第204話 東側地下七階 キノコと兵器 1


 地下六階を探索し終えた俺達は地下七階へと降りて行った。


 地下七階は四・五階と同じく闘技場スタイル。騎士達から「またか」と感想が漏れるのも仕方ない。


「また連戦か?」


「でしょうね」


 次もキノコ型の魔物と戦うのだろうか?


 ただ、四・五階と違う点は階段付近の構造が若干違うところ。


 正面に開きっぱなしの鉄門があって、中は戦場のような雰囲気。奥には閉じた鉄門があるところまでは同じだが、正面にある鉄門の前には左右に伸びる通路がある。


 西側へ伸びた通路の先には扉があって、逆側はただの壁となっていた。


「どうするか……。先に通路の扉を調べちまうか?」


 正面の鉄門から先に進入すれば、戦闘開始となるのは容易に想像できる。となれば、騎士達の体力が消耗する前に初見の扉を調べておくべきか。


 ロッソさんはまず西側へ伸びた通路の先にある扉を調べることにしたようだ。


 扉はそれほど大きくない。両開きの扉であるが、幅としては人間三人分といったところ。


 警戒しながら扉を開けると、先には一本の長い通路があった。左右はコンクリートの壁で出来ていて、ランプで照らした感じではただ単に長い通路といった感じ。


「……進もう」


 通路に進入して、俺達はひらすら進む。歩いた時間としては十五分くらいだろうか。


 その間、本当に何も無い。


 ただひたすらに長い通路を歩いて行くと、先に入り口と同じ両開きの扉が見えた。ようやく終点かとため息を零しつつ、先頭の騎士がゆっくりと扉を開けた。


「――ッ! アッシュさん達は下がれッ!」


 ロッソさんの焦る声、それに扉の先から微かに見えた「紫色の光」で何があるのか分かった。


 西側地下にあった紫色の光を放つ蕾だ。


「絶対入るなよ!」


 騎士達とロッソさん自らが中を確認しに行き、戻って来た時の表情は強張っていた。彼はその表情のまま俺とレンに顔を向けて「この先は止めておこう」と告げる。


 どうやら扉の先にあった部屋には例の蔓が這っていて、紫色に光る蕾と光るキノコが生えているようだ。


 俺が離れた場所から「どれくらいですか?」と問うと「部屋中に咲いている」と返ってくる。


 それは……。確かにマズイな。


「あの先が西側の地下なのかは不明だが、明らかに部屋の様子が西側地下で見た構造と同じだ」


 どこか病院のような、もしくは研究所のような内装。奥には大量の蕾があって、またガラス張りの部屋がいくつもあったようだ。


 もしかしたら、蔓の発生源である紫色の水晶を内包した木もあるのかもしれない。


「こりゃあ、西側はダメかもな」


 俺とレンにとっては、ということだろう。


 東側の地下に蕾が生えていない保証はないが、今のところは西側にしか生えていないようだ。大人しく東側の探索を進めるのが最善かもしれない。


 来た道を戻り、再び鉄門の前へ。


 全員準備を整えた後、重装兵を先頭にして進入する。


 全員が中に入ると背後の鉄門が閉まった。ここまでは予想通り。問題は次だ。


 正面にあった鉄門が開き、台座に乗った紫色の水晶が姿を見せた。水晶が一瞬だけピカッと光ると、宙に浮いて回転を始めた。


「来るぞッ! 全員構えろッ!」


 ビカッと天井から紫色の雷が落ちる。


 雷から出現したのは――


『ムゥゥゥー!』


 マッシブな鎧を着たキノコだった。


 全長は一メートルくらいで上層階で戦ったキノコ達と変わらない。だが、今回のキノコは横に太かった。


 灰色の金属鎧を全身に身に着けて、短い手足にもガントレットとグリーブみたいな物が装着されている。頭部は黄色の傘があるせいか、さすがに兜は装着していなかったが。


 しかしながら、今回のキノコ達は両刃の斧を両手で担ぎ、野太い声を上げながら気合を入れる。


 一度目の群れとして出現した数は五十。数としては地下五階と同じであるが、上層階よりも攻撃力と防御力が向上しているのは明らかだった。


「あれは……。キノコ騎士?」


「キノコ重装兵じゃないですか?」


 乾いた笑いを漏らす騎士達がキノコの名称について意見し合っていた。


「何でも良いから倒すぞ! 弓兵! 一斉射撃だ! 数を減らす!」


 最初から全力でいかないと五階のように余裕が無くなりそうだ。特に今回は体に鎧を身に着けている事もあって弱点のほとんどが露出していない。


 とはいえ、キノコの傘は丸出しだ。そこに上手く当てられれば一撃で仕留められそうな気もする。


「撃てえええッ!」


 ロッソさんの号令が轟くと同時に魔導弓の一斉射が始まる。弓兵達の狙いは頭部の傘であるが……。どうだ?


『ムゥゥゥッ!』


『ムゥゥ!?』


 初撃の成果としては、一撃で仕留められた数は一割といったところ。


 重装キノコ達は小賢しくも両刃の斧で魔導弓の攻撃を防ぐ。あの短い腕で器用にも斧を回転させながら盾にする芸当を見せたのだ。


 正直、なんて奴等だと感心してしまった。


『ムゥゥッ!』


 初撃を躱した重装キノコ達は雄叫びを上げた後、両刃の斧を担ぎながら走り出す。重そうな鎧と武器を持っているのにスピードは上層階に出現したキノコ達と変わらない。


「迎撃態勢ッ!」


 今回、こちらの重装兵達がチョイスした装備は「第二ダンジョン下層スタイル」である。


 大盾とピックハンマーを装備した完全迎撃作戦。両足をやや開いた状態で大盾を前に出し、がっしりと構えの態勢を作りながら相手を受け止める気でいる。


 その後方には魔導槍を手にした騎士達。受け止めた後、隙間からの槍攻撃。漏れた相手は重装兵のピックハンマーで仕留めていく――という作戦だ。


 俺達ハンター組も右翼側で待機して、一歩後ろから攻撃を加えることになっている。


『ムゥゥッ!』


 野太い声を上げながら両刃斧を振り下ろす重装キノコ。その凶悪な一撃を重装兵達は受け止めた。


「ぐぅぅッ!?」


 分厚い盾の性能、それに十分に鍛えられた重装兵の実力が発揮される。重装兵達の口から苦悶の声が漏れるものの、それでも重い一撃を受け止めたのは流石としか言いようがない。


 ただ、何度もとはいかないだろう。


 一撃を受け止めた今こそが反撃のチャンス。ここで確実に仕留めたい。


 後方に控えた他の騎士達もそれは十分に理解しており、槍での刺突で重装キノコへ致命傷を与えていく。


 傘であり頭部でもある部分に槍を突き入れると、重装キノコ達の口からは悲鳴が上がった。どれだけ体を保護しようとも本体を傷付ければ一撃であるのは変わらないらしい。


 それが何よりの救いであり、奴等の明確な弱点でもある。


 難無く最初の群れを討伐し終えた。その時間は五階で戦ったキノコ戦士との戦闘よりもスムーズだ。これまでの経験が活かされ、騎士達が戦い慣れてきたのもあるが。


「次の群れが来るぞ! 備えろッ!」


 ロッソさんが騎士達に喝を入れると、彼の言った通り次が来た。


 間髪入れずに雷が落ちて、次の群れが登場するのだが――上層階と違って、奥側の鉄門左右にある壁の一部がズズズと地面に沈んだ。


「なんだ!?」


 壁が沈んだあと、壁の中から登場したのは二機の兵器であった。


 大きさは俺達が普段使う馬車のキャビンと同じくらいだろうか。車輪が四つあって、その上には大砲に似た筒が二門乗っかっていた。


 ガラガラガラと車輪を鳴らして動き始めた兵器の上には装備を装着していないキノコが二匹。二匹のキノコは大砲の後方に移動すると、両手を動かし始めた。


『ムゥゥ!』 

 

 直後、備わった大砲からポンと何かが放たれる。


 放たれた物体を注視すると、正体は赤色に点滅する玉だった。それは重装兵達のすぐ近くに落ちて、直後に爆発を起こす。


「うわあああッ!?」


 爆発の規模としては少し弱い。爆風も大盾で十分防御できるだろう。


 だが、重装兵達を怯ませるには十分だ。同時に地面に敷かれていた土を撒き上げて天然の煙幕を作り出す。


『ムゥゥゥゥッ!』


 土の煙幕を突き破って突撃して来たのは重装キノコ達。遠距離攻撃との合わせ技、兵器を用いた奇襲攻撃に重装兵は驚きの声を上げる。


 何とか奇襲攻撃を受け止めて、次第に周囲に舞っていた煙幕も晴れてきた。だが、奥に陣取る兵器は次弾装填の準備が始められており、大砲の口へと玉を込めているキノコ達の姿があった。


「二射目が来るぞ!」


「あれをどうにかしてくれッ!」


 後方からは警告が叫ばれ、最前線にいる重装兵からは怒声が上がった。


 対処は間に合わない。二射目が放たれると、先ほど手前に落ちたのは単に狙いが甘かったかららしい。今度の一撃は左翼側で壁となっていた重装兵の頭上にまで伸びた。


「下がれッ!」


 重装兵達が赤く点滅する玉から距離を取ろうとするも間に合わず。


 赤い玉は爆発を起こし、重装兵はその爆風を盾で防御しようとするも――いくら爆発の規模が小さくとも間近で受ければダメージは負うだろう。


 防御姿勢を取った重装兵は背中から倒れてしまい、倒れた重装兵にキノコ達が襲い掛かる。


『ムゥゥゥッ!』


「う、うわああッ!?」


 両刃の斧が振り下ろされ、強烈な一撃が重装兵の下半身に落ちた。身に着けていた重装鎧は陥没してしまい、中にあった足も無事では済まないだろう。


 鎧が切断されていないようなので骨折で済んでいるとは思われるが、攻撃を受けた重装兵は立ち上がる事すらできない。


 追撃を行おうとする重装キノコ達を必死に排除する騎士達。槍での突きを繰り返しつつ、怪我をした仲間を後方へ引き摺って行った。


「次が来るッ!」


 重装キノコを排除しようにも後ろの兵器が邪魔だ。


 俺の考えを読み取ったのか、すぐ後ろにいたウルカが兵器に向かって爆裂矢を放つ。爆裂矢は兵器に直撃するが、焦げ跡を残すだけで破壊にまでは至らなかった。


 一撃では無理だと最初から分かっていたのか、ウルカは続けて爆裂矢を連射する。だが、それでも破壊できない。


「硬い!」


 ウルカの射撃は正確だ。何度も同じ場所に爆裂矢をヒットさせるも、それでも焦げ跡と傷が少しできただけ。 


 爆裂矢程度のダメージでは破壊する事ができないのだろうか。


「ウルカ! キノコを撃ち抜け! レン、魔法で兵器を壊せるか!?」


 俺は目の前にいたキノコを斬り捨てながら叫ぶ。レンの「やってみます!」という声が聞こえ、彼の放った雷が兵器へと飛んでいく。


 地面を這うように放たれた雷は兵器の真下に到達すると、天井へと伸びるようにして本体を貫いた。


 ズドンと強烈な音が鳴る。


 兵器は――壊れていない!?


「いや、乗ってたキノコが死んだ!」


 ミレイが槍でキノコを刺殺しながら叫ぶ。


 兵器を貫通した雷が操作していたキノコを殺害したようだ。派手に壊す事は出来なかったが、それでも攻撃自体は阻止できたか。


 これでキノコ達の殲滅に集中できる。


 そう思われたが――


「おい、ふざけんじゃねえ!?」


 後方からロッソさんの怒声が聞こえた。


 斧を躱した後にキノコを斬り捨ててから顔を上げる。すると、今度は鉄門両脇にある壁の上部が開放されていた。


 開放された箇所の中からはアームと一体化したバリスタ付きの台座が伸びて、射手席にはキノコが乗っているではないか。


『ムムゥー!』


 バリスタを操作するキノコは狙いを定める。直後、物凄い発射音と共に大きな杭が放たれた。

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