第229話 第四ダンジョン、再び
ウルカ達との買い物、そしてオラーノ侯爵や騎士団幹部達との報告会を終えた翌日。
俺はウィルを連れて、オラーノ侯爵と共に第四ダンジョンへ戻る事になった。
「先輩、気を付けて下さいね?」
オラーノ家の玄関前で見送りをしてくれるウルカの表情は不安でいっぱい。本当は離れたくないといった気持ちが表情から窺える。
彼女が王国に来てから初めての別行動であり、ダンジョンという危険と隣り合わせである場所へ一緒に行けない。妊娠しているから仕方ないのない事であるが、彼女にとっては辛い選択になってしまったか。
「先輩、すぐ無茶をしますから心配です……」
一度長期入院していた事実もあるし、対キメラ戦では無茶をしてしまう事も多い。自分で言っておいてなんだが、ウルカが心配するのも当然な気がしてきた。
「大丈夫だ。ちゃんと戻るし、すぐ戻るよ」
ただ、俺は「絶対に戻る」と彼女に約束した。不安に思う彼女を抱きしめて、彼女の額にキスをする。これで少しは安心してくれると良いのだが。
「ウルーリカ、問題ない。今回は残りの調査をするだけだし、二週間後にはまた戻るからな」
隣でマリアンヌ様と話していたオラーノ侯爵も彼女を安心させるように告げる。
「マリアンヌ様、ウルカを頼みます」
「ええ。こっちは心配しないで良いわ。無事に帰って来ることだけを考えてね」
加えて、オラーノ侯爵の前に立つマリアンヌ様の表情からも「不安など感じていない」といった雰囲気が溢れる。俺のお願いにも「任せろ」と自信満々に答えてくれた。
二人揃ってさすがの貫禄といったところか。
「ウィル君も気を付けてね。初めてのダンジョンでしょう? 無理をしないように」
「ハッ! 奥様、ありがとうございます!」
対し、ウィルはキビキビとした態度で気合が入りまくりだ。これから王国に恩返しができると熱が入る。
ウルカとオラーノ家の人達に見送られながらも馬車に乗り込み、俺達は王都駅へと向かって行った。オラーノ家の敷地から出て行く間、俺はキャビンの窓からウルカを見つめ続ける。
まだ彼女の顔には不安が残っていたが、俺は彼女にニコリと笑い返した。絶対に戻って来るよ、と告げるように。
-----
「うう……」
「大丈夫か?」
様々な想いを見せながら出発した俺達であるが、魔導列車に乗り込むとウィルの様子がおかしくなった。
「こんな早く移動する鉄の箱が怖くて怖くて……」
別に体調不良とかそういったわけじゃない。ただ単にウィルは魔導列車に怯え――いや、慣れていないだけだろう。
俺は何度か乗っているので慣れたが、確かに鉄の箱が高速移動する事を考えると恐怖を覚えてもおかしくはない。特にウィルはまだ二回目の乗車だしな。
「話をすれば気が紛れるよ」
というわけで、車内ではダンジョンについての概要や注意事項をウィルに語っていく。同時にこれから向かう第四ダンジョンについても。
ウィルは帝国で何度か魔物と戦ってはいるが、騎士団を辞めてからは対魔物戦の経験はない。向こうに着いたらまずはウィルの「慣れ」から入るべきか。
「向こうでは既に発見した物の回収が始まっているはずだ。学者達も下層に降りて調査をしているはず」
第四ダンジョンでは東と西の学者調査が始まっているはずだと語るオラーノ侯爵。
その間、俺達は再び昇降機で下層へ降りることになっていた。これは西と東が地下十階まであったのだから、昇降機で降りた先にも上と下の階が存在しているのでは? という推測の元で行われる。
つまり、第四ダンジョンは三つのルートが存在するのではないか? という事だな。
西と東、そして昇降機で降りた先は「中央ルート」なのではないかと。
「中央ルートが存在しないなら無いで良い。だが、第二ダンジョンの例もあるからな。徹底的に洗い出しておく方が良いだろう」
第二ダンジョンのように「仕掛け」があって、新しい道が開かれるパターンだってあるだろう。
加えて、先日の報告会でもオラーノ侯爵と幹部達は常に「キメラに対する脅威」を気にしていた。まだまだ十分な人員数とは言えないハンターの数をキメラによって減らされるのも困る。
あとはもう一つ。
ダンジョンには必ず存在するという例の柱の存在だ。第四ダンジョンではまだ柱が見つかっていない。その存在が中央ルートにあるのでは、と考えられていた。
柱自体が第四ダンジョンに存在しないという事も考えられるが、騎士団上層部はそう思っていない様子。昨日の報告会はそれが強く感じられた。
第四ダンジョンで行われる調査内容をおさらいしていると、先頭車両方面から「プー」という音が鳴った。これはそろそろ駅に到着するという合図だ。
「さて、そろそろ第三都市か」
話し合いをしているとあっという間に到着してしまった。ウィルの様子も話し合いを始めてからは落ち着いていたし問題ないだろう。
「騎士団本部で輸送部隊と合流したらすぐに出発だ」
今回は第三都市に宿泊する予定はない。すぐに第四ダンジョンへ向けて出発だ。
オラーノ侯爵の宣言通り、俺達は第三都市に到着すると騎士団本部で待機していた輸送部隊と合流した。
ウィルに都市の様子を見せてやれないのは残念だが、これはまた落ち着いたらにしておこう。美味い飯も食わせてやりたいしな。
もう一つ、気になった点は作業員と思われる人間が多かったことだ。オラーノ侯爵に質問すると、作業員達の正体は「線路拡張に伴う人員」らしい。
今週中から線路拡張作業が開始されるらしく、年内には第四ダンジョンの手前まで伸ばすようだ。同時に第四都市の建設計画もスタートしたらしく、資材の調達に動いているんだとか。
続々と動き出す計画に驚きつつも、来年あたりには第四ダンジョンが一般開放されるのかなと思った。
-----
輸送部隊と合流した俺達は二日掛けて第四ダンジョンに到着。
多くの輸送物資と共に第四ダンジョンの中へと向かい、ダンジョン内で活動していた騎士やハンター達と合流する。
中でも一番のリアクションを見せたのは、やはりミレイだろう。
「ウィル!?」
「ミレイ、久しぶり」
二人は同期の仲だ。久しぶりの再会もあって、ミレイはウィルに駆け寄ると彼の顔をまじまじと見つめた。
「……何かあったのか?」
「……まぁ、色々とね」
帝国で起きた悲劇を感じ取ったのか、ウィルの雰囲気が「変わった」と気付いたのだろう。その場で詳細は語らなかったが、今夜あたりでも聞かされるように思える。
「あの、もしかして、アッシュさんの元部下の?」
置いてけぼりになったレンは同期二人の再会を一歩引いて眺めていた。二人の間に割り込むのは遠慮したのか、代わりに俺へ問うてきた。
ウィルについて少し教えてやり、その後はウィル本人に紹介してやる。レンは少し緊張しながら、ウィルは子供と変わらぬ見た目のレンに対しても礼儀よく挨拶を交わす。
二人ともすぐに打ち解けてくれると良いのだが。
「なんだ? ウルカの代理か?」
次に合流したのは女神の剣。リーダーであるターニャはウィルを「ウルカの代わり」だとすぐに見抜いた。
「帝国時代の元仲間なんだ」
「なるほど。では、期待できるな」
既にウルカとミレイの実力を知るターニャはウィルの実力についても確信を抱いたようだ。
ただ、ニヤリと笑いながら「女はいるか?」と聞くのだけはやめてほしい。
「第四ダンジョンの状況はどうだい?」
「あー、そのことについてだが……」
聞いた途端、ターニャの表情に苦笑いが浮かんだ。いつもハッキリと物を言う彼女が見せる態度としては珍しい。
「アッシュ! ターニャ嬢! 少しいいか?」
直後、オラーノ侯爵に名を呼ばれた。手招きする彼は司令室へ来るよう命じる。
「きっと
どうやらオラーノ侯爵の口から聞かされる事になるらしい。俺とターニャは揃って司令室へ向かう。
司令室にはベイルーナ卿とロッソさんの姿もあった。二人に再会の挨拶を交わすと、さっそくオラーノ侯爵が語り出す。
「アッシュ、中央ルートが見つかった」
魔導列車内で話していた「中央ルート」であるが、こちらは俺達が王都へ戻っている間にロッソ隊と女神の剣、ベイルーナ卿が発見したようだ。
やはり仕掛けが存在していたらしく、壁にあった複数のレバーを下ろす事で下層と上層に向かう階段が見つかった。
そして、昇降機で降りた先の階層は中央ルート地下六階だと判明。判明した理由は、下の階のエントランスに東側七階へと繋がる連絡用通路があったからだ。
以前、東側七階に到達した際に調べた通路は中央地下へと続いていたらしい。
となると……。
「そう。中央地下にも例の蔓と蕾がある」
しかし、居残り組が「最も危険」とする点はそこじゃないようだ。
「問題は……。中央ルートに生息する魔物の中に蕾を持つ種がいることだな」
実際に魔物について語ってくれたのはロッソさんだった。
中央地下六階から七階へと降りて行き、最初に遭遇したのは「蕾を背負う亀」だったそうだ。
「大きさは一メートルくらい。動きは遅くて全身が薄い緑色。見た目は南の国にいるリクガメに近い。だが、口から火の玉を放つんだよ……」
蕾を背負った亀の行動は実に亀らしいノロノロした動き。しかし、敵だと認識した者には口から拳程度の火球を吐く。火球を吐く際は背中にある紫色の蕾がじんわりと光るようだ。
「他にも植物人間と同じように蔓から養分をもらっているようでな」
西側地下で目撃した植物人間の待機行動と同じく、背中にある蕾の根本から細長い管みたいなものを蔓に突き刺してエネルギー補給している姿も見られた。
ただ、床に生えるキノコを食べるシーンも見られたようだ。捕食行動に加えて、蔓からのエネルギー補給も同時に行うのだろうか?
しかし、魔法を使う魔物か。亀の魔物が一番厄介そうだと感想を抱いたが、まだ続きがあるらしい。
「他にもマリモみたいな魔物に……。あとは体中から触手みたいな蔓を生やす巨大ネズミ。花びらみたいな鱗を持つリザードマンと――」
「待ってくれ。なんだか種類が多すぎないか!?」
俺の漏らした感想にターニャとロッソさん、それにベイルーナ卿が揃って頷く。
「そう、そこが厄介だ。これまでのダンジョンは一階層に一種類、もしくは二種類程度の魔物しかいなかった。だが、中央ルートには様々な種類の魔物が混在している」
故に魔物毎に必要な対策がいくつも必要になる。ある意味で既存のダンジョンよりも厄介で「やりにくい」とターニャは評した。
「そして、どれも共通するのは例の蔓だ。蔓を生み出す水晶も当然あるだろう。蕾を持つ魔物もいることから、花粉による攻撃も予想できる。そこに加えて今度は魔法攻撃だ」
本当に対策する事が多すぎる。花粉だけでも厄介なのに、今度は魔法による攻撃まで。
中央ルートの調査は東と西以上にハードなものになりそうだ。
「魔法攻撃に関しては第二ダンジョン調査時に製造したタワーシールドが使えそうだ。しかし、下層には更に厄介な魔物がいると考えて行動すべきだろう」
対策についてはある程度の目途が立っている。しかし、下層には俺達の想像を越える魔物が存在する可能性だってあるのだ。
「いつもの如く、行ってみないと分からない。残念な事にな」
大きなため息を吐くベイルーナ卿。
「他にもよぉ。マジで最悪な魔物がいるんだよ……」
ロッソさんの言う「マジで最悪な魔物」とやらは、既に騎士団へ被害をもたらしているようだ。ここ数日の間に数人の騎士が死亡したとも報告された。
「だが、我々は進まねばならん」
しかし、どれだけ被害が出ようとも俺達はダンジョンの全貌を掴まねばならない。
「中央ルートは地下六階からスタートだ。上も下も調べなきゃならんからな。慎重に進めよう」
今回は階層の半ばからスタートとなる。これもいつもとは違ったケース。特殊な事ばかりな故に、オラーノ侯爵が言った通り慎重さが求められる調査となるのは明らかだろう。
「調査開始は明日からとする。まずは中央地下七階の調査だ」
オラーノ侯爵の宣言に俺達は無言で頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます