第191話 昇降機が導く場所
昇降機の中に残されていた死体が回収された後、俺達は二階層目の調査を続けながらセーフゾーンの構築を手伝い始めた。
学者達が調査を終えた場所から瓦礫を除去したり、不要な物を外へと運び出したり。同時に人が快適に過ごせるよう環境を整えていく。
第二ダンジョンの三階は空に太陽が浮かぶ神殿のような場所であり、ハンター達はテントを設営して休憩や仮眠を取っていた。出張出店する商会もタープを設置したり、屋台を組み立てて商売を行う状況だった。
しかし、こちらは完全に室内と言っても良い。特にシャッターで遮られた小さなスペースは「店の配置場所」であったり「仮眠用の宿」といったものに利用するのはピッタリの広さである。
ウルカが推測していた事をそのまま現実にしたってわけだ。
といっても、まだ出店している店なんて無いので俺達や騎士、学者達が休憩するスペースとして使っているだけだが。
ただ、金属製だったシャッターを切断して無理矢理開けたせいで正面からは丸見えだ。簡易宿として活用するなら外から見えないよう仕切りを作るべきだろう。
しかし、ちょっとしたプライベート空間みたいに思えて居心地は良い。寝袋をそのまま敷いて寝れば良いだけだし、食事するにも小型魔導コンロを使えば良いし。こういった時に魔導具の素晴らしさが際立つな。
余談であるが、除去したシャッターは謎の金属という事もあって学者達が全て回収した。彼等曰く、過去に生産された合金なのではと推測されている。
「おーい、アッシュさん! 地上から物資運ぶの手伝ってくれー!」
「了解です!」
次に地上の様子であるが、騎士達の努力で第四ダンジョン入り口までの道が開通した。
邪魔な木や根っこを除去して、森の入り口まで真っ直ぐで平な道が完成。これによって馬車に積んでいた物資が簡単に運べるようになった。
森の入り口に展開していたキャンプ地もダンジョン入り口付近に移動して、ダンジョン調査用に用意した物資は続々とダンジョン内へ運び込まれていく。
先ほど語った休憩スペースだけじゃなく、予備の武器を保管する武器庫や軍医達が集まる簡易医療所なんて場所まで出来上がった。
あと、最も注目――いや、騎士や軍医達から変な目で見られていたと言うべき出来事が一つ。
「安いよ、安いよー」
二階部分にあるスペースの中にテーブルを設置して、その上に酒を並べたベイルーナ卿が実際に酒を販売(?)した件である。
といっても、値段なんてものはない。酒を飲みたい人が店頭に行って「下さいな」と言えばコップ一杯分の酒がもらえる。
何だろうな。傍から見ると爺さんと大人達が「お店屋さんごっこ」しているようにしか見えない。
「うっめ!」
何度も並んでは酒を一気飲みするミレイが「プハー!」と良い飲みっぷりを見せた。
彼女は空いたコップを持ったまま後ろに並んでいた騎士に場所を譲ると頬を真っ赤にしながら再び最後尾に並び直した。
「……何しているんです?」
これもダンジョンの魔力なのだろうか。いや、そうであってくれ。
正直考えるのを放棄したくなったが、俺は店主役を務めるベイルーナ卿に問う。
すると、彼はコップに酒を注ぎながら頷いた。
「実験だ。実際にダンジョン内で出張販売を開始した際、問題が無いかどうかを確かめていた」
これから展開されるであろう状況について、自らが実験と称して体験してみたようだ。
傍から見れば……その……。アレだが。
実際はちゃんと将来を考えての行動らしい。
「どうでした?」
「うむ。実に面白い。色々な種類の店が揃えば賑わうだろうな。ダンジョンの中にある小さな複合商業施設……。響きだけでワクワクせんか?」
今後、商会を誘致する際やハンター達をダンジョンに誘う際の売り文句として使えそうじゃないか? と笑うベイルーナ卿。
死と隣り合わせ、過酷な狩場でもあるダンジョンだが、ダンジョンの中に「何でも揃う商業施設があります。既存のダンジョンよりも利便性は抜群です」と言われたら誰でも気になるだろう。
食料品から装備品のメンテナンス。ちょっとした娯楽や小さな酒場。それに簡易宿もあるとなると……。換金時以外はダンジョンに篭りっきりのハンターが続出しそうだ。
「確かに売り文句としては十分に思えます。気になってやって来るハンターも多いんじゃないでしょうか? 利便性を高くすれば、ハンター達も定着しそうですし」
「だろう? 王都に戻ったら協会の担当者に教えてやるとしよう」
あくまでもベイルーナ卿は王都研究所の所属である。彼等は調査するだけであって、ダンジョン内の施設に関しては協会本部が行っている。実際に商会を誘致するのも協会本部の職員達だ。
ただ、利便性が上がってハンター達が多く在籍するとなると素材の回収率も上がるわけで。ベイルーナ卿の提案は王都研究所の利益にも繋がるってことだな。
「おじさん、一杯下さい」
「あいよ。お嬢ちゃん可愛いからおまけしちゃうよ」
ただ、ベイルーナ卿とミレイが最後まで役を演じる事を徹底し続けた意味は分からなかった。
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地下二階の環境が整っていくのは良い事であるが、俺達は更に地下へ続く階段をまだ見つけられずにいた。
やはり下の階へ向かうには昇降機を使わないといけないのか? だが、これまで発見されたダンジョンは全て階段があった。階段があって最下層まで続いていた。
第四ダンジョンだけが例外なのか? それとも見つかっていないだけか?
俺達だけじゃなく、騎士達と学者達からも様々な推測が飛び交う中でオラーノ侯爵が判断を下した。
「アッシュ達とロッソ隊は昇降機がどこに繋がるかを調べてくれ。他の者達は階段の捜索を継続せよ」
階段の捜索を続けている間、俺達は昇降機で降りた先を調べる事に。
俺達が選ばれた理由は、降りた先に危険が待ち受けているかもしれないという懸念からだろう。第二ダンジョンの昇降機はセーフゾーンにそれぞれ繋がっていたが、第四ダンジョンも同様とは限らない。
そういった考えに繋がったのは、やはり昇降機内にあった死体が原因だ。
もしかしたら下の階で魔物に襲われて、瀕死の状態で昇降機内に逃げ込んだのかもしれない――といった可能性がゼロとは言い切れない。
昇降機の中に入れる人間の数は少ないし、下に魔物がいる可能性も考えると少数でも十分に戦える精鋭達を送りたいと判断したのだろう。
「じゃあ、行きますか」
「はい」
昇降機の中に入れるのは八人がギリギリだった。
鎧を着込んだロッソ隊が四人。そこに女性混じりの俺達も加わる。スペース的にはかなりギュウギュウだ。
「…………」
「…………ッ」
ウルカを壁際に寄せて、俺が覆い被さるように密着。その隣ではレンがミレイのお腹に抱き着くようにして密着していた。
鎧を着込むロッソさん達も互いに肩や背中を当てていて、かなり窮屈そうな声が漏れる。
昇降機の中で光っていたボタンを押すと扉が閉まって動き出した。一瞬だけフワッと浮遊感が感じられて、俺達は更に地下へと向かって行った。
大体、三~四分だろうか。昇降機の上部に取り付けられた光るボタンが順に移動していくのを眺めていると「チン」と音が鳴る。
どうやら到着したようだ。ゆっくりと扉が開いていき――
「な、なんだこれ……」
扉の先にあったのは、異様な光景だった。俺達はギュウギュウで苦しいながらも驚愕の声を上げる。
辿り着いたのは十メートル四方の部屋。壁と床はコンクリート製だろうか。
部屋の中には特に何も残されていない。奥には真っ直ぐ伸びた通路が続いているようだ。
ここまでは驚くに値しない。異様なのは部屋の中に生えている「キノコ」と「植物」だ。
部屋の床には緑色に発光するキノコがいくつも生えていた。発光具合はボヤッとしているものの、群生しているので周囲の床を照らすには十分だった。
壁にはトゲの生えた太い蔓が這っている。他にも柱に巻き付いていたりしているが、複数の蔓を辿ると奥の通路から伸びてきているようだ。
太さとしては成人男性の腕くらいか。蔓からは紫色の発光する花の蕾が咲いていて、こちらも周囲を淡く照らす。
ギュウギュウ状態だった昇降機から降りて、俺達は扉の閉まった昇降機の前に立ちながら部屋全体を見渡した。
「こりゃあ……。何だってんだ?」
幸いと言って良いのか、部屋の全体像は発光するキノコと蕾のおかげでよく見える。
だが、どう見ても植物園には見えない。無骨な建物の中に植物が意図せず蔓延したような、異様な空間に変化してしまったように思える有様だ。
「どうしてキノコが光っているんだ?」
「いや、それを言ったらあの蕾もでしょう?」
光るキノコと蕾からは毒々しさは感じられない。まぁ、幻想的とも言い難いのだが。
第二ダンジョンの十三階に生えた光る石みたいなモノだろうか?
「害は無いのか?」
「突いてみます?」
ロッソさんがキノコを睨みつけて、部下の一人が剣を抜いた。剣を抜いた騎士が剣先で光るキノコをちょんちょんと突く。
キノコは突かれて体を揺らすだけ。特に何も起きない。
次は蕾だ。騎士が蕾に近付いて、剣先が届くギリギリの距離から蕾を突こうとすると――
「下がれッ!」
騎士が剣先で突く前に蕾が急に「開いた」のだ。
グワッと一気に開花した蕾は、内側にあった濃い紫色の花弁を見せつける。花の真ん中には紫に光る袋みたいなモノがあった。
ただ、問題はここから。蕾が開いた瞬間、光る袋の中からブワッと紫色に光る花粉が舞ったのだ。
花粉はキラキラと光り輝いていて、どう考えても普通じゃない。毒性があるかもしれないと、全員慌てて口と鼻を覆った。
「体に異常を感じた者は!?」
ロッソさんが収納袋からタオルを何枚も取り出して、俺達全員に投げるように手渡しながら問う。
口と鼻をタオルで覆いながら自身の体に変化が起きたかどうかを確認するが――
「異常は……。ありませんね」
「何ともない」
大量に吸い込んでいないからか、それとも元々毒性は無かったのか。
「……自分が試します」
そんな中、一人の騎士が「自分が花粉を浴びる」と立候補した。自殺行為にも思える行動だが、この先も同じ蕾があったらマズい。全員が犠牲になる前に、一人が被験者として立ち向かう必要があると考えたのだろう。
これも国を守る騎士の立派な勤め……って事なんだろうな。そう考えながらも歯痒さを感じてしまう。
立候補した騎士に対し、ロッソさんは「いや、俺が行く」と言い出した。しかし、最初に立候補した騎士は「独り身がやるべきだ」と譲らなかった。
ロッソさんは奥歯を噛み締めながら許可を出し、蕾に歩き出した騎士の背中を見送った。
騎士が蕾に近付くと、やはり蕾は近付いたタイミングで開花した。人との距離を感知する機能でもあるのだろうか。そうだとしたら、やはりあの花粉を舞う行動は『攻撃』なのではないだろうか?
だとしたら、マズい。
近くで花粉を浴びた騎士は死に――
「ハ、ハ、ハ、ハックシュン!!」
騎士は盛大なくしゃみを何度も連発した。花粉が鼻に入ってムズムズしたのかもしれない。
彼はくしゃみを連発するだけで苦しむ様子も死に至ることも一切ない。
「……異常は?」
「全然ありません。遅効性でしょうか?」
念には念を入れるべきだ、と離れた場所で三十分ほど待機した。ロッソさんは騎士にポーションを握らせて、体に異常があればすぐにポーションを飲めと命じる。
だが、やはり三十分ほど経っても騎士の体に異常はない。
「毒じゃないってことか? どうする? 進むべきだと思うか?」
全員で話し合った結果、進もうと決断を下した。真っ直ぐ伸びた通路の先がどうなっているかを確認しつつ、体に異常が出た際は即座に撤収するとも決めておく。
俺達は慎重に進み始めたのだが、通路の入り口にさっそく蕾が生えていた。
近付くと蕾が開花して、花粉がブワッと周囲に舞う。
念のためタオルで口と鼻を覆っていたのだが……。間近で花粉を浴びた俺の体にピリリと刺激が走る。
「――!?」
その刺激は決して嫌なものじゃない。意識を覚醒させるような、思考を明瞭にさせるような……。こう、頭がスッと冴えるような感じだ。
同時に体の内側にある魔力に火が点くような感覚を覚えた。
「先輩、どうしました!?」
俺が勢いよく紫色に光る花へと体を向けたからか、ウルカが驚いて声を上げた。
だが、俺と同じ行動をした者がもう一人いた。
「レンも感じたか?」
「え、ええ。これ、第二ダンジョンの二十三階と同じです。花粉を吸い込んだ瞬間、魔力が煮えたぎるような感覚が……」
レンが感じた感覚は、第二ダンジョン二十三階に満ちていた高濃度の魔素を吸収した時と同じだと言う。
どうやらこの花粉は魔法使いに作用するもののようだ。
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