第226話 頼もしい元部下 2
ウィルの事情を聞いた後、俺はどれだけウィルが有能かをオラーノ侯爵に語ってみせた。
帝国騎士団では一二を争う怪力の持ち主である点、過去に起きた魔物の氾濫ではミレイ以上に魔物を屠った点、そして人柄も品行方正で優しい人物であることを。
聞いていた本人は否定したり、謙遜を続けていたが、俺の語った内容は全て事実である。
「なるほど。その怪力は気になるな」
話を聞いてくれたオラーノ侯爵が一番興味を持ったのはウィルのパワーだ。どれだけの実力なのかと実際に見てみたいと言い出して、俺達は再び訓練場へと赴いた。
「おや、お戻りですか」
訓練場で出迎えてくれたのは指導官としてルーキー達を教育していたアルフレート殿だ。
「アッシュ自慢の男がどれほどなのか、実際に見たくてな」
ニヤッと笑いながら言うオラーノ侯爵。それに対し、アルフレート殿も真剣な顔で頷いた。
「私は既に拝見させて頂きましたが、中央でも即戦力となるでしょうね」
王国に到着して騎士団での訓練を進められたウィルであったが、当初は「お貴族様を相手にするのか」と恐縮しているシーンもあったようだ。そのせいか、最初は上手く自分の強さを見せられなかった。
しかし、アルフレート殿の「王国騎士は貴族の格など通用しない」という言葉もあって本来の力を出すようになったんだとか。
ウィル本来の実力を見たアルフレート殿は「王都騎士団の隊長格」と正直に評価。即戦力になるという意味ではこの上ない評価と例えだと言えるだろう。
「模擬戦を見れるか?」
「ええ。先ほどまで行っていた模擬戦の続きにしましょう」
アルフレート殿はベテラン騎士達を呼び出し、ウィルと模擬戦をするよう命じた。
若干ながらベテラン騎士達の表情が悪い。乗り気じゃないというよりも「キツそうだ」と感じているように見える。
まぁ、当然だな。俺もウィルと模擬戦する際は特に気合を入れていたし。むしろ、しっかりと心構えしないと簡単にやられてしまう。
過去の記憶を思い出しつつ、ウィルを見送った。
ベテラン騎士は木剣を持ち、ウィルも木で作られた片手斧を持つ。
模擬戦で使用するウィルの武器は片刃の片手斧であるが、彼が得意とする武器よりも重量が遥かに軽い。
本来は身の丈以上もあるバトルアクスを振るのだが……。あんなものは人に向けて振っちゃいけないと心底思う。特にウィルの場合は。
「始め!」
剣を構えたベテラン騎士と斧を構えたウィルの模擬戦が始まった。
最初に飛び出したのはウィルである。彼が突撃していく様を見て「ああ、いつもの彼だ」と懐かしさを感じた。
「おおおおおッ!!」
「ぐうっ!?」
丸太のように太い腕が振るう斧はとんでもないパワーを秘めている。それを防御した剣に当たった瞬間、ガヂンと恐ろしい音を立てた。
木の斧がウィルのパワーに耐えられないんじゃないかと心配になるくらいの衝撃音だ。このまま数回打ち合ったら武器がダメになるんじゃないだろうか。
俺がそう思っていると――
「今日だけで既に四本壊れています」
ニコリと笑ったアルフレート殿が訓練場の端っこを親指で指差した。そこには持ち手の半ばで折れた模造品の片手斧が四本放置されている。あれは全てウィルが模擬戦で叩き折ったモノらしい。
「お前が自慢するのもよく分かる。恐ろしい力だな」
横で見ているオラーノ侯爵の表情も真剣だ。彼はウィルの動きを追いながらいくつか質問してきた。
「普段はどのような武器を?」
「身の丈以上あるバトルアクスです。過去の氾濫では魔物を一撃で叩き潰していました」
あれは酷かった。叩き潰された魔物に同情してしまうくらい酷い有様だったからな。
「戦い方は変わっとらんか?」
「ええ。彼は常に前へ前へと出る男ですよ。執務室でも語ったように、普段は品行方正で優しい人物です。ですが、いざ戦闘となれば巨大な斧を振り回して敵を殲滅する頼もしい男です」
ただ、斧を振り回すだけの男じゃない。重量のある鎧を着込み、勢いのままショルダータックルも平気でするような男だ。
攻撃のバリエーションも豊富だし、頭も良いのでフェイントにも強い。どんな手を使っても「絶対にパワーで捻じ伏せる」という考えが根底にあるが故に結果に至るまでの選択肢選びが上手い。
「帝国騎士団には彼以上の怪力が?」
「いえ、同じくらいの男が一人いました。ですが、既に怪我で引退してしまいましたね」
オラーノ侯爵の問いに対して俺が思い出しながら告げると、逆側にいたアルフレート殿が大きく息を吐いた。
「……彼と同じような人物が何人もいたら、帝国騎士団は化け物揃いって評価になりますよ」
「アッシュもだが、どうして帝国で爪弾きにされるのだ? 帝国騎士団の上層部は馬鹿なのか?」
首を振るアルフレート殿がいる一方で、オラーノ侯爵は呆れ気味に問うた。
「私はまた違った理由がありましたが、ウィル達は優秀だから弾かれたのです。貴族家出身の騎士が活躍できなくなりますから。活躍できないと出世できませんからね」
といっても、出世を狙うボンボン達は魔物に臆して戦いを避けていたが。あくまでも治安維持を名目とし、貧民から盗賊に堕ちなければならなかった者達を
まぁ、貴族家出身であってもウルカのような例外も存在するのだが。ただ、これは本当に稀な存在としか言いようがない。
「アッシュ殿やウィル殿には申し訳ないが、クソですね」
アルフレート殿はハッキリと評した。
だが、俺も「その通りです」と素直に頷く。帝国騎士団が腐っていたのは事実だしな。
良心を持つ人間ほど帝国騎士団の現状に耐えられない。そういった者達は騎士団を辞めて傭兵になったり、田舎に帰って畑を耕して生活している。
「しかし、我々には好都合だ」
……好都合の意味はあまり深く聞かない方が良いだろうか。ウィルの事情を聞いていた時のオラーノ侯爵が頻繁に見せた激しい憤りを思い返すと、どうにも勘ぐってしまう。
「即戦力がダンジョン調査員として加わるわけですからね。頼もしいという感想以外ありません」
だが、逆側に立つアルフレート殿は「ダンジョンで」と言った。
俺も帝国の現状には呆れかえるし、怒りを覚えはするが……。国と国との問題には首を突っ込みたくない。
特にウルカが妊娠している今は。戦争よりもダンジョンで金を稼いで家族を養う方が、俺の中で優先順位が高いというのが正直な気持ちだ。
王国十剣という立場からすれば逃れられないタイミングもあるかもしれないが……。
「ううむ。見ていて気持ちの良い戦い方だな」
俺が内心抱えた不安を掻き消すように、オラーノ侯爵がウィルを褒め称えた。
俺も深く考えるのは止めておき、ウィルの観戦に集中する。
「確かに男らしい戦い方ではありますね」
ウィルはとにかく突っ込む。だが、先ほども語ったように馬鹿の一つ覚えのようには突っ込まない。
男が惚れるような思い切りの良さを見せつつ、同時に熟練の騎士が思わず「おお」と声を漏らしてしまうような技術も使うのだ。
なんだろうな。他国に存在する剣闘士と呼ばれる者達――観客を熱中させるような「魅せる戦い方」に似ていると言えばいいのかな?
そういった表現を口にすると、アルフレート殿が「分かります」と首を縦に振った。
「男は誰でも大胆かつ勇敢に敵へと突っ込んで行く戦い方に一度は憧れますからね」
「敵を恐れず前に進む姿は確かに魅了される者も多かろう。しかし、ただ突っ込むだけじゃない。あれは目線と立ち回りで相手の行動を制限しているのか」
たった今、ウィルが相手に肩を当てて突き放したのも相手の勢いを殺すためでもあるが、自分のパワーに慣れてきた相手へ攻撃のバリエーションを見せつけつつ、熟練の騎士相手に「まだ手の内がある」と錯覚させるためだ。
一連の行動も「読んだ」オラーノ侯爵は流石としか言いようがない。的確にウィルを分析していらっしゃる。
「あの力、受け止められるか?」
「受け止めたくはないですね。模擬戦で受け止めた者は腕が痺れて剣を離してしまいましたよ」
斧を振り下ろし、斧に掛かる空気抵抗までもを捻じ伏せてしまうようなパワー。それを見たアルフレート殿は「絶対に嫌だ」と首を振る。
「アッシュは受け止められたか?」
「無理でした。アルフレート殿が言ったように腕が痺れて剣が握れなくなります」
今なら身体強化を使って受け止められるかもしれない。だが、通常状態だったら無理だ。避けて機会を窺う以外に選択肢は無いだろう。
それを考えていたタイミングで、俺は一つ面白いことを思い出した。
「ウィルが帝国騎士団で何と呼ばれていたか教えましょうか」
これは蔑称として呼ばれていた異名であるが、彼はそれほど「恐れられていたから」こそ呼ばれていたのだろうと思う。
「ミノタウロスです」
ミノタウロスとは神話に登場する牛の化け物だ。人を握り潰すほどの怪力を持ち、ウィルと同じく巨大な斧を振るって戦うという。
ウィルは神話の化け物に例えられるほど恐れられていたのだ。帝国騎士が蔑称として呼んでいたのは身に感じた恐ろしさを紛らわすためだったのだろう。
「なるほど。恐ろしい化け物に例えるのも納得です」
「だろうな。軟弱者ほどよく吠える。ミノタウロスに潰される人間だったからこそ出た例えだ」
弱い者ほどよく吠える。恐ろしさを感じてしまい、己の恥じを自覚したからこそウィルを馬鹿にした。
鼻で笑うオラーノ侯爵の感想は尤もだろう。
「しかし、あれはミノタウロスというよりもアタージャだな」
「アタージャ?」
初めて聞く名に首を傾げると、オラーノ侯爵は「王国騎士団が結成された当時に活躍していた騎士の名だ」と教えてくれた。
王国騎士団では重装兵達が特に憧れを抱く「重騎士」なんだとか。分厚い鉄の鎧を身に纏い、ハルバードを駆使しながら戦った勇猛な騎士だったそうで。
見た目もウィルのように大きな体を持ち、戦場では一番に敵へと突っ込んで行っては敵を討ち取りまくる猛者。しかしながら、戦いの場以外では優しい笑顔が絶えない人物だったようだ。
その話を聞いて俺は「なるほど」と感心してしまった。
ウィルの戦い方を考えると、確かにミノタウロスよりもアタージャの方がしっくりくる。それに彼は騎士として恥じない人格の持ち主だしな。
「そろそろ決着ですかね?」
ウィルのバトルコントロールにも上手く対応していたベテラン騎士であるが、一歩上手だったのはウィルの方だったようだ。
ウィルの度重なる圧力に根負けしてしまい、上段からの一振りには焦りが見えた。対し、ウィルはその焦りを見逃さない。元上司の俺からすれば「よく耐え、よく見逃さなかった」と褒めたいところ。
半歩、いやそれよりも少ないか。ウィルはほんの僅かの後退で剣先を躱し、返すのは同じく上段に構えた渾身の一撃。
「おおおおおッ!!」
気合と熱の篭った一撃が落ちる。しかし、相手もこれまでの経験と勘で何とか対応してみせた。咄嗟に剣を戻して、剣の腹で斧を受けたのだ。
「ぐっ!?」
滅茶苦茶な力で振り下ろされた斧を受け止めるも、腕がビリビリと痺れたに違いない。それでも剣を離すまいと耐えたのは王都騎士団に所属している騎士としての意地とプライドだろう。
だが、勝負は決まった。
「あッ!?」
ウィルの振るった斧がバキッと折れてしまったからだ。既に折れた四本と同じように、持ち手の半ばからバキリと折れた。
「ああっ!? ごめんなさい! ごめんなさい!」
五本目の斧を折ってしまったウィルは、先ほどまでの獰猛な雰囲気を一変。いつもの優しく礼儀正しい男に戻って何度も謝罪を口にした。
「ああ、大丈夫。気にするな。折れたって構わないから」
「そうそう! 模擬戦用ならよくあることだから!」
「すいません! すいません!」
対戦相手、それに周りで見守っていた騎士達にも慰められるウィルは半泣き状態だった。
それを見たオラーノ侯爵は――
「ははは! 面白い男だ!」
どうやらウィルを気に入ってくれたようだ。
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