第210話 東側地下の裏階段
「上に向かう階段?」
俺達は発見した階段の行先を見上げながら、思わず呟いてしまった。
「あの日付を跨ぐと閉まる鉄門への対策じゃないか?」
考えられるのは、地下四階や五階にある日付を跨ぐと閉まってしまう門。一方通行にならないよう、その対策として上層階へ向かう階段が用意されていたという推測だ。
「でも、上層階にそれらしい階段はありませんでしたよね?」
門が閉ざされる階には下に向かう階段しか見つからなかった。他の階もそうだ。
じゃあ、この階段はどこへ続いているというのか。
「とにかく、上に行ってみるか」
行ってみないことには分からない。俺達は階段を登って行くと、辿り着いたのは長い通路だった。
道幅は大人五人分くらい。通路の先にはまた上へ向かう階段がある。
通路の途中、壁際には椅子が並んでいた。その近くには前面がガラス張りになった棚が置かれていたのだが――
「何か飾られているぞ?」
棚の中には赤色の筒や青色の筒、他にも様々な色を持った筒が四段で並べられていた。
これは一体何だろうか? 随分と爽やかそうな液体? の絵が描かれているが。
「なぁ、こっちに扉がある」
ベテラン騎士が見つけたのは、押すだけで開く軽い扉だ。中を覗くと、中には魔導コンロに似た遺物が設置されていた。その隣は……洗面台か?
蛇口に似た形状のパーツが取り付けられていて、騎士の一人がそのパーツに手を近づけた。
「うおっ!?」
すると、ジャーッと銅色の水が流れ出したではないか。
騎士が慌てて手を引っ込めると、今度はピタリと水が止まる。
「これ、レバーを倒さなくても水が出るようになっているのか?」
現在、俺達が蛇口から水を得ようとする際は起動用のレバーを使う。レバーを下ろすと魔導具が起動して水が出る、レバーを上げれば水が止まる。つまり、水を出す出さないは手動で切り替えなければならない。
ただ、この蛇口は手を差し出すだけで勝手に水が出るようだ。手を引っ込めれば完璧に止まるし、何度繰り返しても「水が出っぱなし」という失敗が起きない。
どういった仕掛けなのだろう? 素直に感動してしまった。
「他には特に見当たらないな。ここは何階なんだろうか?」
驚きはあったものの、ここが何階なのかは分からない。一つ上に上がったと考えれば地下九階だと思われるが、本当に九階で合っているのだろうか?
俺達は通路の先にあった階段を登って、更に一つ上へ。
次も下と同じく一本の通路があって、先に上に続く階段が見える。また同じか、と誰もが口にしながら次の階段を目指して行く。
ただ、問題が起きたのは次の階だった。
見た目は下と同じく一本道の通路。壁際に椅子が並んでいるのも変わらない。前面がガラス張りになった棚が置かれている事も。
ただ、ここの階だけ左手側の壁に机が置かれていた。机の足は長く、人が立ったまま利用することを想定した作りに見えた。
しかしながら、今更机を見つけても驚かない。机があるんだな、何に使うんだろうな、程度の認識だったと思う。
先頭の騎士達が通過していき、中盤に位置していた騎士が歩きながら指で壁に触れた。恐らく、本人は大した意味を持っていなかったと思う。ただの暇潰し、手癖みたいな感じだろうか。
「え!?」
しかし、それが変化をもたらした。
なんと、指先で触れた壁――通路左手側の壁がフッと音も無く消えたのだ。
「え? はぁ!? ええっ!?」
机があったなー程度の問題じゃない。誰だって壁が消えれば驚きもする。
「な、七階か?」
消えた壁の先にあったのは、地下七階と思われる景色。壁からバリスタが出現したり、四輪大砲が出現したり、重装キノコが出現した階層だ。
俺達がいる通路は七階の天井付近にあったようだ。
「な、なんだぁ……? って、これ壁じゃねえか」
思わず消えた壁に手を伸ばしたロッソさんだったが、彼の手はコツンと透明な何かに当たる。俺も手を伸ばして見ると、どうやら俺達の前には透明になった壁があるようだ。
「つまり、透明になって七階が見えるようになった?」
「ここからだと全体がよく見えますね」
騎士達が口にするように、壁が透明になったことで七階全体がよく見える。見下ろす形で全体を観察しやすくなった。
そう思った瞬間、俺の頭には考えが過った。
「まさか、観戦席?」
俺が呟くとロッソさんも気付いたようだ。彼もハッとしながら俺に顔を向けてきた。
「下で魔物と戦わせて、それを観察してた……。開発した兵器の過程や結果をここで見ていたってことか!?」
魔物の群れが次々に出現する連続的な戦闘。加えて、七階では対兵器をも加えた攻城戦に似た戦闘も行われた。
更には合間の階層や下層に兵器開発施設とも思われる場所があった。それらを加味すると、ここは兵器開発を担当していた者達が「観戦」に用いていた可能性が高い。
まさに壁際にあった机は、観戦しながらデータや所感をメモするスペースだったんじゃないだろうか?
「分かったぞ。ここは階層の裏側ってことか」
今、俺達がいる場所は七階層で間違いない。だが、表側からは立ち入れない「裏側」なのだ。
「俺達と同じだ。要はここで見ていた古代人は王都研究所の学者達みたいなモンだ。戦闘員に自分達が作った武器を握らせて、戦わせながらデータ取りしてたんだろ」
王都研究所の学者達が王都騎士団の騎士達に魔導兵器の実戦テストを依頼・同行するのと一緒だろう、とロッソさんは推測する。
研究所と試験場が同一施設内にあるって事だな。
「という事は、上も同じ作りになっているかもしれませんね」
「ああ、行ってみよう」
俺達は階段を登って一つ上の階に進んだ。このルートが東側地下階層の裏側であるならば、一つ上は六階の裏となる。
六階の壁に触ってみたが、透明にはならなかった。しかし、その更に上の地下五階。こちらは壁に触れると壁が透明になる。位置的にも七階と同じで、五階層を上から見下ろす形だった。
その上、四階も同じだ。
つまり、キノコ達が出現する階層の裏側だけ壁が透明になるということ。
「やっぱり推測は当たっていたようだな」
「ええ」
これはもう当たりだろう。このダンジョンは兵器研究に関連した施設だったに違いない。
ただ、地下四階で上へ向かう階段は終わりかと思われたがまだ続きがあった。このまま地下二階まで続いているのだろうか?
一つ上に上がって、地下三階。
こちらも通路である事には変わりなかったが、複数のドアが設置されていた。
まずは通路途中にあった扉から調べていく。
ドアノブが硬くて回らないというハプニングがあったものの、隙間にバールを引っ掛けて無理矢理開ける。開けた先はまた長い通路になっていて、雰囲気的には七階手前で発見した西側地下との連絡用通路を思い出す。
進んで行くと両開きのドアがあった。あったのだが……。
「蔓が生えてるな」
ドアにはガラス窓みたいなものが備わっていたのだが、その箇所をぶち破って通路側にトゲ付きの蔓が入り込んでいた。
ロッソさんが蔓が入り込んだ隙間からドアの先を窺うと、やはりドアの先は西側地下三階で見つけた場所――俺とレンが魔力過多症を起こした場所に似ているそうだ。
「というよりも、俺達がいた西側地下三階かもしれない。恐らくだが、天井に残ってた焦げ跡は雷魔法のものだろう」
覗き込んで見えた景色がそっくりだった事もあり、可能性は高いと告げられる。
この通路は西側との連絡用通路なのだろうか?
花の件もあるし、こちらも七階同様に後回しとなった。
通路を戻り、今度は階段付近にあった扉を調べた。
「この箱はなんだろう?」
扉の傍には小さな箱が取り付けてあって、極小の赤いランプが光っている。またレバーやらスイッチやらが隠されているのかと思いきや、そうではないらしい。
「レバーはこっちの箱みたいですね」
地下十階の扉と同じように、壁にレバーを隠した箱が埋め込まれていた。指を引っ掛けて箱を開けると、こちらにはレバーが備わっている。
レバーを下げると「ガチガチ」と何かが外れる音が鳴る。次に「ピピピ」と甲高い音が鳴って、扉の横に取り付けられていた小さな箱のランプが赤から緑に変化した。
「開いたかな?」
ロッソさんがドアノブを握って回すと、扉の向こう側から「ガタガタガタ」と何かが崩れる音がした。
何事かと、ロッソさんのドアを開ける手が止まる。そして、無言のまま目で「警戒せよ」と訴えた。
全員が敵襲に備えつつ、ロッソさんがゆっくりとドアを開ける。
すると、先にあったのは――
「あ、え? 皆さん?」
ドアの先にいたのは、床に散らばった金属の箱を持ち上げる学者達だった。
どうやらここは東側地下三階の表側に通じていたようだ。室内には大量の棚が並んでいて、このドアは空の金属箱が積まれていたせいで隠れていたらしい。
ドアを開けた事で積まれていた箱が押されて崩れ落ちたようだ。それを拾いあげていた学者達と遭遇――という事らしい。
ここから地下二階へ戻る事もできるが、まだ上に続く階段がある。こちらも調べなければ、と学者達に事情を説明してからドアを閉めて階段を登って行った。
階段を登ると、次も通路だった。しかし、もう上に続く階段は無いようで奥は行き止まりになっている。
最後の通路にはドアが一枚。先ほどと同じようにドアの傍には赤いランプが光る小さな箱と壁に埋め込まれた箱があった。
箱の中にあったレバーを下ろすと、赤いランプが緑に変わる。
この扉は地下二階のどこに通じているのだろうか、とロッソさんがドアノブを捻るが……。
「ん?」
ガチャガチャとドアノブを何度も捻り、押しても引いてもドアが開かない。別の騎士が試すも、やはりドアは開かなかった。
「押した感じ、開きそうなんですけどね」
ドアを押すと少しだけ「押せる」らしい。ただ、すぐに硬い何かと接触してしまうそうだ。何度も押すのを繰り返すと「ガンガンガン」と金属音が鳴るだけ。
もしかして、地下二階側から封印されているのだろうか?
「開かないし、三階から戻るか」
恐らくは地下二階の表側に繋がっているはず。そう考えて、今は無理する事もないとロッソさんは判断を下した。
――後に判明したことだが、地下二階の表側に続く扉はコンクリートの壁で封印されていた。結局のところ、地下三階から「裏側への階段」へアクセスする事になる。
三階側に戻り、俺達はようやく地下二階へと帰還。
帰還した俺達は地下二階にいたオラーノ侯爵達に迎えられ、早速とばかりに俺とロッソさんは報告を行う事になった。
俺とロッソさんはオラーノ侯爵とベイルーナ卿に下層で目撃した物、出来事を順に語っていく。
兵器開発施設と試験場を兼ねた施設かもしれないことや魔物がガラス管の中で標本化されていた件、それに十階層にはキメラがいた事も。
「……またキメラか」
そう呟き、苦々しい表情を浮かべたのはオラーノ侯爵だ。
彼も第二ダンジョンでキメラと戦っているので無理もない。問題無く殲滅して、第二ダンジョンと同じように粘液を焼却処理した事を伝える。
「アッシュと第二都市騎士団の連中を同行させて正解だったな」
「しかし、これは大きな懸念になるな。東側にキメラがいたのだ。西側にいてもおかしくはない」
今回の調査で東側の最下層と思われる場所までは探索が出来た。かなり多くの調査結果も持ち帰れたこともあって、今回の調査は大成功と言えるだろう。
この勢いで西側地下も調べたいが、西側にもキメラがいる可能性が浮上してしまった。
「キメラとの戦闘はかなり厳しいものになる。東側には数匹しかいなかったようだが……。もし、西側には第二ダンジョンと同等の数がいたら最悪だ」
キメラの存在が確認された以上、慎重になるべきだ。これがオラーノ侯爵の判断であった。
「そうなると、アッシュさんは連れて行きたいですね」
ただ、西側には「魔法使い殺しの花」が咲いている。東側を調査する際も花には近づくなと厳命されていた。
まぁ、それでも「行け」と命じられれば俺は行くのだが。
「西側の調査を開始するのは数日待ってくれんか?」
悩む俺達に対し、そう告げたのはベイルーナ卿だった。
「もしかしたら、花粉対策の道具を作れるかもしれん」
ベイルーナ卿は「作れるかも」と言いながら、既に試作品は作り上げているようだ。もう少し考えたいのと、実用に値するかテストもしたいと言う。
「分かった。どのみち、騎士達も休ませたいからな」
出発からずっと参加している騎士達は疲労困憊だろう、とオラーノ侯爵は俺達に三日の休養を与えた。
その間、ベイルーナ卿がどうにかしてくれるのだろうか?
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