第192話 謎の階層
「レン、二十三階と同じか?」
「は、はい。あっちほど濃くはありませんが……。息を吸った瞬間、体内の魔力が一瞬だけ強く感じられました」
そう言ったレンの顔はいつもより赤みを帯びていた。二十三階の時とは違って興奮状態とまではいかないようだが、それでも体内魔力が反応するのを感じたらしい。
俺は体に熱を感じるというよりも頭が冴える――ミントの匂いを吸い込んだような感覚だ。
これが高濃度の魔素を瞬間的に吸収した感覚なのか?
自分が感じた感覚をレンに話すと、彼は腕を組みながら「うーん」と悩み始めた。
「どうして僕とアッシュさんで感覚が違うのでしょう? 個人差なのか、それともアッシュさん特有の感覚なのか……」
俺は厳密に言うと魔法使いとは違う存在になるだろう。となると、俺だけが違う感じ方をしているのかもしれない。
これはベイルーナ卿に伝えて検証してもらうべきかな。
「しかし、この花粉は魔素なのだろうか?」
花粉っぽくも見えるが、実は魔素を散布しているのだろうか? でも、魔素ってのは人の目では見えないって話だよな。
「サンプルを持って帰ったら良いんじゃないか?」
ロッソさんはそう告げると、収納袋の中から空の小瓶を取り出した。
「これで花粉を回収できないか?」
彼の作戦は花が花粉を飛ばした瞬間、小瓶で空気ごと掬って蓋をするというものだ。そんな事で花粉を回収できるのか、と疑問に思うがロッソさんの表情から自信が窺える。
「俺達の服に花粉が付着しているだろ? ほら、床にも。って事はさ、瓶の中にも入るだろう?」
俺達が互いに衣服を見合うと、確かに俺達の服にはキラキラと輝く花粉が付着している。床にも同様に花粉が付着している事から、空中に漂う花粉を瓶で掬うのも簡単かもしれない。
ロッソさんは小瓶の蓋を開けた状態で通路の途中にあった蕾に近付き、ブワッと花粉が舞った瞬間に小瓶で空気中に舞う花粉を掬い始めた。
「ふん! ふん! ふん!」
キラキラと輝く花粉を捕まえようと必死に腕を振るロッソさん。
「ハックショーン!」
くしゃみをしながらも小瓶に蓋をして、鼻をムズムズさせながら戻って来た。
「ほら。は、は、ハクション!」
くしゃみをしながら小瓶を見せるロッソさん。彼が持つ小瓶の中にはキラキラと輝く花粉があった。
「さすがです」
「ああ。だが、鼻がムズムズするのは勘弁してほしいな」
俺がロッソさんを賞賛すると、彼はタオルで鼻を擦りながら小瓶を部下に手渡した。
「花も回収しますか? たぶん、刃物で切れますよね?」
花粉を作るのは花本体だと思われる。となれば、花に秘密があるのかもしれない。
レンの提案通り、花も回収しておく事にした。ナイフで花を切りとって、小箱に入れてから収納袋へ。
「さて、先に進むか」
回収を終えて、俺達は通路を進み始めた。
ランプの灯りを頼りに進んで行くと、通路の壁や天井にはトゲ付きの蔓が這っている。蕾状態の花も多くあって、近くを通り過ぎる度に花粉を撒き散らしていた。
床の隅っこには光るキノコが生えている。光るキノコの数はそう多くないが、ランプの光と合わせると灯りは十分に確保できるから便利と言えば便利だ。
そのまま通路を直進していくと、途中で扉を発見。引き戸になっているのか、指を引っ掛けられるところがあった。騎士達と協力しながら扉を開けると――
「うわッ!?」
扉の向こう側は小部屋になっていて、中には折り重なるように倒れた白骨化死体があった。
白骨化した死体には白いキノコが複数生えていて、死体の状態としては昇降機の中にあったモノと同じように見えた。
ただ、死体の周りに赤く光るキノコが群生している。濃い赤で光るキノコは、人の血と同じ色の光を発しているように思えて不気味だ。
「……昇降機の中にあった死体と同じですね」
「ってことは、やっぱりこの階で何かあったのか? 急いで昇降機の中に駆け込んだが、中で死んじまったのかな?」
死体の状況が同じというのは引っ掛かる。ロッソさんが言った通り、この階層で何かが起きたのかもしれない。
一旦、中の死体はそのままにしておいて、後で学者達に見せる事にした。迂闊に触って重要な証拠を傷付けてもいけないしな。
「しっかしなー。本当に古代人がいたとは驚きだよ」
部屋から退室しながら、ロッソさんが後頭部を掻きながら告げる。
「それは自分も同意見ですよ。古代人説はもう確定ですね」
第二ダンジョンで発見された死体は見ていないが、第四ダンジョンに残されていた死体はどう見ても「人」の死体だ。
現代人である誰かが俺達より先にダンジョンを見つけて進入していた――なんて事はあるまい。どう考えても第四ダンジョンは手付かずの状態だったし、現代で進入したのは俺達が初めてだと思う。
となれば、元々あった死体と考えるのが妥当だ。
ただまぁ、古代人説はほぼ確定に近かったとも言える。元々遺物なんて物も残されていたわけだし、王都の遺跡も重要な証拠だったろう。
ダンジョン内で死体が見つかった事で、遂に確定したって感じか。
「俺達が生まれた頃よりずっと前に、俺達とは違う人達が生きていたなんて不思議だよな。どうして古代人は滅んじまったんだろう?」
「確かにそうですよね。遺物なんて物を作る高度な技術を持っていたのに。どうして滅んでしまったんでしょう?」
ミレイの言葉にウルカが同意する。
確かに高度な技術を持ちながらも滅んでしまったのは何故なのだろうか。現代に生きる俺達よりも数倍は優れた技術を持ってしても、終焉を回避する術はなかったのだろうか。
だとしたら、余計に滅びの原因が気になる。高度技術を持つ古代人さえも滅んでしまった原因を知っておかないと、俺達もいつかは同じ運命を辿るのではないだろうか。
……だからこそ、学者達は調査しているのだろうけど。
「考えても仕方ないさ。俺達は今を生きているんだしな。仕事して酒が飲めれば十分ってもんよ」
ロッソさんは肩を竦めながら「今が幸せならそれで良い」と笑った。
確かに彼の意見も尤もだ。過去に囚われて今が疎かになっても仕方ない。今は目の前の任務に集中するべきだな。
「さぁ、先に進もう」
俺達は再び通路を進み始めた。
真っ直ぐ続く通路を進んで行くと、終点となっていたのは高さ二メートル半はある大きな扉。
当然ながら開ける為の取っ手はついていない。どこかに開けるための仕掛けがあるのかもしれないが、幸いにして人が通れそうな隙間が空いている。
この隙間が無ければ中は調べられなかっただろうな。
俺達は鎧や胸当てを外して身軽になってから、体を横にしながら一人ずつ隙間を通っていく。
「こりゃあ……」
一番最初に中へ入ったロッソさんの呟く声が聞こえた。次に俺が中へと入り込み、中の様子を確認する。
「なんだこれ……」
扉の中は広く、金属で作られた遺物らしき物が大量に設置されていた。
中でも一番目を惹くのは、三メートルほどの大きさを持った円柱状のガラス管だろうか。ガラス管は床に固定された台座に設置されており、中央にある通路に沿って左右一列に並べられている。
並んでいるガラス管はほどんどが割れていて、これがどんな用途で使われていたかは不明だ。
「これも遺物なのか?」
「でしょうね」
全員が中に入ったあと、俺達は中央の通路を歩きながら左右のガラス管を観察していく。
ガラス管の台座には大量のケーブルが繋がっているのだが、どれも壁や床に向かって伸びていた。
通路上には割れたガラス管の破片が散らばっていて、ガラス片を踏みながら進んで行くと通路の途中で白骨化した死体を見つけた。
通路の端で仰向けになる死体には、やはり骨から白いキノコが生えていた。死体は一つだけじゃなく、奥に向かっていくつも見つけられた。
「なぁ、あれ」
通路を進んでいると、ミレイが何かに気付いた。彼女が指差したのは左の列に並ぶガラス管だ。
彼女の指差したガラス管に近付くと、ガラス管は他の物と同じく割れた状態だった。だが、違う点はガラス管の中に白骨化死体があった事だ。
「どうしてガラス管の中に死体が?」
死体入りのガラス管は真ん中よりもやや上の部分が割れている。中にある死体が生きていた頃、この割れた部分からガラス管の中に入り込んだのだろうか? だとしても、どうしてガラス管の中に?
「他の死体は通路上で死んでいるよな? どうしてコイツだけガラス管の中なんだ?」
この階層で何かが起きた際、ガラス管の中の方が安全と見て逃げ込んだのだろうか?
「先輩、見て下さい。あっちも同じ状態の死体があります」
ウルカが先にあるガラス管を指差した。そちらもガラス管の中に白骨化死体が残されている。
同じ状況の物はこれだけじゃなかった。他にも三つほど発見する事が出来た。
「これ、後からガラスが割れたって可能性はありませんか?」
「というと?」
レンの言葉にロッソさんが問う。
「この死体は元々ガラス管の中にあったって事です。何らかの事情でガラス管の中には人が入っていた。でも、事故か何かで割れてしまったとか」
逃げ込んだのではなく、元々中に人がいた。そして、何らかの原因でガラスが割れてしまった。だから、俺達は「ガラス管の中に逃げようとした」という推測が浮かんでしまった。
レンの推測もハズレとは言えないだろう。だが、決定的な証拠はない。
「ん? 待てよ」
ガラス管の中にある死体を見つめていたミレイが何かに気付いた。黙って死体を観察すると、彼女は「ああ」と声を上げた。
「違和感があると思ったんだ。この死体、キノコが生えていない」
「え?」
言われて観察してみると、確かにガラス管の中にあった白骨化死体にはキノコが生えていなかった。
通路上にあった白骨化死体にはキノコが生えているのに。
この違いは一体なんだ?
「……やめだ、やめ。悩むのは学者達に任せよう」
ロッソさんは大きくため息を吐いて、先に進もうと言い出した。まぁ、ここで悩んでいてもしょうがない。
再び通路を歩いて奥まで進む。
最奥にあったのは太く大きな円柱状の遺物だった。遺物の前には金属製の板が何枚も取り付けてあって、その下には上下左右に並ぶ三角形と複数のボタンらしき物が配置された台が置かれていた。
そして、その遺物の後ろ側には見上げるほどの巨大な金属の箱が置かれている。箱の形は長方形になっていて、横たわるように置かれているようだ。
手前にある円柱状の遺物、それに後ろにある長方形の金属箱。どちらも大量の太いケーブルが付着していて、壁・床・天井の三ヵ所に繋がっていた。
「ここが終点か?」
「そのようですね」
これ以上、進む道は見当たらない。床にハッチの類も見つからないし、階段があるようなスペースも無かった。
横たわった巨大な長方形の箱の側面にはスペースがあるが、無数のケーブルが床を塞ぐようになっていた。金属の箱が奥の壁に密着しているようなので、奥にも階段は無さそうだ。
「下層に続く階段は無さそうだな」
意外と簡単な構造をした階層だな、という感想が頭に浮かぶ。第二ダンジョンが特別複雑な造りだったのだろうか。
「一旦戻ろうか」
「ですね。魔物もいませんし、学者達を連れて来ても良いかもしれません」
最奥まで確認した俺達は、ここまで進んで来た道を戻り始めた。
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