十一章 第四ダンジョン最終調査
第223話 王都へ一時帰還
ウルカの妊娠が発覚すると、オラーノ侯爵は「一旦王都へ戻った方が良いのでは」と俺達に助言してくれた。
同じくベイルーナ卿の意見としても、ウルカの妊娠については慎重になった方が良いと。一度王都の専門医に診せた方が良いという意見は軍医達も共通する意見であった。
「私も王城へ報告をせねばならん。引継ぎに時間が掛かるかもしれんが一緒に帰ろう」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
オラーノ侯爵が引き継ぎを終えた一週間後、俺とウルカは彼と共に王都へ帰還する事になった。
引継ぎの結果、第四ダンジョンの調査と整備は指揮官であるロッソさん、それにベイルーナ卿に任せることになった。ミレイとレンも第四ダンジョンに残って、女神の剣と共に活動を続けることに。
第四ダンジョンから第三都市まで馬車で向かい、魔導列車に乗り換えて王都へ。王都へ帰還している最中、オラーノ侯爵は今のうちに終わらせておいた方が良い事項を教えてくれた。
「屋敷の準備も進んでいるだろう。ついでに引き渡しも終わらせておけ」
ウルカが子を産めば本格的に住むところが必要だ。
調査前より進めていた「王都の屋敷」はマリアンヌ様が代わりに進めてくれているのだが、そろそろ屋敷の改築作業も終わった頃だろうとオラーノ侯爵は予想する。終わっているなら引き渡しを終えて、住居の確保はしておけと。
「広い屋敷に住むのであれば、使用人達も必要になる。だが、こちらは我が家から数人出すことにした。これについてもマリアンヌが終わらせてくれているだろう」
大きくて広い家を俺とウルカだけで管理するのは難しい。となると、家の管理と手伝いをしてくれる使用人を雇わなければならない。
ツテの無い俺にとっては一番苦労する仕事だろうが、気を遣ってオラーノ家のベテラン数名を紹介してくれるようだ。王都に戻ったら賃金の交渉や契約などもしなければならないが、こちらについてもマリアンヌ様が補助してくれるようで。
「何から何まですみません……」
「いや、子供の件もあるからな。それに調査が思った以上にスムーズに進んでいる。国への貢献をみれば当然の支援だろう」
そう言われると助かるが……。これからは生まれてくる子供の為にももっと稼がなきゃならない。
王国十剣となってからは税金の免除やら支援やらが盛りだくさんではあるものの、生活費に関してはハンターの時同様に自分で稼がないといけない。
今回行われた調査のように騎士団から所謂「助太刀料」が入る事もあるが、基本的にはダンジョンで採取した素材の買取報酬が主な収入となる。ウルカとの将来を考えて貯蓄していたので蓄えはあるが、金はあればあるだけ良い。
一家の大黒柱となるのだから、ウルカと子供に心配は掛けたくないからな。二人が不自由しない生活を送れるよう頑張らなければ。
父親になる男の決意を抱きながら、俺達は王都へと帰還。王都に到着すると、さっそくウルカを専門医に診せることになった。
場所は王都一番の病院、中央医療会だ。
医院長が治癒魔法使いという点が一番有名であるが、他にも各分野に特化した医者が大勢勤めている。医療研究も行っているので最先端の治療を受けられる点も利点と言えるだろう。
既にオラーノ侯爵が医療会へ使者を出したとのことで、到着するとすぐに診察室へと通された。担当医師はお歳を召した女医さんで、診察が終わると現状では問題無しとされた。
「あの、ダンジョンで活動するのは無理ですか?」
そう問うたのはウルカだ。
恐らく彼女は俺に負担を掛けぬようギリギリまで一緒にハンターとして活動しつつ、金を稼ぎたいとでも思っているのだろう。
「万が一のこともあるし、止めておきなさい」
しかし、当然ながらハンターという職業は危険が伴う。妊婦となった女性が万が一腹に傷……どころか、衝撃を受ければ子供は無事では済まないだろう。
戦うのは禁止だと女医さんに強く言われた。
「ダンジョン内のセーフゾーンに滞在するのはどうですか? 雑務をこなす程度なら良いのでしょうか?」
「その程度なら良いけど、お腹が大きくなってきたら大人しく家にいなさい」
女医さんはそう言って、チラリとオラーノ侯爵を見た。
「ロイ、絶対に無理をさせないように」
「分かっている。マリアンヌにも伝えておく」
「彼女が付いているなら安心だわ。何かあればすぐに呼んでちょうだい。すっとんで行くわ」
どうやらこの二人は知り合いらしい。オラーノ侯爵をロイと呼んでいるあたり、王都学園時代の学友なのだろうか?
「昔のようにか? もう乗馬は辞めたんじゃないか?」
「数年前から健康の為にまた始めたのよ。今は王都の外を走るくらいだけどね」
「暴れ馬セラーヌが復活したのか。乗馬クラブがまた騒がしくなりそうだ……」
曰く、女医さん――セラーヌ様は乗馬の達人らしい。若い頃は貴族令嬢でありながら馬に乗ってブイブイ言わせていたのだとか。
学園で開催される乗馬大会では、彼女の家で育てられた愛馬に跨って男顔負けの勇猛な走りで他者を圧倒していたとのこと。
しかしながら、この表現でもまだ
とにかく、ウルカの状態は良好と診断されたのは嬉しいことだ。戦闘には参加できないが、ダンジョン内に入って雑務をこなす程度であれば良しと許可も降りた。
しかしながら、パーティーからウルカが抜けるという点は大きい。戦力を補強すべきかどうかも考えなければ。
そんな事を考えつつ、俺達は一旦オラーノ家へ。
到着した後、マリアンヌ様にこれまでの報告と今後の活動について話すと――
「いけません!」
ウルカがダンジョンに同行するという点はダメだと一喝されてしまった。
「ウルカちゃん。貴方は妻であり母親となるのよ? ローズベルの男は戦場に向かい、女は家を守る! お金の事はアッシュ君に任せておきなさい!」
いざとなったらオラーノ家が援助してやる、とまで言い出したマリアンヌ様。隣にいるオラーノ侯爵は黙ったままだ。一言も発せず、静かにマリアンヌ様の決定を受け入れているように見えた。
ローズベル王国の伝統を重んじるマリアンヌ様の言葉はまだまだ続く。
「アッシュ君が不在の間、家を守るのはウルカちゃんよ。家のことや子供の教育、今後の生活に必要となる勉強をしなければなりません。ダンジョンに行っている暇なんてないわよ!」
「えっと、その……。マリアンヌ様が先生になって下さるのですか?」
「ええ、もちろん。料理の作り方から使用人との付き合い方、家の存続に関わる必要な知識まで全て教えます。ああ、あとは王城との付き合いかたもね。貴女が家を守れるよう、私の知り得る知識を全て教えてあげる」
マリアンヌ様はすごい熱量だ。家を守るにはどうすれば良いのか、子供が生まれる前に全てを授け、全て完璧にこなせるよう教育すると言う。
最初はウルカも熱気に引いていたが「夫が帰って来たら自分の手料理で癒したいでしょう?」と問われると、気合を入れて「はい!」と頷いた。
ありがたいし嬉しいけど無理だけはしないで欲しい。
「ありがたいですが、マリアンヌ様のご負担にはなりませんか?」
同時にマリアンヌ様にも無理はさせたくない。既に迷惑を掛けている身で聞くのもどうかと思うが……。
「大丈夫よ。もう一人、心強い味方がいるから」
そう言って、マリアンヌ様は傍で待機していたメイドさんに「彼女を呼んで」と告げる。しばらく待つと、俺達の前に現れたのは綺麗な水色の髪を持つ女性だった。
「初めまして。実家に帰省しておりました故、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はロウ・オラーノの妻、アシュリーと申します」
綺麗で完璧な礼を披露した女性はロウ氏の奥様だった。実家の姉君が出産するのでその手伝いに行っていたが、最近になって王都へ戻って来たようだ。
マリアンヌ様からすれば息子の嫁であるが、彼女もまたオラーノ家へ嫁入りした際にマリアンヌ様の教育を受けているそうで。今ではマリアンヌ様と共にオラーノ家を守る一員であり、心強い仲間だそうだ。
「この子はもう完璧に全てをこなすから。自慢の嫁よ」
「お義母様、私はまだまだ……」
本人は謙遜しているものの、マリアンヌ様は太鼓判を押しているから本当に完璧なのだろう。
今後ウルカは出産までの間、この二人による教育を受けながらオラーノ家で過ごす事になった。というか、気付いたら決定していた。
まぁ、本人も嫌そうじゃないし、気合に満ち溢れているから問題ないか。
「さて、今日はもう夕飯にしましょう。準備してくるから待っていてね」
夕飯宣言をしたマリアンヌ様がキッチンへ向かおうと椅子から立ち上がった。同時にアシュリーさんも立ち上がったので、彼女もマリアンヌ様と共に料理を作るのだろう。
「あ、私も勉強させて下さい」
「ええ。じゃあ、一緒に行きましょう」
ウルカもさっそく動きだした。彼女がこうして積極的に学ぼうとしているのだ。俺も彼女以上に自分が出来ることをしないとな。
「アッシュ。私からも知恵を授けよう」
胸の中で握り拳を作っていると、隣にいたオラーノ侯爵がそう言った。ウルカだけじゃなく、俺にも知恵を授けてくれるのか。
「家の事に関しては妻に任せておくのが一番良い。子供の教育に関してもだ。マリアンヌの守りは鉄壁だからな。我が家も何度彼女に救われたか」
昔、自分は己の意見を言い過ぎて痛い目を見た。その時に挽回してくれたのは全てマリアンヌ様だったらしい。そんな彼女から教えを授かるウルカは最強の守りを得るだろう、と。
そう語ったオラーノ侯爵は、真剣な表情を浮かべながら俺の目を見て告げる。
「魔物に勝てても妻に勝てん。ローズベルの男は皆、同じだ」
※ あとがき ※
ロイ・オラーノの息子の名前を「ロウ」に変更しました。
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