十章 第四ダンジョンの真実

第198話 東側地下四階


 東側地下四階についての報告を受けたロイ・オラーノは、即座に人員を揃えて向かわせた。


 向かわせた騎士の数は五十人。全員、対魔物戦においてベテランとも言える経験を持った者達ばかり。隊を指揮する者も判断力に長けた者を選出した。


 現地へ向かった騎士隊は鉄門の前で一旦停止。先の広場に仲間の死体が残っているのを目視しつつ、死体回収の算段と戦闘に関する作戦を再確認した。


「全員、行動開始!」


 騎士達は速やかに鉄門の中へと進入。すると、事前情報通り反対側にある鉄門が開いて紫色の水晶が現れた。


 盾を持った重装騎士達は速やかに前進。死体回収を行っている騎士達を守るように、横一列の壁を作り始めた。


「魔物出現!」


 紫色の水晶が回転すると、天井から紫色の雷が落ちた。そして、前回と同じようにキノコが三十体現れる。


「キキィー!」


 奇声を上げたキノコ達がトトトと走り出し、壁となる騎士達に向かって進み始めた。このタイミングで死体の回収が終わる。以降の戦闘で傷つかないよう、後方へと運び込む事に成功した。


「応戦開始! 殲滅せよ!」


 隊長として選ばれた騎士は仲間達に魔導兵器起動の合図を出した。騎士達は所持していた魔導兵器を一斉に起動して、向かって来るキノコと戦闘を開始。


 前列にいたキノコ達は盾持ちの騎士との交戦が開始され、まだ後方にいたキノコ達は魔導弓の一斉射を浴びる。


 キノコ達の攻撃は一撃一撃は重いものの、防御力に関してはだった。剣を一振り浴びせれば致命傷を与えられて、キノコの傘を傷付けるだけで倒れて動けなくなる。


 となると、魔導弓での攻撃が猛威を奮った。


 一撃でも与えれば良し。炎矢がキノコを貫き、または掠って体を燃やした時点で瀕死となる。


 この時、特徴的だったのはキノコが死亡した後の出来事だ。


 死亡したキノコが動かなくなると、キノコの体全体がジュワッと溶けるようにして液体化した。他のダンジョンに生息する魔物は腐り落ちるといった表現が似合うが、こちらのキノコは液状化するといった表現が正しいだろう。


 地面に小さな水溜まりが出来て、その中心にはキラリと輝く物が残る。よく見れば、小石程度の大きさを持つ魔石のようだ。 


「残り一匹!」


 最初の三十匹はバタバタと倒れて死んでいき、騎士隊にも余裕が残っていた。


 以降、四度の交戦が続く。計五回の戦闘が終わったあと、背後にあった鉄門が再び開いた。


 五回戦ったあと、撤退できる時間が生まれる。ここまでは事前に受けた報告通りだ。


「撤退だ! 急げ!」


 騎士達は後方へ移動させておいた死体を担いで鉄門の外に出た。外に出てから内部を睨みつけると、奥にあった紫色の水晶は未だ回転を続けている。


 そのまま観察していると、水晶の回転が次第に緩やかになっていく。回転がほぼ終わろうとしていた頃、奥の鉄門が閉まって遮られてしまった。


「どう思う?」


 奥の鉄門が閉まったタイミングで騎士が仲間に声を掛けた。


 声を掛けられた騎士は首を振りながら「数が多すぎる」と言った。この答えに問いかけた騎士も深く同意する様子を見せた。


「他のダンジョンだと、各階層にいる魔物の数は大体が五十から百くらいだ」


 もっと少ない階層もあれば、百十程度の数が出現する階層もあるだろう。しかしながら誤差の範囲内とも言える数だ。


 だが、この階層はどうだろう?


「今日だけで三百も出現しているぞ? 多すぎないか?」


 一度の戦闘で出現する魔物の数は決まって三十匹。これが一度に出現する群れの総数だ。


 今回の騎士隊も群れと五回戦った時点で撤退したが、最初に地下四階へ訪れた騎士隊が殲滅した数も合わせると、今日だけでキノコの魔物は三百匹も倒した事になる。


 既存のダンジョンを例として考えると、三倍もの魔物が出現しているという事だ。


 そして、その出現方法も特殊である。


 出現した群れが全滅したタイミングで次の群れが現れるのは、騎士達にとって「正直助かる」といった感想を抱くだろう。


 だが、どうしても「これで終わりじゃない」と思わせる雰囲気も感じられた。


「五回目の戦闘が終わったあと、魔物の出現が止まったよな。あの状態で奥へ進めば次の階層へ向かえるのか? それともまだ群れが出現して、魔物が完全に出現しなくなるまで戦わないといけないのか?」 


 既存のダンジョンは、出現する魔物の数にがある。


 たとえば、階層に出現する魔物を狩ったら総数は減ったまま。翌日になると復活するが、その日は数が減少した状態が続く。


 だが、この階層はどうだろう。どれだけ減ったかも分からない。どれだけ出現するかも分からない。


 それどころか、魔物を無視して進んで良いのかすらも分からない。


 仮に出現する魔物を全て倒さないと次の階層へ進めない仕組みだとしたら、一体どれだけの数に備えれば良いのだろうか。


「とにかく、一旦戻ろう」


 しかしながら、今回の任務は死体の回収だ。次の事を考えるのは後回しとなる。


 任務を無事終えた騎士隊は地下二階へと引き返し始めた。


 帰還した後、騎士隊は報告と共に自分達が感じた違和感をロイ・オラーノへ報告。報告中、騎士の一人が拾って来た小さな魔石は学者へと提出された。


 報告を聞き終えたロイは腕を組みながら悩む様子を見せつつも、騎士隊に休むよう命じた。


「終わりを感じさせない……」


 騎士隊が立ち去ったあと、ロイは一人で考え続けた。


 実際に現場へ赴いた騎士達が感じたように、出現する魔物の数は無限なのだろうか? そんな馬鹿なと漏らしながらも、表情は完全に否定しきれていないように見えた。


「しかし、下層の道を探さねば……」


 どちらせによ、再び騎士隊を送り込んで調べなければならない。


 そう判断したロイは翌日に再び騎士隊を編成した。その際、既に魔力過多症から回復していたアッシュを温存したのは「切り札」として使うためだろう。


 先日よりも倍の百人を編成。戦闘経験者からの進言も取り入れ、魔導弓を扱う騎士をやや多めに配置した。


 東側地下四階へと進入した百人の騎士達は、再びキノコ達との戦闘を開始する。


 既に出現する数は判明している。どのような攻撃がより効率的かもある程度分かっている。先日よりも弓兵が多く配置された事で、騎士達の殲滅力はより高くなっていた。


 そうして、五回目の戦闘が終わった。後方の鉄門が開いて撤退が可能となるも、騎士隊が外に出る事はなかった。


「お前達の班は次の階層に続く階段を探せ! お前達は奥の水晶から何かヒントが得られるか探せ!」


 騎士達の半数を警戒として残しつつ、残りの騎士達で「階段探し」と「紫色の水晶自体に害はあるのか」という二種類の調査を開始。


 これが今回の騎士隊に課せられた任務であった。


 まず階段についてだが、これは奥の鉄門より先にあると考えるのが妥当だろう。左右は高い壁に囲まれているし、どう見てもここはバトルフィールドにしか見えない。

 

 となると、下層へ降りる階段はバトルフィールドの外に配置されていると考えるのが妥当だろう。


 次に紫色の水晶についての調査であるが、まずは水晶に人間が近付いても害は無いかどうかを確認する事になっていた。


 これは西側地下で起きた「魔力過多症事件」が関係しているのだろう。


 あちら側でも木の中に紫色の水晶があった。アッシュ達が近付いた途端、回転した水晶は大量の花を生み出した。そうして花粉を撒き散らして、魔法使いに大ダメージを与えたのだ。


 同じ事が起きれば、学者の中にいる魔法使いにも危険が及ぶ可能性がある。そうなる前に同様の事が起きるかどうかを調べる必要があった。


 よって、それぞれ調査を命じられた騎士達は奥側へと近付いて行った。


 騎士達が近付いて行くも、紫色の水晶は回転したまま。


 ただ、魔物は出現しない。


 しかし、近付くにつれて回転する水晶から「パチパチ」という弾ける音が鳴り始めた。音を認識しつつも騎士達は歩みを止めなかった。


 臆せず近付いて行き、水晶との距離が残り十メートル未満になったところで――バチンと大きな音を鳴らしつつ、回転する水晶の周りに紫色に光る輪が発生した。


「うわっ!?」


 紫色の輪っかの正体は衝撃波だったようだ。 


 大きく広がった光の輪に触れた途端、騎士達の体は吹き飛ばされてしまう。


「いてて……」


「おい、大丈夫か!?」


 幸いだったのは、これが殺傷効果の高い攻撃じゃなかったところだろう。


 吹き飛ばされるだけで体に異常はなかった。光によって体が焼かれるとか、輪切りにされるなんて事もない。数名が打ち所悪く、背中に痛みを感じた程度の被害に収まった。


 しかし、直後に天井からブザーのような音が鳴り始めた。ビービーと鳴る音が続く中、背後にあった鉄門が閉まってしまう。


 そして、水晶の近くに再び紫色の雷が落ちたのだ。


「敵襲!」


 再度、キノコ達の襲撃が開始された。


 慌てて騎士達は戦闘態勢を取り、六度目の交戦を開始。以降、これまでと同じように三十匹の群れが全滅したタイミングで再度群れが出現するといった現象が繰り返された。


 繰り返された数は、なんと十回。騎士隊はこの調査を行っただけで計四百五十匹のキノコを倒した事になる。


「はぁ……。はぁ……」


「マズイ、魔石の魔力切れだ」


 さすがの騎士達にも疲労が窺える。特に魔導兵器の消耗が激しく、魔導弓にセットしていた魔石は交換用も含めて尽きる寸前だった。


 これ以上は厳しいか。騎士達全員が同じ思いを抱いていると、前方で回転していた水晶が一瞬だけ強く光った。


 また何か起きるのかと思いきや、強く発光した水晶は徐々にその回転スピードが弱まっていく。次第に回転は止んで、宙に浮かんでいた水晶は台座の上に落ちながらも放っていた光さえ失われていく。


「お、終わりか……?」


 光を失った水晶は台座の上でピクリとも動かない。近付いても「パチパチ」と弾けるような音も聞こえて来なかった。


 どうやら、これで本当に終わりのようだ。


 直後、紫色の水晶が乗っかった台座の後ろ側にある壁がズズズと動く。壁の一部が地面に沈んでいき、下層へ続く階段が現れた。


「なぁ、上に光る文字が」


 同時に壁の上部には古代文字が浮かんでいた。浮かんでいた文字は『Next Testing Ground』とあったが、文字が点滅すると消えてしまう。どちらにせよ、文字を読める者はここにいないのだが。


「決まった数を狩ると次の階層に続く階段が現れるようになっているのか?」


 このダンジョンは――いや、東側は決まった数の魔物を討伐すると次の階層への階段が出現する、所謂「力試し」的な仕様なのだろうか。


 騎士の一人が推測を口にすると、彼の仲間は首を傾げた。


「いや、力試しというよりも門番的な感じなんじゃ?」


 どちらにせよ、階段は見つかった。加えて、水晶も力を失ったかのように無効化された。


 かなりギリギリであったが、更に地下へと進めるようになったのだ。騎士達はここで引き返すかどうか相談するも、下の階を偵察してから帰ろうと判断を下す。


 加えて、キノコが残した魔石の回収もせねばなるまい。少人数の偵察組を編成しつつ、残りは魔石の回収を行う事に。


 偵察組は仲間達に見送られながら階段を降りて行った。


 降りて行って、彼等は「嘘だろ」と声を漏らす。


 東側地下五階層。そこは上層である四階と全く同じ構造だった。

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