第211話 西側地下調査開始
東側地下の調査を終えた後、俺達は三日間の休暇が与えられた。
といっても、ここはダンジョンの中。それに都市から遠く離れた場所なので、寝るか飲むかくらいしか楽しみがないのだが。
休暇を与えられた騎士達は各自可能な範囲での休日を楽しんでいるようだ。
読書をする者や朝から酒を飲んで賭け事をする者もいたり。後者の中にはミレイも混じっていて、レンに叱られている姿がよく目撃される。
俺もウルカと共にゆっくりとした休日を楽しみつつ、最終日には着々と環境が整えられていく地下二階の様子を見て周っていた。
「ハクショーン!」
たった今、くしゃみを連発する騎士達は西側地下の偵察から戻って来たようだ。
「西側の地下はどうでした?」
丁度出くわしたので状況を聞いてみると、彼等はくしゃみをしながら「地下四階は蔓が枯れていた」と教えてくれた。
どうやらレンが放った雷の一撃を受けた『木』は完全に沈黙しているらしい。近寄っても水晶は回転せず、階層内に蔓延していた蔓は全て枯れ果ててしまっていたという。
奥に地下五階へ続く階段があって、降りて行くと蔓と紫色の蕾が見つかった。地下五階も階層の奥から蔓が壁や天井を這っている状況のようだ。
「壊れた水晶も回収……っくしゅん! できましたよ……。うう……」
地下四階にある木から水晶は回収しており、これから学者達の元へ持って行くという。彼等とは別れて、俺は二階部分にあるベイルーナ卿の簡易研究所へ向かった。
簡易研究所内では西側地下を調査する為の準備が行われている。
学者の中に混じった軍医達がいそいそと作っているのは、サバイバル用のろ過用布フィルターを使ったマスクだ。目が細かい布を使用したマスクを装着する事で花粉を防ごうという作戦の元、絶賛量産中。
効果自体も既に検証されており、花粉を間近で浴びても
「おお、アッシュ。丁度良かった。これ、つけてみてくれ」
ベイルーナ卿と目が合うと、彼は俺に厚手のマスクを差し出した。口と鼻を覆うように装着してみると、少しゴワゴワした感触だった。
「苦しさはあるか?」
「いえ。ただ、戦闘中はどうですかね」
マスクを装着したまま動き回ってみると、多少の息苦しさを感じてしまう。だが、花粉を大量に吸い込んで頭痛に苦しむよりはマシだと思えた。
「うーむ。改善点は多いが、急造品では仕方がないか」
まだまだ改良が必要そうだな、と頷くベイルーナ卿。しかし、今回の調査ではこれを使うしかあるまい。
「魔法使いによる試験を行ったと聞きましたが、大丈夫なんですか?」
「うむ。地下五階でマスクを試したが、被験者が魔力過多症を患う事はなかった。多少は体内魔力が増えたようだがな。発散すれば問題ないという結論に至ったよ」
それならレンを連れて行っても大丈夫だろうか? 最悪の場合は彼を留守番させる事も考えていたが。
「ただな、これを見てくれ」
そう言って見せてくれたのは、テストで使用したマスクだろうか。
よく見るとマスクの表面がキラキラと輝いているのだ。これは花粉が付着してしまっているのだろう。
「花粉のほとんどを通さず、空気だけを通す作りは完成した。だが、見た通りマスクの表面に花粉が付着するのだ。こまめな交換が必要になる」
ベイルーナ卿が考える目安としては、一階層毎に新品と交換するべきだと提案された。もっと安全策を執るならば、花粉を三回ほど浴びた時点で交換するべきだと。
「地下四階で起きたという花粉濃霧は特に気を付けてくれ。さすがに防げないだろうからな」
地下四階で起きた花粉の「濃霧」状態になった場合、マスクを手で抑えながら息を止めて即座に離脱。濃霧から脱出後に速やかなマスクの交換が必須とされた。
注意事項を頭に叩き込み、レンを連れて行く場合は特に気をつけなければと心に決める。
「地下四階は蔓が枯れていたと聞きました。やはり、あの水晶を内包させた木を破壊したからでしょうか?」
「そうだろう。原因はそれしか考えられん。だが、やはり国の方針的には水晶の破壊は不可となりそうだ」
俺達が戻って来てからすぐ、途中経過が王都へと送られた。
キノコ型の魔物から採取できる小さな魔石、それに西側地下で発見された花粉。これらは王国にとって「有益である」と判断された。
まず、第四ダンジョンで採取された魔石の性能であるが、こちらは既存のダンジョンから採取できる魔石よりも効果が高いと評価された。
魔石に内包された魔力は既存の物よりもパワフルで持続時間が長い。既存の魔石との性能差は一.五倍ほどあると認められた。かつ、魔石自体が小さいので魔導具の軽量化と小型化に貢献できるとなれば猶更だ。
次に花粉であるが、こちらは『毒』にも『薬』にも成り得る素材として評価された。
大量に摂取すれば魔力過多症を引き起こしてしまうが、適量を摂取すれば魔力が回復するのは確かな事実。これを見逃す王国ではあるまい。
花粉のサンプルが送られた王都研究所では既に「魔力回復ポーション」の開発が始まったらしい。製法の詳細は聞かされていないので分からないが、既存のポーションと同じような方法で生成が見込めそうだと早速の成果が報告された。
となると、王国はどちらの素材も安定供給を望む。
魔石はキノコ型の魔物から。花粉は蔓から生える蕾から。これら供給元を生み出すのに共通するのは、どちらも「紫色の水晶」である。
「東西の地下にある水晶は極力破壊しない……というよりも、破壊は厳禁となりそうだな」
さすがに氾濫の危険が認められれば破壊せざるを得ない。しかし、そうじゃないなら供給の為にも破壊は不可と女王陛下は判断を下したようだ。
「一般開放されたら魔石と花粉集めがハンターの仕事になりそうですね」
東側へ向かう者はキノコの魔物を倒して魔石集め。西側に向かう者は蔓から花を切り取る採取作業。これら二パターンが主流になりそうだ。
「東側の地下十階は封印しないのですか?」
「まだ検討中だ。封印すると帰還ルートが潰れてしまうが、キメラが存在していた階層を野放しにするのもな。第二ダンジョンは封印状態にしているし、どうしたもんか」
第二ダンジョンは最下層付近のほとんどが封印状態になっている。これは実力不足なハンター達が万が一にもキメラと遭遇しないように、という配慮だ。
第二ダンジョンでキメラが再び発見された報告はないようだが、それでも慎重になるのは当然だろう。
第四ダンジョンでも同じ処置をとりたいが、万が一に対しての帰還ルートが潰れてしまうのも問題だ。
出来ればハンター達が地下十階へ向かわずとも帰れるルートを開拓したいところだが、こちらも西側地下を調査せねば話が進まない。
帰還ルートの件もだが、ベイルーナ卿が特に気にしているのはキメラについてのようだ。
「西側にはキメラがいない事を願うよ。あれは素材の使用が禁止されているし、本当に得の無い魔物だ」
現状、キメラの素材は女王陛下の命令で利用か禁止されている。
魔物の性能からして「最悪だ」と口にした女王陛下は、キメラを見つけたら即討伐を命じている。赤黒い粘液に関しても害が生まれる前に焼却処理するよう命じているし。
ベイルーナ卿の話では「人類の敵」とも口にしているようだ。
まぁ、実際に戦った俺からすれば、女王陛下の感想と判断も納得できる。あれが増えて氾濫したら地上なんてあっという間に蹂躙されてしまうだろう。
「送り出す側が言うのもなんだが……。西側の調査は特に気を付けてくれ」
「はい。承知しております」
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翌日、遂に西側地下の本格的な調査が開始される。
参加する騎士達の顔ぶれは東側の調査に参加した者達と変わらない。調査隊の指揮を執るのは、西側と同じくロッソさんになった。
「アッシュさん、マジで無理はしないでくれよ? 途中でリタイアになっても気にしないし、咎められないからな?」
「ええ。ご心配ありがとうございます」
俺達ジェイナス隊も全員が参加となった。
特に魔法使いであるレンは魔力過多症の不安もあるので留守番するかどうかを本人に委ねたが、やはり彼は「ミレイが行くなら自分も行く」と決意が揺らがなかった。
最後まで心配していたミレイが彼を強制的に留守番させなかったのは、本人の強い希望とベイルーナ卿が急造したマスクがあったからだろうか。
しかしながら、俺とレンは最後尾に位置する事になっている。道中の戦闘も騎士達と女神の剣が主になって戦う事になっているし、あくまでも俺とレンは緊急時の手助けと対キメラ戦に期待されているといった感じ。
「少しは任せてもらわないと、我々が来た意味がなくなるだろう?」
そう言ってくれたのはターニャ達だ。
今回は彼女達に任せるしかない。お言葉に甘えて彼女等の活躍を見守ることにしよう。
「よし、出発!」
西側地下へ続く入り口の前で全員がマスクを装着。その後、地下へと向かって行った。
三階の異様さを再び目にしながら四階へ向かうと、先日報告を聞いた通りの状況になっていた。
地下四階の床には茶色く変色して枯れた蔓の残骸が散らばっており、花粉を撒く花も茶色に変色しながら枯れている。見た感じ、シナシナになったというよりもカラカラに乾燥したといった感じだ。
「四階は調査したんでしたっけ?」
「ああ。俺達が東側の調査をしている時に別の騎士隊が調査したって話だ」
最後尾に位置する俺とレンは雑談しながら進んで行く。話題になったのはレンが問うた地下四階の調査状況だ。
俺は騎士達から聞いた調査結果をレンに語った。
「俺達が戦闘した場所は、やはり畑だったらしい。あのドーム型テント内には農具や種があったようだ」
地下四階にあるアーチ状の入り口を潜り、俺達が戦闘を行った場所に進入。俺は先にあったテントを指差して、中で見つかった物について語っていく。
「小麦に似た物もあったって話ですよね?」
「ああ。俺達が地下二階で見つけた金属の箱に関してもだが、古代人が口にしていた食料について研究が進みそうだってさ」
こちらについては考古学的な問題だろうか。古代人の生活に関する調査も同時に進められているようだ。
「うーん。やっぱり地下四階は畑みたいだけど、第三ダンジョンよりも大雑把に思えるね」
水晶を回収したおかげか、地下四階には魔物が出現しなかった。ゆっくりと周囲を観察しながら進んで行くが、やはりこの階層は「室内に無理矢理畑を作りました」といった雰囲気である。
第三ダンジョンも「室内」である事には変わらないだろう。青い空と太陽が浮かんでいるが、ダンジョンの中であることには違いないのだから。
しかしながら、第三ダンジョンの畑を見た後だとクオリティの差に目がいってしまう。
ただ単に床へ土を撒いて疑似的な空間を作り上げただけに思える。だが、東側地下の件も考えると……。この空間も何かしらの「試験」をしていたのか? と勘ぐってしまう。
「試験ですか?」
俺の推測を口にするとウルカが首を傾げた。
「ああ。そうだな……。たとえば、室内で植物が育つかどうか試していたとか?」
まぁ、俺の考えも相当大雑把な考えだと思う。ただ、東側では兵器の試験が行われていたと仮定すると、やはり西側でも何らかの試験が行われていた可能性は高いと思える。
「東側が兵器であるならば、西側は食料供給について研究していた……とか?」
どう思う? と仲間達に問うと、皆は「うーん」と悩み始めてしまった。
「例の花もありますからね。僕の予想は薬の開発にしておきます」
「ああ、それもありそうだな」
レンは食料じゃなく、薬と考えたようだ。
植物性の薬品や薬を作っていた可能性もあり得るか。兵器を開発する理由は戦闘に関する事だし、戦う人々にとって「薬」というのもまた身近な存在と思えたから納得できる推測だ。
「まぁ、どっちにしろ下へ行けば少しは分かるだろうね」
ミレイは答えの出ない推測合戦を辞退して、下にあるであろう事実から答えを得ようとしているようだ。
俺達は彼女に「確かに」と頷きながら進んで行く。
さて、西側には何があるんだろうか。
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