第217話 西側地下十階 2
バラバラになった人間のパーツがガラス管の中で浮かぶ、その異様な光景に俺達は言葉を失った。
しばし沈黙が続いたあと、最初に口を開いたのはロッソさんだった。
「……こ、これも魔物だったり?」
彼自身、分かってて言っているのだろう。声が上ずっていたし、多少の震えもあった。顔を見れば、口元は僅かに引き攣っている。
「……違うでしょうね」
「……だよなぁ」
部下の一人が否定すると、ロッソさんはため息を吐きながら首を振る。目の前にある現実をどう受け入れれば良いのか迷っているような声音だった。
「とにかく、奥まで進むのはどうだ? またキメラがいるかもしれん」
そう提案したのはターニャだ。彼女も異様な光景に動揺を覚えたようだが、やるべき事をしようと気持ちを切り替えたようだ。
「そうしよう。全員、警戒態勢。ゆっくり進むぞ」
ロッソさんの命令に従って、俺達は警戒しながらゆっくりと奥へ進んで行く。
通路の両脇にあるガラス管を眺めながら、キメラの痕跡が無いかどうかも探して行くが――奥まで行ってもキメラの姿は無かった。また、痕跡すらも見つからない。
「あの重厚な壁と扉が守ってくれていたようだな」
キメラの存在だけじゃなく、他の魔物すらいなかった。それどころか、東側や上層階で見られたトゲ付きの蔓さえ見当たらない。
この場所と似ている構造を持つ階層は東側地下十階と昇降機で降りた先にあった場所の二か所。どちらもガラス管が割れていたり、人の死体があったりと何かの痕跡が残されていた。
しかし、ここは全くない。
人の死体が放置されていることもないし、ガラス管が割れていることもない。さすがに埃や塵は積もってはいるものの、それ以外は非常に「綺麗な状態」と言えるだろう。
中央通路を進んで行くと、途中で床が円形になった場所に到達。
そこにはいくつか机が置いてあって、机の傍には整理整頓された棚が設置されていた。
「あれ、見て下さい」
レンが指差したのは左端にあった机。
机の上にはマグカップらしき物が置いてあり、その傍には小さなガラス瓶が置かれている。
「瓶の中にあるのって、光るキノコじゃないですか?」
レンの言う通り、ガラス瓶の中にあったのは光るキノコだ。昇降機で降りた先の階層で見つけた緑色に光るキノコである。
群生しているモノと違って輝きは失われているものの、色は緑色で形も似ている。近寄ってよく見てみると、キノコはガラス瓶の中でカラカラに乾燥しているようだ。
「乾燥すると光らないのかな?」
「かもしれませんね。ですが、どうして瓶の中に保管されているのでしょう?」
あの光るキノコはダンジョン内で自然発生した物ではないのだろうか。こうして保管されている状態を見るに、何らかの目的があって作られたのかもしれない。
それがどういうわけか、昇降機で降りた先の階層で群生している。
……いや、群生しているというよりも、意図せず広がってしまったのか?
「あそこで見つかった死体にはキノコが生えていたよな?」
「ええ」
「もしかして、これも殺人キノコなんじゃないか?」
紫色に光る蕾も花開くと魔法使い殺しの花粉を振り撒く。この光るキノコも花と同じ類なのではないだろうか?
「キノコと言えば胞子を飛ばしますよね。……つまり、花粉と同様に胞子が体内に入り込むと死んでしまう?」
「ああ。体内から蝕み、骨がキノコみたいに変形してしまう。どうだ?」
俺は推測を口にしてレンに問うてみた。彼は少し悩んだあと、疑問を口にする。
「だとしたら、僕達が死亡しないのはおかしくないですか?」
「……そうだな」
浅はかすぎる考えだったか。
確かに彼の言う通り、俺達は大量の光るキノコが群生する場所を長時間調査したのだ。その際、胞子を吸い込んでしまっている可能性は非常に高い。
だとすれば、あの階層を調査していた時点で体に異常が出ていなきゃおかしい。
いや、俺の推測が正解だった場合も問題なのだが。むしろ、そうじゃなくて良かったと言える推測である。
「まぁ、でも、関連はありそうですよね。明らかに不自然な死に方でしたし」
「ああ。それに昇降機内にあった死体もだ。魔物に食われた跡があるってベイルーナ卿が言ってただろう? でも、下には魔物がいなかった」
じゃあ、あの死体は
「そう考えると、この階層と一番似ているのはあの場所かもしれませんね。あそこにもガラス管が並んでましたし、ガラス管の中に人の死体があったじゃないですか」
確かにそうだ。
向こうはガラス管が割れていたものの、中には人の死体が入っていた。
あの死体が元々ガラス管の中にあったかは不明であるが、どちらも
この階層といい、昇降機で降りた先の階層といい、どうして「人間」がという話になる。動物でも魔物でもなく、人間がって話だ。
「……何にせよ、良い話じゃなさそうだ」
「ですね」
俺は共通事項を認識すると、異様な不気味さを覚えた。それはこの階層に並ぶバラバラのパーツを見たせいかもしれないが。
「おおい、先に進もう!」
俺とレンが話し合っていると、ロッソさんに呼ばれた。再び騎士隊の最後尾に並び、俺達は更に先へ進む。
そこからは、数十メートルほど同じ光景が続いた。バラバラになった人間のパーツを眺めながら進み、再び俺達の前には高い壁と一体化した扉が立ち塞がる。
この扉も最初の扉と同じ仕掛けであった。
レバーを下ろすと重低音が鳴って、ブシューと何かを噴き出すような音。ゆっくりと扉が開かれていく。
「……敵影なし」
ここでも「キメラがいるかも」という警戒心は薄れない。扉の先はこちら側と違って真っ暗な分、余計に警戒心が生まれる。
ただ、やはり次のエリアにもキメラはいないようだった。扉の前でじっと待ち、耳に集中して微かな音を拾おうとするもキメラの鳴き声や這う音は聞こえなかった。
「よし、ランプを設置していこう」
暗いエリアを探索するべく、皆でランプを準備。
だが、最初の一歩を騎士の一人が踏み出した瞬間、天井にあった光源が連続的に灯る。ランプの準備は無駄になってしまったが、明るくなったことは良いことだ。
そう、良いことだ。そのおかげで、俺達はこの階層の最奥にあったモノをしっかりと見ることが出来たのだから。
「おいおい……」
扉の中はまたしても研究所に似た雰囲気。たくさんの遺物が設置されていて、遺物同士が複数のケーブルで繋がっている。
中央には木造と思われる机と椅子。床は大理石のような造りになっていて、床には大量のガラス板が散乱していた。他にも白い文字が書かれた大きな黒い板や食器といった生活感を表す物まであった。
ここまではそう驚くような光景じゃない。
俺達が再び言葉を失ったのは、最奥にある床から二段ほど高くなった場所にあった物を見たからだ。
それは二つのガラス管。薄い青色の液体で満ちたガラス管の中に浮かんでいるのは、男性と女性の上半身だった。
「に、人間……?」
ガラス管の中に浮かぶ上半身は、明らかに「人間」だった。頭の形が少し違う古代人だとか、手足が何本も生えた姿形が違う別の生命体だとか、そういった意味じゃなく。
俺達と全く変わらない姿をした「人間」なのだ。
しかしながら、ガラス管の中に浮かんでいるのは上半身だけ。男性も女性も頭部と腹までしかなく、両肩から先は欠損した状態である。
腹から下は背骨が露出した状態になっていて、下半身と呼ばれる部分が無い。
「ど、どう見ても人間だよな?」
「……ええ。それも、俺達と変わらないように思えます」
このガラス管の中にいる一組の男女が古代人だというなら、俺達とどこが違うのか説明してほしい。
両目を閉じて眠るように浮かぶ男女の顔も、どこかで見た事あると思えるほど普通の顔だ。同じ顔をした人物が、どこかの都市で暮していても違和感を感じないくらいに。
「ただ、古代人が絡んでいるのは間違いなさそうですね」
俺が注目したのは二つのガラス管の真下に設置されたレリーフだ。
レリーフには大樹と
『Adam』
『Eve』
この二つの文字は男性と女性を表しているのか、レリーフの左側には『Adam』とあって、右側には『Eve』と刻まれていた。
「……こりゃあ、早急に学者達を連れて来るべきだな」
「ええ」
俺達が考える範疇をとっくに超えている。これは早急にオラーノ侯爵とベイルーナ卿へ知らせるべきだ。
俺達は周囲に魔物が潜んでいないかを調べた後、地下十階は安全であると判断を下す。半数の騎士を十階に残し、残り半分は地下二階に戻る事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます