第206話 東側地下八階 古代の痕跡


 地下七階で怪我をした人数は五十人ほど。内、十三人が重傷だった。死亡した者の数は三人で、彼等の遺体は丁寧に運ばれていった。


 死亡者の死体、重傷者の移送を終えて穴を埋めるように交替要員がやって来る。ただ、下層の状況を聞いたオラーノ侯爵が追加で三十名の騎士を寄越してくれたようだ。


 追加戦力を加えたあと、俺達は地下八階へと進むことに。


 壁の中に隠されていた階段を降って行くと、八階はまた研究所のような雰囲気が漂っていた。


「あの規模の戦闘が続かないだけでありがたいよ」


 大量の魔物に対して連戦を続けていたせいか、ロッソさんも感覚が麻痺してきている様子。まぁ、それは「八階は楽そうだ」と感じてしまった俺も同じだけど。


 ただ、戦場のような構造じゃない代わりに階層全体が真っ暗だ。これは研究所に似た雰囲気の階層では共通していることだが、これはこれで油断ならない。第二ダンジョンの二十三階の例もあるしな。


 入り口でランプを用意した後、俺達はコンクリート製らしき壁に囲まれた通路を進んでいく。


 八階の構造は、入り口傍にあるエントランス。そこから真っ直ぐに伸びる通路が続く。


 エントランスとなっていた場所はそう目立つ物もなく、通路も至って普通の造りに思えた。十メートルほど進むと、通路の両脇にはドアとガラス窓が現れる。


「ガラス窓から中が見れるってのは助かるな」


 窓から中を覗ければ、ドアを開けてビックリ! なんてことがない。何が起きるか分からないダンジョン内では非常に助かる要素の一つだ。


「中は作業室ですかね?」


 両脇にある部屋の中は、どちらも作業に適した広いテーブルや棚が置かれている。他にはバケツみたいな物もあるが、目を惹くのはテーブルの上に置かれた工具箱みたいな物の存在だ。


 工具箱と表現した通り、箱の蓋は開いた状態で中にはハンマーや細いノコギリみたいな物が入れられていた。いや、放り込まれていると言った方が正しいかもしれない。


 さっきまで使っていた道具を慌てて箱の中に投げ入れたような状態だ。


「ここは入らなくても良いだろう。後で学者達を連れて来た時に回収だな」


 古代人が使っていたと思われる道具の回収は後回しにして、俺達は先に進んで行く。


 通路には等間隔でドアとガラス窓があって、最初に発見した部屋も合わせて全部で六部屋あった。どれも作業室のような同じ構造をしている。


 通路を進むと、今度は大部屋に到達。こちらは西側地下で見つかった部屋のように両サイドの壁が一面ガラス張り。一度見たことがある構造であるものの、ガラス張りになっている壁の向こう側にあった物は俺達を驚かせるに十分な物だった。


「おいおい……。なんだこりゃ?」


 ガラス張りになっている壁の向こう側には、人型のマネキンが様々なポーズをとって並べられていた。そして、そのマネキン達は古代人が開発したと思われる「兵器」を身に着けているようだ。


「身に纏っている物は鎧か?」


 鎧と言っても袖が無い。あくまでも上半身の胸から腹までを守る為に作られた金属製のボディアーマーといった感じ。同じような物を身に纏うハンターもいるが、装備品の技術力と品質を見ると違いがハッキリ分かる。


 何だろうな……。ただの金属鎧じゃない気がする。突起があったり、肩の辺りには細長い箱みたいな物が付いているし。


 他にも膝や肘に装着されている物も防御用の装備品だろう。恐らくだがプロテクターの類じゃないだろうか。


「んで、武器は剣か?」


「これ魔法剣ですかね?」


 古代人が造ったと思われる兵器の代表作が「魔法剣」だ。ダンジョンを造ったのが古代人であり、そのダンジョン内で古代人が造ったと思われる剣を見たら自然に「魔法剣か?」と疑問に思ってしまうのも頷ける。


 なにより、御伽噺や英雄譚、聖王国が流布する神話にも共通して登場する魔法剣の存在は確かであり、ローズベル王国と聖王国は魔法剣に対する考え方が違うものの存在自体はどちらも認めている。


 というか、俺自身この目で魔法剣を見ているんだ。腰から下げている灰燼剣だって魔法剣である。


「このマネキンは戦っているようにディスプレイされているが、魔法剣同士の戦いを表現しているのか?」


 二体のマネキンは互いに戦闘中のような恰好で固まっている。もちろん、どちらも手には剣を持って。


 古代人が生きていた時代では、この凄まじい威力を発揮する剣の存在が当たり前で、お互いに魔法剣を振り合いながら戦っていたのだろうか。そう考えると恐ろしい世界だ。


「でも、こっちは……。なんでしょう? 弓でもないし、クロスボウでしょうか?」


 剣を構えたマネキンの隣には、クロスボウに似た何かを持つマネキンが一体。弓じゃないことは形状で分かるが、クロスボウと呼ぶには類似点が少ない。


 弓もクロスボウも弦の存在が共通事項だと思うが、それが無いのだ。だが、マネキンがとっている構えを見るとクロスボウで狙いを定めているような恰好に見える。


 そういった考察から何らかの遠距離武器だと思うのだが……。これは古代人特有の武器なのだろうか? なんだか先端に長くて細い筒が取り付けられているが。 


「反対側はまた違った装いですね」


 そして、今度は反対側の壁。こちらにも同じくマネキンが飾られている。


 こちらのマネキンには金属製の装備品が装着されておらず、緑色のローブみたいなものが着せられていた。


 ローブ自体はただの布製に見える。だが、マネキンの左手首には銀色のブレスレットが一つ。左手の人差し指、中指、小指にはそれぞれ指輪がはまっていた。


「でも、服屋にあるようなマネキンには思えないよな」


 洋服屋に展示されているような、服と装飾品のトレンドを紹介する物には見えない。その理由は、マネキンの右手には「杖」があったからだ。


「これ、上層で見つけた杖じゃないですか?」


 そう、握られていたのは地下六階で見つけた杖だ。歪な形をした木の杖であり、先端には台座と宝石がある。ただ、こちらの杖にはまっている宝石は緑色であったが。


「レン、どう思う?」


 地下六階で杖を握ったレンは様子がおかしかった。同じ物だったらまた何か感じるかもしれない。


 そう思って俺は彼に問うが、レンは杖を見つめながらゆっくりと首を振る。


「あの杖とは違いますね。何も感じません」


 やはり展示されている武器は模造品なのだろうか。杖が模造品だったとしたら、逆側に展示されている剣も模造品なのかもしれない。


「でも、アッシュさんの推測は当たってたのかもな」


 俺の横でロッソさんがそう呟いた。彼に顔を向けると、ロッソさんは展示されているマネキンを指差して語り始めた。


「明らかにこれは古代人が作ったモンだろ? 自分達が作ったモンを飾っておくってことは、作ったモンに対する自信があるからだ。んで、それを他人に見せつけて使ってもらおうとする」


 これが兵器ならば、製作者は他人に使ってもらう為に作り上げたと考えるのは妥当だろう。より多くの兵士に使ってもらって、その性能を認めてもらいたいと思うはず。


「騎士団と研究所の関係もそうだ。研究所が作った魔導兵器は、学者達がどれだけ自信があると言っても必ずテストする。信頼性や性能を実際に使う騎士達が認めてからじゃないと危なっかしいからな」


 作った本人達がどれだけ「素晴らしい」「自信作」と言っても、実際に使う者が同じ評価下さなければ正しい評価にならない。これは今も昔も変わらないのではないか。 


 となると、実際に兵器をテストする場所を設けなければならない。


 現代で開発された魔導兵器のテストは安定しているダンジョン内で行われている。じゃあ、古代人はどこで? という話だ。


 ここで、俺が推測した「訓練所」「試験場」という内容に繋がるのだろう。


 現代に生きる俺達がダンジョンの魔物を相手に魔導兵器のテストを行うように、古代人もまたダンジョン――試験場を作り上げてテストしていたのではないだろうか?


 実際に行われていたのが、正に今いる第四ダンジョン。地下四・五階、七階が試験場だったのかもしれない、とロッソさんは語った。


「確かに説得力はありますね。仮にこの装備品を使って、大量に出現する魔物を簡単に殲滅できたとしたら……。飾りたくなる気持ちも分かります」


 話を聞いていた騎士の一人が納得するように頷きながら同意する。


「つまり、ここは兵器開発の研究所と試験場を併設させた場所みたいなもんですか」


「まぁ、あくまで推測だけどな」


 誰も正解は分からない。でも、限りなく正解に近いとも思えた。


「学者達が喜びそうだ」


 はは、と笑ったロッソさんは調査隊全体に「先に進もう」と告げる。隊は前進していくが、誰もがマネキンを見つめながら前に進んでいた。


 両脇がガラス張りになっている大部屋から真っ直ぐ伸びる通路を進むと、今度は正面に長いガラス窓が備わった部屋が見えてきた。


 通路自体はT字路になっているが、どうやら中央にある大部屋をぐるっと囲むように通路が伸びているようだ。


「ここで兵器開発を行ってたんじゃないか?」


 左右に伸びたガラス窓は部屋を一周するように取り付けてある。中を覗き込むと、部屋の中には大量のテーブルや工具らしき物が放置されていた。


 他にも金属を溶かすのに使っていたと思われる炉、天井にぶら下がったアームやクレーン、中央には箱型の遺物らしき物まである。


 ロッソさんがこの部屋を「開発室」だと予想した理由は、テーブルの上に金属片や作りかけだと思われる装備品が残されていたからだろう。


 残されていた装備品の中には先ほど飾られていたボディアーマーも混じっている。こりゃあもう確定だな、と俺は内心で感想を呟いた。


 T字路になっている通路を右に行って、中央の大部屋を迂回するように進んで行った。別の角度から部屋の中を見ると、ボディアーマーの他にも剣の刃が残されていることも分かった。


 大部屋を通り過ぎ、再び真っ直ぐ続く通路を進む。だが、今度は十メートルほど進んだところで左に曲がる道が続いていた。


 道に沿って進んで行くと、ロッソさんの予想は確信に変わる。


「もう確定だ。絶対、ここは兵器開発に関係する場所だ」


 通路の先、この階層の終点と思われる場所は巨大な格納庫に似た場所だった。


 中には上層階に登場したバリスタや四輪大砲が各二台。他にも見た事も無い兵器が何台か放置されている。


「これとこれは七階で見たな。こっちは?」


「さぁ……。何でしょうね? 一際大きいですが」


 俺とロッソさんが見上げるのは、格納庫の中でも一番巨大な兵器……と思われる物。


 一見、ただの筒だ。筒状の何かだ。高さは四メートルくらい。横幅は一メートルくらいだろうか。


 重厚そうな金属の筒であり、周囲には天井から伸びた鎖が巻きついていた。この巻き付いた鎖は筒が倒れないようにしているのだろうか?


 左手の壁際に顔を向けると、王城地下で見た白い鎧が五体ほど立った状態で並べられている。他にも空になった武器棚がいくつもあって、天井からは錆びたアームが三本ほど垂れ下がっていた。


「格納庫って割には物が少ないな」


 兵器自体はいくつか残されている。だが、広さの割には数が少ない。内部を見た第一印象は「がらんとしているな」との想いを抱くだろう。


「運び出したか、生産が止まっているからじゃないですか? ここが生きていた時は、格納庫いっぱいに兵器があったのかもしれませんよ?」

 

 自分で言っておきながら「どうやって運び出すんだろう?」と疑問を抱いてしまった。


 四輪大砲なんて階段じゃ運び出せないだろうし。何か特別な搬送設備なんかがあるのだろうか?


「奥に階段があったぞ!」


 格納庫を捜索していた騎士から声が上がった。


 この階層には魔物は出現しなかったが、その代わりとして第四ダンジョンの真意が見えたような気がする。


 だが、そう考えると……。西側の地下はどうなるんだろう? あっちは東側と雰囲気が全然違う。西側は西側で、別の用途で使われていたのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る