第218話 杖と人間と


 俺達は地下二階に戻り、西側で起きた事をオラーノ侯爵とベイルーナ卿に伝えた。


 第二ダンジョンで遭遇したキメラとは別種のものが存在していたことや戦闘時に起きたことの詳細を報告すると、オラーノ侯爵は盛大なため息を漏らす。


「無理するなと言ったろうに」


「すいません、咄嗟に、つい……」


 少々気まずさはあったものの、結果的にはキメラを倒せたし、俺自身も無事という事もあってのお咎め無しといったところか。また死にそうになって戻って来ていたらもっと怒られていただろうな。


「しかし、今度は植物的な特徴を持つキメラか。もう何でもアリだな」


「そうですね。魔法使い殺しの花を咲かせたりと、西側地下にあった特徴を全て取り入れていたようにも思えます」


 キメラの特徴や独特な攻撃方法などについて話し合っていると、オラーノ侯爵の隣で黙ったままのベイルーナ卿が気になった。彼は顎に手を添えたまま、何かを考えているようだ。


 一体何を考えているのかと気にしていると、本人から質問が飛んでくる。


「キメラを倒した際、魔法剣に魔力を送り込みながら魔法を発動させたと言ったな?」


「え? はい」


 質問に対して頷くと、ベイルーナ卿は「うーむ」と唸りながらまた何かを考え始めた。その様子を見たオラーノ侯爵がしびれを切らし、一体何を考えているんだと問うた。


「これと結びつくのではないかと思ってな」


 ベイルーナ卿が取り出したのは、東側地下で発見された「杖」である。


「調査隊の報告を聞くに東側地下は何らかの兵器開発を行っていたのは明らかだ。王城地下に残されてた鎧があった事も証拠になる。となると、これも古代人が作った兵器だと思わんか?」


 青い宝石が取り付けられた杖は「魔法使いの杖」のように強力な魔法を行使するための兵器なのではないかと考えられた。


「レンは魔素の渦が見えるとか言ってましたね」


「ああ。ワシにも見えるよ。怖いほど神秘的な渦がな」


 ベイルーナ卿は青い宝石を見つめたあと、すぐに視線を外してそう言った。レンほど「憑りつかれていない」のは彼が歳を重ねて成熟した精神を持っているからだろうか?


「アッシュ達が西側を調査している時、ワシ等はこれを外に持ち出して試してみたんだ」


 俺達が調査している間、ベイルーナ卿は数人の学者達――魔法使いでもある者――を連れて、ダンジョンの外で試験を行ったらしい。


 彼等の考えとしては、まずこの杖が何らかの兵器であると仮定した。魔法使いが使用する物だとも仮定して、杖を持ったまま魔法を行使すると威力が上がるのではないかと考えたようだ。


 まぁ、これは英雄譚や神話に登場する「魔法使いの杖」を連想した考えだろう。誰も思いつくような考えであるが、同様の効果を持っている可能性も高いと言える。


「色々試してみたのだがな。結果としては魔法の威力は変わらんかった」


 杖を握ったまま魔法を撃っても威力は変わらず。連発しても体内魔力が減らない、なんて機能も無く。もちろん、杖を振っても何も起きない。


 現状では青い宝石が取り付けられた杖、という事しか分からなかった。


 しかし、ベイルーナ卿は俺が使用した「灰の風」の発動経緯を聞いてヒントを得られたかもしれないと言う。


「この杖を持つ事で魔法使い自身が勝手に強くなるのではなく、魔法使いが杖に魔力を送り込む……。力を与えるのではないか? 要は増幅器として使うのだ」


 試験では杖を用いる事で魔法使い自身が強化されるという考えで行っていた。


 しかし、杖に魔力を通して、杖を通じて魔法そのものを強化する方法が正しいのではないか? と。


 杖から力を貰うのではなく、杖に力を与えて増幅させる――という事だ。


「なるほど。確かに自分が発動させた方法に似てますね」


「だろう? こんなふうに――」


 ベイルーナ卿はお試し感覚に、軽く魔力を、ほんのちょびっとだけ魔力を杖に与えたつもりだったのだろう。


 だが、彼が魔力を送った瞬間、青い宝石がキラキラと光り輝いた。


「あ、まずい」


 彼がそう漏らした時には時既に遅し。キラキラ輝く青宝石から炎の槍が飛び出した。


 幸いにも杖を向けていた方向は無人であり、仮設司令室の壁だったので人的被害は無し。だが、飛び出した炎の槍は仮設司令室の壁をドロドロに溶かすほどの威力を見せた。


「馬鹿ッ! 何しているんだッ!?」


「ち、違う! ほんの少しだけ魔力を送っただけだったんだ! 指先から葉巻用の火を出す程度だったんだ!」


 ベイルーナ卿は普段から葉巻を吸う際に用いる「指先がマッチになる」程度の火魔法を発動させる量の魔力を杖に送り込んだと言う。


 俺自身も彼が指先に火を点ける魔法は見た事があるが、攻撃魔法としての威力は皆無であるし、火自体もほんの少し。すごく小さい。


 その程度の魔力を杖に送って、発動された魔法は壁をドロドロに溶かすほどの威力である。


 ベイルーナ卿の「増幅器」という仮説は正しかったようで、極少量の魔力がとんでもない威力の魔法になるまで増幅された――という事だろうか。


 となると……。レンが本気の雷魔法を放つ際に使う魔力量を杖に送ったらどうなるんだ?


 指先マッチ程度で壁を溶かすのだ。本気も本気の魔力量を送り込んで増幅されたら……。ダンジョン丸ごと吹き飛ばすくらいの威力になるんじゃないか?


 今、俺達がいる地下二階が丸ごと消滅するシーンを想像してゾッとしてしまった。


 この杖は危険すぎるんじゃないか?


「まったく、恐ろしい兵器だ……」


 ベイルーナ卿をガチのマジで怒り、その上で魔法の杖を取り上げたオラーノ侯爵。彼は手元にある杖を見つめながら、眉間に皺を寄せて声を漏らす。


「使い方は判明したものの、これはおいそれと使うわけにいかん。下手すれば領土内に深刻なダメージを与えかねんぞ」


 魔法剣も強力な兵器である事に変わりないが、魔法の杖はもっと強力。いや、凶悪すぎると言うべきだ。


 恐らくは封印指定されるだろうが、使用する場面を考えると……。


 戦争か。


 この杖があるか無いかで世界が変わる。恐らくは杖一本と複数の魔法使いがいるだけで小国なんてあっという間に滅ぼされてしまうだろう。


「これは私が保管しておく。ほら、さっさと準備しろ。地下十階の様子を見に行くのだろう」


 俺が恐ろしいことを考えていると、ベイルーナ卿はオラーノ侯爵に急かされていた。



-----



 オラーノ侯爵とベイルーナ卿、それに数人の学者達と共に西側地下十階に向かった。


 数時間ほど掛けて到着したのだが、俺達の目の前にある光景はというと――


「おお……。これは、素晴らしい……!」


 男女の上半身が浮かぶ二つのガラス管の前で、ベイルーナ卿は両膝を床について両手を高く掲げていた。


 表情には強い歓喜が現れ、目からは涙を流して。


「これこそ、こそれこそが古代文明の神秘! 謎を解き明かす大きな鍵だァァ!」


 まるで神とご対面したかのようだ。涙を流すほどの喜びを表現したベイルーナ卿は、その場で体を丸めながらオンオンと泣き始めた。


 ……マジで泣いているじゃないか。


「気絶しないだけマシだ」


 そう言ってため息を漏らしたのはオラーノ侯爵。


「気絶って……。もしかして、第二ダンジョンでですか?」


「ああ。背負って帰るのはもう遠慮したい」


 心の底から「大変だな」と同情してしまった。


 その後、俺達は興奮するベイルーナ卿と学者達を見守る事に。あーだこーだ言いながら……いや、もう奇声のような声を上げながら地下十階を調査する彼等をひたすら待った。


 俺達に出来ることは指示された物を収納袋に収めていくことくらいだ。


 滞在から二時間が経った頃、ベイルーナ卿は俺とオラーノ侯爵を二つ並んだガラス管の元へと手招きする。ようやく何かを語ってくれるようだ。


「さて、結論から言おう。このガラス管に浮かぶ男女は我々と同じ人間で間違いない」


 すっぱりきっぱりと言い放たれた事実に驚く暇もなく、ベイルーナ卿は言葉を続けた。


「第二ダンジョンで見つけた白骨化死体、それに第四ダンジョンの昇降機内にあった白骨化死体と頭の形が違う。これは我々と同じ形の頭部だ」


 以前発見された骨を調べた結果、古代人は俺達人間よりも少しだけ頭が大きい。これについては既に研究が進められていて、人間との違いがかなり明確化されているようだ。


 そういった研究結果を元にして地下十階にある「パーツ」を調べると、この階層に保管されている物は全て人間と同じなのでは、と推測された。


「どうして人間の……。それも男女の上半身があるのだ?」


 しかも、ダンジョンの中に。オラーノ侯爵の疑問は尤もである。


「これまで我々人間は古代人が完全に滅んだ後に誕生した新しい人類と思われていた。だが、この階層を見るに古代人が我々人間と何らかの関係があったのは確かだ。その真相はまだ不明であるがな」


 この階層にある事実は、今後人間の歴史を紐解く鍵になる。その大きな発見の一つである事は間違いない。


 だが、全てを知るにはまだまだ時間が掛かるだろうとベイルーナ卿は首を振った。


「ああ、そうだ。もう一つあった」


 関連する事項を思い出したベイルーナ卿の口からは衝撃的な事実が語られる。


「昇降機で降りた先の階層を調べたんだがな。あそこにはキノコが生えた死体とそうじゃない死体があったろう? あれを調べた結果、キノコが生えている死体は全て古代人と思われる死体だった」


「え……? じゃあ、キノコが生えていない死体は……?」


 俺の問いに対し、ベイルーナ卿は真剣な表情で告げる。


「全て、我々と同じ人間の死体だ」


 つまり、意味不明な死に方、死体を晒していたのは全て古代人。体からキノコが生えていないのは俺達と同じ人間。この違いは何なのだろうか?


「まだまだ謎は多く残っているものの、第四ダンジョンは王国にとって非常に大きな意味を見出した。歴史的にも技術的にも。恐らく、ここ数年で最高の利益をもたらすダンジョンとなるだろう」


 歴史的には人間のルーツを探る貴重なヒントが残る場所として。


 技術的には西側の花、東側の魔石と古代の兵器が既存の技術を更に上の段階へと持ち上げてくれるだろう。


 これらの発見から第四ダンジョンは王国にとって重要な場所と認定されるに違いない。早急な整備と運用が求められ、騎士やハンター達による素材採取が積極化するのは明白となった。


「となると、第四ダンジョンの査定は終了ですか?」


「いや、まだ調べてない事も多い。しばらくは調査が続くだろう。例の柱も見つけねばならんしな」


 完全に調査を終えたとは言い難く、最初に取り掛かった昇降機で降りた先の階層も徹底的に調べ尽くしてはいない。王都研究所が納得するまで調べ上げて、見つけたい物を見つけてから一般開放となるようだ。


「その間に外の整備は始まるだろうな。報告書を上げたらすぐに魔導鉄道の整備が始まると思う」


 この予想に関してはオラーノ侯爵も同意のようだ。既に中間報告を王都に送っているようだが、返答としては「整備の準備は進めている」と返ってきたらしい。


 各所の正式なサインを記載した書類が回れば本格的に動き出すだろう、と。


「なるほど。しばらくは第四ダンジョンに滞在ですかね?」


「ああ、すまないが本格的な活動は少し先だ。一般開放されたら好きに稼げると思うから、それまでは騎士団が出す給金で我慢してくれ」


 給金というよりは、調査への参加報酬みたいなものだ。危険手当も含まれた金額がドカンと入金されるんだとか。


 額面を聞いた際は第二ダンジョンの調査参加報酬よりも大きくて驚いてしまった。しかし、王国に利益を齎すのが当然な王国十剣と言えども、一定の場所に長期間拘束してしまうので相応の対価は出すという方針らしい。


「大丈夫ですよ。その点については心配していませんし、不満もありません」


「なら良かった。では――」


「アッシュ!」


 話し合っている最中、ミレイに呼ばれた。振り返ると、彼女は少し焦った表情で駆け寄って来るところだった。


 どうしたのだろう? 何かあったのか?


「ウルカが体調を崩したらしい」


 ミレイによると、待機中に軽いめまいを起こしたようだ。座ったら落ち着いたようだが、少し顔が赤くて熱っぽさもあるようで。


「アッシュ、ここは良いから仲間達と共に上へ戻れ」


 オラーノ侯爵は俺達に上へ戻って、ウルカを軍医にみせろと命じた。


「はい。すいません」


 俺はお言葉に甘え、ミレイ達と共に地下二階へ戻る事にした。ウルカを背負い、レンとミレイを先頭に歩かせて来た道を戻る。


 地下二階まで戻ったあと、簡易医療所に駆け込んだ。


 本人は「大した事はない。軽いめまいが起きただけ」と言うが、心配は心配だ。 


 軍医に診察してもらい、彼等が下したのは――


「妊娠ですね」


「え?」


 聞かされた途端、呆けてしまったが……。


 ウルカが俺の子を妊娠した。

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