第199話 素晴らしき素材と攻略準備


 地下二階でベイルーナ卿とオラーノ侯爵と共に花粉について話し合っていると、東側地下四階へ向かった騎士隊が戻って来た。


 怪我を負った者はいるものの、死亡した者はいないらしい。それを聞いて、オラーノ侯爵も安心したようだ。その後、隊を率いていた指揮官から報告がなされた。


 地下四階では三十匹の群れを十五回、計四百五十匹もの魔物と戦ったこと、戦闘が終わると階段が出現したこと、地下五階も同じ構造になっていたこと――体験談を詳細に語ってくれた。


「四百五十か……」


「はい。ですが、五回目の戦闘を終えると背後の鉄門が開きます」


 五回目の戦闘を終えるとインターバルが発生、その後は十回目の戦闘を終えるまで魔物の出現が続く。途中で撤退できるポイントは五回目の戦闘を終えた時だけのようだ。

 

「次に紫色の水晶ですが、回転中に近付くと衝撃波を放ってきます。幸い、死傷者は出ませんでしたが、重装鎧を装着した者を軽く吹き飛ばすほどの威力があります」


「水晶は台座から取り外せそうか?」


「戦闘後に試してみましたが外せませんでした。回転中は台座から浮いているんですが、回転が終わると台座の窪みにガッチリはまってしまうんです。持ち上げようにも持ち上がらず、無理矢理取り外すのは破損が怖くて……」


 戦闘中は水晶に近寄れず、終わった後は取り外しが難しい状態に。無理矢理外そうにも破損しては学者達が文句を言いそうだ。外さずに放置したのは当然の判断だと思う。


「しかし、かなりの連続戦闘が続くな。地下五階も同じだとすると厄介だ」


「はい。魔導兵器用の魔石を多く持ち込む必要があるでしょう。他にも替えの武器や盾も必要です。特にキノコが吐き出す溶解液は合金も溶かされてしまうので」


 階層調査に使用する物資の持ち込みは、既存のダンジョンよりも多めに用意した方が良さそうだ。


「物資の件は補給係に伝えておこう。隊は交替で休憩を取りつつ、地下四階の監視にあたれ」


「ハッ!」


 騎士が立ち去ったあと、オラーノ侯爵は再び俺とベイルーナ卿に顔を向けた。


「それで、花についての話だったな」


「うむ。花を調べたが、あれは地上に持ち出しても腐らなかった――いや、枯れなかったと言うべきか」


 例の花であるが、収納袋に入れて持ち帰った物を地上まで運んだ。その結果、あの花は魔物から採取できる素材と同じく地上に持ち出しても朽ちないようだ。


 つまり、あの植物が『魔物』だとしたら、採取できる素材は『花』という事になる。


「続きを話すが怒るなよ?」


 ベイルーナ卿は報告を続ける上で、オラーノ侯爵に前置きを告げた。


 そう言われると嫌な予感がするのだが……。


「魔法使いである学者の一人が外で魔力を消費した後、採取した花の花粉を吸い込んだのだ。すると、魔力が回復する感覚を覚えたらしい」


 学者が魔法を連発して、体内の総魔力量を枯渇寸前まで追い込んだ。その後、花が噴出する花粉を思いっきり吸い込んでみたらしい。


 すると、若干ではあるものの魔力が回復する感覚を覚えたそうだ。実験を行った学者は魔力切れになると「すっぱい物が食べたくなる」そうなんだが、その気持ちが少しだけ落ち着いたのだとか。


「相変わらず無茶をする……」  


 報告を聞いたオラーノ侯爵は呆れるようにため息を漏らした。正直、俺も同感だ。


「騎士やハンター達と同じく学者の研究も命懸けという事だ。とにかく、あの花は魔力を持つ者に対して毒でもあるが、薬にもなる事が分かった」


 体内魔力が潤沢な状態で摂取すると、俺やレンのように魔力過多症を引き起こす。しかし、魔力が少なければ回復するという良い方向へ作用するわけだ。


「魔力回復用のポーションが作れるかもしれん。既存のポーションを生み出した時の再来であるな」


 ベイルーナ卿曰く、既存のポーションもダンジョン由来の素材で作られているそうだ。だが、どのような素材を用いて製造しているかは極秘中の極秘。王国十剣の称号を賜った俺でも素材や製法の詳細は聞けない。


 王都研究所に所属する学者達でさえも、レシピを知る者は限られているそうだ。


 本当に魔力ポーションが完成した場合、俺は素材を知っている事になるが……。その件は良いのだろうか。いや、絶対に他言にしないけども。


「といっても、すぐに完成するかは分からんがな。ポーションの開発もかなり時間が掛かったし、昔は色々とあったからなぁ」


 初期に投入されたポーションは味がマズかったと聞いている。だが、それはまだマシな部類だったようだ。


 昔は摂取し続けていると副作用が発生したり、過剰摂取による病気の併発もあったようだ。現在はそういった問題点が改善されているが、現在の効能に至るまで数十年の研究を要した。


 魔力ポーションも実用化に関しては時間が掛かりそうであるが、完成すれば王国にとっても重要度の高い薬となるだろう。


「となると、第四ダンジョンの重要性は高くなるな」


 魔力ポーション用の花が採取できるとなると重要度はグッと上がる。もしかしたら、国内で一番重要なダンジョンになるかもしれない。


「ああ。それと、この魔石も気になる」


 ベイルーナ卿が次に取り出したのは、キノコを討伐した際に残された小さな魔石だ。


 大きさは小石程度しかなく、形も歪な物ばかり。透明な外殻の中に赤い点があるのが特徴だった。


「既存のダンジョンで採取できる主な魔石は透明な物ばかりだが、その中で特殊とされていたのは色がある魔石だ」


 ベイルーナ卿が注目するのは魔石の色――というよりも、魔石の内部で凝縮されたような赤い点だろうか。


 彼はこの魔石を見つめながら、色付き魔石と同じく特殊な魔石なのではないか? と口にする。


「魔石の性能は魔物の性能に比例すると思っている。色付き魔石が採取できたリザードマンを覚えているか? あれは魔物でありながら魔法を放っただろう?」


 色付き魔石の持ち主は十九階のリザードマンだった。あれは確かに他の魔物とは違って火を噴いたり、知恵を見せたりしていたな。


「魔法を放つという点だけ見ると、第三ダンジョンに出現したネームドもですよね? あのネームドから採取できた魔石は透明だったと思いますが」


「うむ。だが、通常個体のレッドウルフから採取できる魔石よりもサイズが大きかった。大きい分、特殊な能力を持っているのだろう」


 通常サイズの魔石を基準として、サイズが小さければその分だけ動きも単純で知恵もない。大きければ特殊な能力を持っていたり、魔法を放ったりと厄介な攻撃方法を有している。


 その中でも研究所内で特別扱いとされていたのが「色付き魔石」であるが、今回採取された魔石も小さいながらに色がある。採取元であるキノコの性能を見ると、知恵は無さそうだが溶解液を吐き出すなどの攻撃バリエーションが見られる。


 となると、この魔石は通常の魔石と色付き魔石との中間にあたるのではないか、とベイルーナ卿が推測を口にした。


「中間ですか?」


「うむ。今も最初に採取された物を使って検証中なのだがな」


 ベイルーナ卿が俺達に見せたのは魔導ランプだ。魔石を挿入する部分が改造されているようで、加工された痕跡が残っていた。


「この魔導ランプを動かしているのは、キノコから採取された魔石だ。魔石が小さすぎるので専用運用できるように加工したがな」


 ダンジョンの中で魔導具をパパッと改造してしまうのは流石としか言いようがない。問題の魔導ランプも通常通り稼働しているように見える。


「魔導具に使用するパーツを魔石に合うよう加工してやれば起動した。そして、これは昨日から起動しっぱなしだ」


 現在、連続稼働時間は十時間を越えているようだ。


「魔石ってサイズによって内包される魔力量も違うって話ですよね? こんなに小さなサイズで十時間も動くのですか?」


「そうだ。魔導ランプに装着された魔石が魔力切れ寸前になるとランプの光が弱まる。これが交換の合図とされているよな? だが、未だにランプの光は最大のままだ」


 魔導ランプの光は、流通している通常サイズの魔石を使用した時と遜色ない。魔石が小さいからといって光の強さが変わる事もないし、稼働中にチカチカ点滅するなどの不具合も起こさない。


 既存の魔石よりも小さい魔石を使用しているのに、魔導ランプは製造元である研究所が想定した通りに稼働しているというわけだ。


「それって魔導ランプが優秀って事じゃないんですか?」


「嬉しい事を言ってくれる。だが、既存の魔石では規格より小さい物を使うと光が点滅したりと不具合が出る。これは市販前の実験中に判明していた」


 曰く、一定量の出力が無ければ魔導具は稼働しない。稼働したとしても何らかの問題が起きる。


 魔石の魔力出力は魔石のサイズによって違いがあるわけだが、キノコから採取した魔石で魔導ランプを動かすには明らかに小さすぎる。でも、実際問題動いてしまっている。


「つまり、この魔石は小さくとも内包される魔力量が多いとならんか?」


「ああ、なるほど……」 


 俺が頷くと、ベイルーナ卿は「これは素晴らしい事だ」と強く頷く。


「小さい魔石で既存の魔導具を動かせるようになれば、性能はそのままで更なる小型化が望めるだろう。ダンジョン内に携帯しやすい魔導具が開発できるかもしれん」


 他にもコスト低下が望めるし、そうなれば市販価格も下がるだろう。パワフルで小さい魔石というものは、現在の魔導具開発事情に素晴らしい結果を生み出す起爆剤となり得るようだ。


「言いたい事は分かった。もっとサンプルを集めたいという事だろう?」


「うむ」


 熱弁するベイルーナ卿に対し、オラーノ侯爵は彼の思惑を汲み取った。だが、オラーノ侯爵の中でも第四ダンジョンの重要性はより強くなったようだ。


「しかし、現実問題としてどこから人を引っ張ってくるか……。王都の人員はこれが限界だし、地方から呼び寄せるにも限界があるぞ?」


 増員は可能であるが、地方の守りも疎かにはできない。第四ダンジョンを一般開放してハンターを投入すれば十分な人材は確保できるかもしれないが、まだ未知な要素が多すぎる。


「なら、女神の剣はどうでしょう? ターニャ達なら第二ダンジョンの調査にも参加していますし、実力も確かではないでしょうか?」


 ターニャ達は第二ダンジョンで騎士団と連携した経験があるから下手な事はしないだろう。パーティーの実力も十分あるし、ターニャは貴族という事もあって事情も理解してくれやすい。


「ふむ……。そうだな。彼女達を呼び寄せるか。他は……。都市からの補給を商会の従業員に委託すれば騎士の手も空くか」


「王都の学者達も呼んでやれ。研究の合間に雑務くらいはできるだろう」


 話し合いの結果、増員が決定した。


 当初はダンジョン調査と研究を加速させる為の増員となっていたのだが、俺達は翌日になって戦闘面でも増員は正解だったと知る事になる。 

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