第194話 西側地下四階 1


 螺旋階段を降りて行くと、俺達は四階層目に辿り着いた。


 四階は昇降機で降りた先と雰囲気が似ている。床にキノコは生えていなかったが、壁や天井にはトゲ付きの蔓が大量に這っていた。


 階段を降りた先は小さなエントランス状になっていたのだが、右手側の壁なんて大量の蔓があるせいで元々の壁が全く見えない。完全に蔓が壁としての役割を担っているようだ。


「また蔓が大量にあるな」


 この蔓があって事は、花粉をばら撒く蕾もあるかもしれない。周囲は真っ暗なので蕾が無い事は明らかであるが、先に進めば光源としても活用できそうだと期待が高まる。


 ランプで照らしながら正面に伸びた通路を進み出すと、最初に見えたのは上部がアーチ状になった出入り口だった。扉はなく、ただの通路に施された装飾かとも思われたが、先を覗き込むと巨大な広場になっているようだ。


 左右の壁はブロックが積まれて作られており、天井は星の光を消した夜空のように真っ暗だ。


 広場の横幅は五百メートルくらいありそうで、奥行もかなり広そうであるが、広場の所々にドーム型のテントみたいな物があってよく見えない。


「この広場は何だ?」


 アーチ状になった入り口の前で中の様子を観察していると、床には土が撒かれているのが分かった。


「畑か? 第三ダンジョンみたいな場所なのだろうか?」


 ダンジョン内に土があると言えば第三ダンジョンを連想させる。だが、後ろを振り返れば普通の建物に似た構造だ。


 第三ダンジョンのように「進入したら大地が広がっていた」と思わせるよりは「建物の中に畑を作りました」といった感じ。あくまでも後から土を撒いて、疑似的な状況を作り出したと言えば良いだろうか。


「進んでみようか」


 俺達が広場の中に進入すると、階層全体から『ヴゥン』と重低音が響いた。


 全員足を止めて警戒すると、広場の天井がピカピカと点滅を始めた。


 黄色い光が点滅し続けて、やがて天井は綺麗な青色に変わっていく。天井に空が生まれたと思ったら、今度は点滅していた黄色い光が丸くなって輝き出した。


「空と太陽……?」


 第二ダンジョンや第三ダンジョンで見られる「野外に似た階層」を思わせるような。ただ、こちらは「作り物」「野外を再現した」といった雰囲気が強い。まぁ、空と太陽に変化する過程を見てしまったからかもしれないが。


 とにかく、明るくなったのはプラスだろう。これで周囲に見落としなく進める――と思ったのだが。


 再び階層全体から『ヴゥゥン』と重低音が鳴った。すると、天井に浮かぶ青い空と太陽が再び点滅し始めた。


「な、なんだ!?」


 点滅を続けた末、空と太陽は消え失せてしまった。その結果、再び階層全体が暗闇に包まれた。


「せっかく明るくなったのに」


「おいおい。もう一度点いてくれよ」


 ミレイが落胆しながら再びランプの灯りを点けようとする。ロッソさんは点けっぱなしだったランプを掲げて、名残惜しそうに天井を見上げていた。


 その時だ。


 一瞬だけ、広場の奥で紫色の光が激しく発光した。ビカッと強烈な閃光は雷が落ちたと思わせるような勢いである。


 今度は何だと口にする暇もなく、奥からは大量の蔓がやって来た。トゲ付きの蔓は瞬く間に広場の天井を覆い、壁すらも覆っていく。


 壁と天井を覆った蔓はアーチ状の入り口から外に出て行って、階段に続く通路の壁と天井までも覆い始めてしまう。


「な、何だってんだ!?」


 大量の蔓が発生した後、蔓に大量の小さな蕾が生えた。それは徐々に巨大化していき、前に目撃した紫色に光る蕾へと成長していく。


「蕾が大量に……」


 広場全体が紫色の光で照らされた。四方には紫色に光る蕾が点在していて、とても幻想的な雰囲気を醸し出す。


「明るくなったといえば明るくなったが……」


「どうして急に蔓が?」


 ロッソさんの「もう一度明るくなれ」という願いは叶ったと言って良いのだろうか。ただ、急に蔓が大量に発生したのも蕾が生えたのも異常事態に思えてならなかった。


 その証拠に広場の奥――蔓が大量発生して来た方向には、一際強い紫色の光を放つ箇所が見える。


 俺達はゆっくりと光の方向へ歩き出すと、近付くにつれて天井と壁の蔓がウネウネと動き出すのだ。


 まるで近付くなと言っているような動きであるが……。


 それは正解だったのかもしれない。


 奥に輝く光を遮るように、壁と天井の蔓が動き始めた。


 蔓は俺達が進むのを拒むように太い束を作り、先端が床の土に突き刺さる。土に突き刺さった蔓の束はブチリと分離されて、床に突き刺さったままの状態で自立する。


 自立した蔓が動き出して、今度は蔓同士が絡み合うと巨大な木を思わせるような形状に変わった。


『ウゥゥゥ……』


 そして、その木からは呻き声のようなものが聞こえて来る。


「まさか、これは魔物なのか!?」


 呻き声を上げた木はウネウネと動き、土の上をゆっくりと移動し始める。それと同時に本体からは大量の細長い蔓が生え始めた。


 生えた蔓には大量のトゲが生えていて、それをムチのようにしならせながら――


「下がれ! 回避!」


 咄嗟に叫ぶロッソさん。俺達は彼の警告に従って後ろへ飛ぶように下がった。直後、俺達のいた場所にトゲの生えた細長い蔓が叩きつけられる。


「くそったれ! 入り口が塞がれた!」


 回避した後、戦闘は避けられないと読んだロッソさんは退路を確認したのだろう。しかし、彼が言うように広場の入り口は蔓で覆われてしまっていた。


「どう思う? あれを倒せば出れると思うか?」


「どうでしょうね……。ですが、倒さない、とッ!」


 再びムチのように振り下ろされる蔓を回避する。


 こいつを倒せば入り口の封鎖が解かれるのかどうかは分からない。


 だが、どのみち倒さないと――ムチのように振られる蔓の連打が鬱陶しく、入り口の蔓を除去する作業も進められないだろう。 


 それに振られる蔓の勢いが凄まじい。先ほどから床に叩きつけられる度に大量の土が飛散しているし、細かく生えたトゲもマズそうだ。当たったら肌に傷がつくどころか、人間の肉をズタズタに引き裂きそうな鋭利さだ。


 しかも、本体から生える細長い蔓の数は多い。パッと見ただけで十本以上は生えている。


「最悪、アッシュさん頼りになるかもな! おい、魔導弓で燃やせ!」


 ロッソさんは魔導弓を担ぐ部下に命令を下す。


 相手は蔓が束になった魔物だ。見た目は植物であり、炎で燃やしてしまうという手段が最初に浮かぶのは当然だろう。


 命じられた騎士は早速とばかりに魔導弓を構えた。放たれた炎の矢は本体に突き刺さるが……。


「効いちゃいねえ……」


 炎矢は本体に突き刺さりはしたものの、突き刺さった瞬間に霧散してしまう。


 無力化したのか、それとも単純に炎が効かないのか。どちらかは不明だが、とにかく魔導弓の攻撃は通用しない。


「じゃあ、これならどうですか!」


 今度はウルカが爆裂矢を放った。


 爆裂矢は真っ直ぐ本体目掛けて飛んでいく。だが、途中で細長い蔓が束になって本体までの射線を塞いだ。


 細長い蔓に接触した爆裂矢は爆発を起こした。ドガンと爆発した瞬間、黒く焦げた蔓がパラパラと落ちていく。


 細長い蔓に対しては効果的なのか? ただ、細長い蔓はまた本体から生えだした。どれだけ除去しても復活しそうな感じがする。


 いや、待てよ。


 なんで爆裂矢は防いだんだ? たまたま蔓が防ぐように動いただけか?

  

 疑問を抱いた俺は、ウルカに「もう一発撃ってくれ!」と叫ぶ。再び爆裂矢が放たれるも、やはり細長い蔓で防御されてしまう。


「魔法の矢は無力化するが、爆裂矢は効くって事なのか?」


 魔法の矢だけを無力化するのだろうか? それとも魔法全般を無力化するのか?


「レン!」


「ええ!」


 今度はレンの魔法で試す事に。


 意図が伝わったのか、レンは雷を本体目掛けて放つ。すると、今度は細長い蔓で防御しなかった。


 しかし、威力的には魔導弓の攻撃よりも高かったのか、本体に当たった雷は小さな焦げ跡を残した。といっても、本体はまだまだピンピンしているのだが。


「あの魔物……。もしかして、魔法は一定以上の威力がないと無力化されるんじゃないですか?」


「あり得るかもしれないな」


 だとすれば、物理攻撃は有効なのだろうか? 灰燼剣はどうだ?


 頭の中で灰燼剣を使う事を考えていると、横にいたロッソさんが剣を抜いて走り出す。


「増援があるかもしれねえ! 奥の手は取っておいてくれ!」


 灰燼剣はまだ抜くな。ロッソさんは先の事を考えてか、まずは自分達の手でどうにかしようと考えたのだろう。


 ロッソ隊の騎士達三人も剣を抜きながら後に続き、四人の騎士による魔物討伐が始まった。


 王都騎士団の団長と副団長によって鍛えられた騎士達の技量は高い。相手の動きが大振りばかりだというのもあるが、見ていて安心感のある連携プレーだ。


 まずはロッソさんが真正面から斬り込み、他の部下達が彼をフォローするように細長い蔓を斬り裂いていく。


 やはり物理攻撃――刃物による切断は有効だ。


「おおおッ!」


 攻撃用に使われる細長い蔓は完全に封じ込まれ、その隙にロッソさんの一撃が本体に決まる。


 深く突き刺さった剣で横方向へ強引に引き裂くと、裂いた箇所から紫色の液体が飛び散った。まるで血を飛散させているような光景であるが、それは有効打が決まった証拠でもある。


 本体が深い傷を負うと、細長い蔓の動きが止まる。次第に細長い蔓が茶色に変色しながら枯れていき、地面にボタボタと落ち始めた。次は本体までも枯れていって、束になった蔓は床に崩れ落ちた。


「なんだ。意外と楽勝だったじゃねえか」


 剣を肩に担ぎながら大きく息を吐くロッソさん。


 確かに刃物の攻撃が有効ならば、実力ある騎士の力は十分に発揮されるだろう。


 とにかく、魔物は倒せたのだ。背後にある入り口はどうかと振り返ると、まだ封鎖されたままだった。やはり入り口を覆う蔓は除去せねばならないか。


 そんな考えを巡らせていたのだが……。


「あー……。まだ終わってないみたい」


 そう言って、奥を指差すミレイ。


 彼女の指差す方向に顔を向ければ、束になった蔓が三本ほど土に突き刺される瞬間があった。


 いや、三本だけじゃない。四本、五本、六本と数が増えていく。結果、六体魔物が誕生して俺達の方へとゆっくり移動してくるではないか。


「最悪だ。口にしなきゃよかったぜ」


 増援が現れるかも。そう言ったロッソさんの予想は的中してしまったようだ。


 言った本人は大きなため息を零しながら剣を構えた。 

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