第195話 西側地下四階 2


 六体ほど誕生した魔物であるが、見た目は最初の一体と変わらない。


 蔓が絡み合い、束になって「ねじれた木」のような状態である。こいつらも最初の一体同様に爆裂矢や刃物の攻撃で倒せるだろうと推測する。


「先手必勝だ! 行くぞ、野郎共!」


「ウルカ、レン!」


 ロッソ隊が魔物に駆け出したタイミングで俺はウルカとレンに援護を命じた。命じた後、俺とミレイもロッソ隊を追う。


 後衛であるウルカとレンの攻撃が俺とミレイを追い抜き、今まさに斬りかかろうとしていたロッソ隊を支援するように魔物へ直撃した。


「良いタイミングだ!」


 ロッソさんに向かって振りかぶっていた細長い蔓に爆裂矢が当たり、レンの魔法は別の位置から騎士隊を狙っていた魔物への牽制。それを見たロッソさんが褒め称えながら剣を振り下ろした。


 彼の一撃が決まり、脇から部下達の追撃が順に刺さる。あっという間に一体が駆逐されるが、真横にいたもう一体が数十本の蔓を一斉に振り上げた。


「ロッソ隊! 右に飛べ!」


 俺は合金製の剣を抜きながらロッソ隊に叫ぶ。俺の声に反応して、騎士達が右側へと退避した。


 魔物までの道が開き、俺は速度を緩めずに直進。そのままスピードを乗せた突きをお見舞いして、魔物本体に剣を突き刺した。


 悶えるようにウネウネと動いた魔物であるが、俺は深々と刺さった剣を横方向へ強引に引き裂く。斬り裂いた後は足に魔力を送って身体能力を一瞬だけ向上させつつ、左側にいたもう一体に急接近して胴を横に斬り裂いた。


 計三体の魔物が枯れていき、残りは三体。


「おおおッ!」


 遅れて突っ込んで来たミレイが一体に突きを連打。くるりと槍を回転させながら、もう一体が振り下ろした蔓を弾く。次は攻撃してきた魔物に狙いを定め、再び腹に突きをお見舞いする。


「アッシュ!」


 自分の攻撃では不十分と思ったのか、ミレイがトドメを刺せと目で訴えてきた。


 ご要望通り、ミレイの突きでズタボロになった箇所を横に斬り裂く。槍の攻撃でスカスカになっていた体は随分と斬り裂きやすい。


 ミレイが攻撃した二体を倒すと、少し離れた場所ではロッソ隊が最後の一体を斬り伏せる瞬間だった。


「まったく。頼りになるパーティーだぜ」


 ため息交じりに褒めてくれるロッソさんだったが、俺達は悠長に笑ってもいられなかった。


 何故なら、また奥で蔓が地面に突き刺さっていたからだ。しかも、今度は八本に増えている。


「キリがねえな」


「恐らくですけど、最奥にがいるんじゃないでしょうか?」


 絶え間なく誕生する蔓の魔物。だが、戦闘を行った感触としては「弱すぎる」と思った。


 この蔓の魔物達はただ単に本体が生み出す「兵隊」のように思える。蔓を生み出している本体がいて、その元凶を倒さねば終わらない気がしてならない。


「モタモタしてたらこっちの体力が持たないか。やるっきゃねえな!」


 だったら、一気に本体を叩いた方が良い。そう判断したロッソ隊は一気に前進。


「一気に斬り抜けるぜ! 後を頼む!」


 遅れないよう、俺達も後に続く。


「オラアアアッ!」


 雄叫びを上げたロッソさんが特攻隊長の如く、八体の魔物に突っ込んだ。


 真正面にいた魔物を斬り裂き、そのまま脇を抜けて更に前進を継続。彼の部下達も魔物達に一撃加えた後、魔物の脇をすり抜けて行った。


「ウルカ! レン! 頼んだぞ!」


「はい!」


 俺とミレイも後に続きながら、背後にいる二人へ指示を出した。


 直後、ウルカは爆裂矢を連射。速射された八本の爆裂矢が四体の魔物に二本ずつ直撃して、レンの放った雷は二体の魔物を貫いた。


「フッ!」


 俺も身体能力を向上させ、超スピードで魔物に接近。三体に一撃ずつ横薙ぎの一撃を加えてからロッソ隊を追った。


 背後からはミレイの気合が入った声が聞こえる。槍で攻撃したであろう音が聞こえ、更に爆裂矢と魔法の音が聞こえて来た。


 振り返れば、三人は魔物を蹴散らして追ってきているようだ。分かっていたが、さすがは自分の仲間だと感心してしまう。


「見えたぞ!」


 先行するロッソさんの声が聞こえた。

 

 再び前を向けば、奥に淡い紫色の光を放つ「木」があった。どうやら内部に紫色に光る何かを内包しているようだ。


 壁や天井を這う蔓を生み出しているのは奥にある木のようで、本体から生えた太い枝の先が始点となっているようだ。


 無数の蔓が生えた木は、俺達が近付くにつれて内包する光の点滅速度を上げていく。最終的には一際強く光って、その体をウネウネと動かし始めた。


 また蔓で兵隊を生み出すのかと思いきや――光を内包していた木の表面がガパッと開いた。まるで大口を開けた化け物のようだ。


 内部に内包されていたのは紫色に光る水晶。


 見た感じ、魔石に似ている。あれを壊す、もしくは切り離してやれば終わるかもしれない。


 そう考えた次の瞬間、露出した紫色に光る水晶は木の中で高速回転を始めた。


「な、なんだぁ!?」


 思わず声を上げたロッソさん。


 光りながら回転する水晶に驚いていると、強烈な光が周囲に放たれた。思わず顔を腕で覆うと、周囲からはメキメキという音が鳴るのが聞こえた。


 光がようやく収まって、何が起きたのかと状況を確認。すると、木の枝から伸びた無数の蔓には紫色の蕾が大量につきはじめた。


「蕾?」


 足を止めた俺達は幻想的に光る蕾に目を奪われる。どうして大量の蕾が? これは攻撃なのか? そう疑問に思っていると――大量の蕾がふるふると震えて、一斉に花開いた。


 花になった瞬間、ブワッと大量の花粉が散った。キラキラ輝く花粉は濃霧のように周囲へ漂い、俺達の視界を奪う。


「は、は、は――」


「ハックション! ハックション!」


 それと、鼻も。


 ロッソさん達やウルカ達は何度もくしゃみを連発して、手で花粉を扇ぎながら必死に抵抗した。


 ただ、これは彼等の場合。


「うっ!?」


 大量の花粉を浴びて、それを吸い込んでしまった俺は思わず頭を押さえてしまう。吸い込んだ瞬間、最初に感じたのは冷たい物を一気食いした時に起きるような頭痛だ。


 頭の奥がキーンと響いて、それが急激に強くなっていく。終いには頭の中をアイスピックで突かれて続けているような鋭い痛みに変化した。


「あ、ぐああああッ!」


 思わず膝をついてしまうほどの激痛に変わって、俺はその場から動けなくなってしまった。


 頭痛を堪えている間、脳裏に浮かんだのはレンの顔だった。魔法使いとして半端な俺がこれだけ酷いのだ。正真正銘魔法使いである彼はどうなってしまったのか。


 彼のいた場所に顔を向けると――


「う、あ……」


 レンは四つん這いになりながら鼻血を床にポタポタと垂らしていた。顔も酷いくらい真っ赤で体を支える腕と脚はガクガクと震えている。


 ――これは大量の魔素を吸収してしまったからか。


 俺は酷い頭痛に耐えながら、花粉についての効能を思い出した。


 レンは花粉を吸った際、第二ダンジョン二十三階のようだったと言った。花一つ分なら問題無いが、それがここまで大量となると……。


 花粉は「超高濃度の魔素」という毒に変わり、体の中で大量の魔力を生み出す。そのせいで、俺とレンの体は異常を起こしているのだろう。


 ――この花粉は「魔法使い殺しの毒」か。


 そう思った俺は、頭痛を堪えながらも這うようにしてレンへ近づいた。


「レ、レン、撃て……! とにかく、魔法を撃て!」


 間近で見たレンの顔を見ると、明らかにマズそうだった。顔は異常なほど赤く、目の焦点が合っていない。体の震えは痙攣に近い状態だ。


 俺は彼の腕を持つと、奥に向かって伸ばす。そして、とにかく魔法を撃てと必死に告げた。


 体内に溢れる魔素を魔法として放出してやれば――


 体に異常を見せるレンだったが、僅かに意識があったのかもしれない。俺が「魔法を撃て」と耳元で何度も告げると、彼の手からは大量の雷が放たれる。


 当然ながら狙いなんてあったもんじゃない。放たれた雷は壁や天井、真正面にあった木に直撃しては弾けていく。


 根本に雷の直撃を受けた『木』は、土と一緒に体の一部を爆散させる。その一撃が効いたのか、大量の花粉を噴出し続ける花の活動が止まった。


 加えて、木の中で高速回転していた紫色の水晶も速度が緩んでいき、終いにはピタリと回転が止まる。


 濃霧のように漂っていた花粉は床に沈殿していき、それと同時に俺の感じていた頭痛も少しずつ弱まっていく。


「せ、先輩! くしゅっ! っくしゅ!」


「レ、レン! あっくしゅん!」


 濃霧のようだった花粉が晴れていくと、俺とレンの状況に気付いたウルカとミレイが慌てて声を掛けてきた。


 だが、二人もくしゃみが止まらない。


 問題のレンであるが、一気に魔法を使ったおかげで危険な状態からは脱したように見える。体の痙攣は治まったようだが、顔はまだ赤いし、鼻血も止まっていない。


「レ、レン……。だ、大丈夫か……。ぐっ!」


「あ、あ……。はぃ……」


 レンは何とか声を絞り出したといった感じ。


 しかし、体が動かせないようだ。疲労困憊で指先すらも動かせない様子。


 俺も体の自由が利かない。動かせないというよりは、体が重くてダルい感じ。頭痛も弱くなったものの、まだ頭の奥で不規則にキンキンと痛みが走る。


 なんだか、風邪を引いて高熱と頭痛を患った時のような感覚だ。


「上に、ハクショッ! 戻ろハクショッ!」


 くしゃみを連発するロッソさんは、同じくくしゃみを連発する部下に俺とレンを担ぐよう指示を出した。


 俺とレンはくしゃみを続ける騎士達に背負われて撤退を開始。入り口を塞いでいた蔓はそのままだったが、ロッソさんが剣で強引に斬り刻んで入り口を解放。


 奥にあった木が活動を停止したせいか、蔓が動いて入り口の開放を邪魔する事は無かった。


「ハックショーンッ!」


 俺とレン以外の全員が連発するくしゃみは、地下二階に戻っても止まらなかった。

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