第205話 東側地下七階 キノコと兵器 2
兵器が登場したことで戦線は混戦状態に陥ってしまった。事前に対キノコ戦の作戦を立てていたが、まさか魔物が兵器を使うとは。こんな状況、誰が予想できただろうか。
同時に、どんな種類でも「兵器」というモノは強力で流れを変える一手になるのだと痛感した。
「バリスタを止めてくれ!」
「おい! 左翼側が薄れ――ぎゃっ!?」
最初に登場した四輪大砲もだが、高所から撃たれるバリスタが猛威を奮う。
特に発射される杭が凶悪だ。単純に太くて硬い棒であるが、射出速度も相まって馬鹿みたいな破壊力を生み出している。
金属の棒が超高速で飛んで来るという物理攻撃を極めたような攻撃は、当たった人間の体なんて簡単に破壊してしまう。
たった今も一人の重装兵が直撃を受けた。腹にぶち当たった金属の杭が重厚な鎧を突き破って、鎧の中にある人間の体を地面に縫い付けてしまった。
「ウルカ! レン! 射手を狙え!」
俺は前方から次々に迫って来る重装キノコ達を相手にしながら叫ぶ。
壁の上部から飛び出したバリスタも凶悪だが、四・五階以上のペースで出現し続けている重装キノコの群れも処理しなければ。こちらも疎かにすればあっという間に数の差で押し潰されてしまうだろう。
「さっきから倒しているんですが……!」
「群れと一緒に復活しています!」
ウルカもレンも射手を狙い続けているようだが、倒す度に射手役のキノコが復活してしまう。倒してもバリスタが出現した穴からキノコが現れて、アームを伝って射手席に座っているようだ。
「クソッ! とにかく終わるまで戦い続けなきゃいけないのか!」
上層階と同じ仕組みなら、倒し続けていれば終わりは来る。だが、倒し終わるまでが苦行のようだ。
前方からは波のように突っ込んで来る魔物の群れ。高所からの兵器攻撃。それらを耐えながら確実に数を減らしていかなきゃならない。
その間、こちらは怪我を負う人間が続出する。怪我だけならまだ良いかもしれないが、最悪は死亡する者だっているんだ。
「理不尽だ……!」
全く以て理不尽だ。
そういう仕組みだと理解していながらも、殺しても殺しても現れる魔物に対して恨みが募る。
「ぐわっ!?」
苛立ちを覚えながら目の前のキノコを斬り捨てると、聞き覚えのある声が聞こえた。
声の方向に顔を向ければ、マックスさんが地面に倒れているではないか。悲痛な声を漏らしながら地面に倒れたまま、彼の目の前にいるキノコを睨みつけていた。
どこか怪我して動けないのか? そう察した瞬間、俺は突きの構えをとって助けに入った。
マックスさんを狙うキノコを側面から刺殺。手負いのマックスさんへトドメを刺そうと殺到してきたキノコ達を殺害していく。
「動けるか!?」
殺到していたキノコ達を殺害したあと、背後のマックスさんには顔を向けずに問うた。
「あ、足が……!」
どうやら足を怪我してしまって立てないようだ。
「アッシュさん! マックスは後ろに下げる! 援護してくれ!」
次に聞こえた声にも馴染みがある。声の主はフラガさんだ。
「行ってくれ!」
迫り来るキノコ達を斬りながら、怪我をしたマックスさんを後退させる時間稼ぎを行った。
十分に時間を稼いでいると、俺の横にロッソさんが飛び込んで来る。
「アッシュさん、調子は、どうだッ!?」
「絶好調、とは、言い難いッ!」
互いにキノコを斬り捨てながら言葉を吐き出し合う。その間、再び新しい群れが出現した。これで何度目の出現なんだ?
「チッ! 城攻めしている気分だぜ」
確かに、こちらは相手の城を攻めているような状況か。
城というよりは防御兵器を搭載した砦の門を攻略中――といった状況かもしれないが、とにかく敵国が守る門を突破しようと試みている気分になってくる。
現実の戦争との違いは相手の数が無尽蔵に近く、どれだけ敵を殺そうにも士気の低下などが起きないところか。
しかし、どうしてこんな仕組みの階層があるのだろうか? ダンジョンを造ったのが古代人だったとすれば、これも何か意味があるのだろうか?
そう考えながらひたすら剣を振るっていると、後方から「十五回目!」という声が聞こえた。恐らく後方の弓兵が群れの出現回数をカウントしていたのだろう。
上層階と同じならばこれで最後なはず。俺は自分の体に喝を入れて、目に付くキノコを斬って殺しまくった。騎士達もバリスタの反撃を受けながらも耐え続けて、全力で攻撃を続けながらキノコの群れを殲滅していく。
一匹、また一匹と確実に数を減らしていき――地上に出現した重装キノコは残り十体。加えて、バリスタの射手席に座るキノコが二体。
あと少しで終わる。あと少し、あと少し……!
『ブー! ブー!』
しかし、途中で謎の音が階層内に響き渡った。音が鳴った瞬間、キノコ達の動きがピタリと止まる。
キノコ達が凍り付いたように停止した後、奥で回転していた水晶の回転速度が更に上がっていく。回転して回転して……終いにはバチバチと弾けるような音が鳴り始めた。
音を聞き、どんどん回転速度を上げていく水晶を見た者達全員が「何か起きる」と感じただろう。
その感想は正解だった。高速回転した水晶がピカッと強烈な光を放ち、直後に紫色の光の輪を放出したのだ。
放出された光の輪は、地上で固まっていたキノコ達を貫通していく。光の輪に当たったキノコ達は即時液状化を始めて、バシャッと水が弾けるようにして消えてしまった。
「よ、よけ――うわっ!?」
キノコ達が液状化したのを見て、俺は全員に避けろと叫ぼうとした。だが、俺が叫ぶよりも光の輪が到達する方が早い。
俺だけじゃなく、ウルカ達も騎士達も光の輪を浴びてしまうが……。
「な、何ともない……?」
予想に反して、俺の体には異常が無かった。慌てて仲間達へと振り返るが、目が合ったウルカは首を振りながら「何ともありません」と口にする。
ロッソさん達も何ともないようだ。
じゃあ、あの光は魔物にしか作用しないのか?
一体何だったんだ、と疑問を感じていると、奥にあった水晶の回転が徐々に弱まっていく。宙に浮いていた水晶の回転が止まり、台座に落ちると奥の壁が動き始めた。
「階段か……」
どうやら戦闘も終わりらしい。まるで制限時間が過ぎてしまったので強制終了となったかのような終わり方だ。
「バリスタもいつの間にか格納されていますね」
ウルカが言った通り、壁から伸びていたバリスタも壁の中に格納されていた。地上には四輪大砲が残されているが、そちらは回収されないらしい。
「と、とにかく怪我人の治療を行え! 応急処置を行ったら怪我人は地下二階へ移送する!」
我に返ったロッソさんが動ける騎士達に怪我人への対応を告げた。
怪我人に応急処置を行う騎士達を見て、俺は「遂に被害が出てしまった」と内心思った。
ダンジョンを調査している以上、怪我人や死人が出ないとは言い切れない。怪我人を出さないように努めていたのにも拘らず、俺達の気持ちに反するようにダンジョンは厳しさを見せる。
これは何度経験しても――もどかしく、悔しい。
「今回、ギリギリだったな」
横に立ちながら死亡した騎士の遺体を回収する者達を見ているミレイも同じ気持ちだろう。
仕方ない、との一言では済ませられないな。
「はぁ……。マジで一体、このダンジョンは何なんだよ……」
怪我人への対応を終えたロッソさんが、大きなため息を吐き出しながら近付いてきた。
彼の感想に同意だ。
最後に放たれた光の輪は結局何だったんだろう? 光を浴びた俺達の体に後々異常が出ないと良いのだが。
「アッシュさん達は魔石の回収を頼めるか? 怪我人に応急処置を施したら上に運ぶからよ。替わりの人員が戻り次第、先に進もう」
「了解しました」
頼まれた通り、魔石を回収しながら周囲の観察も行っていく。
フィールド内で目を惹くのは、やっぱり残された四輪大砲だろう。それに近付いてみると、どうにも俺達人間が作る攻城兵器よりも高性能に見えた。
金属製のフレームと車軸、車輪には分厚くて太いゴムのタイヤ。細かい部分も高度な技術が詰まっているように思える。これを回収するだけでもかなりの成果になるんじゃないだろうか。
デザインも簡素ながらに使い勝手を考慮して設計されているように見えるし。なんだろう。初めて魔導列車を見た時と同じような印象を抱く。すごく新しく、革新的な技術を目の当たりにしているような……。
「この大砲、どうやって弾を飛ばしているんでしょう?」
遅れて近付いて来たウルカも大砲をまじまじと見ながら感想を漏らす。
「キノコ達は直接砲身に弾を込めていたよな?」
「ですね。入れたら後ろ側で操作していましたが」
大砲の後ろ側を見てみると、そこには大砲から伸びた一本のレバーがあった。レバーには赤いボタンのような物が取り付けてある。
「このレバーで大砲の角度や向きを調整するのかな?」
金属レバーを動かして大砲の角度や向きを変えるのだろうか。となると、この赤いボタンが発射ボタンか?
間違って押したら発射されそうで、とてもじゃないが触れない。
続いて、鉄門のある壁を見上げる。
こちらも上層階にある壁とは少し違うようだ。厚みも二倍くらいあるし、何より壁の裏側には巨大な金属の箱? みたいな物が一体化していた。
この箱の中にバリスタが収められているのだろうか? あのバリスタも、今思えばどこから杭が補充されていたのだろうか。
「先輩、奥に扉がありますよ」
ウルカに服の裾を引っ張られ、彼女が指差す方向に顔を向ける。
壁の裏側にある通路の右手側に扉があった。俺はロッソさんに声を掛けて、彼と手の空いていた騎士達も交えながら調査する事に。
扉は片開で、ドアノブがある。騎士の一人がドアノブを握って回してみると――
「……開きますね」
どうやら施錠はされていないようだ。
簡単に開くことを確認した後、ロッソさんが無言で「開けろ」と頷く。それに応えた騎士がドアを開けると、中は大量の遺物が置かれていた。
それと、人の白骨化死体も。
「また死体か」
壁に寄り掛かるようにして白骨化した人の死体を確認しつつ、俺達は扉の中を見回した。
壁には大量のガラス板が並んでいて、その中にある一枚のガラス板には古代文字やキノコ型魔物の絵が浮かび上がっていた。羅列されている古代文字が何と書いてあるかは不明であるが、少なくとも古代人がキノコ型魔物の存在を認知していたのは確かだろう。
「この仕掛けを作ったのは、こいつ等で間違いないんだろうけど……。何の意味があって作ったんだろうな?」
ロッソさんは傍にある白骨化死体を顎で指し示しながら言った。
戦場のような階層の構造。次々に魔物が出現して、終いには兵器まで登場した。
まるで敵の砦を攻めていると錯覚するような戦闘には、一体何の意味があったのか。
パッと思いつくのは……。
「……戦闘訓練?」
ここが古代人の造った施設だと考えると「戦場」というよりは「訓練所」ってところだろうか?
実際に俺達は命を賭けて戦っているが、古代人は遥かに優れた技術を持つ者達だ。俺達よりも優れた防具を持っていて、キノコ達や登場した兵器類では命の危険が全く無かったという可能性もある。
「訓練所ねぇ……」
「いや、分かりませんけどね?」
あくまでも俺の推測に過ぎない。訓練所じゃなくて、武器の試験場だったのかもしれない。もしくは、本当に外敵から下層を守る為の防衛施設だったのかもしれない。
ただ、本気で下層を守る防衛施設ならば、もっと凶悪な構造になるんじゃないだろうか? こんな見え透いた戦場形式にするよりは、通路を迷路にしたり罠を置いたりとするはずだ。
魔物に関してもそうだ。キノコ型の魔物も数が多くて脅威ではあるのだが、戦闘能力だけで言うならゴーレムの方がもっと強い。キノコのようにゴーレムの群れを出現させれば今よりも難易度はかなり上昇する。
だが、そうはなっていないのだ。事情があるのか、不可能なのかは分からないが。
しかし、地下四階からの構造自体が「戦闘訓練」もしくは「模擬戦」だと考えると妙な納得感がある。段階を踏んで凶悪になっていくキノコ型の魔物も構造自体にもだ。
特に今回の戦闘は途中で魔物達が水晶の放った光によって液状化した件も納得できる理由になる。
あれは戦闘時間を超過しないためか、何らかのセーフティーなんじゃないだろうか?
「でも、西側の地下と昇降機で降りた先は訓練所って感じじゃなかったですよね?」
「確かにな。あっちは病院か王都研究所に似た感じだった」
ウルカの意見にロッソさんが頷く。
確かに別ルートは訓練所とは言い難い構造だった。西と東で構造自体が違うのだろうか? もしくは、別々の施設だったとか?
「まぁ、古代人も俺達と同じ人だったと考えると……。争いは絶えなかったのかもな」
そう言いながら死体を見つめるロッソさん。
以前、第二ダンジョンでオラーノ侯爵も同じようなことを言ってたっけ。あの時はゴーレムの製造所を見て言っていたが……。
上層階に王城地下にあった鎧の遺物があった事も考えると、ここもゴーレムの製造所同様に兵器を作る場所だったのかもしれない。
俺達は兵器を試す施設の中を進んでいるのだろうか?
……いや、結論を出すのは学者達か。
俺は首を振って考えを掻き消した。
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