第220話 月のクルール 1


 第四ダンジョン地上入り口付近には調査隊が設置した拠点がある。


 主要な人物達はダンジョン地下二階で活動しているが、地上にある拠点は主に補給担当の騎士達が利用していた。


 彼等は第三都市からやって来る補給物資を受け取ったり、必要になった物資を第三騎士団本部に伝えに行ったりとダンジョン外での任務が主な仕事となる。故にダンジョン内には踏み入れず、ダンジョンの外で待機していることが多かった。


 同時にダンジョンへ近づく不審者を見つけたら捕縛するという任務も課せられているのだが――


「ふぅー。今日は風が強いな」


「ですねぇ」


 補給と警備を担当する騎士達は地上拠点の外に椅子を出し、交替でダンジョン入り口を見張る任務に従事していた。彼等は椅子に座って温かい紅茶を飲みながらも、注意深く周囲警戒を行っている。


 ベテラン騎士である二人は、一見のほほんとしながらもどんな気配にもすぐに気付いてしまう。長年騎士団に勤めてきた者が得た能力とでも言うべきだろうか。


 しかしながら、彼等でさえも気づけないモノがある。


 それは、人の範疇を越えた何かだ。


「…………」


 椅子に座りながら紅茶を飲む騎士達の横を堂々と通り過ぎて行くのは、悪魔のような被り物を被った人物。女王クラリスにカクテルを提供するバーテンダーだった。


 バーテンダーは無言のまま騎士達の横を通り、ダンジョン入り口であるハッチの上に立つと、彼の姿はハッチを通り抜けるようにズブズブと沈んで行く。


 こんなにも堂々としていながら騎士達は全く気付かない。まるでバーテンダーの姿が見えていないようだった。


 ダンジョン内部に進入したバーテンダーはダンジョンの入り口を見渡し、壁にあった古代文字に気付いた。


「ギルデルモールへようこそ、か」


 どこか懐かしむような声音で呟き、文字に手を当てた。


「最後に来たのはいつだったかな」


 そう言って、彼はダンジョン内を歩き始めた。


 地下一階を通り、そのまま地下二階へ。


 多数の騎士や学者達がいる地下二階の中を堂々と進んで行く。ここでも騎士や学者達とすれ違うが、誰もがバーテンダーの姿には気付かない。


「確か西側と言っていたね」


 小さく呟きながら西側へと進み、二人の騎士が門番として待機していた階段を見つけた。騎士の間をすり抜けて、そのまま階段を下って行く。


 西側地下三階。


 ここは通路にガラスの壁があって、壁の向こう側にはベッドが並ぶ。まるで病院か何か、そんな雰囲気に近いとアッシュ達が感想を漏らした階だ。


 地下三階に降りたバーテンダーはガラス壁の向こう側にあるベッドを見た。彼の見ている光景は、ベッドに人が横たわっている――大昔にあった光景だろう。


「薬物実験室か。ここにもあったとは……。しかし、いつ見ても嫌な場所だ」


 彼がそう呟くと、大量の被験者達が薬の副作用で苦しむ姿が幻視された。


 注射器で何度も薬を投与されている者、何本もの管を体に繋がれて強制的に薬物を流し込まれる者。副作用で死ねば実験用の動物と同じように処分される。


 繁栄と存続という大義名分のもとに繰り広げられた地獄の光景は、未だ彼の瞳に焼き付いているようだ。


 バーテンダーはゆっくりと首を振って、己が投影させた幻視を振り解いているような素振りを見せた。そのまま奥に進み、地下四階へと降りていく。


 四階に降りた彼が最初に見つけたのは、枯れ果てた蔓と蕾だ。


「ユグドラシルレプリカ……」


 茶色くなって乾燥した蔓に手を伸ばすと、触れた瞬間にサラサラと地面へ落ちた。


「まぁ、所詮はレプリカか。神を自分達で創ろうだなんて傲慢すぎる」


 床に落ちた残骸を見つめながら呆れるように呟き、首を振りながら奥へと進んで行く。


 その後、バーテンダーは五階へ到達。ここで彼が見たのは、階層内をぎこちない動きで徘徊する植物人間だ。


「被験者達の成れの果て……。変異しても尚、本能に従って魔素を求めるか。憐れだな」


 植物人間に向けられる声には哀れみが籠っていた。バーテンダーに気付き、彼に向かって腕の蔓を伸ばす姿は「助けてくれ」と言っているように思えたのかもしれない。


「…………」


 バーテンダーの男は手に魔力を纏わせると、そのまま手刀で植物人間の首を断ち切った。スパッと斬れた頭部は宙を舞い、頭部と体に青色の炎が宿った。発火した頭部と体は一瞬だけ青い炎に包まれて、塵一つ残さず消滅してしまう。


 遭遇した植物人間を塵に変えながら進んで行き、遂には地下九階にまで到達。


 既に調査隊が植物人間を狩り尽くしたせいか、九階を訪れて早々に植物人間と遭遇する事はない。そのまま奥へ奥へと進んでいると、庭園に辿り着いたバーテンダーは足を止めた。


「これはこれは……。まさか人間がここまで出来るとはね」


 彼が足を止めた理由は庭園内に広がる灰の景色だ。扇状に吹いた灰の風、その効果を見たバーテンダーは感心してしまう。


「しかし、長生きすると不思議な出来事に遭遇するもんだな。魂と魔素の関係性なんて、昔ですら証明できなかったのに」


 恐らくはアッシュについての経過報告と事後調査における報告書を読んでの感想だろう。何でも知っていそうな彼であっても、世界にはまだまだ説明できない事象というモノが存在しているようだ。


 灰になった庭園内を見渡していると、彼の目に入ったのは粉々に割れた紫色の欠片だった。


 恐らくは騎士団やアッシュが壊した物ではないだろう。元々壊れていたか、何かの拍子に割れてしまったのか。


 しかしながら、バーテンダーの男は欠片を拾い上げて「チッ」と舌打ちを鳴らす。


「超高純度マナジュエル……。これが動力源であり、レプリカを生み出していたのか。しかし、レプリカを何に使っていた? 僕が知るレプリカとは違った性質を持っているのか?」


 どうやら紫色の水晶は第四ダンジョンに点在する簡易型の動力源でもあったようだ。木の中に収められているのは、一種のデザインなのだろう。階層全体が庭園に似たデザインなので、雰囲気に合うよう工夫されているようだ。


「奴等の無駄な細やかさは相変わらずムカつくな」


 根本に繋がったケーブルが土の下に隠されているのも同じ理由である。ケーブルは床下を通って壁まで伸び、階層内の各部屋へと伸びているのだろう。


 魔物と呼ばれるモノの生成だけならマナジュエルはもっと小さくて良い。余剰エネルギーを使って庭園の維持にも活用されているようだ。


「ユグドラシルの枝を使わず、マナジュエルを使っているのは……。ここが急造された施設だからか?」


 第二ダンジョンの最下層には巨大な「木の枝」があった。あれは第二ダンジョン全体を支える動力源となっていたが、こちらは一段劣る動力源を使っている。


 その理由は、この施設が急遽造られた研究所だからではないか。


 もしくは、使えない理由があったのか。


 バーテンダーはハンカチでマナジュエルの欠片を包み始めた。欠片を包んだハンカチをポケットに仕舞うと、階層の奥へと進んで行く。


 地下十階に降りると、十階には騎士団が設置したランプで灯りが確保されていた。


 通路を進み、最初の扉を通って――両脇に並ぶガラス管に目を向けた。


「ここまでは聞いていた通りか」


 そう小さく呟いて、更に奥へと向かう。円形になった床の場所に辿り着くと、彼はテーブルへと近寄った。


 瓶の中に入っていたキノコを一瞥して、近くにあった棚の中からガラス板を取り出す。綺麗な状態で残っていたガラス板の中心を指で叩くと文字が浮かび上がった。


「完全なる耐性を持った種の創造……。地上の穢れを浄化……。レプリカを変異させて毒を作り出す……」


 浮かび上がった文字は研究結果を記した報告書の類だったようだ。彼が報告書に目を通していくと、気になるワードが見つかった。


「キメラ計画の応用……」


 このワードを見つけた瞬間、バーテンダーの男の肩がぴくりと跳ねた。過去に行われ、大惨事を引き起こしたキメラの創造。その事件に繋がる情報が記されているようだ。


 報告書に記されたキメラに関する情報は、過去に行われたキメラ開発研究の応用と実験がほとんど。事件によって消滅したと思われたキメラは極秘裏に保管されており、地下施設内へと運び込まれた。


 そして、複数の地下研究施設で技術の応用ができないかを模索されていたようだ。


 報告書には更にもう一つ面白い記述があった。それは別棟で行われていた研究内容だ。


 別棟で行われていたのはキメラに対しての研究だけじゃなく、別の生物をも研究・実験に使っていたようだ。


 内容としては異なった生物同士を掛け合わせて、新種の生き物を生み出すといった実験だった。


 同時に副産物として開発された「生物の複製技術」は別の場所で活かされており、技術データの送信先はいくつかの地下シェルターと地下研究施設となっていた。


 とあるシェルターでは研究員達の家族を喜ばすよう動物や植物を複製して「鑑賞用」として利用したり。他には生物を複製することで安定した生物由来の物資を供給が出来ないか試験していたようだ。


「なるほど。ここが複製技術の開発元か。後世の人間達に役立つ技術を生み出した点は評価できるかな。まぁ、作り出した本人は微塵も思っていなかっただろうけどね」


 ハッ、と鼻で笑うバーテンダー。


 彼はガラス板を棚に戻すと、周囲にあるガラス管を見つめて頷いた。


「しかし、全てが繋がった。過去に起きた事件も全ては奴等が計画していたことの一つに過ぎない……」


 彼の中で線は繋がったらしい。


 再び奥へと進んで行くと、最奥に安置されていた二つのガラス管を見上げる。ガラス管の中で浮かぶ男女を一瞥したあと、彼は足元にあったレリーフに目を向けた。


 そこに刻まれた絵を見て、彼は「フフ」と笑う。


「どこかに入り口があるはずだな」


 バーテンダーは片手に魔力を溜めると、それを床に押し当てた。床に押し当てられた魔力は波紋のように広がっていき――隠された階段を見つけ出す。


「これは彼等じゃ見つけられないね」


 階段が隠されていた場所は、ガラス管の裏側にある壁の一部だ。何の変哲もない壁であるが、特定の魔力波形によって反応する「魔力の壁」である。


 特定の魔力を通すと壁の一部がスッと消えて、見えなかった階段が出現した。バーテンダーは小さくて低い入り口を潜り抜け、階段を降りて行った。


 隠し階段を降りて行った先にあったのは、四方十メートルほどの部屋。内装としては個人用の研究室と表現するのが似合う。


 未だ動き続ける遺物とカラになったガラス管、別の壁には大量の空中投影モニターが配置されている。


 そして、部屋の最奥には――大きな椅子と同化したがいた。


「やぁ、未だに生きているとは驚きだよ。エディー・マクレーン・クルール。てっきり、キメラ暴走事件の際に喰われて死んだと思い込んでしまっていた」


 バーテンダーが名を呼んだ人物は、椅子のような遺物と一体化してしまっている。体のほとんどが遺物の中に収められ、露出した上半身の一部と皺くちゃの顔がある頭部には複数の細いケーブルが刺さっていた。


 しかしながら、この状態でもエディー・マクレーン・クルールは生きている。何故なら、彼の名を呼んだバーテンダーの声を聞いて、閉じていた瞼をぴくりと反応させたのだから。


『貴様は……。誰だ……』 


 古代人が使っていたであろう言語を口にした老人は、ゆっくりと瞼を開ける。老人の瞳は真っ白になっていたが、直後に頭部の隣にあったレンズが光りだした。


 どうやら光ったレンズを通して、バーテンダーの姿を見る事が出来ているようだ。


『僕の声を覚えていないのか? 何年も僕の体を使って実験していただろう?』


 バーテンダーもまた、古代人の言語で返答した。そして、彼は被っていたマスクを脱ぎ捨てる。


 マスクの下にあったのは、所々に火傷の跡が残る痛々しい顔。


 黒と白が混じった短髪も特徴的であるが、何より特徴的なのは目だ。


 左の目は魔石化しており、もう片方の目は美しい緑色。無事に残っている緑の瞳は見た者を魅了するような美しい色だった。まるで宝石のようだと表現するのは、今の彼にとって皮肉となってしまうだろう。


 口元を吊り上げて言った彼に対し、エディーと呼ばれた老人は『ああ……』と声を漏らした。


『レオニオ……』


『そうだ。ようやく思い出したか。貴様に失敗作と罵られた男の名を』


 因縁のある老人を前にして、バーテンダーの態度はいつもと違う。クラリスと話す時の穏やかさは無く、ただ怒りと憎しみが渦巻いているようだった。


『……私を殺しに来たか?』


『ああ。だが、お前だけじゃない。クルール一族全員を殺すのが、僕に残された最後の仕事さ』


 バーテンダーの男――レオニオの言葉を聞き、エディーは再び瞼を閉じて問う。


『何人殺した?』

 

『クルールの分家は十人だ。まぁ、地下計画が始まった頃だがね』


 時が過ぎてからも残りを探し続けて来たが見つかったのはお前で二番目だ、と語るレオニオ。


 大樹とを家の紋章とするクルール派の分家。分家を構成していた者達は既にこの世から消え失せており、お前で最後だともレオニオは語る。


『これまで殺した奴もそうだが、お前もそう価値は無い。僕が最も殺したい奴は他にいる』


 しかし、レオニオが最も殺したい人物はエディー・マクレーン・クルールではない。


 一族全員を殺すのは確定であるが、エディーを始めとした人物達は所詮「オマケ」に過ぎないのだ。


『だが、殺す前に聞きたい事が二つある』


 レオニオはエディーに近付くと、体に繋がるケーブルを掴みながら問うた。


『お前が人間に手を加えたな?』

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