第231話 男 vs 獣 1


 中央地下七階の調査を開始した俺達は、階層の奥に向かって進み始めた。


 奥へと進んでも壁や床は苔に覆われているし、キノコも至る所に群生している。光るキノコが群生しているおかげで階層内はランプ一つで足りるほど明るいのは助かるが。


 しかしながら、壁と天井に這う蔓には紫色の蕾もついているので油断はできない。俺とレンはマスクをしっかり装着しておかないと万が一の事もあり得る。


「ほら、あれがマリモ」


 ミレイが指差した先は苔の生えた床の端だった。恐らくは休憩室だったであろう大部屋は苔とキノコ、蔓に侵食されて跡形もない状態だ。


 視界の中には緑色がほとんどであるが、ミレイが指差した箇所は床に生える苔よりも濃い緑色があった。球体で大きさは四十センチくらい。


 まさに「マリモ」な見た目をした球体達が床の苔と同化している姿があった。


 目を凝らすと三匹ほど固まっているようだ。身を寄せ合い、互いに同化し合っているようにも見えるが。


「んで、あれがネズミ」


 マリモが苔に同化する逆方向、苔とキノコに侵食されたテーブルの影から姿を現したのは体長一メートルくらいの巨大なネズミだ。


 体の色は薄い緑色をしているが、体色の正体は体に巻き付く蔦らしい。一部の蔦は触手のようにウネウネと動いていて、蔦がネズミの形をとっているようにも思える。


 頭部には赤く光る目があるのだが、体の形も相まって余計に不気味な見た目になっていた。大きさも普通のネズミに比べると遥かに大きく、確かに「魔物」と感じさせるフォルムと言えるだろう。


「強そうですね」


 触手ネズミを見たウィルがそう感想を漏らすが、隣にいたミレイが首を振る。


 彼女が「いや」と言った瞬間、ネズミが苔と同化するマリモに気付いた。そのせいもあって、俺とウィルはミレイが否定した理由を知る事になった。


 ネズミは静かに移動しながらマリモに近付いていき、苔と同化していたマリモにガブリと食らい付いた。球体だったマリモは一口で半分ほど齧られてしまい、歪な形に変わる。


 齧られたせいでマリモは死んでしまったのだろうか。他の仲間も静かにその場で同化するだけでネズミを追い払おうとする意志は見られない。


 しかし、ネズミがマリモを食らってから数秒後。ネズミの様子がどうもおかしい。


 体を覆っていた蔦の触手がざわめきだし、ネズミの体全体が痙攣を始める。そのままバタリと床に沈むと、ネズミの背中から複数の糸が現れた。


 背中から生まれた糸は次第に絡まっていき、半透明な毛玉に変わる。それが徐々に緑色へと変化していき、苔と同化するマリモと同じ形と色になった。


 しかも、生まれたマリモは一匹だけじゃない。総勢二十はいるだろうか。


 対し、床に倒れたネズミはぴくりとも動かず。どうやら死亡してしまったようだ。


「あれは……」


「毒か侵食かは分からんが、あのマリモはネズミに敢えて自分を食わせるようだ。そうして数を増やしている」


 自らを魔物に食わせ、体内を侵食して自身の子孫を残す……ということだろうか?


「あのネズミは大きくて強そうだろ? だが、実際は捕食される側のようだ。個体数もかなり多い。他の魔物からすれば餌扱いだ」


 そう語ったターニャの話では、最初に遭遇した亀にさえ食べられてしまうらしい。


「だが、魔物は魔物。人間にとっては厄介極まりない」


 しかしながら、先ほどまでの話は魔物達の中での話。


 個体の攻撃方法は噛みつきと蔦触手によるものらしいが、防御力はそう高くない。剣で体を斬り裂けば簡単に死ぬ。

 

 一匹一匹はそう強くないようだが、厄介なのは仲間を呼ぶこと。最低でも二十以上の仲間を呼んで一斉に飛び掛かって来るようで。複数匹による触手での拘束、動けなくなったところで肉を齧り取り――と、想像するだけでも恐ろしい。


 ターニャの話を聞いていると、俺の頭には第二ダンジョンに出現した蜘蛛型ゴーレムが浮かんだ。


「あっちのマリモは?」


 そう問うたのはウィルだ。彼の質問に対し、今度はミレイが語り始める。


「あっちは基本的に何もしてこないね。近付いても反応無いし、槍の先で突いても無抵抗。あくまでも他の魔物を使った繁殖を行うだけみたいだ」


 待ちの体勢で獲物が自分を食らうのを待ち、食らったら相手を利用して繁殖する。そういった習性を持つ魔物なのだろう。


 だからか、あのマリモを食らうのは「ネズミ」しかいない。


 亀の魔物も他の魔物もマリモは「危険」だと認識しているのか一切近付かないようだ。もしかしたら、ビーストマンも近付かないかもしれない。


「なるほどなぁ……」


 下手すれば人間の体を使って繁殖するかもしれない。そう考えると見た目に反して恐ろしい魔物だ。


 マリモの脅威を感じつつも、俺達は更に奥へと向かう。階層の半ばと思われる地点まで進むと、ロッソさんが「ここからは未知の領域だ」と言った。


 調査隊はここでビーストマンと遭遇した。被害を出してからは奥へと向かう調査は進められていない。


「んで、気になったのがこっちだ」


 奥に何があるのかも気になるが、前回の調査で取りこぼしたのは右手側に伸びた通路。こっちには複数のドアがあって、小部屋が続いているようだった。  


 しかし、ロッソさんが気になるのは小部屋の方ではなく。


「向こう、何か光っていないか?」


 彼の言う通り、通路の先には紫色に光る何かがあった。光の強さや色からすると光るキノコとは違うようだ。


 前回の調査では調べる前に撤退を余儀なくされてしまった事もあって、ずっと頭の中に引っ掛かっていたらしい。光の正体を探りたいという彼の要望通り、俺達は右手側へ伸びる通路を進み始めた。


 通路に沿って、等間隔に取り付けられたドアは苔とキノコが生えていた。他にも蔓が這っているせいで封鎖されている状態だ。これをどうにかするには時間が掛かりそうである。


 しかし、幸いな事に小部屋には窓が取り付けられていた。ガラス窓は小部屋の中へ進入した蔓によって破壊されていて、その隙間から小部屋の中を覗く。


「うーん……。書庫?」


 中を覗いたロッソさんが言うには、空になった大量の本棚らしき物が並んでいるという。特別な遺物があるとか、そういった事はなさそうだ。


 他の部屋は空っぽで、等間隔に配置された小部屋に関しては「ハズレ」といったところだろうか。


 小部屋を調べながら奥へと進み、遂に俺達は紫色に光る「何か」へ近づくことになった。


 近づくにつれて正体が明らかになっていく。通路の奥で光っていたのは――


「光る……果実?」


「いや、宝石じゃないか?」


 なんと、壁に這っていた蔓に「実っていた」のは紫色に光る宝石だった。


 しかも、宝石は蔦みたいなモノで蔓と繋がっているのだ。ロッソさんが宝石を果実と表現したのもあながち間違いではないかもいれない。


「これ……。あの杖に取り付けてあった宝石に似ています」


 そう呟いたのはレンだった。彼に顔を向けると、彼は魔法の杖を握った時と同じようにジッと宝石を見つめていた。


 まるで目を奪われているような……。


「おい、レン。大丈夫か?」


 俺が彼の肩を叩くと、レンはハッとするように俺へ顔を向けてくる。


「すいません、また目を奪われてました」


 彼は両手で目を擦り、首を振って正気を保つ。その後は一切宝石を見ようとしなかった。


「危険そうか?」


「分かりません。大丈夫だとは思いますが……」


 ロッソさんの問いに答えるレンだが、彼が確信を持てないのも当然だろう。この宝石を回収するか否かで少しだけ相談したが、最終的には回収しないことになった。


 まずは、この実っている状態を学者に見せようと意見が纏まる。


「まぁ、収獲はあったろう?」


 確かにこれは収獲と言えるだろう。蔓から宝石が実っているなど意味不明であるが、ダンジョンを調べる学者達が歓喜するのは間違いない。


 まず一つ目の成果を見つけた俺達は、再び階層の奥へ向かうべく来た道を引き返し始めたのだが……。


「止まれ!」


 先頭を歩いていたロッソさんが大声を上げた。そして、彼と騎士達の手は腰の武器に伸びる。


 引き返していた俺達の道を塞ぐように現れたのは、口から大量の涎を垂らしたビーストマンだった。茶色の毛並みからして、階層入り口で遭遇した個体だろうか。


「グルル……」


 ビーストマンは体を低くして、今にも飛び掛からんとする体勢を見せる。俺達を新鮮な肉だと思っているのだろうか?


 しかし、簡単にやられてやるものか。


 さっそく事前に考えていた対策を披露する時が来た……とも言えない。


 何故なら、今俺達がいるのは狭い通路である。幅としては大人二人が二列になってギリギリ歩ける程度。これでは取り回しの悪い大盾を持って挟み込むのは難しい。


「チッ! 防御している隙にやるしかない!」


 重装兵二人が前に出て、大盾を構えながら通路を塞いだ。ヤツが重装兵に突っ込んできた瞬間、二人の隙間から攻撃するしかない。


 そう判断を下したロッソさんと重装兵達であったが……。


「ガアアアッ!」


「ぐおっ!?」


 ビーストマンの飛び掛かりは凄まじい勢いだった。


 とてもじゃないが、人間が抑え込められるようなものじゃない。飛び掛かりを受け止めようとした重装兵二人が床に倒されてしまうほど。


「グガアアアッ!!」


「クソッ!」 


 床に倒された重装兵はビーストマンに抑え込まれ、至近距離で鋭い歯を見せつけられた。大口を開けて吼えるビーストマンが騎士の首元に食らいつくのは時間の問題だ。


 マズイ、そう感じた俺は腰の灰燼剣に手を伸ばす。


 しかし、俺よりも先に前へと飛び出したのは隣にいた巨体。ウィルだった。


「おおおおおッ!!」


 ウィルはバトルアクスを片手で肩に担ぎながらビーストマンへ突っ込んで行く。この狭い通路ではバトルアクスを振るには不利だ。どうするのかと思いきや、彼はビーストマンの鼻っ柱に拳を叩き込んだ。 


「ギャン!?」


 ウィルのパンチは相当効いたらしい。


 悲鳴を上げたビーストマンはたまらずその場を離れ、ウィルから距離を取る。鼻をクンクンと動かしながらもウィルを睨みつけてきた。


「グガアアアアッ!!」


 そして、鼻を殴られたのが相当気に入らなかったのか、ウィルに向かって吼えながら両手を広げて威嚇した。


 ビーストマンが抱く殺意を伝えるような、凶悪さと恐ろしさを込めたものであったが――


「オオオオッ!!」  


 対するウィルも負けじと雄叫びを上げる。彼の雄叫びも腹の底から吼えるような、強烈で熱の篭ったもの。


 貴様なんぞに臆してはいない。そう伝えるには十分だった。


 故に彼はバトルアクスを両手で構えて。


「ウオオオッ!!」  


 単身でビーストマンへと向かって行くのであった。 

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