第213話 魔物考察と西側地下九階へ
一体目の植物人間を殺害したあと、俺達は通路にたむろしていた個体の処理に入った。
まず、最初に判明したのは植物人間の「感知範囲」についてだ。奴等は一定の範囲内――距離にして一メートル程度まで近寄らないと人間を感知しない。
感知すると一直線に向かって来るが、動きは遅い。魔導弓があれば脅威は感じない、といった感想に落ち着いた。
加えて、通路上で待機している植物人間の異様さは他にもあった。
「やっぱり蔓と繋がっているよな?」
「ええ」
俺とロッソさんは植物人間を注意深く観察しながらお互いに気付いた点を話し合う。
俺達の視線が向けられているのは、植物人間と天井に這うトゲ付き蔓の間にある物体だ。
よく見ると植物人間の背中にある筋、人間の背骨と同じような形をした部分から細い管が伸びている。その管は天井や壁を這うトゲ付きの蔓に繋がっていて、蔓から淡く紫色に光る養分を吸い取っているようだった。
淡く紫色に光る養分は植物人間の体内――人間の胃にあたる部分へと移動していく。ポワッと光った養分が蓄積していき、一定量が貯まると消化されるかのように消え失せる。
この待機行動は他の個体にも共通しており、俺達人間が行う「食事」のようなものではないかと推測された。
「つまり、待機中は食事をしているから反応が鈍いってか?」
「ですが、明確な敵意は察知しますね。特に魔導弓には過敏と思えるほど反応が早い」
正確に言うと、騎士が魔導弓を構えた後にトリガーを指で押して魔法の矢が生成される
これは先ほど語った距離には関係しない。人が近付く分には一メートル程度まで接近しないと感知しないが、何故か魔導弓に関しては一メートル以上どころか、十メートル離れていても気付くのだ。
「もしかして、魔素に反応しているんじゃないですか?」
そう言ったのは隣で話を聞いていたレンだ。
「魔素に?」
「ええ。魔導弓が魔法の矢を生成するプロセスは、トリガーを押し込んだ後に魔素を活性化させて魔法へと変化させます」
そう言いつつ、レンはすぐ近くにいた弓兵に「合ってますよね?」と問うた。問われた騎士も「そうです」と頷く。
確認はしたものの、恐らくレンも魔法使いとして魔素の活性化を感知しての問いなのだろう。
「魔素が集まって魔法に変化する前の段階、魔素が活性化した瞬間に反応していました。恐らくは魔素が活性化する際に起きる何かを感知の基準にしているのではないでしょうか?」
人との距離に関しては感知範囲が狭く、魔法に関連する攻撃にだけは鋭い。その答えが「魔素の活性化」に因るものなのではとレンが推測。
それを証明するために、レンは通路の先にいる植物人間を感知させる事となった。
「魔素の活性化は魔導具だけじゃなく、魔法使いが魔法を行使する際にも起きます。あとはアッシュさんの灰燼剣が起動する時もですね」
そう説明しながらも、レンは手の平を上にして集中し始めた。
「一瞬だけ雷を作ります。反応するか見てて下さいね」
レンは掌に小さな雷を作り出した。それは一瞬でパチンと弾けて消えてしまったが――
「動いた!」
通路の先にいた植物人間は顔をこちらに向けて動き出した。蔓と繋がっていた管をぶちりと外して、ぎこちない動作で歩き出したのだ。
「やっぱり」
検証は成功。レンの読み通りだ。
ただ、疑問なのはどうして物理的な距離ではなく、魔素による感知なのだろうかという点だ。
「……魔法使い殺しか?」
「花と同じく?」
ロッソさんが考えた答えは、花粉を振り撒く花と同じく「魔法使い殺し」に焦点を当てたものだった。
「魔素の活性化とやらは魔法使いが魔法を撃つ前にも起きるんだろう? それに植物人間は蕾がつく蔓から養分みたいなモンを貰ってた。となると、あの魔物も魔法使い殺しに特化しているんじゃ?」
蔓から養分を得ていた事も加味すると、蔓との関連性は高いように思える。だが、実際は魔導弓が放つ「魔法の矢」で簡単に殺せる魔物だ。
植物人間が魔法使い殺しであるならば、紫色の水晶を内包した『木』が生む蔓の魔物みたいに魔法の矢を無効化するんじゃないだろうか?
もしくは、花粉のような魔法使いを殺す攻撃でも持っているのか?
ただ、やはり魔導弓で簡単に殺害できる点を考えると「魔法使い殺し」としては不足しているように思える。魔法自体を無力化できないと、魔法使いからも遠距離から倒されてしまうし。
その点を指摘すると、ロッソさんは「確かにそうか」と再び悩み始めた。
「案外、ただ単に植物繋がりではありませんか?」
騎士の一人がシンプルな答えを口にした。
彼はただ単に植物的な繋がりがあるだけで、魔法使い殺しには関係ないということ。
「斬っても死なない能力は蔓から養分をもらっているから、とか?」
「なるほど。強力な力を使うためにエネルギーをもらってるってことか」
他にも蔓と繋がっている理由は、キメラの再生能力に似た力を使う為に蔓からエネルギーをもらっているのではないか。この考えは正しいように思えた。
疑問を元に戻して、反応に関しては――
「養分として送られているのが魔力か、もしくは魔素なんじゃないですか? 養分が貰える場所だと誤認しているのでは?」
これはレンの推測であるが、あくまでも植物人間は「魔力、もしくは魔素に反応する性質を持っているだけ」じゃないか、と。
俺達が美味しい食べ物の匂いに釣られるように、植物人間も魔力や魔素に惹かれているのではないか。養分として取り込んでいるモノだから余計に感覚が鋭いのではないか。
レンの「食べ物と同じ説」は妙に納得してしまった。もしかしたら彼の推測は合っているのかもしれない。
「なんというか、僕達も魔力に反応する事があります。他の魔法使いが放つ魔法って、近くにいると見ていなくても飛んでくる方向とかが分かるんですよ」
魔法使いは魔法を感知できるという点も推測に至る理由だったようだ。
魔法使いである人間も反応できるのだから、魔物の中にも感知能力が高い種類がいてもおかしくはないのではないか。
レンの推測に説得力を感じて、俺は「なるほど」と頷いた。横にいるロッソさんも。
「となると、問題は紫色の水晶だよな。蔓の魔物もそうだが、植物人間にまでエネルギーを送るんだぜ? 一番厄介で未知なのは水晶の方だと思わねえ?」
生半可な魔法は無効化してしまう蔓の魔物、キメラの再生能力に似た能力を有する植物人間。これら二つの魔物と関連するだけじゃなく、階層中に這うトゲ付きの蔓と蕾も紫色の水晶が生み出しているのだ。
西側だけじゃなく、東側ではキノコの魔物を何百匹も生み出す原因でもあった。
ロッソさんが言うように、第四ダンジョンの中で最も危険視するべきなのは紫色の水晶だろう。根本となる水晶を排除してしまえば話は早い。
だが、第四ダンジョンを
「まぁ、進むしかねえか」
少しだけもどかしさを感じつつも、俺達は先に進んだ。
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西側地下五階は室内庭園のようだった、と言ったが、この構造は階層の最後まで同様だった。
五階は三つの室内庭園が繋がっている構造であったが、恐らくは庭園によって育てられている植物の種類が違うのだろう。
最初の庭園は花が多く、次の庭園は花を咲かせない種類の植物ばかり。地下六階へ向かう階段の手前にあった庭園には花も葉も咲かせない木がいくつか生えていた。
問題は三つ目の庭園だ。
ここには例の水晶を内包した『木』があって、階層内に這う蔓の始点になっていた。
見つけた瞬間、俺の脳裏には地下四階の出来事が蘇る。また大量の花が咲いて、俺とレンは魔力過多症になってしまうのか、と。
そう思ったのはロッソさんも同じだったようで、すぐさま俺とレンに「離れろ!」と命じる。
だが、予想に反して『木』は無反応。
人が近付いても地下四階のようなアクションは起こさず、内包した水晶を淡く光らせるだけだった。
「この違いはなんだ?」
「さぁ……?」
どうして敵意を見せないのか、それが全く分からずに首を傾げる俺達。しかし、騎士の一人がある物に気付いた。
「これ、何でしょう?」
騎士が指差すのは、木の根元にある土が盛り上がった箇所。そして、僅かに土から露出しているのは金属とも布とも思えぬ材質の何か。
慎重に土をどかしていくと、木の根元に繋がっていたのは硬い謎の材質で作られたケーブルだった。
「下に向かってる?」
そして、ケーブルの先は土の更に下に向かって伸びているようだ。
「地下四階は別の隊が調べたが、木の周辺にケーブルがあった事は報告されていないな」
「じゃあ、これが原因でしょうか?」
ケーブルの有無で『木』の攻撃性やらが変わるのだろうか? 全くもって理解不能だ。
「とにかく、植物人間やら大量の花やらが無いのは良いことなんじゃねえか?」
特に大量の花を咲かせないのは俺とレンにとっては朗報だろう。
地下六階に続く階段まで進み、降りる前にマスクを交換。しっかりと準備してから下へ降りて行く。
――結論から先に言うと、六・七・八階は全て地下五階と同じ室内庭園になっていた。構造的にも同じで迷う事もない。地下五階の特徴であるムワッとした室温も同じだったが。
階層内には植物人間が何匹もいたが、魔導弓があれば問題無く進める。また、魔導弓が使用不可でも剣で斬って行動を制限した後に火を点けてやれば問題無く殺せることが分かった。
六階の中盤以降からは植物人間と遭遇する回数も増えていったが、魔導弓に加えて女神の剣と騎士達の連携プレーも光る。
順調に下層へと降りて行き、俺達は地下九階に辿り着いたのだが……。
階段を降りた途端に飛び込んできた光景は、これまでの生温い状況とは違うものだった。
「うわぁ……」
地下九階に降りた直後、俺達の目に映ったのは植物人間共の巣窟だ。
上層階と同じように壁や天井にはトゲ付きの蔓が這っていて、エントランス内には三十を越える植物人間達が蔓から養分をもらいながら突っ立っている状況。
その密度は高く、いくら植物人間共の感知範囲が狭いと言っても無視はできない。植物人間の数が多すぎて、奴等との戦闘を回避しながら奥に進むのは不可能である。
つまり、戦って排除しながら進むしかない。
「待て、奥にもいる」
エントランスの先には通路があるのだが、そっちにも植物人間が大勢いた。
「避けられないな。全員、戦闘準備。蹴散らしながら進むぞ」
大量の植物人間を前に、俺達は各自武器を抜いて万全の態勢を整えた。
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