第203話 東側地下六階


 地下五階の激闘を終え、魔石の回収も終えた俺達は地下六階へと降りて行った。


 階段を降りて行く皆の胸の内には「また魔物の群れと戦うのか」と想いを抱いていたに違いない。


 しかし、その予想は外れる。


「また施設っぽいな」


 地下六階は真っ暗だったが、先頭にいた騎士達がランプを点けて辺りを照らすと、上層階とは雰囲気はガラリと変わって――コンクリートの壁と床、それに分厚そうな鉄の扉が存在する場所だった。


 上層階にあった闘技場、もしくは疑似的に作られた戦場といった雰囲気から、何らかの施設を思わせるような空間に様変わり。一見すると、どちらかと言えば西側地下三階に近い雰囲気が感じられる。


「油断するなよ。魔物がいるかもしれないし、例の花が咲いている可能性だってあるんだ」


 指揮官であるロッソさんはガラリと雰囲気を変えた六階を見て、俺とレンに最後尾へ移動するよう指示を出した。


 俺達は彼の指示に従って最後尾へ向かうが、明確な弱点が存在するってのは何とも歯痒いなと思う。まぁ、仕方ない事なのかもしれないが……。


 先頭を行く騎士達は積極的に周囲を調べ始めた。


 まず、最初に手を付けたのは入り口すぐ近くにあった鉄の扉だ。


 見るからに分厚そうな扉には、クルクルと回転させて扉を開閉するハンドルが取り付けられている。騎士がハンドルに手を掛けて回そうとするもうまく回らないようだ。


 錆びついているのか、それとも壊れているのか。二人掛かりでようやくハンドルが回り始めた。


 ギィ、ギィ、ギィ、と不快な音を立てながらハンドルが回って、見た目通り超分厚い鉄の扉が開く。


「こりゃあ……。なんだ?」


 真っ先に中を見たのはロッソさんだ。彼の呆けたような声が聞こえて、俺も騎士達の隙間から中を覗く。


 分厚い扉の中は小部屋になっていて、手前側には開けっ放しになった金属の箱が床に置かれていた。部屋の中央付近には網状になったフェンスが天井とくっ付いていて、フェンスの中には三列になった棚が置かれている。


 小部屋の中に入って行ったロッソさんはフェンスを観察し始めた。すると、入り口を見つけたらしい。


 フェンスの一部にはドアになっている部分があって、ロッソさんは棒状のロックを外して入り込む。棚に何か残されていないか確認したようだが、特別何かが残っているという事はなかったようだ。


「この部屋は何なんだろうな?」


「入り口のドアがかなり分厚いですし、騎士団本部の保管庫と同じ印象を抱きます」


 まるで何か大切な物を守るように保管していたような。ロッソさんと部下の会話を聞いて、俺も内心で「確かに」と頷いた。


「隣も同じような小部屋なんでしょうかね?」


 たった今開けた扉のすぐ近くに同じ形状の扉がある。


 そちらもハンドルを回して開けると、予想通り内部の構造は同じだった。何も残っていない点もだが。


 一本道になっている通路を進んで行くと、先頭にいた騎士が立ち止まる。ランプを掲げながら道の先を覗き見ているようだが、彼等の口から飛び出したのは「死体」という単語だった。


 どうやらまたしても白骨化死体が放置されているようだ。


 二人の騎士が近付いていき、死体のすぐ傍で膝を折った。何も起きないことから、ただの死体であるのは間違いなさそうだ。


 西側地下や昇降機の中で見つかった死体と同じだろうか?


「キノコが生えていませんね」


 しかし、騎士は白骨化死体にキノコが生えていないと言う。


「キノコとは?」


 隣にいたターニャ達が首を傾げていたので、俺は西側地下と昇降機内で見つかった死体について説明してやった。


「ふむ……。死体からキノコが生えている、か。上層階に出現した魔物はキノコ型であったし、奴等の仕業ならこちら側にある死体にキノコが生えていてもおかしくないと思うんだがな」


 ターニャは腕を組みながら再び首を傾げていた。


 だが、確かに彼女の言う通りだ。


 白骨化死体に生えていたキノコ、上層階に出現したキノコ型の魔物。どちらもキノコという共通点がある。何らかの関連性があるかと思われるが、たった今見つかった死体にはキノコが生えていない。


 どうして西側地下と昇降機内にあった死体には生えているのだろう? 上層階に出現したキノコ型の魔物は関係ないのか?


「これ、白衣か?」


 加えて、白骨化死体の体にはボロボロになった服らしき物が残されていた。他の場所にあった死体は何らかの布切れが付着していたものの、原型は留めていなかった。


 だが、今回初めて原型を留めた状態で「服」が見つかる。


 死体が着用していたのはズボンとシャツらしき洋服。その上には白衣のような物を着ているが、布のほとんどが茶色に変色していた。


 ロッソさんが白衣と思われる衣服の端っこを指で摘まむと、砂を摘まんだかのようにボロボロと崩れてしまう。これ以上はマズイと思ったのか、彼は慌てて手を引っ込めた。


「これが古代人の死体だとすると……。古代人が着ていた服は我々と似たデザインだったんですかね?」


「かもな。古代人が俺達と同じ人間的なモンだったとしたら、考えることも同じってことなんじゃねえか?」


 と、ロッソさんと部下の話し合う声が聞こえる。


 死体については回収を試みると逆に破損させてしまう可能性もあったので、一旦この場に放置することとなった。


 調査隊は死体を横目に先へ進んで行く。


 次に辿り着いたのは広い休憩室のような場所だ。


 朽ちた椅子やテーブルがいくつもあって、奥には空になった棚が置かれている。


 同じような光景を第二ダンジョン内でも見た気がするな……。


 既視感を感じられる場所の先には両開きの扉があって、その先は両脇がガラス張りになった一本の通路が奥まで続く。


 中に魔物はいないようだが、問題は両脇にあるガラスの壁だ。


 分厚いガラスで遮られていたのは、何らかの加工施設と思われる場所だった。


 第二ダンジョンの下層で見たゴーレム製造所のようにクレーンやアームといった設備がいくつもあって、加工前と思われる金属の塊が床に散らばって放置されていた。


 他にも惹かれたのは、作業用テーブルと思われる物の上に並んだ「木の棒」である。


 木の棒はどれも真っ直ぐになっておらず、自然に生えていた木から太い枝を切り取っただけのような。どれも形が歪で、少しだけぐねぐねと曲がりながら伸びたような形の物が並んでいた。


「どうして木の棒が?」


「さぁ……?」


 俺は思わず口に出してしまって、それを聞いたウルカも首を傾げる。


 金属の塊だったら「遺物を作っていたのかな?」と想像できる。だが、木の棒は何に使う? テーブルの足でも作ってたのか? 内心自問自答しながらも「そんな馬鹿な」と思ってしまった。 


 ガラスの壁が続く通路を歩きながら、左右に首を振りながら中の様子を見比べていく。


 すると、俺は右手側のガラスの先に「ある物」を見つけてしまった。思わず二度見してしまうくらいの衝撃で、俺の口からは「嘘だろ!?」と声が漏れた。


 だが、同じような言葉を口にした者がもう一人。


 それはロッソさんだ。彼も俺が同じような言葉を漏らしたことに気付いて、互いに驚いた表情のまま顔を見合わせてしまった。


「ア、アッシュさん! ちょ、ちょい! こっち!」


「え、ええ!」


 ロッソさんは慌てながら俺を手招きして、俺も慌てて彼に近寄る。


 二人で肩を寄せ合い、顔が密着するくらい近づけ合いながら小声で話し始めた。


「あ、あれって……。王城地下にあった遺物だよな?」


「ロッソさんも知っていますか」


 やはり、俺達が見た物は間違いない。


 王城地下の遺跡に残されていたという、白い鎧型の遺物だ。


「あ、ああ。知っているよ。間違いねえ、あれは魔導鎧の原型だ。初期型のテストは俺が担当したんだ。」


「え? 魔導鎧?」


 俺達が見た物は間違いなく、王城の地下にあった「白い鎧」だ。ただ、俺とロッソさんの間には少しだけ齟齬があったようで。


 互いに認識を確認していくと、見つけた鎧の正体は王城地下にあった「白い鎧」で間違いない。


 だが、その先の話に関しては、俺の方には知らされていない事実があったようだ。


「……王国十剣であるアッシュさんなら話しても問題ねえと思うんだが、まだ確認していないからな。一旦、俺が言った事は忘れてくれ」


 恐らく、俺には知らされていない機密情報なのだろう。迂闊に話せないという点はよく理解できたので、俺はロッソさんが漏らした言葉を聞かなかったことにしたし、口外しないと約束した。


「いや、でもよ、衝撃的なことには変わらないんだが……」


「確かに。どうしてあの鎧がここに……?」


 もしかして、ここで造られていたのか? 第四ダンジョンで製造されて、その一部が王城地下にあった遺跡に運び込まれた? それともその逆なのだろうか?


 答えは誰も教えてくれない。謎は深まるばかりだ。


 モヤモヤとした気持ちを抱えながらも、俺とロッソさんは互いに「報告すべき情報」とだけ認識しておく。


 他の騎士達としては、俺達の様子を見て察する者が一割。彼等は中央騎士団所属の者達であり、その中でも特にベテランの騎士達だ。彼等は何らかの機密情報が見つかったと経験から察したのだろう。


 残りは首を傾げて何があったのか分かっていない様子。なんだろう? どうしたんだろう? と口にする者もいたが、それに応える者はいなかった。


 ウルカ達、それにターニャ達も「どうした」とは問わなかった。聞けば俺が困ると察したからか、問うても教えてくれないと知ってるからか。どちらにせよ、質問しないでくれて助かった。


 とにかく、衝撃的な発見は一旦置いておいて。


 調査隊は次の階層に続く階段を見つけるべく、通路を先に進んで行った。


 五十メートルほど進んだあと、ガラス張りの壁が終わる。今度はコンクリートの壁で作られた十字路になっていて、左右の道を覗き込むと入り口付近で見つかった分厚い扉が再び並んでいた。


「まぁ、セオリー通りでいけば真っ直ぐ進むと階段かね」


 先に階段を見つけようとなって、俺達は真っ直ぐ進む事に。


 結論から言えば、階段は見つかった。これまでとは違って仕掛けなんてものも無く、真っ直ぐ進むと階段が用意されていた。


 あっさり見つかったというのもあるが、俺達は道を戻って先ほどの十字路へ。左右の道に並んでいた分厚い扉を片っ端から調べることにした。


 扉の数は片側三枚。道の奥は左右とも行き止まり。


 右側の扉は全てハズレ。中には何も残っておらず、がらんとした部屋に空の箱や棚があるだけだった。


 唯一成果があったのは、左側の最奥にあった扉だ。


 中に入ると、剣や槍を置いておく武器棚に似た物が並ぶ。その棚に残されていたのは、先端に青い宝石が装着された木の棒だ。


 木の棒はここまで来る途中で見た物と同じ形状。ガラスの壁の向こう側にあった歪な形の棒である。その先端は台座のように加工され、真っ青な宝石が台座にはまりながら木の棒と癒着していた。


「杖か?」


 ロッソさんが言ったように、杖として使う分には長さ的に丁度良い。先端に宝石がある事から、英雄譚の中に登場する年老いた魔法使いが持つ「魔法の杖」というアイテムが連想される。


「レン君に持たせたら完璧じゃないか?」 


 魔法使いの杖から連想したのか、ターニャがレンの名を出した。


「とんがり帽子も用意しなきゃな」


 ロッソさんもおどけて言う。続けて彼は棚から取り出していた杖をレンに「持ってみるか?」と勧めた。  


 皆に注目されながらも、レンは苦笑いを浮かべて杖を握る。握って、彼の視線は頂点にあった真っ青な宝石に向けられた。


 向けられて、しばし彼の視線が動かない。


「え、あ……?」


 宝石を見つめていた彼の手が震えだし、額には汗が浮かび始める。だが、レンの視線は宝石に向けられたまま。いや、視線を外せないといった方が正しいか。


 彼の表情は、まるで怖い物を見ているようだ。怖いけれど、視線を外せない。そんな雰囲気が感じられる。


「おい! レン!」


 彼の異変にいち早く気付いたミレイが声を上げた。俺も「妙だ」と感じて、レンの手から杖を取り返した。


「おい、大丈夫か!?」


「あ、ああ……。すいません……」


 心配するミレイに対し、レンは我に返ったような表情で答えた。


 やはり、何かがおかしい。


「どうしたんだ?」


 ふぅ、ふぅ、と深く息を繰り返すレンに俺が問うと、彼はパチパチと瞬きを繰り返して、目頭を指で抑えながら告げる。


「その青い宝石の中に魔素の渦が見えました。とても綺麗で、吸い込まれるような……」


 ずっと見ていたくなるほど綺麗で、視線が外せなかった。だが、レンは言葉を続ける。


「綺麗なんです。とても綺麗で……。壮大で……。恐怖も感じられました。大きすぎる何かを見つけてしまったような……」


 得体のしれない何か、巨大な未知の何か。それが目の前に広がるような。自分の意識が飲み込まれてしまうような。


 理解できないモノを前にして、レンは恐怖を覚えたと言う。


 しかし、彼はこうも言うのだ。


「でも、僕はこれがあれば……。何でも出来る気がする」


 この杖があれば、自分は何でも出来ると。


 出来るかもしれない、じゃない。レンは「出来る」と断言した。


「魔素の渦……」


 俺はそう呟きながら宝石を見つめるが……何も起きない。


 レンの言うような魔素の渦なんてものは勿論見えないし、ただの宝石にしか感じられない。


 この違いは、やはり彼が正真正銘の魔法使いだからだろうか?


「例の花といい、どうなってやがる」


 ロッソさんが漏らした言葉通り、このダンジョンには魔法使いと不思議な繋がりがありそうだ。


 その繋がりが、悪い意味じゃないと良いのだが。


 半分魔法使いでもある俺は、内心でそう祈った。 

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