第232話 男 vs 獣 2
ビーストマンに負けじと吼えたウィルはバトルアクスを両手で構えながら突撃を開始。
対するビーストマンも「人間風情が」と言わんばかりに待ち構える。両腕を広げ、手の指から生える鋭利な爪を見せつける様子からは、この階層を支配する王者の風格が漂う。
相手は俊敏でパワーもある化け物。ウィルはどんな手を使って攻めるのか。
俺はいつでもフォローできるよう身構えるが――
「むぅぅんッ!!」
間合いに入ると、ウィルは腕を折り畳みながらコンパクトにバトルアクスを振るう。
腕を全力で伸ばして振るえば通路の壁に刃が当たってしまう。だが、腕を畳みながら軽く振れば当たらない。
当然そんな振り方をすれば威力は落ちるだろう。だが、彼にとってはこれが狙いだった。
ガキンと音を立てて受け止めらえるバトルアクス。どうやらビーストマンの爪は相当硬いようだ。バトルアクスを器用に爪だけで受け止めている。
爪とバトルアクスの鍔迫り合いが一瞬だけ行われるも、先に距離を取ったのはビーストマンだった。バックステップで距離を離す魔物を見て、ウィルは小さく頷く。
恐らく、ウィルは相手が「真正面から向かって来た獲物に対してどのような行動を取るか」を見たかったに違いない。
魔物は人間のように言葉を話さず、獣のように本能的な行動を見せる奴等だ。特に魔物が見せた最初のワンアクションは非常に重要な判断材料となる。
仮に体が頑丈であれば鍔迫り合いを続けながら近距離戦闘を継続するだろう。しかしながら、離れたという事はアウトレンジから一瞬で距離を詰める瞬発力とパワーを生かした攻撃でウィルを仕留めたいはず。
ビーストマンはスピードもパワーもあるが「足が止まるのを嫌う」のだろう。つまるところ、それは己の防御力に自信がないことへ繋がる。
「ウオオオッ!!」
それを見たウィルは積極的に距離を詰める。
バトルアクスの腹を相手に向けて、武器を盾のように使いながら前へ前へと。相手が飛び込みを行うタイミングを殺し、少しでも勢いを殺そうと。
ウィルの思惑通りビーストマンは飛び込むタイミングを失い、逆に怒涛の勢いで突っ込んで来るウィルを相手せねばならない。
ビーストマンは飛び跳ねるようにして彼を躱そうとする。
しかし、ウィルは何度も何度も突撃を繰り返すのだ。根気よく、粘り強く。相手の得意とする攻撃を潰して潰して潰しまくる。
何度目かの突撃後、ビーストマンは堪らずウィルを受け止めた。ウィルを太い両腕で受け止めた時に出た鳴き声にはイラつきが籠っているような、鈍く重い声が漏れる。
ウィルは武器を盾にしてビーストマンを押し、ビーストマンは爪と腕の力でウィルを押し返す。
「ぐぬぬぬ……!」
力比べはビーストマンの方が上か。しかし、ウィルも負けじと足を踏ん張って押し込み続ける。
しばし力比べは続いたが、先に手を出したのはビーストマンだった。
「ガァワウッ!」
力比べの継続中、ビーストマンは口を開けてウィルの顔に向かって噛みつきを行ったのだ。
ウィルは「いつか来る」と分かっていたのか、首を曲げて噛みつきを回避。鋭い牙がウィルの顔の真横に迫るも、ここで臆さないのがウィルという男。
「んぬぁッ!!」
逆にウィルがビーストマンの鼻っ柱に頭突きをお見舞いしたのだ。
ビーストマンが「ギャン!」と鳴いた瞬間、ロッソさんが「うおおおおッ!」と吼えてガッツポーズ。ウィルが醸し出す安心感はロッソさんにも伝わっているようだ。
まぁ、レンは目を点にしていたが。
「ぬおおおおおッ!!」
鼻っ柱の一撃でビーストマンの力が緩んだか。ここが勝負どころだと彼は感じたようだ。
そのまま力いっぱい前へ踏ん張り、ウィルはビーストマンを壁に押し付けることに成功した。壁に押し付けられたビーストマンはもがき苦しむが、ウィルはそのまま押し潰さんとばかりに力を込める。
ビーストマンを壁に押し付けて拘束したウィルがチラリと俺を見た。どうする? と問うているようだが、俺は無言で「お前の実力を見せつけろ」と訴えた。
俺の訴えが伝わったのか、ウィルはビーストマンを再び睨みつける。相手の背中を壁に叩きつけるように押し込み、押し込んだ瞬間にバトルアクスから手を離す。
少しだけぐわんと跳ね返ったビーストマンの腹を足で蹴飛ばし、同時に腰に下げていた手斧を素早く取り出す。
腹を蹴飛ばされて鳴き声を上げたビーストマンの頭部目掛けて――
「ぬわあああッ!!」
手斧を思い切り振り落とした。
怪力の持ち主であるウィルが放った一撃はビーストマンの頭蓋を破壊。刃が脳天に直撃して、頭部を激しく損傷させた。
重い一撃を受けたビーストマンの脳天からは赤い血が噴出し、体はズルズルと壁を伝って床に沈む。
「はぁ、はぁ……。ふぅ、はぁ……!」
床に沈んだビーストマンの死体を見下ろしながら、ウィルは小さくガッツポーズ。俺に顔を向けて「どうですか?」と言わんばかりの表情だ。
「よくやった。腕は鈍ってないな」
さすがだと胸を張って褒め称えたい。王国の騎士が苦戦するビーストマンを単身で倒してしまったのだから。
その衝撃は王国騎士達にも伝わったようで、ロッソさんも重装兵達もウィルに賛辞を贈る。
レンはミレイに「ウィルさんって何者なのですか……」と目の前で起きた事が信じられない様子。まだ唖然とした表情でミレイに問うていた。
ある意味、一番良いリアクションを見せたのは――
「アッシュ、彼は独身か? あの太い腕で抱かれたいのだが?」
興奮気味にそう告げるターニャだろうか。
「……本人と交渉してくれ」
いつも通りの彼女に苦笑いを浮かべつつ、受け入れるかどうかはウィル本人に任せる事にした。
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ウィルが殺害したビーストマンの死体は学者達の元へ運ばれることになる。
死体の一部を切断しつつ、収納袋に収めて持ち帰ることになった。戻ったら功労者としてウィルの名は轟くだろう。
さっそく活躍したな、と褒めると彼は頬を赤らめながら照れてしまった。
「本当にさっき戦ってた奴と同一人物か……?」
オンとオフが激しいウィルに対し、ロッソさんは「信じられない」といった感じ。まぁ、ビーストマンにも負けない雄叫びを上げてた男がこうも人が変わったように照れることに違和感を覚えるのも仕方ないか。
「なぁ、君は私をどう思う? 私は君の太い腕に抱きしめられたいのだが?」
「え、ええ……?」
すっかりウィルを気に入ったターニャは積極的に攻める。普段の優しい表情もターニャにとってはギャップを感じて魅力的に思えるのかもしれない。
とまぁ、そんな様子を見せつつも、俺達は階層の奥へと進むことに。
まだ人間達が踏み入れていない未知の領域に足を踏み込むが、周囲の構造はあまり変わらない。
蔓で封鎖された小部屋のドアがあり、床には光るキノコが生えていて亀がムシャムシャと食べる光景がよく見られる。
途中で巨大ネズミと遭遇して戦闘になったが、事前に受けた説明通りだった。十匹ほどの仲間を呼び、群れになって攻撃してくる。
しかし、先ほどウィルが戦ったビーストマンと比べると驚異的には思えない。
群れによる集団攻撃は恐ろしくもあるが、重装兵の持つ盾で塞き止めれば問題なし。蜘蛛型ゴーレムと違って金属を捕食しないしな。
小規模な戦闘を続けながら奥へ奥へと向かい、辿り着いたのは両開きのドアが外れた大部屋だった。
外れた扉はどこへ行ってしまったのだろうか。しかし、扉が外れているおかげで中の様子が若干ながら窺える。
中には光るキノコが群生していているが、中心付近はまだ薄暗い。目を細めてみると、大部屋の中心付近には……。
「魔物の死体?」
無造作にごろんと転がっていたのは亀の甲羅だった。裏っ返しになった亀の甲羅が放置されているが、近くには甲羅から毟り取られたであろう花が落ちている。
その奥には何か動くモノがいるのだが……。ふわっふわっと何かが動いている感じだ。
「あれはリザードマンだな」
「あの特徴は間違いない」
大部屋に生息しているのは、この階層に出現するというリザードマンらしい。しかし、あのふわふわと動くのはなんだ?
そんな感想を抱いていると、ロッソさんとターニャが室内にランプをスライドさせた。ロッソさんがスライドさせたランプはリザードマンがいる付近に止まって、ランプの光がリザードマンのフォルムを明らかにする。
「な、なんだあれ!?」
ランプの光に晒されたリザードマンの見た目は、第二ダンジョン十七階にいるワニの頭部を持ったリザードマンに少し似ている。。ただ、大きさとしてはこちらの魔物の方が小さい。子ワニが二足歩行しているような感じだ。
なにより、第四ダンジョンに生息するリザードマンが持つ一番の特徴は、体全体をピンク色の花びらで覆われていることだ。
大きな花びらが鱗のように重なりながら生えている。先ほど俺が見た「ふわふわと動くモノ」の正体はリザードマンの背中に生える一際大きな花びらだったらしい。
加えて、首元にも花びらが巻かれている。
見た目を一言で表現するならば、ワニの頭を持ったエリマキトカゲだろうか?
花輪を首に巻いている姿はファンシーな見た目だ。背中のマント代わりとなっている花びらがふわふわ揺れる姿も相まって、見ていると少し気が抜けてしまう。
「見た目に騙されんなよ」
「第二ダンジョン十七階にいたリザードマンと違って魔法を使うぞ」
大盾を持った重装兵が俺達の前で壁になると、向こうもようやくこちらに気付いたようだ。
ゆっくりと顔をこちらに向けてくるが、リザードマンの目――瞼の部分が花びらになっているようだ。瞳は隠れているが、長く伸びた口を開けて威嚇してきた。
「ギュロロロロッ」
独特な鳴き声を上げると、リザードマンは尻尾を床に打ち付ける。ぱしん、ぱしんと尻尾を鳴らす度にリザードマンの周囲には「ビュオッ」と強風が吹く際に起きる音が鳴る。
そして、風が発生すると同時に体を覆った花びらがフワッとめくれ上がるのだ。体を覆う花びらは確かにリザードマンの皮膚とくっ付いているようで、なんとも不思議な……。
いや、魔物の意味不明さを象徴するような光景だった。
「まだ奥にいるッ!」
そして、一体が鳴らした音に釣られるように大部屋の中にいたリザードマンがのそのそと現れ始める。
近寄って来たリザードマンの数は……。六体か。
しかし、奴等はここで奇妙な行動を見せた。
奥から現れた六体のリザードマンは音を鳴らした個体に近付くも、頭部は俺達に向けられず明後日の方向へ向いている。しかし、仲間を呼んだ個体が再び尻尾で音を鳴らすと、その音に釣られるようにこちらへ顔を向け直した。
そこで俺はハッとなる。
もしかして、このリザードマン達は目が見えていないのか? 目が見えないから尻尾で音を鳴らし、風を起こして場所を伝えているのだろうか?
リザードマンを観察しての考察を頭に浮かべるも、すぐにロッソさんの声でかき消される。
「来るぞッ! 防御体勢!」
全七体のリザードマンが前屈みのような姿勢を取り、ガパッと口を開ける。口からは空気の玉を吐き出して、重装兵が構える大盾に直撃した。
盾からは「ボゴン!」と重い鉄球が当たったような衝撃音が響く。生身で直撃を受ければ、骨折では済まなさそうだ。
「ギュロロロロッ!」
再び鳴いたリザードマンは尻尾を動かして、ぱしんぱしんと床を叩く。盾を構えていた重装兵が僅かに動くと、ピクンと反応してまた前屈みの体勢を取った。
ガパリと開いた口の中に空気の玉が生成され、二発目の魔法が重装兵達に向かって放たれる。
「ぐっ!?」
何度も防御するのは難しそうだ。
俺はロッソさんの顔を見ながら無言で頷き――
「俺とウィルが前に出る! フォローしてくれ!」
合金製の剣を構えた後、今度はウィルの顔を見た。彼もまたバトルアクスを強く握り締めながら「いつでも」と言って頷いた。
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