で討伐した亀の死体に垂らしても同様の結果が得られた。


 以上の事から、魔物はこの液体が漏れ出ている地下六階を避けているのではないかと推測される。


「それに、もう気付いているだろう? 中央ルートに生息する魔物の血はだ」


 俺が目撃して、戦った地下七階の魔物は全て赤い血を流していた。別動隊が向かった地下五階の魔物も同様だと報告を受ける。


 これは第二ダンジョン十八・十九階に生息していたリザードマンと同じ。


 恐らくはリザードマンと同じくダンジョンの外に出ても肉が腐らない。加えて、死体の内部からは色付き魔石が見つかったともベイルーナ卿が語る。


「この液体がどう使われていたかは不明だ。しかし、赤い血を流す魔物はこの液体を嫌うのではないか? となると、既存のダンジョンにいる魔物の血にも同じ反応を示すかもしれない」


 どうして嫌うのか、それは毒としての成分が含まれているからかもしれない。


「だが、現地で繁殖している可能性も加味すると……。紫色の血を流す魔物とは全く違う魔物である可能性が浮上する」


 第二ダンジョンのリザードマンと同じように時間経過では復活しない。赤い血を流し、色付き魔石を持つ魔物。これらは「魔物のようで魔物じゃない可能性がある」とベイルーナ卿は語った。


「魔物ではないとすると……。なんでしょう?」


「分からん。もしかしたら、古代から生き残る動物であったとか?」


 長い地下暮らしで進化を遂げた古代生物だったらロマンがあるな、とベイルーナ卿は笑う。


 紫色の血を嫌うのは、毒性が含まれているのを見抜いているのかもしれない。あるいは、ただ単に「俺達の偽物に流れる血だ!」と嫌悪しているのかも、と。


「まぁ、魔物がそんなこと思うはずもないと思うがな!」


 わはは、と声を上げて笑うベイルーナ卿だったが、隣にいたオラーノ侯爵は苦笑いを浮かべていた。


「ゴホン。とにかく、引き続き全体の把握を行おう。明日は地下八階に向かってくれ。だが、くれぐれも慎重にな」


 爆笑する幼馴染の隣で、オラーノ侯爵は咳払いを一つ。


 明日は黒いビーストマンが生息していると思われる地下八階の調査となった。オラーノ侯爵は増員するとも言ってくれたが、今回以上に気を引き締めて任務にあたろう。


 俺は隣にいるロッソさんと無言で頷き合った。 

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