第193話 別ルート


 昇降機を使って地下二階に戻ると、俺達はベイルーナ卿に地下の様子を報告した。


 階層の構造、光る蕾とキノコ、昇降機内に残されていた白骨化死体と同様の状態の死体が残されていたこと。それら全てを報告すると、ベイルーナ卿は顎を撫でながら頷いた。


「なるほど、下にも同じ死体があったか」


「はい。地下で何かが起きて、昇降機の中に逃げ込んだのではないでしょうか?」


 そして、昇降機の中で力尽きてしまった。


 俺達の推測を聞いたベイルーナ卿は「十分にあり得る」と再び頷いた。


「魔物もおらず、他の階に通じる階段も見つからなかったのだな?」


「はい。魔物とは遭遇しませんでした。構造としては、ほぼ一本道でしたので見落としは無いと思われますが……。奥の広場には遺物が多数配置されていて、通路があるようには思えませんでした」


 先行偵察の目的もあったし、絶対に無いと言い切れるほど調べたわけじゃない。隠し通路や隠し階段が見つかる可能性もあるので、再度降りるのは確定だろう。


 その点についてはベイルーナ卿も「安全ならば学者達を下ろして再調査する」と同意していた。


「で、だ。次はその花粉についてだが」


 報告の中で、彼が最も良い反応を示したのは例の花粉についてだった。


「本当に魔力が回復したのか?」


 ベイルーナ卿は瓶の底に沈む輝く花粉をまじまじと見ながら告げる。


「第二ダンジョンの二十三階に降りた時と同じ感覚を覚えました。こう、体の内側が熱くなるというか。体内の魔力が煮え滾るような」


 そう語ったのはレンである。


 ただ、向こうは魔法を使って発散しないと次第に頭まで熱くなっていくらしい。魔法を使うと体に感じていた熱が発散されて、魔法を使用した際の疲労感は感じないそうだ。


 今回も同じ感覚を覚えたが、花粉を吸ってから数分だけしか感じられなかった。一瞬だけ体の内側が熱くなって、徐々に熱が引いていく――といった感じらしい。


 実際、レンは魔素濃度の高い二十三階で全力全開の雷魔法を連発していた。普通ならば倒れてもおかしくないくらい魔法を使えて、それでも体に異常が無かった。


 それと同じ感覚を覚えたという事は、花粉を吸った瞬間に一瞬だけ魔力が回復したと言えるのではないだろうか。 


「俺の場合は頭がスッキリする感じでしたね。こう、頭の疲労感が飛ぶというか……。意識がハッキリとなるというか」


 ただ、俺が感じた感覚は似ている部分もあるが少しだけ違う。


 何だろうな。徹夜して重くなった頭が急にスッキリ状態になるというか。


 レンみたいに体が熱くなることはないのだが、視界がクリアになって集中力が増した感じになる。これも魔力が回復している証拠なのだろうか?


「二十三階と同じか……。興味深い」

 

 彼自身も第二ダンジョン二十三階に降りた事がある。その際、レンと同じように体内に燃えるような熱さを覚えたようだ。


「花も回収してきたのか?」


「ええ。ありますよ」


 花の入った収納袋は別の学者に手渡された。花を地上で取り出して、魔物の肉と同じように腐らないか、すぐに枯れないかどうかを検証するようだ。


 仮に花が花のまま維持されたとしたら、かなり大きな成果となるとベイルーナ卿は言った。


「もしかしたら、魔力を回復させる薬が作れるかもしれん」


 これまで魔力回復は個人の自然回復力に任せるしかなかった。いざという時に魔力が切れたら終わり、節約して使うのが魔法使いにとって常識とされていたが、魔力回復用の薬が開発されたら状況は一変する。


 それは対魔物戦に限らず、対人戦であってもだ。特に戦争になった際はかなりの効果が見込めるだろう。


 全回復とは言わずとも、一瞬だけ、一発でも多く撃てれば魔法戦で有利な状況に立てる。相手は魔法が撃てない状況で、こちらは継続して撃てるのだから。


 ベイルーナ卿はすぐに検証を開始すると告げて、小瓶を自分のポケットに仕舞い込んだ。


「こちらも進展があったぞ」


 次はベイルーナ卿の番。彼は俺達を一階部分の西側奥に連れて行く。


「地下へ続く階段を見つけた」


 どうやら、俺達が昇降機を使って地下へ向かっている間に階段が見つかったようだ。


 切っ掛けは壁際に積まれていた瓦礫を除去している最中だったらしい。瓦礫をどかすと、隠れていた扉が見つかった。


 扉を強引に開けると、広めの空間とシャッターで封印された階段があったそうだ。


「今、シャッターの除去作業を進めている。もうすぐ終わると思うが」


 目的の場所に到達すると、確かに瓦礫をどかした場所に扉があった。扉は開けっ放しになっていて、中ではオラーノ侯爵が指揮を執りながら作業を進めているようだ。


 扉を潜ると、やや広めの空間がある。壁際には背もたれの無い椅子が並べてあって、近くには第二ダンジョンにもあった前面がガラス張りになっている棚が置かれていた。


「どうだ?」


「もう終わるぞ。そちらはどうだった?」


 ベイルーナ卿がオラーノ侯爵へ声を掛けると、振り返ったオラーノ侯爵が俺達が帰還している事に気付いた。


 彼にも下の様子を報告すると、やはり死体について引っ掛かるようだ。


「昇降機が繋がっている場所に魔物は出現しなかったのだな?」


「ええ。死体と花、それにキノコしかありませんでしたよ」


 この組み合わせも異常といえば異常だが。魔物が出ないだけマシか。


「閣下、外れました!」


 シャッター前で作業していた騎士から声が上がり、ゆっくりと切断されたシャッターの一部が外された。とりあえず、人が通れるだけのスペースを確保したらしい。


「戻って来て早々に悪いが、次は階段がどこに繋がっているか調べてくれんか? 昇降機で降りた先と同じかどうかも知りたい」


「はい、お任せ下さい」


 俺達は準備を整えたあと、階段を降って地下三階層へ向かった。


  

-----



 二階で新たに見つかった階段を降りて行くと、階段の先には一本の通路があった。道幅は大人二人が並んで歩ける程度だろうか。


 壁と床はコンクリートに似た材質をしていて、触ると若干ながらザラッとした感触がする。


「また一本道か?」


 いつものように道の先は真っ暗で何も見えない。


 ただ、階段を降りた直後の場所にある程度の広さがある空間――エントランスに似た場所が無いのは珍しく思えた。


「こういった室内構造だと、どこも階段付近はエントランスのような人が待機できる場所があるよな。いや、第三ダンジョンは違うか」 


「第一ダンジョンにも無かったね。向こうは第三ダンジョンに似て、全階層が坑道みたいな感じだった」


 室内構造の時だけか。俺が珍しいと感じてしまったのは、最初に潜ったダンジョンが第二ダンジョンだったからだろうか。


 特に室内構造である二十階以降は印象が強い……というか、強烈だったからな。俺の記憶に強く残っているだけかもしれない。


 それはさておき、俺達はランプの灯りを頼りに先へ進んだ。


「この階層にはキノコが生えてないんだな」


「蕾もありませんね」


 あの光るキノコと蕾は光源としても便利だったなと思う。


 この階層も早々に整備を始めないと、魔物が生息していたら地形的に厄介だ。


 第二ダンジョンに出現した人型ゴーレムがいたとしたら最悪の状況になりかねない。


 対処法は既に確立しているが、今はタワーシールドが無いしな。仮に人型ゴーレムがいたら即退散だ。


 そんな事を話し合いながら進んでいると、通路の先に両開きの扉が見えた。


 引き戸になっている扉に指を掛けると、どうやら簡単に開きそうだ。開ける前にロッソさんへ顔を向けると、彼は無言で頷いた。


 俺が扉を開けると、ロッソさんは腰の剣に手を伸ばしながら待機。部下に扉の先をランプで照らさせて、中の様子を確認し始めた。


 俺も脇から中を覗くと――


「病院?」


 中の様子は病院にそっくりだった。


 というのも、左手側にはいくつもベッドが並んでいたからだ。


 しかし、よく見ればベッドの置かれた場所はガラスの壁で隔たれた個室のようだ。


 個室の前面はガラスの壁で丸見え。側面の壁は汚れた白い壁になっていて、この仕様の個室が奥までいくつも続いている。


 中央には奥まで続く通路があって、通路から個室の中を確認できる造りらしい。右手側にはカウンターがあって、小物や小さな遺物らしき物が置かれていた。


「用心して進もう」


 進入しながら周囲を確認していくと、やはり気になるのはガラスの壁だ。


「なんで個室が丸見えなんだ?」


 これではベッドで眠っている者が丸見えだ。プライバシー性は皆無である。それとも見当たらないだけでカーテンなどの仕切があったのだろうか?


 中央の通路から個室内に入れないか調べたが、こちら側からは個室内へ向かう扉が設置されていなかった。あくまでも個室内を見る事しかできない。


 しかも、ガラスの壁を手でノックした感触からするとかなり分厚いようだ。これはちょっとやそっとじゃ割れそうにないな。


「なんだか、ベッドを使う人達を観察する場所に思えませんか?」


 ウルカが漏らした感想の通り、病院というよりも収容所に近いのかもしれない。もしくは隔離施設のように思えた。


 ガラスの向こう側に人を閉じ込めておき、こちら側から観察する為になっているような……。

 

 何だろうな。この作りでは、あまり健全なイメージが湧いてこない。


「俺は透明な壁で区切られた牢屋に見えるよ」


 ロッソさんは、ここを牢屋と感じたようだ。どちらにせよ、ガラスの向こう側でベッドを使う人にとってあまり精神的にはよろしくないように思える。


 そのまま奥に向かって行くと、左手側はガラスの壁で丸見えな個室が続く。


 そして、右手側には薄汚れた白い扉が等間隔で配置されている。


「開けてみよう」


 右手側にあった最初の扉を開ける事にして、俺達は扉に近付いた。


 幸い、並んでいる扉には取っ手が取り付けられている。


 加えて、扉の上部には黒いプレートが取り付けられていた。黒いプレートには古代文字が刻まれているが、なんと書いてあるのだろうか。


 この先、危険なんて意味じゃないと良いが。


 ロッソさんが取っ手を掴み、扉をゆっくりと押す。


 すると、扉は「キィ」と音が鳴って簡単に開いた。


「執務室?」


 扉の中には執務机が配置されている。机の上には小物が散乱しており、部屋の床には水晶板が散乱していた。


「これ、前に第二ダンジョンで見つけたってやつだな」


 床に散乱している水晶板は、第二ダンジョンで見つけた物と同じだった。第四ダンジョンの二階層でも発見した、中央の赤い部分を触ると文字が浮き出るガラス板だ。


 ただ、持ち上げたガラス板は破損していて中央から端っこにかけて亀裂が入っていた。中央の赤い部分を触っても古代文字が浮かび上がってこない。


「他には何も無さそうだな」


「ええ。次の部屋も覗いてみましょうか」


 結果から言うと、どれも同じような部屋だった。


 全部で五部屋あったが、最初の二部屋は同じ内容。残り三部屋はソファーや棚など、僅かな家具が配置された部屋だった。


 これといって新しい発見は見当たらず、俺達は更に奥へと向かう。


 左手側に続いていたガラスの壁が終わると、中央通路の先には次の部屋か通路へ続く扉がある。こちらも簡単に開くようで、俺達は警戒しながらも扉の先へ。


「おいおい……。今度は何だよ……」


 扉を潜ると、中は広い部屋だった。


 異様なのは、長方形をしたテーブルが複数台配置されていて、どのテーブルにも人を拘束する為に使われるような拘束具が取り付けられている。


 更にテーブルには大量の黒いシミが残っている事だ。


「拷問でもしてたのか?」


 ロッソさんの感想は尤もだ。テーブルの脇にある台には黒いシミが付着したノコギリに似た物やら刃物が残されているし、床にも大量のシミが広がっていた。


 これはどう見ても……。人か動物の血が滴って広がった跡のように思える。しかし、前の部屋から察するに人の血である可能性は高い。


「左に扉があります」


 レンが扉の存在に気付いた。俺達は一先ず、彼が発見した扉の先を探る事に。


 扉を開いて中を覗くと、狭い通路があった。少しばかり歩くと、再び左手側に扉が一枚。


「これ、もしかして……。さっきのベッドがあった個室の裏に続いているんじゃないか?」


 ミレイの予想は正解だった。


 扉を開けて先に進むと、階段があった方向に向かって幅の広い通路が伸びている。通路左側に並ぶ大量の扉は、ガラスの壁で隔てられていた個室に繋がっているのだろう。


 通路右手側には細長いテーブルが置かれていたり、車椅子に似た物がいくつか残されていた。


「一体、ここは何の施設なんだ?」


 ガラスで丸見えの個室といい、先ほどの黒いシミが残る場所といい……。最初に抱いていた「病院」というイメージからかけ離れていく。


 とにかく、あまり良いイメージが想像できない。


「……戻って階段を探そうぜ」


 暗い考えを想像する中、ロッソさんは雰囲気を切り替えるように提案した。俺達もすぐに無言で頷き、元の部屋に戻って階段を探し始めた。


 黒いシミが残る部屋に戻って、気味の悪いテーブルを横目に奥に向かって歩き始める。


 すると、奥の壁には二つの扉があった。


 まず、左手側の扉を開けるとやや螺旋状になった階段が。どうやら下に続いているようだ。これが次の階層へ続く階段だろう。


 下へ続く階段を確認しつつも、右手側の扉も確認しようと試みる。


 だが、右手側の扉は開かない。押しても引いてもビクともしなかった。これは人手と道具が必要か?

  

「こりゃあ、ダメだ」


 右手側の扉は諦めて、とりあえず下の階を確認する事に。


「下の階を確認したら一旦戻ろう」


「ええ」


 俺達は螺旋状に続く階段を降りて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る