第196話 第四ダンジョンの恐ろしさ


「アッシュ!? 何があった!?」


 ロッソ隊に背負われながら二階層へと帰還すると、俺達の姿を見たオラーノ侯爵が慌てて声を上げた。


 ロッソさんはオラーノ侯爵に簡単な状況報告を行いつつ、作業中だった騎士達に道を譲ってもらう。俺達は軍医達が集まる簡易医療所に運び込まれて診察が始まった。


「俺よりもレンを……」


 俺も軽い頭痛は続いているが、まだマシな方だろう。


 問題はレンの方だ。彼は受け答えは出来るものの、体はぐったりしていて辛そうだ。鼻血もまだ止まっていないし、顔の赤みも引いていない。


「これは魔力過多症ですね」


 今回、俺とレンの体に起きた異常は「魔力過多症」という名称が既にあるらしい。魔法使いにだけ起きる症状で、急激な体内魔力の上昇から引き起こされる身体機能の一時的な異常を指す。


 異常として認められる症状の種類としては、発熱や倦怠感、咳や嘔吐など。風邪にも似た症状であるものの、根本的な解決策として急上昇した体内魔力を発散させないと命に危険が及ぶ。


 ……俺がレンに魔力を使わせたのは正解だったようだ。


 今は魔力の急激な上昇と低下が起きた事で体に負担が掛かっている状態であり、絶対安静だと軍医達は指示を出した。


「アッシュ、お前はどうだ?」


「自分は……。動けないという程ではありませんが、頭痛が続いています」


 レンが負傷者用に用意されたベッドで横になる中、俺も軍医とオラーノ侯爵、ベイルーナ卿による問診が続く。


 ただ、俺は完全な魔法使いではないおかげか、レンよりも症状は軽い。


「いや、それでも魔力は発散させるべきであろうな」


 俺の場合、レンのように雷を撃って発散する事は出来ない。身体能力向上の能力で魔力を発散させるしかないと思い、気怠さを我慢しながら立ち上がろうとすると――


「何をしているんだ。もっと手っ取り早い方法があるだろう?」


 ベイルーナ卿はウルカが持ってくれていた灰燼剣を受け取り、鞘から剣を抜いて俺に握らせた。


「斬らんでよい。起動して維持するんだ」


 言われて「ああ、なるほど」と納得してしまった。灰燼剣に魔力を送り続ければ良いのか。


 俺はちょっと離れた場所に連れて行かれて、起動した状態の灰燼剣を握ったまま休む事になった。


 あ、ちょっと頭痛が和らいできた。こうして起動状態を維持しようとしていると、いつも以上に体内から魔力が抜けていく感覚が知覚できる。


 手の平から血液が外に出ていくような……。何とも不思議な感覚だ。


「しかし、アッシュ達は地下へ行かない方が良いだろうな」


「うむ。さすがに危険すぎる」


 オラーノ侯爵とベイルーナ卿は腕を組みながら頷き合う。


 王国十剣になった初っ端から躓いてしまったか。そう思った俺は「俺は大丈夫です」と告げるが、二人の決断は変わらないようで首を振った。


「いや、お主だけじゃない。全ての魔法使いが危険となろう。報告を聞く限り、西側の地下は魔法使いにとって殺人エリアだ」


「別にお前を責めているわけではない。貴重な戦力を失うわけにもいかんだろう?」


 むしろ、魔法が使える学者達――リンさんのような人――が地下に行っていたら大変な事になっていた。俺とレンが身を以て証明してくれたおかげだ、と二人は語る。


「しかし、魔法使い殺しの花を咲かせる木の魔物か。一輪だけでは脅威にならないようだが……」


「東側には無かったと報告が来ているが?」


 先ほどから二人が「西側」「東側」と言っているのが気になった。その件について問うと、俺達が地下へ向かっている最中に二階層の東側で別の階段を見つけたようだ。


「東側の階段も地下に続いていた。東側地下三階層は倉庫のような場所でな」


 金属製の棚が大量に並ぶ広いエリアがいくつも続いているようだが、棚には何も残っていなかったようだ。魔物も出現せず、俺達が向かった西側地下のように紫色の光を放つ蕾やキノコも生えていない。


 更に地下へ続く階段も見つけたようだが、まだ下には向かっていないようだ。


「つまり、このダンジョンには三つも地下へ続くルートがあると?」


「そうだな。昇降機で降りた先が何階なのか、地下に続くルートがあるのかは不明。西と東の階段も最終的には繋がっているのかどうか……。調査すべき点が多すぎる」


 既存のダンジョンはほぼ一本道で下へ下へと降りて行く構造であったが、第四ダンジョンの構造はより複雑になっているように思えた。


 まだまだ調査は始まったばかりだが、第四ダンジョンの謎は深まるばかりである。


「とにかく、アッシュとレンは休んでおけ」


 オラーノ侯爵は俺達に休めと命じ、医療所から立ち去っていった。ベイルーナ卿も「花について調べる」と言って出て行ってしまう。


「はぁ……」


 強力な力を得たが、まさかこういった落とし穴があるとは。まぁ、今回の件は俺だけに限った話ではないようだが。


 とにかく、言われた通りに休むとしよう。東側のルートに花が咲いてなければ出番も巡って来るだろう。


 俺はそう願いながらも、剣を握ったまま壁に背中を預けた。



-----



 アッシュとレンが簡易医療所で休んでいる頃、騎士隊は新たに見つかった東側のルートを探索していた。


 地下三階はだだっ広い巨大倉庫を思わせるような階層。高い天井といくつも並んだ巨大で背の高い棚をどうにか利用できないかと学者達が頭を悩ませる。


 騎士隊としての悩みは東側地下四階だろう。次の階層がどんな構造なのか、魔物は出現するのかが気になるところ。


 特に西側地下で見つかった花粉を飛ばす花があるかどうか。花が大量に咲いている階層だったら、最大の戦力たるアッシュとレンのコンビは使えない。他にも凶悪な魔物が出ても魔法使いの手助けは得られない事になる。


 騎士達だけで進むという状況になっても彼等は臆さず進むだろう。


 だが、魔法使いと王国十剣が参戦できない状況は大幅な戦力ダウンに繋がる事も自覚している。


 この二大要素が揃っていれば、騎士隊が誰も欠けずに生還できる可能性がグッと上がるのだ。彼等だって無闇やたらに仲間は失いたくないだろう。


「これより地下四階へ向かう! 油断するなよ!」


 総勢十名の騎士で構成された騎士隊は、東側地下四階に向かって出発。


 長い階段を降りて行くと、辿り着いたのはまたしても広いエリアだった。天井には灯りがあって、周囲の状況を把握しやすいのは有難い。


 ただ、地下四階は長方形の巨大エリアが一枚あるだけ。


 そう判断できた理由は、階段を降りてすぐに開けっ放しの鉄門があったからだ。開け放たれた鉄門から中の様子が見えていて、左右には天井と繋がった高い壁が聳え立つ。


 奥には入り口と同じ形状の鉄の門があって、そちら側は閉まっている。


「ここは何でしょうか?」


 騎士達はキョロキョロと周囲を見渡しながらも鉄の門を潜っていく。


 騎士達が全員門の中に進入すると――背後にあった鉄門は勝手に閉まってしまった。


「なんだ!?」


 もしかして罠だったのか。軽率な行動をしてしまった騎士達は己を恥じる。だが、どちらにせよもう引き返せない。


 別の出口を探そうとした隊長が指示を出す前に、奥にあった鉄門が開き始めた。


 ギギギギと油切れを思わせる音を鳴らしながら開く鉄門の先にあったのは、紫色に光る巨大な水晶だ。


 巨大な紫色の水晶は縦長の台座に置かれていて、水晶が発光すると宙に浮き始めた。宙に浮いた水晶はクルクルと回転を始めて、やがて高速回転へと至る。


 高速回転した水晶が一際強い光を一瞬だけ放つと、奥にあった鉄門の前には紫色の雷がいくつも落ちた。


 バチンバチンと弾けるような音を立てながら落ちた雷であったが、地面を焼け焦がすといった現象は起きない。代わりに起きたのは、雷の中から魔物が誕生するという現象だった。


『キキィー!』


 紫色の雷から生まれたのは「キノコ」である。総勢三十は越えるキノコの群れだ。


 人間と同程度の大きさを持ち、真っ赤な傘を持つキノコであるが……。


 なんとキノコには太く短い手足が生えている。しかも、傘の部分には目と口まである何とも奇怪な魔物であった。


「な、なんだぁ!?」


 キノコの外見は一見すると可愛らしいマスコットのようにも思える。甲高い奇声を上げながら、短い足でパタパタと騎士達へ駆けて来るのだ。その際、短い腕はくるくると回されていた。  


 その走る動作が余計に騎士達の戦意を削ぐ。走っている最中に何体かは転んでいるあたり、馬鹿っぽくてあざといような。弱そうでアホっぽい。


「ま、魔物である事は変わらん! 油断するな!」


 もう失敗は許されないと、騎士隊の隊長は部下達に喝を入れる。だが、彼の判断は正しかった。


『キキィー!』


 奇声を上げながら突っ込んで来たキノコ達は、その短い腕を騎士達へ向けて来た。腕を必死に伸ばしながら飛び掛かるようにパンチしてくるのだ。


 速度的にはそう早くない。狙われた騎士は余裕を持って回避する。


 パンチを繰り出したキノコは騎士に避けられて、その腕を地面に叩きつける結果となったのだが――


 ドゴッ!


 キノコパンチは地面にめり込んだ。想像していた以上に力が強いのか、短い腕は地面にめり込んで小さなクレーターをその場に作る。


「は?」


 それを見て、騎士達は肝が冷えただろう。


 決してスピードは速くない。動作も見え見えで単調だった。


 しかし、当たれば致命傷は確実。いや、もしかしたら人間の体など容易く破壊されてしまうかもしれない。


「ぜ、絶対に当たるなよ!」


 日頃の訓練を思い出し、騎士達はキノコに対して的確な行動を取った。互いにカバーし合って、死角からの攻撃をもらわないようフォローし合う。


 だが、キノコ達も見た目ほど馬鹿じゃなかったようだ。


「ペッ!」


 次に見せたのは、口から何かを吐き出して飛ばす動作。


 高速で飛来するそれを騎士の一人が盾で受け止めた。すると、次の瞬間には盾がドロドロに溶け始めたのだ。


「う、うわああ!?」


 口から吐き出したのは溶解液だったようだ。それを遠距離攻撃として使ってくる知恵まであった。


「落ち着け! 盾を失った者は下がって新しい物を使え!」


 それでも騎士隊の隊長は冷静な判断を下して対処する。最初は驚いていたものの、対魔物戦に慣れた騎士達は順調にキノコを殺害していき――三十分ほどの戦闘でキノコ達を全滅させた。


「ふぅ……」


 軽く怪我をした者はいるが、それでも死傷者は出なかった。隊長は安堵の息を吐き、額に浮かんでいた汗を拭う。


 しかし、まだまだ安堵するには早かった。


「隊長! また回転しています!」


 鉄門の先にあった紫色の水晶がまた回転し始めたのだ。天井から紫色の雷が落ちて来て、再び三十体のキノコが姿を現す。


「ま、まただと!?」


 結局、彼等は計五回もの戦闘を繰り返す事になった。


 三十匹の群れと五回戦って、十人いた騎士は四人にまで減ってしまった。隊長を含む生き残り全員が怪我を負い、五回目の戦闘を終えた時点で背後の鉄門が開かれた。


 隊長は怪我をした騎士に肩を貸しながら急いで撤退。仲間の死体を回収できず、悔しさを顔に浮かべながら撤退せざるを得なかった。


 五度も群れを討伐したのにも拘らず、まだ奥にある水晶は緩やかに回転していた。あのまま中にいれば、再び群れとの戦闘が始まって全滅していたかもしれない。


「クソ……!」


 仲間の死体を回収せずに、すぐさま撤退を選んだ隊長の判断は正しかったろう。少しでも情報を持ち帰るのが彼等の役目でもある。


 ただ、彼等が帰還したあとで再編された騎士隊が再び東側地下四階に向かう事になるのだが……。


 調査に加わった騎士達は、第四ダンジョンの恐ろしさを知る事になるのだった。

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