第214話 西側地下九階 最悪の魔物 1


「魔導弓用意! ……撃てッ!」


 エントランスに並んだ弓兵が一斉に炎の矢を放つ。魔導弓に矢が生成された時点で大量の植物人間共が感知するも、感知した時にはもう遅い。


 一斉に放たれた炎の矢は植物人間にザクザクと突き刺さっていき、奴等の体を燃やし始めた。


 顔にはぽっかりと穴が開いているせいか、植物人間達は体が燃やされると擦り切れるような悲鳴を小さく上げた。だが、声は小さくとももがき苦しむような動きは行うのだ。それがどうにも「人間が焼死する瞬間」と思えるようなリアクションだった。


 少し後味の悪さを感じてしまうが、相手は魔物である。こちらだって容赦はできない。


「二射目、構えろ!」


 一射目を終えるとエントランス内に残っていた個体と通路にいた個体がぎこちない歩みで迫る。だが、こちらも接近される前に炎の矢を食らって火達磨に変わった。


「感知された個体は全て撃破!」


「通路奥に八……いや、十います!」


 弓兵達は通路入り口まで前進すると、そこで一旦陣形を解いた。通路入り口に四人の弓兵が並び、通路奥に立っている植物人間共に狙いを定める。


 こちらも感知されたものの、接近される前に全て撃破。西側地下九階は魔導弓があれば攻略できる――そう思っていたのだが。


「次は庭園か?」


「そのようですね」


 通路の先には両開きの扉があった。扉にあった窓をトゲ付きの蔓が突き破っていて、割れた箇所から中を窺う。


 上層階と同じように室内庭園のようだ。ただ、中は暗くて室内全てを把握する事は出来なかった。


「開けるぞ」


 ロッソさんが扉の片側を開けて、もう一人の騎士が中にランプを置く。入り口付近に灯りが設置されて多少は先が見通せるようになった。


「……敵影なし」


「よし、奥を探ろう」


 一人、二人、と室内庭園に進入する。入り口から少し先の場所にランプを置いて、そこから更に先へはランプをスライドさせて光源を確保する。


 だが、スライドさせたランプが途中で何かに当たって止まった。ランプはコトリと倒れてしまったが、止まった原因はハッキリと映し出してくれた。


「木……?」


 ランプのスライドを止めた原因は木だった。太い幹を持ち、地面からも太い根の一部が露出している。樹冠の部分にはいくつも枝が生えているのだが、一番の特徴は頭部とも思える巨大な蕾である。


「おいおい……。まさか、あの巨大な蕾から花粉が撒かれるんじゃねえだろうな?」


 ロッソさんの懸念は尤もであるが、巨大な蕾は紫色の光を発していなかった。というよりも、蕾全体が黒と紫を混ぜたような色になっている。これまで目撃された蕾よりも毒々しいと言えばいいだろうか?


「上層階では見なかった種類です。もしかしたら、魔物かも」


 騎士の一人がそう言うが、その推測は正しかった。


 毒々しい蕾をつけた木の根がモゾモゾと動く。最初はゆっくりすぎて見逃してしまったが、徐々に動く頻度が上がっていくおかげで気付けたと言うべきか。


 根が動いている点を騎士が指摘すると、そのタイミングで木は本格的な活動を開始した。


 地面の中にあった根が外に露出し始めて、己自身を持ち上げ始めた。いや、立ったと表現するべきだろうか。


 背を高くした木は毒々しい蕾を頭部のように動かして、俺達を見下ろしてきたのだ。


 そして、次の瞬間――


「キィァァ……」


 蕾がメキメキと音を立てながら開いた。毒々しい蕾は花となって、開花と同時に内部の液体を滴らせる。


 ビチャビチャと音を立てながら地面に滴る液体の色は墨のような黒だった。液体の粘度が高く、キメラの赤黒い粘液を思い出させる。


 しかし、変化はこれで終わりじゃない。


 何も無かった枝の先から細い蔓が生えだして、それらは急激に成長していく。成長した先はトゲ付きの蔓だった。それが木の全身に絡まり始め、次第にトゲ付きの蔓で覆われた木の化け物へと変貌していく。


「な、なんだコイツは……!」


 気色悪い変身を目撃したロッソさんから驚愕の声が漏れた。


 キメラを思い出させるような粘液、それに気色悪い花の顔。全身に絡まった蔓が巻き付いたヘビのように動くのも気持ちが悪い。


 体の芯を冷やすような嫌悪感は、第二ダンジョンで初めてキメラを見た時と同じだ。


「う、動かないのか?」


 ただ、木の魔物はその場から動く気配がない。見た目だけの魔物なのだろうか、と誰もが考えを過らせただろう。


 だが、それは間違いだった。


「あ、ぎ――」


 俺達が様子を窺っていると、不意に誰かの声が上がった。


 声の方向に顔を向けると、騎士の一人が地面から飛び出したに体を貫かれているではないか。


「は? あ、ぎゃっ!?」 


 根で貫かれた騎士の傍にいた者は、目に映っている光景が信じられなかったのだろう。しかし、抜けた声を漏らした瞬間に彼も地面から飛び出した根によって体を貫かれてしまう。


 串刺しになった騎士は即死で間違いない。だが、ここから更に異様な光景が始まった。


 なんと、串刺しにされた騎士の体がガクガクと痙攣し始めたのだ。


 体を貫いた根がグニグニと動き出し、被害者の胸に先端を突き刺した。突き刺さった根の先端は人間の体内を蹂躙して、最終的には口から細長い先端を露出させた。


 その異様な光景を前にして、俺達は一歩も動けなかった。


 次第に痙攣が収まると、木の根は死体から引き抜かれた。木の根は地面に潜って行き、取り残された死体が崩れ落ちる。


「う、うわああ!?」


 崩れ落ちた死体の様子を見た騎士から悲鳴が上がった。死体を見ると死体はカラカラに干からびていて、鎧の中にある肉体は骨と皮だけの状態になっていた。


 混乱状態に陥る調査隊を前に木の魔物は更に変化を続ける。


 人間から「養分」を吸い取ったからか、枝から発生した蔓には小さな種が五つほど生えた。それはどんどん大きくなっていき、一定の大きさまで育つと地面にボトリと落ちる。


 落ちた種の大きさは、人間が足を抱えて丸まったくらいの大きさだろうか。


 この大きさをしている時点で気付くべきだった。


 いや、コイツを見た際に感じた嫌悪感――第二ダンジョンで感じた感覚を思い出した時点で気付くべきだった。 


「嘘だろ……」


 地面に落ちた種にヒビが入り、中から飛び出したのは黒い粘液に塗れた人型の魔物。生みの親である木の魔物と同様に、頭が蕾になった植物人間だった。


「ァァァ……」


 粘液塗れになりながら誕生した植物人間はゆっくりと立ち上がり、俺達に向かって蕾を開く。グチャァと糸を引きながら開いた蕾は、赤黒くてグロテスクな花の顔に変化した。


 これは植物人間というよりも――


「キメラ……!」


 第二ダンジョンで遭遇したキメラとは違う。第四ダンジョン東側で遭遇したキメラとも違う。


 今、目の前にいるのは植物とキメラを掛け合わせたような魔物。これまでの形態とは全く違う新種のキメラ。


 親である木の形状を持つキメラはウッドキメラとでも呼ぶべきか。


 種から生まれた個体の体は植物人間に似ている。蔓が絡まり合った体を持ち、頭部は親に似たグロテスクな花。両手も蔓状になっているが、地面に引き摺るほど長い。加えて、先端はムチのようになっていた。


 これらの見た目から、種から生まれた個体はプラントキメラとでも呼ばれそうだ。


「散開ッ! 地面からの攻撃に警戒しろッ!」


 ロッソさんが叫ぶように指示を出し、俺達はそれに従ってお互いに距離を取る。


 しかし、非常にマズイ状況だ。


 前方にいるは動かない。だが、先ほど生まれたプラントキメラが俺達に迫り来る。


 ウッドキメラは司令塔、プラントキメラが兵隊といった役割を持っているようだ。


 加えて、プラントキメラの動きは速い。形状の似ている植物人間、第二ダンジョンで遭遇したキメラよりも素早く俊敏だ。

  

「ァァァ……!」


 プラントキメラは両手の蔓を引き摺りながら騎士達に近付いてきた。


 間合いまで飛び込んで来ると、ムチのようになった先端を振るう。その速度もまた空を切るように速い。


「ぎゃっ!? く、くそ! 離せッ!」


 振るった両手は騎士の体に巻き付いて、対象者を捕獲する。捕獲された騎士は剣でプラントキメラの両腕を切断しようと試みるも、蔓になった両腕は見た目に反して硬いようだ。


「待ってろ! 今いぎゃあああ!?」


 助けに入ろうとした騎士が地面から突き出た根によって串刺しにされてしまった。その間、プラントキメラに捕獲された騎士は――


「あ、ああ……!」


 彼の前にはプラントキメラの頭部が迫る。グワッと開いた大口のように、糸引く粘液に塗れた花の頭部が近付いていくのだ。


 そして、花の頭部は騎士に食らい付いた。騎士は頭部だけじゃなく、肩口くらいまで一気に飲み込まれる。騎士に食らい付いた花の頭部は蕾状態のように丸まって、食らい付いた騎士の肉体を蕾の中で咀嚼し始めた。


 ただ単に人の肉を食らうだけかと思いきや、騎士を食らったプラントキメラの背後にウッドキメラの触手が伸びる。


 伸ばされた触手はプラントキメラの背中に突き刺さって、ドクンドクンと養分を吸い取り始めた。恐らくは、たった今食らった騎士が「養分」なのだろう。


 親へ送られた養分は更なる子供を生み出す。ウッドキメラの蔓には再び種がいくつも出来上がって、それがボトボトと地面に落ちていく。


 五体いたプラントキメラは十体に増えて、俺達の前には最悪の魔物が立ち塞がる。


「クソッタレがッ!」


 ロッソさんの口からは怒りに満ちた怒声が放たれた。


 俺達はただ仲間を失っただけじゃなく、更に敵の数が増えるという最悪の状況に陥った。


 ――最悪だ。第二ダンジョンで戦ったキメラよりも残忍で、数を増やす分凶悪さが増している。


 だが、やられっぱなしではいられない。


「魔導弓で散らせ!」


「第二と同じく腹に魔石があるのか!?」


 騎士達も散開しながら倒し方を模索していく。


 魔導弓でプラントキメラを攻撃すれば、体の一部が燃えて悲鳴を上げた。悲鳴を上げながら苦しむ個体に騎士達が槍で腹を連続突きをお見舞いした。


「魔石の感触がない!」


「腹じゃないぞ!」


 今度は頭を槍で突くと、壊れた頭部から黒紫色の魔石が露出する。


「頭部だ! 弱点は頭部にある!」


 弱点部位が叫ばれると、間髪入れずに別の騎士が頭部に癒着していた魔石を破壊した。


 魔石を破壊されたプラントキメラの体はどんどん萎びていき、終いには動かなくなって体全体がパキパキと音を立てて崩れた。


 第二ダンジョンでキメラとの戦闘経験を持つ騎士達を中心にして、騎士隊もすぐに状況へ対応し始める。


「ウルカ達はターニャ達の支援を行え!」


 そして、俺も仲間へ指示を出しながら握っていた灰燼剣を起動させた。


「ロッソさん、周りを頼む! 俺は大元を叩く!」 


「任せろッ! やっちまえ、王国十剣ッ!」


 これ以上被害を拡大させないためにも、大元のウッドキメラを叩く。それを誰よりも早く達成できるのは自分しかいないという自負があった。


 第二ダンジョンでの二の舞にはならない。俺は、その為の力を得たのだから。


「先輩、行って下さい!」


 ウルカの矢が迫っていたプラントキメラの頭部を貫き、ダメ押しとばかりにレンの雷で丸焦げにする。


 仲間達の支援を受けながら、俺は身体能力を向上させてウッドキメラに突っ込んで行った。

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