第227話 買い物と初めての帰宅


 騎士団本部からの帰り道、俺達は中央区のメインストリートで馬車を降りると買い物へと繰り出した。


 まず向かったのは雑貨屋だ。立ち寄った理由としては、ウィルが王国に来てから最低限の物しか購入していなかったからである。


 ウィルは帝都から王都へと移住してから騎士団の兵舎で暮していたようだ。兵舎にある個室には最低限の家具が揃っていて、個人用のタオルや衣類などがあれば暮らせるようになっている。


 しかしながら、俺とオラーノ侯爵が抱いた感想としては「もうちょっと揃えた方が良いんじゃないか」といったものだった。


 大小それぞれのタオルが五枚。私服も上下二セットずつ。下着は三枚。


 ウィルの持ち物はたったこれだけだ。旅行用に使うバッグどころか、買い物用のバッグで済んでしまうような内容である。


「外交官に私物を買うよう勧められなかったか?」


 荷物の少なさを見たオラーノ侯爵が問うと、ウィルは「勧められたが、帝都を脱出する際の支払金を払ってもらっているので」と遠慮してあまり買わなかったようだ。


 確かに帝国から他国へ出る際は多額の金を必要とする。俺も王国へ来る時に貯金の半分を支払うはめになったのは今でも覚えているさ。


 だからこそ、大金を国が負担してくれたという事実にウィルは申し訳なくなってしまったのだろう。


「これからはダンジョンに潜るんだ。必要な物を買い足そう」


「それが良い。金など気にするな」


 部下の面倒を見るのが上司の役目。ウィルが必要とするものは全て俺が払おうと思っていたが、その役割はオラーノ侯爵が担う事になってしまった。


「お貴族様に支払って頂くなど!」


 まだまだ帝国での貴族主義が抜けていないウィルは慌てふためく。だが、オラーノ侯爵も引かない。


「ウィルよ。ここは帝国ではない。王国貴族には王国貴族なりのやり方があるのだ」


 帝国の貴族主義は悪しき習慣、体制であるとキッパリ否定。


「年長者が若者を守れずしてどうするのだ」


 フンと憤りを露わにしながらも、大変カッコイイ言葉を告げた。俺も歳をとったらこうなりたいものだ。


 そういった経緯もあって、俺達は雑貨屋へと足を運んだわけであるが……。


「閣下。この度は我が商店に足を運んで頂き、ありがとうございます」


「邪魔するぞ」


 商店の中へ進入すると、さっそく侯爵家の威光がバリバリだ。きっちりきっかり礼儀正しくお辞儀する店員。それを見て更に萎縮するウィル。


 俺達が「これも必要、あれも必要」と商品を選ぶ中、ウィルは壊れたおもちゃのように無言で首を縦に振るだけだった。


 まぁ、ハンター向けの道具が揃う店であるが、さすがに王都中央区にあるだけあって第二都市の専門用品店より値段が高い。その分、質も抜群に良いのだが。


「……隊長のお下がりとか無いんですか?」


 小さな声で問うウィルの気持ちも分からんではないのだが、オラーノ侯爵はここで揃える気満々だ。


 もう支払いまで決めてしまっているし、諦めて欲しい。


 買った物は以下の通り。


 収納袋に大きめのリュック。ちょっとしたマッピングに使う手帳とえんぴつ数本。水筒や簡易食料を入れておく袋。替えの下着と衣類、それに予備のタオル。


 他にも新しい収納袋や武器の手入れ道具まで買い足した。


 あとは防具だが、ウィルが身に着ける防具はさすがに鍛冶屋じゃないと買えない。


「実はすぐ次の仕事に取り掛からねばならん。王都の滞在予定は二日としていたから……。今日中にサイズを測りに行くか」


 メインストリートのど真ん中でまだ一般公開していない「第四ダンジョン」の単語は出せない。


 ぼかしながらも語ったオラーノ侯爵は、連れていた使用人に「ウィルを鍛冶屋へ連れて行け」と命じた。使用人と共に鍛冶屋へ向かって、体に合う装備品の在庫があれば即購入するように、とも。


 合流は馬車の場所でと決めて、使用人と共に向かって行くウィルの背中を見送った。俺達はどうするのかと問おうとすると、先にオラーノ侯爵が「宝石店へ行くぞ」と言い出したのだ。


 ウィルの件もあるし、宝石店の件は後日で良いかとも考えていたのだが――


「私はともかくとして、お前は苦労したウィルの前で金の話はあまりしたくないのだろう?」


 俺の本音は見抜かれていたようだ。彼の言葉にため息を零してしまった。


「ええ。彼の身に起きた事を思うと……。正直、心苦しいです」


「あやつも言っていたが、お前のせいではあるまい。どれだけ強くても全員を救えるわけじゃないのだ」


 特に金や爵位が関係すると厄介極まりない。どれだけ剣を強く振れても、この二つに関しては剣が無力となる場合もあるとオラーノ侯爵は語る。


「これからを支えてやれ。それしかあるまい」


「はい」


「だが、お前自身も蔑ろにしてはいけない。自分を犠牲にして他人へ幸福を与えるのではなく、自分自身も含めて幸福を得なければな。となると、指輪を後回しにするのも問題だ」


 ありがたい言葉と気遣いを頂きながら、俺はオラーノ侯爵と共に宝石店へと向かった。    


 侯爵家御用達の宝石店はすぐ近くにあるらしい。夕方ということもあって人通りが多くなってきたメインストリートを歩いて進む。


 周囲にいる人達は侯爵様が歩いているという現状に気付いているのだろうか。


 宝石店に到着すると、ここでも待遇はすごかった。


 商会長が奥からすっ飛んで来て、俺とオラーノ侯爵は個室へと案内される。落ち着いた雰囲気の個室で高級感溢れるカップに紅茶を注ぎ、商会長自らが話を聞いてくれるのだ。


「王国十剣であるアッシュ様の結婚指輪を当商会がご用意できるとは……。光栄に存じます。お任せ下さい」


 しかも、俺の正体まで把握しているようだ。さすがは王都で一二を争う宝石店である。


「指のサイズは分かっているのか?」


「あ、はい。いつか必要になると思って調べさせてもらいました」


 第二都市で宿暮らしをしていた頃の話だ。ウルカと恋人になってからは結婚も意識していたし、いつかは絶対に買うと決めて指のサイズを測らせてもらった。


 何度も頭の中で反芻させて絶対忘れないようにしていた努力が遂に実ったというわけだ。俺はスラスラと指のサイズを告げて、次は指輪のデザインを決めることに。


 ここでは商会長がオススメするトレンドを取り入れる方針に決定。


 指輪本体は銀、取り付ける宝石は希少価値の高い「レッドダイヤモンド」となった。


「レッドダイヤモンドは東の鉱山で採取される今注目の宝石です。王国ではルビーが愛の象徴とされていますが、こちらは永遠の愛を象徴すると囁かれています」


 近年になって加工技術が向上した事もあり、レッドダイヤモンドの美しい輝きは貴族界隈で一躍有名となった。最近では貴族令嬢達がこぞって「欲しい」と口にする宝石のようだ。


 希少価値も高いが、やはり注目されたのは色である。ルビーよりも色が濃く、恋愛よりも一歩先、永遠の愛を象徴する色であると噂が巡って更に人気が高くなった。


「台座の加工はいかがしましょう?」


 いくつかデザインの絵を見せてもらい、その中から花のようなデザインをチョイス。


 全てが決まったあと、商会長が告げた値段は――調査隊に参加した際に払われる報酬の二回分とだけ言っておこう。


 大きな出費であるが、愛する彼女に捧げる指輪だ。これくらいの値段は払って当然。


 また稼げば良いだけだ。


 指輪の製作期間は二週間となったが、問題は受け取り日である。


「二日ほど王都に滞在した後、また仕事がある。次は三週間ほど向こうで滞在する必要があるだろう」


 先ほど語った通り、極秘事項とあって詳細な内容は店の中では語れない。仕事と称したのは第四ダンジョンの追加調査だろうが、今度は三週間ほどの調査期間を予定しているようだ。


「では、三週間後に王都へ戻ったら受け取りに来ます」


「承知しました」


 打ち合わせが終わると、俺達は商会長による丁重なお見送りをされながら店を出た。


「そろそろ採寸も終わっているだろう」


 宝石店での打ち合わせに結構な時間を使ってしまった。俺とオラーノ侯爵は歩いて馬車へと戻ると、馬車の前には既にウィルと侯爵家の使用人が立って待っていた。


「どうだった?」


「採寸を行い、専用の鎧を作ることにしました」


 オラーノ侯爵の問いに答えたのは使用人の男性だ。対するウィルは恐縮するように「すいません」と謝罪を口にした。 

    

「気にするな。鎧は命を守る物だからな。いくら金を掛けても良い。出来上がりまで何日掛かる?」


「三週間程度との話です」


 しかし、残念ながらすぐにとはいかなかったようだ。イチから作る事もあって時間が掛かる。こればかりはしょうがない。


 受け取りのタイミング的には丁度良いのかもしれないが。


「ならば、それまで王都騎士団の鎧を使っておけ」


 専用サイズの鎧が出来上がるまでは王都騎士団で発注した鎧の中から体に合う物を選ぶことになった。


 王都騎士団に所属する者の中にはウィルと同じ体型をした者も多いし、合う鎧があるんじゃないだろうか。最悪は鎧じゃなく胸当て等で代用するしかないか。


「さて、帰るとしよう」


 買い物を終えて、俺達は屋敷へ戻ることに。


 帰った場所は俺の屋敷だ。


「お、大きい……」


「王国十剣の称号を得たら、屋敷までセットだったんだ……」


「す、すごいですね……」


 これに関しては俺も驚いた特典だった。まさかこんな立派な屋敷をポンと与えてくるなんて予想していなかったからな。ウィルも王国の気前の良さに驚きを隠せないようだ。


「おかえりなさい」


 中に入ると、出迎えてくれたのはウルカとマリアンヌ様。それに使用人達である。


 おかえりと言ったウルカはすっかり屋敷に馴染んでいる様子。堂々としている様は元貴族令嬢として当然か。


「あれ? ウィル先輩?」


「やぁ、ウルカ。久しぶり」


 久しぶりの再会に二人とも笑顔を浮かべる。ウィルにマリアンヌ様の紹介を終えたあと、食事の前に事情の説明となった。


 本部で語ってくれた事を再び語り終えると、ウルカとマリアンヌ様はそれぞれのリアクションを見せた。


 帝国の貴族主義を知るウルカは深いため息を零しながら「最悪」と口にして、帝国の貴族主義を深く知らないマリアンヌ様は静かに怒りを胸の内に秘めるといった感じ。


「大変だったわね。ご家族の事は残念だけれど、王国に来たのは正解だわ。もう貴方を苦しめる貴族はいない。仮にいたとしたら……私に言いなさい?」


「ハッ! かしこまりました!」


 マリアンヌ様の言葉にウィルは飛び上がりながら帝国式の騎士礼を見せた。侯爵夫人からのありがたい言葉に感動したのか、それともマリアンヌ様から醸し出される「怒り」に緊張しているのか。


 どちらかは不明であるが、マリアンヌ様は「そう畏まらなくて良い」と口にして笑顔を見せた。


「まずは食事にしましょう。まずはお腹いっぱいにならないと、幸せは掴めないものね!」


 その後は和気あいあいと夕飯を摂った。作ったのはウルカでマリアンヌ様はあくまでもサポートだけだったらしい。やはり俺の屋敷で振舞われる料理はウルカの手料理じゃないと、と伝統を重んじるマリアンヌ様が告げる。


 加えて、この味が俺達家族の味になるのだと言われて、俺は感動してしまった。


 食事を終えて少し談笑したあと、屋敷での食事会はお開きとなる。


 オラーノ侯爵夫妻は自宅へと戻る事になったのだが――


「今夜は二人で過ごすのがよかろう。ウィルはうちに泊めるから心配するな」


 ウィルは最後まで「安宿か兵舎に戻る」と言っていたが、逃がさないとばかりにマリアンヌ様が説得。結局は二人に引き取られることになった。


 三人を見送ったあと、俺達は揃って屋敷の中へ戻った。中に戻った俺の目に映ったのは、豪華なエントランス。


「なんだか不思議な光景だ……」


 帝国を飛び出して、王国でハンターになって。王国十剣の称号を得て、こんな大きな屋敷で暮らすことになった。


 隣には俺の子を身籠ったウルカがいる。俺達二人を支える使用人の人達がいる。


 俺が王国に来た時には想像もできなかった光景だ。


「全部、先輩が頑張って積み重ねてきた結果ですよ」


 これまで嬉しいこともあったし、悲しいこともあった。ウィルの身に起きたことには後悔すら覚える。


「これからも色々あると思います。辛いことも起きるでしょう。ウィル先輩の身に起きた出来事にも責任を感じていると思います」


 俺の胸の内を読んだかのように言ったウルカは、俺の手をぎゅっと握って――


「でも、先輩なら大丈夫です。私がずっと傍にいて、支えますから」 


 俺達なら大丈夫。全て上手くいく。


 そう言って笑ってくれた。

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