第225話 頼もしい元部下 1


「ウィル!」


 懐かしい顔を見て、俺は思わず笑いながら子供のように手を振ってしまった。


「アッシュ隊長!」


 彼も同じ気持ちを抱いてくれたのか、俺とリアクションが全く同じだった。懐かしさもあるが、未だに心が通じているようで嬉しさが増す。


 大きな体と大きな武器を振る姿には似合わない、優しい笑顔を浮かべて。小走りで向かって来る彼をオラーノ侯爵と共に迎えた。


「ウィル、いつ来たんだ?」


「実は王国の外交官殿にスカウトされまして」


 彼の語った事実に驚いていると、隣にいたオラーノ侯爵が俺の背中を叩いた。


「以前、彼について話を聞いただろう? すぐにスカウトするよう王城に報告したんだ。思いの他早かったと私も驚いているがな」


 オラーノ侯爵にウィルについて語ったのは、第三都市を歩いている時が最初だっただろうか。その後、食事している時や第四ダンジョンへ向かっている間などにちょこちょこ聞かれてはいたが。


「積もる話もあるだろう。私も話を聞いておきたい。私の執務室へ行くとしよう」


「はい」


 ウィルと合流した俺はオラーノ侯爵と共に執務室へ向かう事になった。


 執務室のソファーに座り、紅茶を飲みながらゆっくりと話す事に。最初の話題は俺が帝国騎士団を抜けた後、ウィルがどうしていたかという話になった。


 ただ、彼の話を聞いて……。俺は自分の行動を後悔してしまったというのが正直な気持ちだ。


「隊長が抜けたあと、ミレイとウルカと同じように騎士団を辞めました。実家に戻って商売の手助けをしようと。最初は順調だったのですが……」


 ウィルは怪我をした兄に代わって、他領からの輸入と輸送を担当することになった。


 帝国には貧しい者も多く、そういった者が盗賊へ堕ちることが多々ある。仕入れた商品の輸送を行う商会の馬車は狙われやすく、自衛するための護衛として傭兵を雇うのが常識だ。


 しかし、ウィルは独自の力でそれを成していた。輸送に掛かる人件費が削れて、実家としても大助かりといったところ。


 何度か自力で盗賊を叩きのめしていると、盗賊の間で噂になったのかウィルが駆る帆馬車は狙われなくなったのだとか。順調に利益を積んで、商会周辺に住んでいる貧民達に施しを差し出せるほどの余裕が出来た。


「父は元貧民でしたから。それに周辺に住む人達は昔からの顔馴染みや友人も多かったので」


 彼の父は積極的に仲間達を助けていた。自分も貧しく、腹を空かせて育ったこともあって見過ごせなかったのもあるのだろう。


 しかし、その善意の行動が貴族の耳に入ってしまった。


「最初は孤児院を建てるので寄付をしてほしいと言ってきました。といっても、そのようには見えませんでしたけどね」


 ウィルの実家にやって来たのは若い貴族だった。恐らくは貴族家のお坊ちゃんだろう。


 貴族は仲間数人、それに護衛と思われるガラの悪い傭兵と共に「孤児院を建てる」という建前の元で寄付を要求。帝国では貴族には逆らえないのもあって、ウィルの父は素直に金を差し出した。


「それがどんどん加速していきました。少額だった金額も徐々に大きくなっていき、最終的には払えないほどの額になりました」


 徐々に金額が上がっていく寄付を払い続けなければならなかった。もちろん、孤児院なんてものは建つはずもなく。最終的には莫大な金額を要求されたが、さすがに無いものは払えない。


 金が無い事を説明すると、貴族のお坊ちゃんは激怒して帰って行ったようだ。


「翌日、徴収官がやって来ました。商売するための権利税が未払いになっていると。既に払っていましたが、払ってないと言われたんです。恐らくは貴族が差し向けたのでしょうね」


 何度説明しても「払われていない」の一点張り。未払いである証拠もなく、一方的に実家を取り上げられた。その上、税金未払い分の徴収として母と妹は娼館に売られてしまった。


 残されたウィル、父と兄は路上生活を余儀なくされた。それでも金を稼いで家族を娼館から取り戻そうと奮起していたようだ。


 しかし、最悪の事態は更に続く。


「傭兵となった私が仕事から戻ると、父と兄は死んでいました。周囲の人から聞き込みをした結果、病死だと言われましたが……。既に遺体は処分されていて……」


 金を稼ぐために傭兵となったウィルは数日間の護衛で帝都を離れていた。戻って来ると、父と兄は路上で死亡したと知らされる。


「死んだ父と兄を最初に発見したのは実家の周囲に住む貧民でした。彼は父の友人だったのですが、彼の話によると毒殺に似た状態だったと」


 ウィルの父と兄は大量の吐血を行った末に死亡していたようだ。吐血は口からだけじゃなく、目や鼻からも起きていたという。


 そのような症状を起こす流行り病は起きていなかったし、路上生活を送っている貧民の死体が早急に処理されるという点も帝都貧民街からすれば異常な事態であった。


「それでも私は諦めませんでしたよ」


 ウィルは歯を食いしばりながら語り続ける。


 父と兄を失ったが、それでも母と妹はまだ生きているのだ。娼館から取り戻すべく、傭兵の仕事を続けて金を貯めた。


 しかし、結局は――


「母と妹も死にました。いや、殺されたと言うべきでしょうね」


 帝国帝都にある低級娼館は娼婦に対しての扱いが最悪だ。満足なアフターフォローもなく、金を稼ぐだけの道具としてしか見ちゃいない。


 母は客だった貴族に殴り殺され、妹は違法薬物の過剰摂取によって死亡。これはウィルが傭兵仲間を通じて後々集めた情報のようだが……。


「なんという事だ……」


 話を聞き終えたオラーノ侯爵は憤りを露わにした。このような現実があってよいものか、と。


「……ウィル、すまない」


 全ては俺が後先考えずに騎士団を辞めてしまったせいだろう。俺が苦境に耐えていれば、彼の人生は違った道を歩んでいたかもしれない。


 しかし、謝罪する俺に対してウィルは首を振った。


「アッシュ隊長のせいではありません。恐らくは……。どう足掻いていても同じ運命を辿っていたかもしれません」


 その証拠に帝都では貧民街にある商会がどんどん潰れていったようだ。これはウィルの実家が取り上げられた時期と一致しているようで。


 実家の件もあって不審に思ったウィルが調べてみると、帝都に住む若い貴族が商売に失敗して借金を作ったという事が判明した。


 借金返済に苦労していた貴族はウィル達のような「ほんの少し金を持っている」者達から毟り取る事にした。貴族という立場を利用して、他人の命と引き換えに借金返済を行ったということだ。


 要は貴族の暴走がウィルの家に不幸を齎した。


 これは仮に俺達が帝国騎士団に所属し続けていても「貴族の借金問題」が起きていたら、ウィルの実家は狙われていただろうと予想できる。


 奴等は帝国騎士団に所属する息子がいたとしても、平民であれば問答無用に踏み潰すからな。


 しかし、それでも俺に責任が無いとは言い切れないだろう。


 もし、彼を誘って王国に行っていたら。俺が王国での成功の兆しを感じた時、彼と家族を王国へ呼んでいれば。


 このような悲劇は起きなかったかもしれない。実際に悲劇が起きた後の「もしも」など考えても意味はない。しかし、それでも考えられずにはいられなかった。


「私は生きる気力を失くし、酒場で腐っていたところを王国の外交官殿が訪ねて来てくれたんです。王国でやり直さないか、と」


 でも、とウィルは言葉を続けた。


「私がローズベル王国へ行こうと思ったのはアッシュ隊長がいたからです。貴方が王国にいなければ、私は躊躇していたでしょう。貴方が王国に移住していて、前例となってくれたから安心感があった」


 今も尚、そう言ってくれて、信頼してくれる彼の気持ちが嬉しかった。


 俺は膝の上にあった拳を握り締め、彼に告げる。


「ウィル。俺のパーティーに入ってくれ。君の力が必要だ」


 同時に俺は彼を世話する義務がある。彼が幸せな人生を送れるよう、支えて見届ける義務がある。


 俺は隣に座るオラーノ侯爵に「構いませんね?」と問うた。


「勿論だ。アッシュの元部下であれば戦力として申し分ないだろう。既にミレイやウルーリカという前例もある。私が断る理由はあるまいよ」


 よし、許可は得た。


「ウィル、もう一度俺にチャンスをくれ。俺と共に一緒に行こう」


 過去は変えられない。悲しみは消せない。


 でも、新しい人生が幸せに満ちたものになるよう手助けはできるはずだ。ウィルの実力なら自力で名声を得ることも可能だろうが、それまでの時間短縮になってくれればいい。


 それに王国十剣の称号を得た今の俺なら、彼にとっての生活基盤や名声を得る足掛かりくらいは作れるだろう。 


「隊長、またお供させて頂きます」


 俺とウィルは立ち上がって握手を交わした。


 これでジェイナス隊は全員が揃った事になる。ウルカが抜けた穴はウィルが埋めてくれるだろう。


 彼と共に戦うのが楽しみだ。

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