第201話 東側地下調査 四階から五階へ


 東側の下層を目指して進軍を開始した俺達は、地下四階にある鉄門の先へと向かう。


 中に進入すると、奥の鉄門が開かれた。先には紫色の水晶が乗った長方形の台座、その後ろには既に隠し扉が開いた状態の階段があった。


 しかし、このまま素通りはできないようだ。俺達が進入すると、紫色の水晶が宙に浮いて回転し始めた。どうやら魔物を倒さないと先には進めないという条件は変わらないらしい。


 既に仕掛けは分かっているのもあって、調査隊の指揮官に任命されたロッソさんはテキパキと指示を出し始める。


「魔導弓による攻撃で魔物を排除する! 構えろ!」


 出現する魔物の数は多いが、個々の性能だけ見ると弱い部類に入る。大人数の味方、そして優れた武器があれば敵ではない。


『キキィー!?』


 魔導弓から放たれた炎矢を受けたキノコ達は液状化して消えていく。やはり強力な遠距離攻撃というモノは頼りになるな。


 しかし、俺がもっとも気になるのは魔物の形だ。


「本当にキノコから手足が生えてる……」


 キノコ型魔物の情報は事前に聞いていたものの、実際に見るのは初めてだ。


 実際に見た感想は……。何だろうな、うん。何と言えばいいかな……。


「キモカワイイ」


 これは隣にいたウルカの感想だ。


 キノコの短い腕から放たれる攻撃は非常に強力であるものの、チマチマと歩く姿が小さな子供を連想させる。だが、見た目は目と口のあるキノコだ。口から垂れる溶解液も気持ち悪い。


 あとは鳴き声が甲高いところも辛うじてカワイイ要素に入るのだろうか? いや、待て、俺はどうして魔物のカワイイ要素を探しているんだ。


「カワイイか……?」


 良かった。ミレイは俺と同じ感性らしい。


「しかし、あの溶解液は厄介そうだ」


 冷静に戦況を見守るのはターニャである。


 今後、彼女のパーティーは第四ダンジョンに深く関わるハンターとなるだろう。その将来もあってか、今後の活動に支障が出ないよう魔物の習性を目に焼き付けているようだ。


「だが、キモカワイイのは同意だ」


 しかしながら、感性はウルカ寄りだった。


 五回目の群れを討伐すると、報告通り背後の鉄門が開く。ここが最初で最後の撤退タイミングであるが、調査隊はそのまま中に留まる。


「レン、あの回転する水晶はどう見る?」


 騎士達がインターバル中に準備を整える中、俺はレンに奥の水晶について問うた。


「あれって西側の地下にあったヤツと同じですよね?」


 魔力過多症から復帰して、すっかり元通りになったレンが表情を険しくしながら言った。


 彼が言った通り、あれは俺達が致命傷を食らいかけた蔓と花を生み出す水晶、外見はそれと全く同じ。回転しているのも同じだ。


「西側の水晶は蔓と花を生み出していました。あの蔓と花が魔物かどうかは分かりませんが……。東側はキノコの魔物を生み出している。という事は、あの水晶が回転して生み出す光が魔物を生む源なのでしょうか?」


 回転しながら光り輝き、天井から雷を降らせて魔物を生み出す。


 これだけ見れば水晶が回転する事が原因、そもそも水晶自体が魔物を生み出す原因という考えは俺も同意だ。


「あれは魔物を生み出す遺物ってことか?」


「あくまでも推測ですけどね。ただ、あの光は魔力よりも純粋なものに見えます」


「魔力よりも純粋?」


 レンは俺よりも魔力についての感知能力が優れているからか、俺には見えないモノを見ているようだ。


 その上で彼は魔力よりも純粋なモノという表現を口にした。


「なんといか……。人が放った魔法の魔力を感じるとザラザラした感じがするんですよね。水の中に異物が混じっているというか……。ただ、あの光は綺麗な水をかき混ぜているような感じに見えます」


 これはレン独自の感覚だろう。俺はあの光を見ても魔法と同じかな? と感覚的に感じる程度である。


「泥水と水って感じか?」


「ううん……。そこまで汚くはないっていうか……。紅茶と水の違いって感じでしょうか?」


 レン自身も明確に違いの原因は掴めていないようだが、何となく言いたい事は理解できる。


 しかし、魔力ってのは魔素を源としたエネルギーだよな。


 となると……。


「あれは魔素そのものってことか?」


「魔素が可視化しているのかもしれませんね。ただ、可視化した魔素なんて見た事がないので正解かどうかは不明ですが」


 あの回転は魔素に作用して、本来は見えないはずの魔素が見えるようになってしまっているのかもしれない。


 ただ、これはあくまでも俺達の推測に過ぎないのだが。


「だが、雷と共に魔物が出現するのは……不思議な光景だ。第二ダンジョンも日付を跨ぐと魔物が復活していたが、復活する瞬間は誰も見た事がない。もしかしたら、第二ダンジョンの魔物もこうやって復活しているのか?」


 ターニャは天井から落ちて来る雷、それと同時に出現する魔物を見て首を傾げた。


「確かに復活する点は同じだな」


 ミレイも同意して頷いた。二人の言うように、他のダンジョンも同じような仕組みで魔物が生まれているのだろうか?


 そう話し合っている間に戦闘が終了。計四百五十匹のキノコを倒し終えると、宙に浮きながら回転していた水晶の動きが止まって台座に沈んだ。


「魔石を回収!」


 戦闘が終わると、俺達は散らばった魔石を拾い集める。


 これは次世代の魔導具開発に必要となる魔石かもしれない。一つ残らず回収しないとな。


「なぁ、アッシュさん! 来てくれ!」


 仲間達と魔石を回収していると、ロッソさんに呼ばれた。俺が近寄ると、彼は俺を奥の階段付近に連れて行った。


 奥にある鉄門の先では別の出入り口があるかどうかを探る騎士達がいたのだが、どうにも状況はよろしくないらしい。


「日付を跨いで閉じ込められた際、脱出できるルートがあるか探ったが無さそうだ。んで、質問なんだが……。アッシュさんの魔法剣で壁に無理矢理出入口を作れるか?」  


 最悪の場合に備えたい、と言うロッソさん。壁を斬れるか確かめてくれ、と願われて、俺は腰から灰燼剣を抜く。


「体調に影響が出るかもしれんから、ちょっと試すだけで良いぞ」


「ええ」


 俺は起動した灰燼剣の剣先を壁に突き刺してみた。剣先は壁に沈み込み、剣先が当たった箇所が灰に変わっていく。


「斬れそうです。斬れそうですけど、斬ったら壁がどうなるか予想できないですね」


 俺の感じた感覚としては、斬ったら壁そのものが崩壊しそうに思えた。出入口を作るはずが、壁全体をぶっ壊してしまいそうな……。


 壁を壊した瞬間、ダンジョンとしての機能に不具合が出るかもしれない。ちょっと試すには怖い判断だ。


「なるほど。まぁ、最悪の場合は脱出できそうだな」


 あくまでも「最悪」の場合に備えての試みである。ロッソさんも隊を預かる身として確認はしておきたかったのだろう。


 ダンジョンの機能が壊れるよりも、隊が全滅する方が最悪と言えるし正しい判断だと思った。


 魔石を拾い集めたあと、調査隊は地下五階へ。


 こちらも地下四階と同じ構造だ。


 目の前には開かれた状態の鉄門。奥には閉じた状態の鉄門。間にはバトルフィールドと思われる広い空間。両脇は高い壁で囲まれた状態。


 進入すれば魔物が出現するのは明らかだ。


 しかし、ここからは未知数である。どんな魔物が出現するかも分からない。


「ここからは未知数な要素が多い。どんな状況にも対応できるよう、身を引き締めて掛かれ!」


 ロッソさんの号令を受けたあと、調査隊は鉄門の先へと向かう。全員が中に進入すると、背後の鉄門がゆっくりと閉じていった。


 すると、やはり奥の鉄門が開いて紫色の水晶が乗っかった台座が出現。奥の壁はそのままで、階段はまだ隠された状態のようだ。


 地下四階と同じく紫色の水晶が宙に浮かびながら回転する。ここまで全く同じ。


 だが、天井から落ちて来た雷によって出現した魔物は――


「またキノコ?」


 キノコの魔物なのだが、ちょっとだけ形が違う。キノコ全体の形が少し細長く、体から生える手足も少しだけ長い。キノコの傘は青色で、全体的なフォルムがシャープになっていた。


 体全体のフォルムも違うが、一番の違いは手に武器を持っている点だ。


「あれは棍棒と盾か?」


 キノコ達は蔦の巻き付いた木の棍棒と木造の丸い盾を持っていた。


 四階と違って武器を持っている点、それに出現した群れの数も三十から五十に増えていた。


『ムー!』


 キノコ達は棍棒を掲げると、矢じりのような陣形を形成して突撃してくる。四階のキノコ達も突撃はしてきたが、陣形という概念は持っていないようだった。


 だが、こちらのキノコ達には突撃陣形を形成するだけの知恵があるらしい。


「魔導弓で応戦する! 放て!」


 しかしながら、こちらには魔導兵器という心強い武器があるのだ。


 魔導弓による応戦が始まり、突撃してくるキノコ達に炎矢が殺到する。放たれた無数の炎矢はキノコ達に直撃。やはり本体の防御力はそう高くない。直撃を受けたキノコ達は液状化して消え失せるが……。


『ムー!』


 一部のキノコ達は小賢しくも木造の盾で炎矢を防御したのだ。木造の盾は一度の防御で壊れてしまうが、それでも本体は無傷のまま。棍棒を振り上げて再び突撃を開始する。


「二射目! 放て!」


 ただ、出現する数が多いこと、それに盾で防御してくること。これらは俺達が持ち込んだ物資にダメージを与えるだろう。


 攻撃回数が増えるということは、それだけ魔導兵器に使う魔石の魔力を消費するということだ。全てを遠距離攻撃で倒そうとすれば、それだけ魔石を消費する。


「次の群れが来るぞ!」


 一回目の群れを倒すと、間髪入れずに二回目の群れが登場した。


 やはり出現する数は五十匹。四階と同じ回数を戦うとすると、インターバルまでに二百五十匹も倒さねばならない。階段を出現させるまで倒すとなると、七百五十匹も?


 そう考えると、やはり脅威には違いない。


「重装隊は前へ! 弓兵隊は支援に切り替えろ!」


 ロッソさんも全てを魔導弓の攻撃で倒すのは現実的じゃないと考えたのか、ある程度は接近戦で潰すべきだと作戦を切り替えた。


 こういった場面で最も頼りになるのは、重装甲に身を包んだ大柄の騎士達だ。極厚の合金鎧を身に纏う重装兵達が前に出て、その手に握るバトルハンマー等の重量ある武器を構えた。  


 隊列の中にはマックスさんもいるようだ。彼もまたバトルハンマーを構えて突撃して来るキノコ達を睨みつけていた。


「アッシュさん! 頼めるか!」


 そして、俺達の参戦も決まった。俺はロッソさんに頷きを返してから、仲間達へと振り返る。


「アッシュ。女神の剣は君の指示に従う。存分に使え」


 ターニャは剣を抜きながらそう言った。彼女のパーティーメンバーも「アッシュさんなら」と言ってくれる。ありがたい話だ。


 だが、細かい指示は出さない。女神の剣が持つ実力は信頼しているし、彼女達も彼女達なりの動き方ってものがあるだろう。


「女神の剣は左翼、俺達は右翼だ。中央は重装兵に任せる。今回は数も多いし連戦になる。互いにフォローしろ!」


「了解した!」


 俺達は二手に別れ、最前線に立つ重装兵をフォローするように動き始めた。 

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