第197話 帝国ダンジョン攻略隊


 ローズベル王国で第四ダンジョンへの調査準備が始まった頃、南の帝国でもダンジョン調査が進められていた。


 初回調査時、指揮を執っていたマイク・リーヴラウ伯爵はダンジョンに対して大敗したと言っても過言ではなかった。


 本人死亡についても帝都内では大変大きな話題となったが、帝国軍部で一番大きく騒がれたのは大量の死傷者が出てしまった件だ。


 ダンジョン攻略など余裕。帝国の強大な力があれば、魔物などただの獣に過ぎない。


 そう思っていたであろう帝国にとって驚きを隠せない事実であり、同時にローズベル王国が如何に大変な想いをしてダンジョンを制御下に置いたかを思い知る――わけなかった。


 責任者である騎士団長は死亡したリーヴラウ伯爵を無能と称し、大量の死傷者を出した責任を彼に擦り付けた。命令を無視して外まで逃げた騎士達も自身が「敵前逃亡」の罪で裁かれないよう、リーヴラウ伯爵が如何に無能でクソ野郎だったかをでっちあげる。


 死人に口なしとはまさにこの事だ。


 全ての責任を擦り付けられたリーヴラウ家は爵位没収。元伯爵家だった者達は帝国のスラムに消えるという運命を辿った。


 かくして、いつも通りの事後処理を終えた帝国騎士団はダンジョン攻略をやり直す事に。


 次こそはと息巻く騎士団長は騎士隊を再編成して再び攻略計画を実施。その際、追加の人員として選ばれたのが「魔法使い」であった。


 帝国において、魔法使い――どんな魔法であれ、魔法を使える者は必ず帝都へ強制招集される。招集された後は、専用の訓練所で地獄の訓練を施して「帝国魔法部隊」に組み込まれる。


 帝国にとって、魔法使いとは「最大戦力」であり「切り札」でもあった。


 これまで大陸南側で領土を拡大し、周辺国を跪かせる事が出来たのも「帝国魔法部隊」があったおかげでもある。同時に大陸北側にある最大の国、アロン聖王国が大陸統一に足踏みをする最大の理由だ。


 更にもう一つ、帝国が帝国である所以を語っておこう。


 魔法使いという神秘的な要素を使いこなしている事が大陸南側最強国家たる最大の理由であるのは勿論なのだが、何故か帝国では「魔法使いがよく生まれる」のである。


 この魔法使い出生率をローズベル王国と比べると五倍から六倍の差がある。それに帝国国内の人口を加味すれば、相当な数が生まれている事になるだろう。現在は両国とも正式な数を秘匿しているのであくまでも一例に過ぎないが、ひと昔前はローズベル王国魔法使いが百に対し、帝国魔法使いの数は二千を越えていた時期もあった。


 更には優秀な者も多くいて、所謂「大魔法使い」と呼ばれるような優れた範囲殲滅魔法を使いこなす人物も歴史上に何人も登場している。


 帝国人の血筋なのか、それとも土地が関係しているのか。明確な理由は定かではないが、とにかく帝国には魔法使いとして生まれる子供の数が多い。故に帝国は魔法使いを国中から集めて教育しているのである。


 ――前置きが長くなってしまったが、騎士団長はダンジョン攻略に「帝国魔法部隊」の第二十五小隊を投入。


 帝国魔法部隊は隊の数字が小さくなるほど優秀な証となっている。


 故に第二十五小隊に属する魔法使い達の序列としては「中の下」といったところ。戦争時にはそう役に立たないが、対魔物戦であればそれなりに活躍できる……といったレベルだろうか。


 騎士団長が魔法部隊を投入した理由として、これ以上失敗できないという点もあるが、最大の理由はローズベル王国大使館に勤める「キーラ伯爵」に助言を求めたからだ。


 格下と思っている相手の助言を受け入れたのは、もう後がないという現実が本人にも見えているのもあるだろう。だが、単にキーラ伯爵の助言が的確だった事もある。


 彼は騎士団長に対し、こう言ったのだ。


『魔法で薙ぎ払えばよろしいのでは?』


 ある意味、真理とも言える。


 騎士で苦戦するのであれば、人類最強の力である魔法で薙ぎ払えば良い。帝国にはその専門部隊があるではないか。


 加えて、ローズベル王国でもダンジョン攻略に魔法使いを投入する事もあると聞けば信憑性と確実性が増した。


 早速とばかりに騎士団長は魔法部隊も編成に加えてダンジョンの攻略を開始。


 リーヴラウ伯爵率いる部隊が全滅しかけた地下二階層まで進むと、魔法部隊は二階層に生息する蜘蛛型の魔物を一掃していく。


 死傷者ゼロ、怪我人ゼロ。


 初回投入されたリーヴラウ伯爵隊が無かった事にされかねないくらいの圧倒的な勝利を収めた。初回から絶大な戦果を挙げたことで、騎士団長は軍部に「攻略の肝は魔法使いだ!」と大声を上げた。


 その後、騎士団長は更に魔法部隊の投入を決定。騎士が五百、魔法使いが三十、計五百三十の人間がダンジョンの攻略に第三攻略隊として投入された。


 第三攻略隊はダンジョン攻略を続け、地下五階層目まで到達。ここまで魔法使い達の活躍もあって、人的損失はゼロであった。


 もはや、魔法部隊について行くだけとなった騎士達も「これなら余裕だ」と思ったろう。要である魔法使い達も「私達がいれば負けやしない」と思ったに違いない。     


 人を喰らう蜘蛛の化け物も、腕が四本ある猿の化け物も、頭が二つある狼の化け物だって魔法で薙ぎ倒したのだから。


「次も頼むぜ!」


「はは、僕等がいれば負けませんよ」


 五階層に降りた第三攻略隊のムードは非常に和やかだった。ダンジョンの内部を進んでいるというのに、彼等はピクニックにでも訪れたような雰囲気だ。


 しかし、五層の半ばまで進んだところで――状況は一変する。


「あれは何だ?」


 第三攻略隊が洞窟と似た構造をする五階層を進んでいると、彼等の目の前に現れたのは二体の「騎士」であった。


 鎧の外見は全体的にマッシブでユニコーンを連想させるような一本角を生やした兜。手には白銀のロングソードと盾を持ち、道を塞ぐように肩を並べながら立っている。


 あのような鎧は帝国国内で見た事がない。では、外国の騎士かとも思ったが、ここは帝国国内にあるダンジョンの中だ。


 他国の騎士が内部にいるはずがない。


 じゃあ、目の前にいる騎士は何者か? あれも魔物なのではないか、と答えに至る。


「へぇ。人型の魔物もいるんだ」


「人型っていうか、鎧の化け物なんじゃないか?」


「どっちにせよ、殺すだけさ」


 議論もそこそこに、魔法使い達は先手必勝とばかりに魔法を放つ。


 火と風の魔法が一斉に放たれて、白銀の騎士達に着弾。着弾すると周囲の壁や地面をも巻き込みながら大爆発を起こした。


 第三攻略隊の前には、しばし土煙が立ち込める。相手が死亡したかどうかはまだ不明であるが、魔法使い達は既に「終わった」と思い込んでいるだろう。余裕綽々の表情がその証拠だ。


 しかし、煙が晴れると彼等の表情は一気に歪んだ。


 何故なら魔法の直撃を受けた白銀騎士達は無傷だったから。


「な、なんで!?」


「魔法が効かない!?」


 これまで有効だった魔法が効かない。これまで全ての魔物を一撃で葬ってきた必殺の魔法が全く通用しない。


 その事実は、彼等にとって認め難い事実だったろう。帝国最強の戦力であり、その一員でもある魔法使い達のプライドが認められなかった。


「ふざけるな!」


 魔法使い達は第二射を放つ。先ほどよりも力を込めて、オーバーキルになると思われるほどの連射を行った。


 だが、現実は変わらない。


 どれだけ魔力を込めようと、どれだけ魔法を連射しようと、目の前にいる白銀の騎士には傷一つ付かないのだ。


「な、なんで……」


 魔法使い達のプライドがズタズタになっていく中、白銀の騎士は左手に持っていた盾を突き出す。突き出した盾の中心が光り輝くと、紫色をした一筋の光が第三攻略隊に向かって放たれた。


 それは第二ダンジョン二十二階に出現した人型ゴーレムの攻撃を連想させる。いや、それよりももっと強力か。


 紫色の光は第三攻略隊を真っ直ぐ貫き、光に貫かれた人間の体には綺麗な穴が開いた。二本同時に放たれた光は一撃で五十人以上もの帝国人を殺害したのだ。


「な、な……!」


 何が起きたのか理解できず、混乱状態に陥る第三攻略隊。


 しかし、地獄はまだ始まったばかり。


 目の前にいた白銀の騎士達は剣を構えると、背中から紫色の粒子と轟音を撒き散らしながら急接近してくる。その接近スピードは人間が反応できる速度を越えていた。


「ぎゃ!?」


 急接近した白銀騎士達は最前列にいた魔法使いの首を斬り飛ばす。そのまま第三攻略隊の中に入り込み、剣を振り回しながら帝国人を次々に狩っていくのだ。


 パワーもスピードも人間とは比べ物にならない。必死に抵抗する騎士が剣を振り、白銀の鎧に当たっても傷さえつかなかった。


 剣の一振りで最低でも二人を殺害し、盾から放たれた光で大量の帝国人を貫いていく。


 白銀の騎士達が攻勢に出てから、たった五分。


 たった五分で五百三十人もいた帝国人が全員殺害された。


「…………」


 帝国人のズタズタになった死体が散らばり、辺り一面が血だまりになって。その中心に立つのは二体の白銀騎士。


 彼等は死体を見渡しながら、生き残りがいないかを確認しているようだった。


 その確認作業が終わると、二体の騎士は互いに顔を見合わせる。


『弱かったですね』


『いや、この魔導兵器――魔導鎧が強いのだろう?』


 兜越しに行われる会話の中には、どこかで聞き覚えのある単語が含まれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る