第224話 屋敷の引き渡しと懐かしい顔
オラーノ家で一泊した翌日、俺とウルカは朝早くから王城の文官達と会っていた。
文官達、そして付き添いであるオラーノ侯爵とマリアンヌ様両名と共に向かったのはオラーノ家の屋敷から数分ほど歩いた場所にある屋敷。
今日は朝から屋敷の引き渡しが行われる事になったのである。
「すげえ……。これが俺達の家なのか……」
「はぁ~……」
俺とウルカ、どちらも口を開けながら田舎者全開の態度で見上げるのはオラーノ家にも負けぬほどの大きな屋敷。
元子爵家であった屋敷をリフォームして完成したのは、真っ白な外壁と茶の屋根を持つ豪華な屋敷だった。
大きな屋敷だけじゃなく、かなり広い土地もセットで与えられるというのだから驚きだ。
入り口である巨大なアーチ状の鉄柵門からは一直線に舗装された道が玄関まで続き、玄関はまるで神殿の入り口のような二本の柱が玄関部分の上部にある小さな屋根を支えていた。
玄関ドア自体も芸術品のようだ。金属製のドアには過剰にならないよう控えめな花の彫りモノが施されていて、それが高級感を演出していた。
屋敷を囲む庭は十分すぎるほど広く、後々に庭園やらを建てられるように整備されているらしい。
「では、中に入りましょうか。こちらが鍵です」
文官に鍵を渡され、家主である俺が最初に玄関を開ける。
鍵を差し込む際は緊張で手が震えてしまった。恥ずかしい。
屋敷の中に入ると、これまた立派なエントランスが俺達を迎えてくれる。
「はぁ~」
「はわ~」
中に入っても言葉が出ないくらいに口を開けっ放しにする俺とウルカ。
広いエントランスの中央には二階へ上がるための豪華な階段。エントランスの左側には客室がある廊下へ繋がるドアがあって、右側は一階のリビングや食堂に繋がっているようだ。
「ふむ。なかなかに綺麗な仕上がりだ。上のシャンデリアを灯すスイッチは?」
「エントランス用のスイッチはこちらの壁側に。目立たぬよう壁の色と同じ壁箱にしました」
エントランスを明るく照らすのは、天井にあるシャンデリアと壁に取り付けられた魔導ランプだ。天井のシャンデリアも魔導ランプのシャンデリア版といった感じらしい。
シャンデリアや魔導ランプは壁と天井の中を這う動力線で繋がっている。動力線は壁に取り付けられた集合端末に繋がっていて、集合端末に魔石を差し込む事で全ての魔導具へと魔力が供給される仕組みになっているようだ。
各魔導具にわざわざ魔石を差し込む必要がなく、集合端末側の魔石を変えるだけで一括管理できるというわけだな。集合端末には各魔導具と繋がったレバーもあって、好みの明るさを調節できる仕組みにもなっていた。
この集合端末は最近実用化された最新式の魔導具だという。
他の部屋も集合端末が取り付けられているようで、まさに最新式の技術を取り入れた屋敷となっているようだ。すごい。
「一階には客間が六部屋。リビングと食堂、屋敷の後ろ側には使用人用の部屋や待機所があります」
屋敷全体の形は長方形型になっていて、一階は基本的にお客さんと使用人用といった部屋が主になっている。屋敷の丁度真ん中は広間になっていて、屋敷で夜会等を開く際に使われるようだ。
右手の扉から先にあるリビングも十分な広さがある。大きなガラス窓が配置されており、庭の様子を見る事もできるようだ。すぐ傍に花壇や庭園を造れば花が咲き誇る景色を見ながらゆっくりできるのではと思えた。
食堂もかなり広い。十人以上が座れるテーブルと椅子、それに広々としたキッチンには最新式の調理器具と魔導具が。家の味を守る伝統を大事にするローズベル王国の女性にとって使いやすさと利便性を追求した作りになっているそうだ。
他にもオラーノ家にあったような大浴場も完備しているし、地下には食料庫とワインセラーまで揃っているようだ。すごい。
「二階がプライベートエリアですね」
二階には寝室や執務室、それに子供部屋が揃っている。
「はぁ~」
「はわ~」
もうさっきから俺とウルカは気の抜けた声しか出していない気がする。だが、どれも十分すぎる広さを持った部屋を見たら当然の感想だろう。
寝室なんて超巨大なベッドがあって、王都の景色を見ることができるバルコニーまであるんだ。加えて、俺とウルカの寝室にはシャワー室まで完備されている。
宿暮らしが長かった俺達からすれば夢のような、圧倒されるような……。
しかし、子供部屋が六部屋もあるのは何故だろうか。最低でも六人は子供を作れという国からの圧なのだろうか。
「基本的な家具はご用意しましたが、足りない分はご自分達で揃えて下さい」
と言われても、暮らすには十分すぎるほどの家具が揃っている。食器類なんかも棚に揃っていたし、もうこのまま暮らせるだろうと思われるが。
逆に何が足りないの? と聞きたいくらいだ。
「これで引き渡しは完了になります。最後にサインを下さい」
屋敷の案内や魔導具類の取り扱い説明が終わり、最後は引き渡し完了のサインをして終了。サインを受け取った文官達は「ありがとうございました」と言って帰って行った。
屋敷のエントランスに残されたのは俺とウルカ、それにオラーノ侯爵夫妻。
「王都にいる間は自分の屋敷で寝泊まりする方が良いだろう。せっかくの新居だしな」
「アッシュ君が不在の間、ウルカちゃんはうちに泊まりに来なさい。一人じゃ寂しいでしょう?」
オラーノ侯爵夫妻の気遣いに礼を言うと、次は屋敷で働く使用人達の紹介に移った。
「メイド長のリアラと申します」
「執事長のカーソンでございます」
リアラさんは三十歳の女性。カーソンさんは今年で五十になる方だ。
どちらもオラーノ家で働いていたベテランであり、メイド長であるリアラさんは主に家事の手伝いを。執事長であるカーソンさんは家に関する役所手続き等、家を維持するに必要な事を手伝ってくれる。
他にも若いメイドと執事が三人いて、彼等が家の管理を手伝ってくれることになった。
「アッシュ様とウルカ様が快適に暮らせるよう、誠心誠意尽くさせて頂きます」
綺麗に揃ったお辞儀を披露する使用人達を見て、俺は逆に圧倒されてしまった。
家族を養うこと、家を維持すること。これらも大切であるが、俺達を支えてくれる彼等にも十分な給金を渡せるよう稼がなければならない。この家の雇い主は最悪だ、などと言われないようにしなければ……。
「じゃあ、さっそくお掃除から始めましょうか」
そう言い出したのはマリアンヌ様だ。
新居が引き渡された際は掃除から始めるのが普通らしい。周囲を見渡しても綺麗な状態だと思うのだが、これは庶民的な感覚なのだろうか?
「掃除している間、アッシュを借りるぞ」
ウルカとマリアンヌ様は使用人達と共に屋敷の掃除。その間、俺はオラーノ侯爵に連れ出されて騎士団本部へと向かう事になった。
馬車での移動中、騎士団本部に向かう理由を問うと――
「会わせたい者がいる」
とだけ言われた。誰なのかは会ってからのお楽しみだと。
そう言われては楽しみにする他ないだろう。
馬車の中でオラーノ侯爵と二人きりという事もあり、このタイミングで俺は聞いておきたい事を問う事にした。
「ローズベル王国では結婚する際にどうすれば良いのですか?」
帝国では貴族以外は基本的に手続きする必要がなかった。平民は勝手に暮らせって感じだ。税金も徴収官の機嫌に左右するという曖昧かつ最悪なものだったしな。
俺は騎士団に所属していたのでそういった苦労は免れていたが……。
「基本的には王都にある出張所で手続きすれば良いのだがな」
ローズベル王国では平民でも結婚する際は書類を書いて提出するらしい。子供が生まれた際も申告して、それを元に税金が算出されるようだ。
王都の場合だと王城に国民の人口を管理している部署があるが、平民が城の中に入るのは基本的に禁止されている。そのため、王都中央区にある出張所で手続きをするんだとか。
話を聞いて「しっかりしているな」という感想を抱いてしまう。いや、帝国がずさんなだけか。
しかし、俺の場合は少し特殊――というか、訳ありに近いようで。
「一応、アッシュも貴族待遇であるのは変わらんからな。家庭を持つタイミングで家名が与えられる事になる」
平民が爵位を得て、新貴族となった場合は爵位を与えられた時点で家名を得ることになる。
しかし、俺の場合は王国十剣の称号。オラーノ侯爵が言うように貴族待遇であるのは変わらないのだが、俺が貴族の世界と距離を取りたいと言った件が作用しているようで。
「これまでは王国十剣のアッシュ、灰色のアッシュで良かったがな。家庭を持つとウルーリカが困るだろう? 灰色のアッシュの奥様、とは言い難いだろう」
俺個人だけなら家名が無くても問題ない。しかし、他人がウルカや子供を呼ぶ際に困ってしまう。
そこで、ウルカとの結婚が決まった時に家名を授けることになっていたようだ。
「ただ、家名をどうするかまだ決まっていなくてな……」
結婚するのは問題ないのだが、与える家名がまだ決まっていない。国側の都合であるが、こればっかりはしょうがないか。
帝国にいた頃は「ハーツ」という家名が与えられていたが、それはあくまでも帝国にいた頃の家名だしな。
「二人が納得していれば事実上は結婚した事になる。だが、貴族的に結婚したと認められるのは家名が与えられた時、といった感じだ」
「なるほど」
まぁ、今は二人の間で「結婚」を決めとけば良いってことか。
「結婚指輪は用意したのか?」
「いえ、まだです」
「まぁ、ダンジョン調査もあったし当然か。今日の帰りにでも宝石店で行くとするか」
オラーノ家が贔屓にしている宝石店を紹介してくれるようだ。ウルカと付き合う時は第二都市にあった宝石店を利用したが、まさか結婚の際は王都でとなるとは思わなかったな。
そんな事を考えていると、馬車は王都騎士団本部へと到着した。
馬車を降りたあと、オラーノ侯爵と共に本部の訓練場へ向かっていく。
道中ではすれ違う騎士達から挨拶されて、それに返しつつも訓練場へ向かうと――
「うおおおおおッ!」
気合の入った声で模造品の片手斧を振り下ろす大男が、王都騎士団所属の騎士達と模擬戦をしている光景があった。
大男の声を聞いて、俺は「まさか」と声を漏らした。同時に目に映った後ろ姿には懐かしさを感じてしまう。
「そこまで!」
鎧を着た騎士を斧で吹き飛ばした大男の勝利が決まる。対戦相手に礼をした後に振り返った大男の顔を見て、俺は彼の名を叫んでしまった。
「ウィル!」
俺の元部下、そして信頼できる仲間だった男。
俺の声に気付いた彼は、俺の顔を見ると安堵したような表情を浮かべて手を振ってくれた。
「アッシュ隊長!」
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