第189話 第四ダンジョン地下二階 2


 ダンジョンから戻った俺達は、オラーノ侯爵とベイルーナ卿に報告を行った。


 両名に中の様子を話した後、ミレイが破損させてしまった金属製の円形物体を見せた。


 それを見たベイルーナ卿は案の定――


「フォォォォッ!?」


 ご覧の有様である。


 大興奮だ。


 液体が滴る円形物体を空に掲げながら「たまらん! こりゃたまらん!」と叫びまくっていた。


 あれは大丈夫なのか。漏れている液体がガッツリ手に付着しているんだが……。


 そんな心配をしていると、ベイルーナ卿は予想外の行動を取り始める。なんと、手に付着した液体の匂いを嗅いだ後にペロリと舌で舐め取ったのだ。


「馬鹿、何をしている!?」


 さすがのオラーノ侯爵も焦って声を荒げた。部下に水とポーションを持って来いと命令するが、当の本人は手で制しながら舌で液体を転がしている様子を見せる。


「いや、大丈夫。恐らく害は無いぞ」


 ベイルーナ卿は舌をべろっと出して「何も起きていないだろ?」と言って来た。


 いやいや、遅効性の毒だったらどうするんだ。


 オラーノ侯爵が「水で口の中を濯げ」と強制して、口の中を水で洗い流した後にポーションを飲ませた。本人は「何とも無い」と言い続けているが念の為飲むべきだ。いや、むしろ、こっちの心情的には飲んでくれと思う。


「心配性じゃのう」


「馬鹿か、お前? いや、馬鹿だな」


 オラーノ侯爵は「散々お前の馬鹿な行動は見てきたが、今回が人生で最も馬鹿な行動だ」と怒りの声を上げた。


 内心、オラーノ侯爵に「もっと言ってやれ」と思ったのは秘密だ。


「いや、これは魚の水煮だろう」


 ベイルーナ卿はそう言って、騎士の一人にナイフを貸すよう言った。ナイフを受け取ると金属製の円形物体に突き刺す。強引に金属面を剥くようにナイフを動かし、中身を曝け出した。


 無理矢理こじ開けたせいで中身はテーブルの上にぶちまけられたが、確かに魚の切り身に似た物がある。


「どうだ?」


 ナイフの先端で魚の切り身らしき物をほぐしていくベイルーナ卿。彼の顔には「正解だろう?」と言わんばかりの表情が浮かぶ。


「いや、どんな魚か分からんだろうが……。それに何十年、いや、何百年も放置されていたんだぞ?」


「そうかもしれんが、現に何ともない。ポーションも飲んだし大丈夫だろう」


 肩を竦めるベイルーナ卿は度胸があるのか無謀なのか……。どちらにせよ、俺は口の中に入れたいとも思わない。


 とにかく、彼は魚の切り身らしき物を指で摘まみながら考えを述べていく。


「これは古代人の保存食ではないか?」


「保存食? 金属の中に入れてか?」


 オラーノ侯爵の問いにベイルーナ卿は頷いた。


「どうして金属製のに入っているかは不明であるが、これはどう見ても魚だろう? 魚を器に入れておく理由として考えられるのは保管や保存をするためとしか考えられん」


 現代において、魚を保存しようとしたら木箱の中に入れておくか、収納袋の中に入れておくかだろう。まぁ、そのまま生の状態で保存するよりも現地で干物にする保存方法が主流であるが。


「だが、我々の方法では魚は腐るよな? 木箱の中でも収納袋の中でも日数が経てば腐る。干物にしようが何だろうが最終的には腐る。だが、これはどうだ? 腐った匂いはせんだろう?」


 ベイルーナ卿は「これは我々が考えた保管方法よりも優れた方法なのではないか」と付け加える。


「この金属の中に入れる事がか?」


「仕組みは分からんが、魚が腐っていないのだぞ? 仮に古代文明が栄えていた時代に作られた物だとしたら、お前も言っていたように何百年も前に作られた物だ」


 だが、腐っていない。


 いや、俺は食べてないので断言できないが、確かに腐臭はしない。


「ですが、入れ物である金属が痛むのではないでしょうか?」


 一緒にベイルーナ卿の考察を聞いていた学者がそう告げた。彼の問いにベイルーナ卿は強く頷く。


「確かにそうだ。だが、特に痛んでいる様子は見られない。この金属にも何らかの仕組みがあるのではないか?」


 ベイルーナ卿は金属を持ち上げながら言葉を続ける。


「この金属自体が痛まないよう何らかの保護がなされているとかな。だが、ミレイが落として破損した点やナイフでこじ開けられた点も重要だ。何らかの衝撃やアクションを加えない限りは状態が保存されるようになっているとか……」


 もっと詳しく調べないと何とも言えないが、とベイルーナ卿は自身の考察を締めた。


「まぁ、とにかくだ。これが食料を保存する物だというのは正解だと思う」


 他にも使用用途はあるのかもしれない。だが、少なくとも魚が入っていた事実から食料保存用に用いられているという点は確かだろう。


 また一歩、古代文明の謎に近づいたと笑うベイルーナ卿。


「この金属体があったのは地下二階と言っていたな? 魔物もいなかったんだな?」


「ええ。魔物の姿はありません。第二ダンジョンの三階と同じく、セーフゾーンなのかもしれませんね」


「地下三階層へ向かう階段も発見できませんでした。本当に存在しないのか、それとも仕掛けがあるのか……」


 オラーノ侯爵の問いに対し、俺とロッソさんが順に答えていく。


 俺達の返答を聞いたオラーノ侯爵は顎を指で擦りながら「そうか」と声を漏らした。


「……明日、地下に騎士隊と学者を向かわせよう」


 オラーノ侯爵は地下二階をセーフゾーンとして活用できるのかの調査、加えて地下三階へ続く階段を発見するべく学者を交えた調査隊の編成を決断した。


「もちろん、ワシも行くぞ」


「構わんが、勝手に古代の食糧を食うなよ」


 オラーノ侯爵はため息を零しながら言った。


 心の底から大変だなぁと同情してしまった。



-----


  

 翌日、俺達は再びダンジョン内へ。


 ロッソさんを隊長とした騎士隊、総勢四十名とベイルーナ卿率いる学者達二十人と共に地下二階へ赴いた。


「これは凄い!」


「古代文明の香りだぁ~!」


 地下二階へ到達した途端、階層の様子を見て学者達は大はしゃぎ。みんなランプを掲げながら声を上げていて、その中には興奮気味に感想を告げるリンさんの姿も。


「に、兄さん……」


 古代文明の香りとやらに刺激された兄の姿を見たのは初めてだったのか、レンはリンさんの様子を見て少し引いていた。


「うーむ。確かにウルカの感想にも納得だな」


 ベイルーナ卿は二階部分にある通路から身を乗り出して階層全体を見渡す。そして、ウルカの言っていた「小さな商店みたい」という感想を肯定する。


「え? 当たりですか?」


 ウルカは自分で言った事が正解だったとは思わなかったようだ。驚く彼女に向かって、ベイルーナ卿は頷きを返す。


「もちろん、真実はまだ分からんがな。だが、古代人は常に効率性と利便性を考えた建造物や遺物を残しておる。第二ダンジョンにもあった昇降機が良い例だ」


 あれは効率性を凝縮したような魔導具だ。他にもこれまで発見されたダンジョンの構造や遺物を考察するに、利用していたであろう人物達の時間短縮や利便性を考えた仕組みが多いと言う。


「となると、ウルカの考えはその利便性を重視した考えの一つとは思えんか? 古代人がそう考えてもおかしくないと思わんかね?」


 ベイルーナ卿は笑いながら「正解かどうかは謎だが、想像するのは自由」と言う。そして、そういった想像力が古代文明を解き明かす切っ掛けに成り得るとも。


「だが、実に良い考えだ。ここをセーフゾーンに出来たら、さぞ便利な階層になりそうだな」


 ベイルーナ卿はウルカの考えを参考にして、店舗スペースと思われる場所に「保存食を売る店や出張鍛冶屋などを配置すれば良い」と将来の展望を明らかにした。


 色々な商会を誘致して出張店を出してもらえばセーフゾーンが賑わうし、利用するハンターや騎士にとっても便利だろう、と。

 

「贅沢なセーフゾーンになりそうですね」


「なに。それくらいが良いんじゃよ。ダンジョンの中だしな」


 過酷な場所の中にもちょっとくらい楽しみがあったり、便利じゃなければ人は動かない。そう言って、ベイルーナ卿は再び笑った。


 その後、ベイルーナ卿と学者達は騎士達と共に階層全体を見回った。何かを発見する度に興奮していて、全体を軽く歩いて周るだけで三時間も掛かってしまったが……。


「うーむ。どう思う?」


「商店の集合体という感想は的を得ているように思えます。特にあの広い場所は市場に似た仕組みだったんじゃないかと」


 これは地下二階を見回ったベイルーナ卿と学者達の感想だ。


 最奥にあった巨大なエリアは、やはり棚が多くある事から巨大な市場、もしくは商店と連想するのが正しいのかもしれない。


 とにかく、地下二階はセーフゾーンとして使えそうだと学者達からもお墨付きが出る。


 しかし、それよりも問題は地下三階へ続く階段だ。


「あれ、扉じゃないですか?」


 発端は見回りを終えたあと、リンさんが俺達と一緒に一階部分を散策している時だった。


 彼が見つけたのは壁にある僅かな隙間。ランプを照らして見ると、隙間は扉の形に沿って出来ているように思えた。


 だが、取っ手がない。指を引っ掛けてスライドさせるような窪みも無く、また扉が開く仕組みも見つからなかった。


 どうやっても開きそうにない。


 しかし、地下に続くであろうヒントを得られたのはこれが初めて。どうにか無駄にしたくないと、騎士達は強引に扉らしき場所を開ける事に。


 バールを隙間に引っ掛けて動かして見ると、扉らしき板がズズズと横の壁に押し込まれていく。


 僅かに開かれた隙間へ顔を近づけつつ、ランプで奥を照らすと――


「部屋っぽい!」


 扉は小部屋に続いているようだ。再び騎士達と協力して扉を動かし、どうにかして人が入れるだけの隙間を作った。


「用心してくれよ」


 ロッソさんに心配されながらも、俺が先行する事に。ランプを持ったまま、俺は体を横にして隙間を通り抜ける。


 ギリギリだったが何とか通れた。


 中に入って部屋の中をランプで照らすと――


「うわッ!?」


 部屋の中にいたのは第二ダンジョン二十一階で遭遇したヤドカリ型ゴーレム……の死骸だった。


 思わず叫んでしまったが、ヤドカリ型ゴーレムは片方のハサミが破損しており、頭部にある目玉が飛び出した状態で床に伏せていた。


「どうした!?」


 向こう側からロッソさんの声が聞こえ、俺は慌てて「ゴーレムの死骸がある!」と返す。すると、ロッソさん自らが隙間を通ってこちら側へやって来た。


 彼は床に伏せた状態で動かないゴーレムを睨みつけながらランプで照らした。


「このダンジョンもゴーレムが出現するのか?」


「かもしれませんね……」


 何にせよ、準備は必要になりそうだ。第二ダンジョンで使用した魔導兵器がまた必要になるかもしれない。


 俺達が話し合っていると、今度はベイルーナ卿がこちら側にやって来る。彼もまた「ゴーレムか」と口にしたが、すぐに部屋全体の観察に取り掛かる。


 ランプを照らしながら部屋を見回していると、ベイルーナ卿が見つけたのは壁に取り付けられた長方形の箱だ。


「ん~?」


 首を傾げるベイルーナ卿が壁に取り付けられた箱を触り始めると、箱の蓋は簡単に開いた。特に施錠はされていなかったようだ。


 箱の中にあったのは小さなスイッチの集合体。スイッチは上下に四つ、計八つあって、下段の右端だけが下側に落ちていた。


「どれどれ……」


 ベイルーナ卿は臆さずスイッチを触り始めた。下側に落ちていたスイッチを上側にするも何も起きない。じゃあ、反対はどうだと言わんばかりに全てのスイッチを下側へと落した。


 彼が操作を終えると――どこからか『ヴゥゥゥ』と音が鳴り出す。


 この音には聞き覚えがある。第二ダンジョンの二十階だ。


 直後、反対側にいた皆から「明るくなった!」という声が聞こえた。


「どうやら、正解のようだな」


 この壁に取り付けられた箱が階層を生き返らせる鍵だったようだ。恐らく第二ダンジョン二十階のように遺物が起動したのだろう。


 俺達三人が隙間を通って出て行くと、外側にいた皆の視線が反対側の壁に向けられていた。


 ベイルーナ卿が「どうした?」と問うと、一人の学者が壁を指差す。


「壁がスライドして現れました」


 指差す方向にあったのは、第二ダンジョンにあった物と全く同じ形をした昇降機の入り口。


 昇降機入り口の上部には小さくて丸い物体が横一列に取り付けてあって、その丸い物体が淡いオレンジ色に光っていた。


 光るボタンは左端から右端へ順番に移動していき、右端に到達するとピタリと止まった。移動する光が止まった瞬間、昇降機から『チン』と音が鳴る。


 音が鳴ったあと、昇降機のドアが開いていき――


「あれは……?」


 昇降機の中にあったのは、白い何かだ。所々にキノコみたいな物が生えているせいで、一瞬だけ何か分からなかった。


「人じゃないか!?」


 だが、よく見ると……。それは人の白骨化死体だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る