第207話 東側地下九階 キノコの楽園
格納庫の奥で見つかった階段を降りて行き、俺達は東側地下九階へと到達する。
「うわぁ……」
東側地下九階。この階層を一言で表すなら「キノコの楽園」だろうか。
階層の構造は一つ上の八階に似ている。キノコ達との戦闘が続く「試験場」とは違って、病院か研究所に似た構造だ。
しかし、異様なのはそこら中にキノコが生えていること。
床には赤と白のマーブル模様の傘を持つキノコが生えていて、壁には紫と白の波模様を持つ巨大キノコが生えていた。
天井には穴が開いていて、そこから垂れるケーブルにも赤と白のキノコが生えていたり。何やら天井と繋がっている金属管の口からもキノコが飛び出していたり……。
極めつけは壁と一体化したキノコに侵食されてしまったのか、人の白骨化死体が壁とキノコのサンドイッチ状態になっているのも見つかった。
念の為、調査隊は口と鼻をタオルで覆いながら進むことになった。
「すっごいジメジメしてるな」
加えて、湿気が物凄い。恐らくはこの湿気のせいでキノコが大繁殖しているのだろう。
湿気の原因は壁を沿って天井方向へと繋がった金属管だと思われる。金属管の口からは熱そうな湯気と共にポタポタと水滴が落ちている物もあれば、霧状の水気を噴き出している物さえあった。
「ひっでえな。どこもかしこもキノコだらけだ」
入り口から少し歩いた先に窓のある小部屋があったが、中は家具から何までキノコに侵食されていた。他にもキッチンみたいな場所もあって、水滴が漏れる金属管がある所を中心に広がっている。
加えて、小部屋の中や通路の先にはキノコと一体化した白骨化死体がいくつも見つかる。どれもエントランスで見つけた死体と同じように体の一部がキノコに飲まれているような状態だ。
「死んだ後に侵食されたのか、それとも……」
ここにいた人達が死んだ後にキノコが大繁殖したのか。それとも大繁殖したせいで死んだのか。
キノコと一体化した頭蓋骨の口部分からは、赤くて長いキノコがニョキリと飛び出している。
「こうはなりたくねぇな」
死んだとしても、こんな状態で放置されたくない。白骨化死体を見つめたロッソさんからは苦々しい想いが漏れ出た。
ゆっくりと進んで行くと、今度は大部屋に到達する。
大部屋の中はまさに研究所といった感じ。テーブルの上には大量の試験官が散らばっていて、一部の試験官は床に落ちて割れていた。
他には部屋の片隅に正面がガラス張りになった箱がいくつも置かれていた。正面のガラスは全て割れていて、中には試験官がいくつも入っている。
これは試験官を保管していく箱のように見えるが……。扉代わりのガラスが割れていては意味がない。中にあった試験官には液体が入っているようだが、液体は茶色に濁っていてどう見ても劣化しているように思えてしまう。
「キノコの研究でもしてたんじゃねえのか?」
「それが漏れ出てこうなったと?」
ロッソさんの言葉に推測を重ねると、彼は「そうそう」と頷いた。
キノコ研究と聞いて、そこから連想されるのは――やはり上層階に出現したキノコ型の魔物だろう。あの魔物達と何らかの関係があるのだろうか?
以前見つけた骨が変形したキノコも関連ありそうに思えるが、ここまで見つけた死体は骨がキノコに変形していなかった。そう考えると、東側とは別物なのだろうか?
試験官の破片が散らばる大部屋を通り抜けて、更に先へ向かう。大部屋を通り抜けるとT字路があったのだが……。
「お、おい!?」
先頭にいた騎士が右、左と道を確認している際、左を向いた瞬間に声を上げた。
「ば、抜刀!」
続いて、慌てながら剣を抜いた。何事かとロッソさんと共に最前列へ向かう。左手側に伸びた通路に顔を向けると、そこにいたのは赤と白のマーブル模様の傘を持つキノコ型の魔物が一体こちらを見ながら立っていた。
キノコ型の魔物は剣を抜いた騎士に驚いたのか、体をぴょんと跳ねさせる。そして、本体から生えた短い手を振りながら通路の先へと逃げ出して行った。
「に、逃げた……?」
背中を向けながら猛ダッシュで逃げる魔物。魔物がそんな姿を晒すなんて珍しい。
大体の魔物は人間を見つけたら襲い掛かって来るし、第三ダンジョン上層にいるような敵意の無い魔物であれば「無視」するといった態度を見せる。
「罠か?」
「かもしれませんね」
逃げたと思わせて、奥に誘い込む。魔物の中には狡猾な罠を張る種類だっているのだ。可能性はゼロじゃない。
「……半分はここで待機。もう半分は右手の通路を調べよう」
左手側の通路は魔物の巣に通じているかもしれないし、右手側が正解ルートで階段があるかもしれない。その可能性もあるので、先に右手側の通路を調べることになった。
騎士の半数をT字路に残して左手側の通路を監視させつつ、ロッソさんは半数の騎士と俺達を率いて右手側の通路を進んで行く。
だが、右手側の行き着く先は行き止まりだった。
行き止まりの少し手前にドアがあったが、中を開けてみるとキノコの群生地になっているだけ。
結果として、俺達は左手側の通路を進まねばならなくなった。待機していた騎士達と合流して、最大限に警戒しながら通路を進んで行く。
通路の先にあったのは広間の入り口。入り口である両開きのドアは壊れていて、外れた状態で床に転がっていた。
「……中にいるだろ」
「絶対いますね」
目を細めながら広間の中を見つめると、中には大量のキノコが生えているようだ。
絶対に魔物がいる。先ほど逃げたキノコ型の魔物が、先の広間で待ち伏せしている。そう思えてならなかった。
ただ、進まなきゃどうにもならない。広間の中には光源が無いし、中がどうなっているかは完全に把握しきれていない。別方向の道には階段が無かったので、この先にあるのは確定だ。
意を決して、俺達はゆっくりと進んでいく。
先頭に立つ重装兵は盾とピックハンマーを構えて。その後ろには魔導弓を持った弓兵が続く。これで待ち伏せされていてもすぐに対応できるはずだ。
俺も手を灰燼剣に伸ばしながら歩いていく。最悪の事態が待っていても、灰に変える剣があれば少しは時間が稼げるはずだ。
ジリジリと進んで行き、先頭にいた重装兵が広間の中に片足を突っ込んだ。
一歩、二歩と前へ出たところで停止。盾を構えて壁になりながら、周囲を見回していく。しばしその場で待機したが、何も起きない。
「…………」
重装兵は後ろを振り返って、無言のまま俺達にハンドサインを送った。ハンドサインを見た数人の騎士達がランプを点けて、床にランプを置いてから奥に向かってスライドさせる。
三方向にスライドしたランプが広間の中を照らす。すると、広間は思った以上に凄惨な状態であったことが判明した。
「うわ……」
入り口からキノコが蔓延しているのは分かっていたが、奥側は特にひどい。
床は一面キノコだらけだし、壁にも巨大なキノコが大量に張り付いていた。しかも、壁に張り付く巨大キノコは複数体の死体を飲み込んでいた。
白骨化した上半身の骨がいくつも同化していて、床付近にある巨大キノコには足の骨が何本も突き出ていた。
もっと酷いのは、天井に伸びたキノコと一体化してしまった死体だ。逆さ吊りのような状態になっていて、頭蓋骨の目と口部分からは小さなキノコが生えだしている。
この異様な状況にはさすがに恐怖を覚えてしまう。隣にいたウルカは目を背けながら、俺の服をぎゅっと握り締めていた。
「……さっきの魔物は?」
異様な状況に目を奪われてしまったが、問題となる魔物の姿は見えない。群生する巨大キノコに紛れているのかと目を凝らしながら探すも、そのような痕跡は見つけられなかった。
そして、一人の騎士が奥を指差す。
「階段があります」
地下十階へ続くであろう階段が奥にあった。呆気ないほど簡単に見つかった上に、待ち伏せしているであろうと思われた魔物の姿もない。
これを拍子抜けと取るべきか。それとも警戒すべきなのか。
どちらにせよ、通路で目撃したキノコ型の魔物はどこへ行ったのかという疑問が残る。
「探しますか?」
「……いや、下層に向かおう。どっちにしろ、魔物は下層へ降りて来れないだろ?」
部下の問いにロッソさんは首を振った。今は下層を調べてしまった方が良いと判断したのだろう。
俺達はキノコの楽園を後にして、地下十階へ続く階段を降りて行った。
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通路で調査隊と鉢合わせして逃げ出したキノコについて少し語ろうと思う。
あのキノコは間違いなく『魔物』と呼ばれるモノであった。タイミングが悪ければ、アッシュ達に討伐されてしまう運命だったろう。
だが、そうはならなかった。
じゃあ、討伐されなかった運命を勝ち取ったキノコはどこへ消えたのか?
注目すべき点はダンジョンの中ではなく、外。
『ムー』
キノコ型の魔物が姿を晒したのは、ダンジョンの外だった。それも第四ダンジョン入り口とされるハッチがある地点から北に数十キロの地点。
丁度、第四ダンジョンの傍にある山の
地面に埋まっていた配管を通って外へ出たキノコは、たっぷりと日の光を浴びながら鳴き声を上げた。
だが、敵国との国境線付近、それも険しい山の麓とあって人の気配は感じられない。外に飛び出した魔物を目撃する人間は誰一人としていなかった。
『ムムー!』
キノコは短い足を懸命に動かしながら北へ向かった。南下しなかったのは、背後に背の高い山が聳え立っていたからだろうか。
結果として、このキノコはアロン聖王国領土内へと進入。そこから先の足取りは不明であるが――
遠い遠い未来。
アロン聖王国領土内では「北の果てでキノコの化け物を見た」という噂が飛び交うことになる。
目撃されたキノコの化け物は赤と白のマーブル模様の傘を持っていたという話だが、同一個体であるかは不明とだけ語っておくとしよう。
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