第216話 西側地下十階 1
「う……」
急な眩暈を感じ、俺は耐え切れず尻餅をついてしまった。
「先輩!?」
駆け寄って来たウルカに支えられつつ、しばらく瞼を閉じながら眩暈が治まるを待った。
幸い、眩暈は一時的なものだったらしい。すぐに治まってボヤけた視界が正常へと戻っていく。
「大丈夫ですか?」
「ああ……。急に大量の魔力を使ったせいだろう」
原因は花粉を利用した灰の風である事は明らかだ。急激な体内魔力の上昇と発散を行った事で体が悲鳴を上げたのかもしれない。
「しかし、とんでもねえな」
ロッソさんは真っ暗になった前方をランプで照らしながら見つめて言った。どうやら灰の風が光源として設置していた魔導ランプすらも灰に変えてしまったようだ。
騎士達も新しいランプを設置しながら周囲を見渡しているが、誰もが驚愕と困惑の感想を口にしていた。
「もう生き残りはいねえと思うが、キメラがいないか調査してくれ」
ロッソさんは生き残った騎士達にキメラがいないかどうかを調査させる。指示を出したあと、彼は俺の傍にしゃがみ込んで水筒を差し出して来た。
「助かったけどよ、無茶しすぎだぜ」
「咄嗟に、つい……。すいません」
俺は水筒を受け取って中身の水を口にした。乾いた喉が潤っていくのが心地良い。水を飲みながら息を整えていると、上層に逃げたと思われるレンとミレイが戻って来た。
「アッシュさん!? 大丈夫ですか!?」
俺の様子を見たレンは慌てて駆け寄って来て、前方にあった灰の石像と化したウッドキメラを見て何かを察したようだ。
「一体、何をしたんですか?」
レンは真剣な表情で問うてくる。彼に花粉が撒かれた後の事を語ると、レンの表情はみるみる怒りに染まっていく。
「何してるんですか!? 僕には逃げろと言ったくせに! そんな無茶な事をして、死んだらどうするんです!?」
レンだけじゃなく、話を聞いていたウルカやミレイも同じく怒っているようだが、言いたい事はレンに任せるようだ。黙ったまま、レンが告げた事に何度も頷いていた。
「王国十剣になったからって、無茶して良いわけじゃないんですよ!?」
「すまなかった」
確かに彼の言う通りだ。軽率で無茶な事をしてしまった。俺は素直に謝罪すると、レンはフンと鼻を鳴らす。
「まぁ、頼っちまった俺も悪かった。負担掛けちまってすまねえな」
ロッソさんはレンを落ち着かせつつも、指揮官である自分にも責任があると言う。
「だが、逃げろって判断は正しかったろうな。花粉の濃度は四階の比じゃなかった。浴びてたらタダじゃ済まなかっただろう」
責任の所在を自分に向けつつ、俺の判断をフォローまでしてくれた。気を遣わせてしまい、申し訳なさでいっぱいになる。
「確かに、そうかもしれませんが……。僕だって……」
ロッソさんの仲裁によってレンの怒りもいくらか収まったようだ。
「レン、すまなかった。でも、お前を死なせたくはなかったんだ」
「分かっています。……僕も言い過ぎました」
最後は二人で仲直り。ミレイもレンと俺をフォローしつつ、気まずさが残るような事はなかった。
しかし、俺にはもう一つの難関がある。それはニコニコと笑いながら黙って話を聞いていたウルカだ。
「レン君が言いたい事を言ってくれたので、私はこれ以上言いません」
そう言いながら、彼女は優しく俺の頬に手を添えた。ニコニコと笑いながら。
だが、目は笑っておらず、明らかに「次同じような事したら容赦しない」といった雰囲気がビンビンに出ていた。
「う、す、すまない……」
今回は完全に俺が悪い。全て受け入れよう……。
覚悟を決めていると、周囲を調べていた騎士が報告に戻って来た。
「隊長、キメラはいないようです。というよりも、全部灰になってます」
騎士の話では、室内庭園内だけじゃなく、奥に通じる通路まで灰になっているようだ。ただ、通路や天井は壊れてしまったわけじゃなく、表面が灰に変わってしまっているだけのようで。
一部を削り落とすと壁に使われていた本来の材質が現れたという。
「マジかよ。どんだけヤバイ魔法なんだよ」
しかしながら、ロッソさんは灰の風がいかに凄まじいのかを再認識してしまったらしく、口元を引きつらせながら俺の顔を見た。
「恐らくは僕達がよく知る魔法というよりも、灰燼剣の能力みたいなものなのでしょうね」
俺が行った行動、それに目の前にある結果を見て、レンは独自の推測を口にする。
「アッシュさんは四元素魔法は使えませんが灰燼剣なら起動できます。そう思って灰燼剣に魔力とイメージを送り込んだんですよね?」
そう問われて、俺は頷きを返す。
「全てを灰に変える風なんて、灰燼剣の能力を拡張させたようなものじゃないですか。本来は斬る事で発動する能力を風魔法のようにして発動させるって……。意味がわかりませんよ」
しかし、現実できてしまった。
ということは、魔法剣にはそういった能力も元々秘められているのかもしれない。これまで発見され、王国で保管されている魔法剣でも同じような事が出来るかもしれない。
新しい魔法剣の可能性が発見されたってことでしょう、とレンは言うが。
「そもそも、アッシュさんは灰燼剣の起動を維持するだけでもかなりの魔力を使用します。なのに、これだけの広範囲殲滅魔法として能力を応用するのは……。本来であれば膨大な魔力を消費するはずです」
今回発動した「灰の風」はあくまでも高濃度の花粉が舞っていた状況だから可能だっただけ。本来であれば発動できず、発動しようとした時点で体内魔力を吸い尽くされて死んでいたかもしれない。
かなり限定的な状況で起きた奇跡に近い出来事だ、とレンは呆れながら首を振った。
「つまり?」
「二度と発動させないで下さい。次は死ぬかもしれません」
ミレイの問いに対し、レンは簡潔に答えた。
「とにかく、アッシュはこれ以上戦うなって事だな」
そう言ったのは調査から戻って来たターニャだった。彼女は腰に手を当てながらため息を零す。
「恐ろしい魔法だ。どこもかしこも灰になっている」
彼女は呆れるような目で俺の顔を見ながら言葉を続ける。
「これだけの魔法を放ったのだ。進むにしても、これ以上は戦わない方が良いだろう。むしろ、私達が来た意味が無くなるからやめてくれ」
後半は「もう無茶はするな」という彼女なりの優しさだろう。俺は苦笑いを浮かべながら「そうするよ」と返した。
「それで、指揮官殿。進むのか?」
「アッシュさんは動けそうか?」
ターニャに問われたロッソさんは俺の体調を問うた。俺はゆっくりと立ち上がって歩けることをアピール。それを見たロッソさんは頷きながら「進もう」と言った。
周辺調査を行っていた騎士達が戻って来たあと、騎士隊は死体を布で包み始めた。今回のキメラ戦で死亡してしまった騎士の遺体は安全な場所まで運び、そこに安置してから先に進む事になる。
今回の場合は九階の出口だろう。遺体を運びながら先に進み出し、俺は最後尾に位置して彼等に続く。
道中、周囲を見れば灰色ばかりだ。自分でやっておきながら「こりゃないな」と思う。レンが怒るのも無理はないし、次に同じ事をすれば死ぬかもしれないという推測にも同意である。
灰の風は今回限り。もう二度と使わないと心に決めた。
ウルカ。心に決めたから、壁の色を見ながら俺の尻を抓るのは止めてくれないか。
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西側地下九階は上層階と同じく最後まで室内庭園の連続だった。
しかしながら、異なる部分も多くある。それは各室内庭園にキメラの痕跡があった事だろう。
プラントキメラが生まれたであろう種の抜け殻がいくつもあったし、毒々しい花から漏れたと思われる粘液が壁や地面に付着して乾燥していた。
この階にだけ植物人間がいないのと、上層階のように多種多様な植物が植えられていないのも気になる。本来地下九階にあった植物や魔物は、全てキメラの養分となってしまったのだろうか。
「階段だ」
最奥まで進むと十階に続く階段があった。一旦ここに死体を安置しておき、俺達は地下十階へと進んで行く。
次の階層も室内庭園のような構造かと思われたが、予想は大きく外れてしまった。
「これは東側にあった場所と似ているな」
西側地下十階は東側地下十階の構造と似ている……というか、同じだと言っても過言ではない。
階段を降りた先、エントランスにあたる部分には中央を貫く通路が一本。通路の左右にはガラス管が配置されているのだが、しかしながら東側のように複数本あるわけじゃなかった。
西側十階には左右に二本ずつ並んでいて、ガラス管の前には正体不明の箱――遺物が配置されてケーブルで繋がった状態になっている。
何より、こちらにあるガラス管の中には何も入っていなかった。液体すらも入っておらず、空のガラス管が並んでいるだけである。
「手前側は問題なさそうだ。問題なのは……」
中央通路の少し先にある重厚な扉だ。
見るからに分厚く、天井まで伸びた高い扉。壁と扉が一体化したような造りである。
近づくと、やはり取っ手の類は無かった。何かしらの仕掛けによって開く構造なのだろう。
騎士達が手分けして仕掛けを探すと、見つかったのはレバー入りの箱だ。こちらも壁に埋め込まれていて、東側と同じ造りになっていた。
「またキメラがいる可能性もある。油断するなよ」
同じ構造という事は、向こうで起きた出来事が再び起きる可能性もある。
騎士達は扉の向こう側にキメラがいる事を想定しつつ、陣形を整え始めた。ターニャ達も前に出て、剣を抜きながら事態に備える姿を見せる。
「開きます」
騎士がレバーを下ろした。
すると、壁と一体化した扉から「ヴゥゥゥ」と重低音が鳴る。同時に「プシュー」と何かを噴き出すような音が鳴った。
扉となっていた壁の一部が開き始め、次第に壁の向こう側が見え始める。
騎士達と女神の剣が身構える中、扉は完全に開け放たれた。
「……どうだ?」
ロッソさんが問うと、ターニャが扉の向こうを覗き込む。だが、どうにも彼女の様子がおかしい。
「あれは、なんだ……?」
彼女は開け放たれた扉の中心で棒立ちしてしまい、奥にある何かに目を奪われているようだ。俺達も近付いて中の様子を窺うと――
「は?」
中にあったのは、ガラス管。
今俺達がいる手前側と同じように通路の左右にはガラス管が並んでいる。こちら側と違うのは、左右に並ぶガラス管の数が多いこと。
だが、配置よりももっと異様なのは――ガラス管の中に人間のパーツらしきモノが浮かんでいることだろう。
「な、なんだよ、これ……」
俺達は扉の向こう側にキメラがいるかも、なんて考えを忘れてしまったかのように一歩ずつ中へと進入していく。そして、通路の左右に並ぶガラス管の中身に釘付けになってしまった。
ガラス管の中には透明な液体が満ちていて、その中には人間のパーツがそれぞれ浮かんでいる。
左側のガラス管には人間の腕が何本も浮かんでいて、右側のガラス管には人間の足が。その奥には左腕、逆側には左脚。三列目には臓器と思われる物体が浮かぶ。
バラバラになった人間のパーツがガラス管の中にいくつもあった。
東側地下十階にも液体が満ちたガラス管の中に魔物が浮かんでいたが……。
こっちは「異様」としか表現できない。
人のパーツが集められて、液体の中で保管されているなんて……。
これは一体、何なんだ?
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