第221話 月のクルール 2
『貴様が人間に手を加えたな?』
そう問うたレオニオに対し、エディーはほんの僅かに口元を吊り上げた。
『ふ、は……。そ、そう、だ。あれは、私の最高、傑作……!』
エディーの言う「あれ」とは、上にあるガラス管の中に入った男女の事を言っているのだろう。
彼等古代人が生きていた頃にも「人間」は確かに存在していた。しかし、その頃の人間は人権の外側に位置する種族だった。
以前、レオニオと女王クラリスとの会話の中で「魔力が無い者は迫害されていた」という内容が語られたが、あれはあくまでも「魔力がない古代人」の話だ。
人間も元々魔力を持たない種族であったが、人間に対しては「迫害されている」なんて意識や意見なんて起きなかった。
古代人にとっての「人間」は人型種の中の最下層、人権すらも与えられない位置にいた。人間達は彼等にとっての奴隷――いや、労働用の家畜と言っても過言ではないくらい酷い扱いをされていた。
教育なんてものは受けられず、生まれた直後から徹底的に「奴隷」としての教育と意識を叩きこまれる。上位者との会話が成立すれば良し、計算どころか文字の読み書きすらも教えてもらえない。
何故なら人間は労働用の家畜だから。数を増やし、危険地帯での肉体労働や上位者達の娯楽に消費されるだけの存在。
時代末期になり、地上が汚染されていた頃は世界に点在する地下施設間の物資を輸送する為の「使い捨て輸送者」として使われる事が主であった。
要は古代人にとって人間とはそれほどの価値しかないのだ。
となると、どうしてエディーは人間を研究していたのか。
『浄化、計画……! 全ては再び我々が地上に戻る為の準備だ……!』
地上は度重なる戦争と戦争で生まれた兵器によって汚染され、古代人達は地上で暮せなくなってしまった。故に彼等は地下施設で暮していたが、元の生活を取り戻す為に「人間」を利用しようと考えた。
何人もの人間を実験体にして、己の目的を達成するための「道具」として作り上げるべく。
『資料を読んだ。貴様、人間にキメラの遺伝子を組み込んだな? 過去に自分が作り出したモノを転用したのか? あんな大事故を引き起こしておきながら』
これはここへ来る途中で読んだガラス板――研究報告書の中に書いてあった事実だろう。
エディーは過去に作り出した「キメラ技術」を人間の研究に転用したようだ。
彼は東側最下層でキメラの研究を再開。西側ではなく、別棟である東側でキメラ研究を行っていたのは過去の事故を経験しての判断だったのだろう。
別棟で行われていたキメラ研究では様々な「生物」が誕生したようであるが、そのほとんどが失敗作としての烙印を押される。
中には「獣の特徴を持った人型生物」の誕生まで起きたようだ。こちらに関してはすぐに息絶えてしまい、生命力に難ありとすぐに方向転換が求められたようだが。
しかし、失敗を繰り返しながらも着実にデータは蓄積していったようだ。
その蓄積されたデータが活かされ、集大成となった研究こそ、エディーの言う浄化計画で生まれた「新種の人間」であった。
『我々が、地上に戻るには、浄化装置が必要だった。地上に蔓延した毒素に耐えうる、完全なる耐性を持った、数多くの浄化装置が……!』
かつて地上を汚染していた毒は古代人の体を瞬く間に蝕むほどの威力を持っていた。
戦争と汚染によって古代人の数は激減し、元々繁殖機能が高くない古代人はこれ以上自分達の数を減らせないと考えた。
それでも地上へ戻ることを夢見た彼等は、魔法道具としての浄化装置を地上に設置して改善を図る第一次計画を発案。しかし、装置のメンテナンスや事故のリスクを考えると「難しい」と判断された。
そこで二次計画として考えられたのが、使い捨て出来る家畜――人間を利用した計画だ。
汚染された地上で活動できるよう人間を改良すれば良い。同時に毒素を取り込んで体内で分解する機能を持たせ、地下で時を待つ古代人に代わって地上を復興させる。そんな夢のような計画が持ち上がったのだ。
様々な研究と実験を繰り返し、遂に地上に蔓延する毒素への完全耐性を持ち、毒の空気が支配する中でも活動できる新しい人間。同時に体内に取り込んだ毒素を浄化する生物
それが、今を生きる人間なのだとエディーは語る。
『薄々勘付いてはいた。圧倒的な繁殖力を持つキメラの粘液に触れても何も起きない。それにこの場所もそうだ。毒性の胞子や猛毒を有するよう変異させたユグドラシルレプリカの花粉を吸っても異常を起こさない。それどころか、体内魔力を回復させるのだからな』
過去に生きていた古代人からすれば、このような現象はあり得ない。彼等にとってはどれも毒であるが、人間が触れても吸っても体に異常を起こさないのだ。
それどころか、一部の毒は摂取する事で魔力を回復させるというプラスの要素まで見せた。
以前、第四ダンジョンを調査していた騎士達がキノコの楽園を平然と歩けたのはなぜか。エドガー・ベイルーナがキノコ化した骨の粒子を吸い込んでもくしゃみで済んだのは何故か。何でも喰らうキメラが「人間」に寄生しないのはなぜか。
これらはエディーが人間を改良した末、古代に存在していた毒に対する「耐性」を与えたからだろう。そして、その耐性のルーツは人類の敵とも称された最悪の生物だ。
――ただ、エディーが目指したのは「あらゆる毒に対する完全耐性」だったようだが、そこまでは至らなかったようであると報告書に書かれていたようだが。
『だが、キメラ遺伝子を組み込んだだけじゃないだろう? 一部の人間はお前達同様に魔法が使える。お前達の
そして、現代を生きる一部の人間には中には過去の人間が持っていなかった能力が備わっている。
それが「魔法」だ。
過去に生きていた人間達は魔法が一切使えなかった。だが、今を生きる人間の中には確かに「魔法使い」が存在しているのだ。
魔法を使えることも確かな証拠であるが、現代に生きる魔法使いの中でも特に優秀な者達に限って「老化が遅い」という点が挙げられる。これはエディー達を示す「種族」の特徴と一致する。
一部の優秀な魔法使いの中には「外見と同じく精神面の成熟も遅い」傾向もみられるが、これは彼等の血を組み込んで創られた事への影響を少なからず受けているようだ。
ただ、育った環境にも左右するので一概に全員が同じとは言えないが。しかし、精神面の成熟が遅いせいで人格形成に対する影響を及ぼすのも確かな事実だろう。
資料を読むに、魔法が使える人間として創られた個体数はかなり少ないようだが――時が進むにつれて、徐々に数を増やした結果が今の「世界に存在する魔法使いの数」だ。
どうしてエディーは自分達の血を混ぜたのか。これは単純に「免疫力」や「ワクチン」に似た作用の薬を作り出したかったのかもしれない。
自分達の体には無い免疫力を新しい人間の中で作り上げ、それを取り込む事で自分達の段階も一つ上のステージへ押し上げたかったという理由も含まれているのだろう。
『くくく……。そう、だ。私の、私の最高、傑作……! お前達の、ような、失敗作から学んだ事を、全て活かして、作り上げた……!』
そして、その耐性を持った人間を創り出す際にレオニオ達のような存在が「前例」となったと語る。あくまでも、彼等は失敗作のようだが……。
『残念ながら、研究所内で重度の、汚染が起きてしまった……。研究者達は、研究中の菌類とキメラに喰われてしまったが……。私は完成していた人間共を地上に、放った……!』
本来は完成した人間達に教育を施すはずだった。地下にいる主人達の為に命を捧げよと教育して、地上の汚染が除去された頃に迎えに来る手筈だったようだ。
しかし、研究所内で事故が起きてしまった。多くの研究者達は蔓延したキノコの苗床となってしまい、同時に隔離していたキメラが逃走。施設内にいた古代人はエディーを残して全員死亡してしまったようだ。
『だが、私は、私達の計画は、正解だった……!』
そう告げるエディーは震える指を動かした。
すると、壁に映像が映し出される。映っていたのは、第四ダンジョンを調査する人間達の姿だった。
『確かに全てが計画通りとは、言えない……! だが、私の、私の創った
地上に放たれた人間達は主人を迎えには来なかった。それどころか、独自の文明と文化を築いている。今では地上の支配者だ。
しかし、地上に放たれた人間達は数を増やして地上の浄化を知らずのうちに成し遂げた。
『あとは、我々が再び……! 再び地上に戻れば……! 我等、創造主が地上に戻れば奴等も……!』
この穴ぐら生活も遂に終わる。地上に戻れば人間達が再び自分達を迎え入れ、そして創造主として扱うだろう――とでも、思っているのかもしれない。
だからこそ、レオニオは心底「ムカつく」といった表情を浮かべて言った。
『馬鹿か、貴様。今更人間共がお前達を歓迎すると本気で思っているのか』
地下深くの穴ぐら、それもこんな狭い部屋の中で遺物と繋がりながら生き長らえたせいで、この男は妄想に憑りつかれてしまったのだろう。昔はもうちょっとマシな計画が練られていたかもしれないが、今ではただの妄想家になり果ててしまったようだ。
『僕の知る人間の女は強かだ。全てを手に入れてやろうと本気で思っている。お前達が今更地上に出たところで殺されるのがオチだ』
あの女王クラリスが、今更になって「僕等が君らの主人です! だから敬いなさい、全てを差し出しなさい」と言う古代人に「はい、分かりました」と頷くだろうか?
否だ。絶対にあり得ない。
『ふ、ふざけるな……! 我々は、世界の統治者、クルール一族の……!』
彼は言う。
私達は敵勢力を全て滅ぼして、名実ともに世界の支配者となった一族であると。
『ハッ。笑わせるな。神樹ユグドラシルを切り倒し、兵器転用した愚か者共め。貴様等は戦争で勝つという目的の為に神樹を利用した。その時点で滅びの運命が決まっていたのだ』
あの時代に生きていた人々が「神」として崇めていた神樹、人々が胸に抱いていた心の拠り所を奪った罪は大きい。
それどころか、愚か者達が神を犯したせいで世界のバランスが崩れてしまった。地上が汚染されたのは、他ならぬお前達のせいであるとレオニオは語る。
そして、戦争に勝つ為に犯した数々の暴虐非道な実験や研究も。
全ては自業自得。破滅の道を進んだのは必然であると。
だが、しぶとく生き残っている愚か者は――
『僕が殺すんだよ。お前達の実験体にされ、生き残った僕が。僕の家族も恋人も仲間達も、それを望んでいる』
怨嗟の篭った声と復讐に燃える瞳をエディーに向けたレオニオは、彼の体に繋がったケーブルを一本だけ抜いた。
抜いた瞬間、ケーブルから液体が漏れる。同時に可視化した魔素の粒子がキラキラと煌めいた。
『ぐ、ぐううう!』
『最後の問いに答えろ。マイア・ルクード・クルールはどこにいる?』
遺物からピーピーと警報音が鳴り、悶え苦しむエディーにレオニオが問う。
しかし、エディーは苦しみながらも口元を吊り上げた。
『だ、誰が、話す、ものか……!』
『だろうね』
問うた本人も素直に教えてくれるとは微塵にも思っていない様子。
予想通りの反応示したエディーに対し、レオニオは遺物のケーブルをぶちぶちと引き抜き始めた。
『が、がぐご……!』
どんどんケーブルが抜かれていくと、エディーは次第に呼吸ができなくなっていった。呼吸すらも遺物頼りだったらしい。
『苦しいか? 苦しいだろう? お前にはお似合いの死だ』
ニタニタと笑うレオニオは、死ぬ最後までもがき苦しむエディーの姿を笑い続けた。
そして、彼が死亡した後は青い炎でエディーの全身を遺物ごと焼いた。これでレオニオにとっての「復讐」の一部が終わるのだ。
「ふぅ~。さて……。入り口も隠しておかないとな。ここを知るには彼等にとってまだ早い」
一仕事終えたとばかりに息を吐くと、レオニオは再び被り物を被って「バーテンダー」に戻ったようだ。彼から漂う雰囲気も女王クラリスと話す時の雰囲気へと戻っていた。
だが、被り物の中にある口からは――
「絶対に見つけるよ、マイア」
恨みの篭った声が漏れ出るのであった。
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