第209話 東側地下十階 2


 足を引き摺るように向かって来るキメラに対し、適切な対処法を実戦して見せたのは第二ダンジョン都市より派遣された騎士達だ。


 彼等が臆さず、かつ素早く行動に移せたのは、もう嫌というほどキメラと戦ってきたからだろう。


 魔導弓でキメラの腕を千切り飛ばし、槍を持った騎士二人が同時に腹を突く。攻撃手段を奪った後、間髪入れずに魔石を砕くことで反撃も繭化もさせない。


 これが対キメラ戦に求められる対処法の基本である。


「一体撃破!」


「こちらも倒した!」


「速やかに焼却せよ!」


 撃破からの行動も早い。収納袋から取り出した油を死体に振りかけて火を点ける。溶けるように燃えていくキメラの死体を確認しつつ、周囲にまだキメラがいないか注意深く観察を始めた。


「どうして燃やすのです?」


 これはキメラとの戦闘経験が無い騎士の質問だ。それに対し、第二都市からやって来た騎士達は「奴等は死骸を食って成長する」と答えた。


 これに気付かなかった俺達は、多くの仲間を失ってしまった。騎士達も二度と同じ過ちを起こすまいと徹底しているようだ。


「ベイル団長に念の為と言われていたことが役立ちました」


 隣で槍を構えながら警戒していたフラガさんがそっと呟く。


 なるほど、ベイルの読みか。俺もフラガさんに「さすがだ」と呟いた。


 更に周囲を照らそうと、騎士達が奥へ奥へとランプをスライドさせていくと―― 


「奥で蠢いてる繭があるぞ!」


 中央にあるガラスの箱の奥に他の繭よりもやや大きな繭があることが分かった。それは俺達の声に反応したのか既に蠢き始めていて、パキパキと音を立てながら中からキメラが生まれ出る。


 繭の中にあった赤黒い粘液に塗れた体が露出する。下半身はまだ繭の中にあるが、上半身は完全に人型だった。


 頭部は毛の生えていないイノシシに近い。鋭い牙のような物が二本口元に生えていて、鼻もイノシシに近い形状。


「他より大きい! 成長した個体だッ!」


 他よりも大きい、という騎士の声を聞いた俺は、頭の中に第二ダンジョンで戦ったキメラの姿がフラッシュバックする。


 あれと同じだったらマズイ。動き出す前に仕留めなければ、と焦りに似た感情が俺の中に生まれる。


「アッシュさん!」


 レンの叫び声を置き去りにして、俺は身体能力向上の能力をフル活用しながら走り出していた。抜いた灰燼剣を強く握りしめて、目にも魔力を送り込む。


 繭から誕生したキメラの動きがスローモーションになっていく。同時に俺は灰燼剣を横に構えた。


「もうお前達では俺を止められないぞッ!」


 そうだ。もう俺は負けない。


 急接近した後、俺は灰燼剣を横に振り抜いた。藻掻くようにして飛び出そうとしていたキメラを横一文字に斬り、瞬時に全身を灰に変える。


 灰が舞っていく中、俺は剣を構えながら周囲を見渡す。だが、他にはいないようだ。これで本当に終わりか?


「アッシュさん!」


 飛び出す俺に気付いて声を上げたレン、それに仲間達。加えてロッソさんがフラガさん達と共にランプを持って駆け寄って来た。


「すいません、飛び出してしまいました」


「いや、いい。良い判断だった」


 俺が自己判断で動いてしまった件を謝罪すると、ロッソさんは周囲を警戒しながら首を振る。


「むしろ、即討伐するならアッシュさんじゃないと無理でしょう」


 灰燼剣の一撃でなければ被害が出たかもしれないと言ったのはフラガさんだった。キメラの恐ろしさを理解しているフラガさんや、第二都市騎士団所属の騎士達も俺の行動を肯定してくれた。


 持ってきたランプを四方にスライドさせて、ようやく大部屋の中全てが視認できるようになる。


 確認すると、キメラの繭は左奥にいくつもあった。繭は既に乾燥していて、第二ダンジョン騎士団所属の騎士達は「時間が経っている」と口にした。


 これは最初に倒したキメラ達の繭なのだろうか。中央奥にあった繭は既に俺が灰に変えてしまったし、もうこの部屋の中にはキメラは残っていないようだ。


 しかし、床や壁には大量の粘液がこびり付いている。それを見て、フラガさんは「対処しましょう」と言う。


「第二ダンジョンではどうしていた?」


「粘液は全て焼却します。王都研究所からそう通達されました」


 ならばそれに従おうと、ロッソさんも粘液の焼却することを決定する。第二ダンジョン都市騎士団所属の騎士達を先頭にしながら大部屋の中にある粘液の焼却作業が開始された。


「しかし、話には聞いていたが……。最悪の魔物だな」


 最優先とされた粘液の焼却作業が進められている間、ロッソさんが苦々しい表情を浮かべながら話し掛けてきた。


 中央でもキメラについては問題視されているらしく、第二ダンジョンで起きた事件の概要や噂の多くが耳に入っていたらしい。


「最悪ですよ。腹の魔石を壊さないと永遠に再生します。再生を続けて、共食いをして、繭の形態になる」


「そんで、瞬時に強くなるってか。見た目も能力も最悪だぜ」


 ロッソさんは心底嫌そうだ。しかし、続いて第二ダンジョン騎士団の練度が高いのも当然だ、と漏らす。


「マジでアッシュさん達や第二都市からの援軍があって助かったぜ。俺達だけじゃこうも上手くいかなかった」


 経験は何事にも勝るとはこのことだろうか。


 瞬時に適切な判断を下し、見た目に臆さない度胸と覚悟を決めて、戦闘終了後は適切な後処理までやってのけるフラガさん達はさすがだ。


 もちろん、俺のパーティーも女神の剣もだが。


「しかし、ここにもキメラがいるか……」


 俺はキメラとの戦闘よりも奴等が第四ダンジョンにもいた事の方が気になった。第二ダンジョンより数は少ないが、どうして奴等はこの扉の中にいたのだろうか。


 扉の外には粘液やら痕跡が無かったのも気になるし……。扉が完全に閉まっていたことも考えると、キメラ達は隔離されていたようにも思えるが……。


「んでよ、アレについても意見をもらっても良いか?」 


 隣にいたロッソさんが指差すのは、中央にあったガラスの箱。その中にある物だろう。


 いや、物と呼んで良いのか分からないが。


「あのカラッカラに乾いた死体。キメラだと思うか?」


 ガラスに囲まれた箱の床に横たわるのは、干からびた何者かの死体。


 全身が茶色に変色しており、大きさは人間の子供くらいだろうか。頭部の形状も人間に似ている。


 ただし、体の形は人間とは言い難い。


 干からびた死体は横向きになって丸まった状態なのだが、尻の部分に尻尾と思われるものが付いている。尻尾部分も干からびて骨と皮だけになっているのだが、どう考えも尻に尻尾が生えていたとしか思えない。


「確かにキメラも人型の個体はいました。ですが……」


 あいつ等は死んで干からびるのだろうか? いや、第二ダンジョンで見つかった古い繭は乾燥してカラカラになってたと後から聞かされたが。


 俺一人では何とも言えず、ターニャを呼んで彼女にも参考意見をもらうことにした。


「……分からない。だが、キメラには見えないな」


 ターニャの感想としては「綺麗すぎる」というものだった。


「キメラの姿形は歪だろう? ここにいたキメラも下半身は牛みたいだった。だったら、干からびてもそれらしくなるんじゃないか?」


 このガラスの壁で囲まれた中で横たわる死体は、確かに尻尾という特徴がある。だが、他の部分は「人間らしい」という感想が最初に浮かぶのだ。


 これがキメラだったとしたら、もっと歪で分かり易いのではないか。


 というのが、彼女の意見だった。


「なるほど。一理あるな」


 だったら、これは何の死体だって疑問に逆戻りするのだが。


「そもそも、このガラスの壁はなんだ? 凄く分厚そうだが」


 彼女の言う通り、そもそもの話がどうしてガラスの壁で囲まれた箱の中に干からびた死体があるのかって話だ。


 ガラスの壁はかなり分厚く、西側地下にあった隔離施設のような場所を思い出す。あそこも分厚いガラスの壁があった。


「次にアレ」


 答えの出ない問題を前に「もう勘弁してくれ」と言いたいのか、ロッソさんの態度が投げやりになってきた。


 彼は四方に固まって配置されたガラス管を指差す。


「割れたガラス管は分かる。手前にあったモノのようにキノコが浮かんでいたのかもしれない。でも、ガラス管の中央にある紫色の水晶はなんだ?」


 大部屋の四方に固まって配置されたガラス管は全て割れている。本来、中には何か入っていたのだろうか? 入っていたのは手前側と同じように魔物だったのだろうか?


 もしかして、キメラがガラス管を割って食ってしまったのだろうか? 様々な想像が頭の中で駆け巡る。


 ただ、ガラス管が配置されている場所の中心には紫色の水晶も配置されているのだ。水晶は上層階にあった台座と同じ物の上に配置されているのだが、水晶の色は上層階の物よりも少し薄い気がする。

    

 そして、水晶の乗った台座の下部には太いケーブルがある。台座から伸びたケーブルは周囲を囲むガラス管に繋がっていた。


「あの水晶は上層階にあったモノと同じだよな。あれが回転し始めると魔物が出現した。ってことは、あれは魔物を生み出す遺物なのか?」


「水晶が直接魔物を生み出していると?」


「いや、分からないが。でも回転したら魔物が出現しただろう?」


 確かに水晶が回転し始めたら、天井から雷が落ちて来てキノコの魔物が出現した。レン曰く、あの水晶からは魔素が感じられるという話だし……。


 魔法的な要素で魔物を生み出しているのだろうか?


「あのガラス管を支えている台座も手前の部屋にある物と形状が違くないか?」  


 ターニャが注目したのはガラス管の方だった。手前にあったガラス管よりも台座が大きい。違いは横に広がっていると言えば良いだろうか。


「正解は分かりませんが、あの水晶とガラス管が繋がっています。何らかの関係性はあるんでしょうね」


 何一つ正解が分からないというのがもどかしい。ロッソさんも同じ気持ちなのか「意味わかんねえ」と言いながら後頭部をガシガシと掻きむしっていた。


 俺達が話し合っていると、焼却作業を行っていた騎士の一人が近付いて声を掛けてきた。


「ロッソ。そろそろ作業が終わる。それと、これを見つけた」


 声を掛けてきた騎士はロッソさんと同期なのか、口振りからは親しさが感じられる。そんな彼が手渡してきたのは、亀裂の入った水晶板だった。


「これ、地下二階で見つけた物と同じだろう?」


 回収するだろ? と問う騎士。ロッソさんはそれを受け取りながら、中心にある赤い部分を指で突いた。


「うおっ」


 すると、空中に古代文字が浮かび上がる。


「なんか空白? 光の点? みたいなものが多いな」


 浮かび上がった文字と文字の間には、不自然な光の点みたいなものが浮かんでいる。


『The most powerful ――』


『Regeneration ability ―― fertility ―――』


『variant ―― gene ―― biological weapon ―― use of improved genes ――』


『Other creatures ―― compatibility with plants ――』


『Completed ―― Type.Beastman ――』


 これは水晶板に亀裂が入っているせいで、浮かび上がる文章が正しく表示されていないのだろうか? 数行ほど文字の羅列が浮かぶが、所々が光の点のせいで虫食い状態になっている。


「へぇ。こうやって浮かぶんだな」


 もう一度、ロッソさんが赤い部分を指で突くと文字がパッと消える。


「じゃあ、俺は階段の捜索を始めるぞ」


「ああ、頼んだ」


 水晶板を持ってきた騎士は階段を探しに向かう。彼の背中を見送ったあと、ロッソさんと少し話してから俺達も階段の捜索に加わった。


 結果から言うと、階段は見つかった。


 今、俺達がいる大部屋の右奥に壁と同化した扉が発見される。見つかったきっかけは大部屋を開けた際の仕掛けと同じく、壁にレバーの入った箱があったからだ。 


 レバーを落とすと扉が開いて、先には短い通路があった。その通路奥に階段があったのだが……。


「上?」


 階段は下に向かっているのではなく、上に向かっていた。 

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