第230話 中央ルートの魔物
第四ダンジョンに到着した翌日、俺達はロッソ隊と女神の剣と共に中央ルートの調査に向かった。
「こんな場所に階段があったのか」
昇降機で降りた先、中央地下六階で発見された階段の場所はガラス管が並ぶ場所へ向かう通路の途中だった。階段を隠す扉、そして扉を開けるレバーはトゲ付きの蔓で覆われていたらしい。
「調査中に花を採取していたら蔓が動いてな。運良く見つけられたよ」
そう語ったのはターニャだった。
壁を這っていた蔓が動いたことで扉の存在が露わになったようだ。扉があるって事は仕掛けもあるだろう、と発見に繋がったらしい。
「上下の階段が隣り合わせになっているのも珍しいな」
それともう一つ。特徴的なのは上へ向かう階段と下へ向かう階段が隣同士合わさって配置されていることだ。
既存のダンジョン、第四ダンジョンの西と東側は別々の位置に配置されていたが、この中央ルートだけは例外らしい。
「中央ルートは上も下も同じ配置だ。階段を探す手間がない」
一つ上の階である五階に向かうと、更に上へ向かう階段が既にあるようで。地下七階も同じ構造だと語られた。
ターニャの言った通り階段を探す手間が省けるのは大きい。階層を調査する際は奥まで向かって、戻ってくるだけだ。
「だがな、七階を見て驚くなよ」
ロッソさんにそう言われながら、俺達は七階へと降りて行く。
七階へ降りると、確かに彼が言った通り……異様な光景が広がっていた。
「なんだこりゃあ……」
中央ルート七階。そこは植物と人工物が融合した階層だった。
まず、目に映るのは大量の檻だ。それは犯罪者を閉じ込めておくような檻ではなく、狂暴な動物を閉じ込めるための檻のようだ。
鉄格子を組み合わせた一メートルサイズの箱型である檻は、扉が開けられた状態でいくつも放置されていて、それらの周囲には大量の蔦や蔓が巻き付いている。蔓はもちろん、蕾をつけるトゲ付き蔓。蔦はそこかしこに生える謎の植物から伸びているようだ。
壁や床には緑色の苔みたいなものが広がっているし、他にも上の階にあった光るキノコが至る所に生えていた。天井にはトゲ付きの蔓が大量に這っていて、蔓の天井になっている。
構造自体は研究所に似ていて、通路や大部屋、小部屋などが複数あるようだが、それでも「自然に襲われた」といった感想を抱いてしまう。
なんというか、人工的に造られたと思われる西側地下の室内庭園とは違って、意図せず植物や自然に覆われてしまったという雰囲気が醸し出されていた。
「西側や東側とは雰囲気が全く違うな」
「ああ。軽く見て周ったけど、完全に魔物の住処だ。ほら、あそこ」
ミレイが指差したのは、正面から左手側にある倒れた机。植物から伸びた大量の蔦が机の足に絡まって、足と足の間にある隙間を壁として埋めていた。
倒れた机は蔓と融合して小さく浅い洞窟、もしくは住処に変貌していた。
その住処に住むのは、昨日聞かされた亀の魔物だ。
住処からにょきりと顔を出した亀はノソノソと外へ出て来て、床に生えたキノコをパクリと食べ始めた。
しかし、姿を晒した亀は聞いていたよりも体が小さい。
ミレイ曰く、あれは魔物の「子供」らしい。
「子供?」
「たぶんだけどね。親亀と思われる大きさの個体もいれば、あんなふうに小さな個体も発見されているんだ」
魔物の子供というのも珍しい、というか初めて見るんじゃないだろうか? 既存のダンジョンは全て同じ個体が出現するし、他と変わった個体といえばネームドと称される。
……いや、でも第二ダンジョン十六階には小さな鳥がいたな。あれも子供と呼ぶべきなのだろうか? それともあれはあれで一つの種類とカウントするべきなのか?
疑問を抱いていると、ミレイが奥を指差した。
「ほら、あれ」
示された方向からのしのしと歩いて来たのは、聞いていた通りの大きさを持つ亀の魔物だった。
背中の甲羅には苔や雑草みたいな植物が生えていて、中心には淡く光る紫色の蕾があった。親亀と思われる個体は子亀に近付き、子亀と一緒に床のキノコをぱくりと食べ始めたのだ。
「確かに親子っぽい」
「だろ?」
第二ダンジョン十六階にいた鳥の魔物は大きな鳥と小さな鳥の見た目が違う。
しかし、こちらの亀はそっくりだ。子供が成長したらこうなるだろう、と思わせる姿をした親亀がいる。
俺達が観察を続けていると、親亀が俺達の視線に気付いたようだ。口の中にあるキノコをバクバクと噛みながらも「クエエエ」と鳴き声を上げる。あれは威嚇しているのだろうか?
思わず剣に手が伸びるが、ロッソさんが「大丈夫」と告げる。
「あれはこちらが攻撃しない限り大丈夫だ。敵意を見せると容赦ないけどな」
相手の間合いに入り込まない、または攻撃しない限りは威嚇するだけらしく、比較的大人しい魔物であると教えてくれた。
俺も中央ルートの異様っぷりに驚きを露わにしていたが、もっと驚いていたのはウィルだろう。
「こ、これがダンジョンなのですか?」
ウィルにとっては、これが初めてのダンジョン体験。第二ダンジョンから始まった俺とは違い、異様な景色に感情がついていけていない様子。
しかし、困惑する彼の感情はまだまだ続きそうだ。
というのも、第四ダンジョン中央ルートで最も厄介な魔物が登場したからである。
階層の奥から残っていた机や檻を薙ぎ倒しながらやって来たのは――お、狼人間!?
「来やがった!」
先ほどの亀を観察する時とは違って、ロッソさんや女神の剣、ミレイとレンはすぐに武器を抜いて構え出す。
「ウォォォォンッ!!」
俺達の前に現れたのは、一メートル半ほどの体長を持つ人型の狼。二本の脚に二本の腕を持ち、狼らしい尻尾も生えていた。全身が茶の毛に覆われている人型の狼であるが、完全な二足歩行は出来ないようだ。
太い脚と太い腕で己の体を支えており、中腰のような体勢が基本姿勢に思える。先ほどの威嚇時は両腕を広げて見せたが、ずっと同じ体勢は維持できないらしい。
しかしながら、如何に凶悪かはすぐに見る事ができた。
俺達を威嚇する狼人間がいる位置は、先ほどの親子亀のすぐ傍だった。己のパーソナルスペースに入り込まれた親亀が狼人間を威嚇――どころか、ブチギレで火球を口から吐く。
ゴウゴウと燃える火球が狼人間の脇腹目掛けて飛んでいくも、火球に気付いた狼人間は……。
「嘘だろッ!?」
なんと、太い腕一本で火球を弾き飛ばしたのだ。いや、掻き消したと表現する方が正しいだろうか?
とにかく、放たれた火球は消えてしまった。狼人間も目立った傷を負っている様子はない。火球を放った亀に「グルル」と喉を鳴らして、涎が溢れ出る口を開けると生え揃った鋭い歯を見せつけた。
「グワァァッ!」
そして、親亀に向かって飛び掛かったのだ。太い両腕で亀の甲羅を掴むと、凄まじい力で亀の体を何度も床に叩きつけ始めた。
その間、亀は甲羅の中に頭部や手足を引っ込めていたのだが……。
「ガァァッ!」
狼人間は甲羅の中に引っ込んだ首を無理矢理引っ張り出し、柔らかい肉に齧りついた。亀から悲痛な鳴き声が上がるも、狼人間はそのまま亀の肉を食い千切る。
俺達が目の前で警戒しているにも拘らず、狼人間は首を食い千切られて絶命した亀の肉をムシャムシャと食い漁り始めた。口元を
「グルル……」
食事には満足したのか、狼人間は殺した亀の死体を投げ捨てて、再び俺達を威嚇しながら徐々に後退していく。
俺達が手を出さないと悟ると、狼人間は跳ねるように階層の奥へと戻って行った。
「ふう……」
去って行く狼人間を見送ったロッソさんが安堵の息を吐く。
「見た通り、あれは凶悪だぞ。既に二人が犠牲になった」
忌々しいモノを語るように言ったのはターニャだ。既に調査へ赴いた騎士が二名ほど犠牲になっており、犠牲者となった騎士は「遺体すら残らなかった」と語られた。
「あれが大量に生息しているのか?」
だとしたら、第四ダンジョンの中でキメラの次に凶悪な魔物と言えるのではないだろうか。しかし、俺の問いにミレイが首を振る。
「いや、どうやら一匹か二匹しかいないらしい。遭遇する事自体が稀なんだ」
凶悪な魔物であるのは間違いないが、個体数は少ないのではないかと推測されていた。
俺とオラーノ侯爵が不在の間に行われた中央ルート調査の回数は八回。その内、遭遇したのは今回も合わせて計三回。八回とも調査した隊は別の組であるようだが、それぞれ遭遇した隊は犠牲を出している。
しかし、また別の隊が六階の半ばと思われる地点まで何度も進んだが、運が良かったのか一度も遭遇しなかったという。
「六階に生息する魔物は主に亀とマリモみたいな魔物だ。他にもネズミとリザードマンが生息しているようだが、数は他二種類の半分程度って感じかな」
「だが、あのビーストマンが支配者であるのは間違いないな」
ビーストマン。既にあの狼人間には名称がついているようだ。
しかし、ビーストマンが支配者であるという点には同意しかない。
今日初めて見たが、移動するスピードもかなり速かった。狼のように素早く、飛ぶようにして移動する姿からは凄まじい瞬発力も容易に想像できるだろう。
そして、亀の魔物を仕留めたパワーと獰猛さ。あのような力で襲われては、人間などひとたまりもない。
「階層を調査するにはビーストマンとやらを倒さないといけないのか」
「だろうな」
既に対策自体は考えられているようだ。その証拠としてロッソ隊には三人の重装兵が配置されている。
彼等は第二ダンジョンの調査で使用したタワーシールドを装備。彼等はこれでビーストマンを挟むんだとか。大盾で三方向から挟み込み、動きを封じて一気に仕留める。
これが人間側の考えた作戦だ。上手くいくかどうかは……やってみないと分からない。
「他の魔物については進みながら話そう」
一先ず、最も警戒すべき魔物は見れた。他の魔物も注意点はあるようだが、ビーストマンほどではないらしい。
ようやく階層の奥を目指して進む事になったが――
「ウィル、やれそうか?」
俺の心配はウィルだ。彼はダンジョンでの戦闘は初めてであるし、対魔物戦にもブランクがある。
装備品は騎士団から借りて十分と言えるが、彼自身の心境はどんなものだろうか。
「やれます」
だが、その心配は杞憂だったらしい。最初こそ驚き、困惑していたようだが、既に覚悟は決まった様子。
彼は愛用のバトルアクスを握り締めながら強く頷いた。
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