第219話 マジックワンド


 アッシュ達が西側十階に到達してから三日後。


 ロイ・オラーノは部下に報告書と一部の成果を持たせて王都へと送り出した。第四ダンジョンで起きた出来事や回収された遺物等の詳細は王都研究所と女王クラリスの間で共有される。


 報告を受けた女王クラリスは己の中で情報を整理しつつ、深夜になると今回の成果を持っていつものバーへと赴いた。


「ふぅん。なるほどね」


 クラリスから状況報告を受けたバーテンダーは磨いていたグラスを置いて、彼女が差し出した小瓶を掴む。


 一つ目の小瓶の中にはキラキラと輝く花粉が入っており、二つ目の小瓶の中には光るキノコが入っていた。それらを順に見つめたあと、興味を失くすように元へ戻した。


「この花粉はポーション化するんだっけ?」


「そうよ。実用化できれば対魔法戦で有利になれるわ」


 魔力回復ポーションが完成すれば、戦争での決め手となる「魔法戦」において相手よりもより長く持続できる。


 帝国や聖王国よりも魔法使いの数が少ないローズベル王国にとって、魔力回復ポーションが完成すれば革命的な薬品となるだろう。


 この花粉が発見される前から色々と手は打って来たクラリスであったが、第四ダンジョンでの成果は良い意味で予想外だったろう。より王国を強固にするためプラスになったと言える。


「昔は無かったの?」


「あったよ。魔法を使える者達がガブガブ飲んでいたね。君達が酒を飲むみたいにね」


 やっぱり、と呟くクラリス。彼の答えを聞いて、魔力回復ポーションは製造できるのだと確信を抱いたか。


「しかし、今回もキメラと遭遇したんだね」


「ええ。今回は第四ダンジョンにあった植物の特性を持っていたという話だけど。キメラが取り込んだってこと?」


「そうだね。前にも説明したけど、奴等は何でも食らうから」


 しかし、どうして第四ダンジョン内にもキメラはいたのか。クラリスはそちらの方が聞きたいようだ。どうしてキメラが第四ダンジョン内にいたのか問うも、バーテンダーの男は「研究していたんじゃないか」と言うだけ。


 答えに納得しなかったのか、クラリスは次の発見報告も合わせて問う。


「……地下十階に人間のパーツと男女の上半身が保管されていたそうよ。何か関係ある?」


 そう問うたクラリスに対し、バーテンダーの男はピクリと反応した。


「そうか。人間がね。もしかして、近くにレリーフか何かがあったかい? レリーフに限らず、大樹と太陽を描いた絵とか」


 言われたクラリスは持ち込んだ報告書のページをペラペラとめくる。


 見つけたページの製作者はエドガー・ベイルーナ。彼は報告書に「二つ並んだガラス管の足元に大樹と月を描いたレリーフがあった」と記載している。


 それをバーテンダーに告げると、彼は腕を組んだまま黙り込んでしまった。


「……貴方が見つけたかったのって、これ?」


 クラリスは保管されていた「人間」ではなく、見つけたレリーフの事を言っているのだろう。


「正解ではないよ。でも、一部だ」


 バーテンダーが追い求めているモノではない。だが、何かしら繋がるモノであったのは確かなようだ。


 その証拠にバーテンダーは第四ダンジョンの場所と地下十階の詳細を問うてきた。クラリスは地下十階に関する報告書を彼に手渡し、騎士団と研究所が得た成果を全て晒す。


「……なるほど。こいつはいい」


 バーテンダーが漏らした言葉は、これまでクラリスが一度も聞いた事がない声音で呟かれた。


 彼は狼のような被り物を装着しているが、きっと中にある顔は――邪悪に歪んでいたことだろう。声音を聞くだけでゾッとするような、鋭くて冷たい恐怖を感じてしまう。


「……十階で見つかった人間について聞いても?」


 感じた恐怖をぐっと抑え込み、クラリスは懸命に冷静な様子を装いながら問う。


「うーん。聞かない方が良いと思うけどね。今、この世界を支配しているのは君達なのだから」


 第四ダンジョン十階にあった人間のパーツ、それに『Adam』と『Eve』と名付けられたであろう男女の上半身。これらはクラリス達人間の発祥に繋がるヒントなのは間違いなさそうだ。


 しかしながら、バーテンダーは「過去の事など聞く必要がない」と首を振る。


「人は誰しも生まれを知りたがる。ルーツを辿って、最初は何者だったのかを知りたがる。いつの時代もね。だが、知らない方が幸せな事だってあるもんさ」


 きっと、クラリス自身もいくつか予想はしているはずだ。彼女だけじゃなく、実際に現場を見た誰もが。


 だが、バーテンダーの口振りはもっと悲惨で悲しい過去に繋がっているように思えた。


 警告の類ではなく、子供を心配する親のような、同情の念を抱いているような。


「……そう。じゃあ、聞かないでおくわ」


「その方が良い。君達は君達のまま生きなよ」


 お互いの言葉が途切れると、少しだけ沈黙が続いた。


 バーテンダーは再びグラスを磨き始め、クラリスはいつものカクテルを口にする。


「そうだ。今回のご褒美は何にしようか」


 短い沈黙を破ったのはバーテンダーだった。


「それなら、最後のページにある杖について教えてちょうだい。できれば実用化に繋がるヒントも」


 クラリスはまだ報告していなかった「杖」について要求した。報告書最後のページをファイルから抜き取り、彼に手渡す。 


「ああ。マジックワンドを見つけたんだね。しかし、記載されている形状からすると……。随分旧型だね」


「マジックワンド?」


「魔法の杖ってことさ。君達の言葉で言うとね。英雄譚によく登場するだろう? 大魔法を放つ髭を生やした爺様が持っているやつさ」


 マジックワンドと呼ばれた遺物は、年老いた魔法使いの象徴とも言える魔法の杖と認識は変わらないようだ。


「つまり、大魔法を撃てる?」


「撃てるよ。この報告書を作った人間は賢いね。マジックワンドを増幅器と予想しているが、ほぼ正解だ」


 バーテンダー曰く、マジックワンドには元々魔素を貯蔵する機能が備わっている。そこに使用者の魔力を流し込んで「混ぜ合わせる」ことで機能を発揮させるようだ。


「この報告書を書いた人間が魔力の渦と表現したモノは超高密度の魔素圧縮体だ。ここに活性化した魔力を注ぐことで圧縮体を刺激すると、より高密度な魔力が生まれるんだ。そうだな、バチンと火花が弾けるイメージかな」


 圧縮した魔素を刺激することで活性化した魔素は大きな火花を散らす。この火花が何倍にも膨れ上がった魔力なんだと彼は言う。


 その何倍にも膨れ上がった魔力は即時魔法に変換されて杖から放出される。この放たれた魔法こそが、物語に登場するような「大魔法」と表現される魔法の正体であるようだ。


「危なくないの?」


「旧型だけど実用化された量産品だし、ちゃんとセーフティーは掛かっているよ。実用化前はもっと危なかったんだ。超高密度の魔素圧縮体使った実験で街が一つ消えるくらいにはね」


 街が一つ消えて、大地が抉れるくらいの大爆発を起こした事もある、とバーテンダーは笑いながら語った。


 しかし、第四ダンジョンで見つけた魔法の杖は既に安全性も保証された『商品』のようで。


「人気な商品だったからね。大量に生産されて大量に流通していたよ。まぁ、戦争の要とまではいかなかったけど」


「大魔法を放てる武器が戦争の要にならないの?」


 クラリスは首を傾げたが、その理由は王城地下に残されていた鎧が原因だと言う。


「マジックワンドとマジックソードが魔法攻撃を極めた武器ならば、アンチマジックアーマーは防御を極めた鎧って感じかな。魔法攻撃が強力になり過ぎたが故に誕生した対魔法防御も行き着くところまで行き着いてしまったのさ」


 最強の矛が誕生してしまったから、それに対抗する最強の盾を生んだ。結果、単純な歩兵同士の戦闘は決め手に欠ける難しい状況になってしまう。


「まぁ、それを打破する戦略兵器も生まれたわけだけど……。行き過ぎたせいで地上は汚染されてしまったし、馬鹿共は滅びの道を進んでしまった。君達も気を付けた方が良いよ。せっかく世界を支配する種になったのだからね」


 フフ、と笑い声を漏らすバーテンダー。


「私達が魔法の杖を扱うのは難しいかしら?」


「そうだなぁ……。現状は一部の機能をオミットして、性能自体を下げれば良いんじゃないかな? 君達の得意な魔導具ってやつだよ。アンチマジックアーマーにも似たような事をしただろう?」


 王都研究所で密かに研究され、開発された「白銀の鎧」は遺物であった「白い鎧」の劣化コピー版だ。元となった遺物が本来発揮する性能の三十パーセントも再現できていないが、現状では革新的で切り札になり得る性能と言える。


 それと同じことを「マジックワンド」にもすれば良い。


 性能を落とし、レプリカに近い――魔導具として開発すれば良いのだと。


「オミットした方が良い機能はメモしてあげるよ」


「ありがとう。助かるわ」


 これで魔力ポーション、魔法の杖という強力な要素が王国に加わる。


 開発までには時間を要するかもしれないが、クラリスが描く未来はぐっと近づいた。


「フフ。いいとも。これくらいはお安い御用さ」


 バーテンダーも態度から察するに何かを得たようだ。彼にとって重要な何かを。


 彼と付き合いの長いクラリスさえ、何を探し求めているかは分からない。だが、今日で一歩だけ近付いたと言う。

 

 今日のバーテンダーはクラリスが退店するまで機嫌が良かった。


 彼は王城へ帰って行くクラリスを見送ると、外にあった看板を『Close』にくるりと変えた。


 店内に戻り、中から鍵を掛けたあとで――


「さて、行こうかな」


 パチンと指を鳴らすと、彼の前には魔力で作られたゲートが現れる。


 扉の中に進入すると、彼の姿も魔力で作られた扉も消えてしまった。 

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