第188話 第四ダンジョン地下二階 1


 二階建てになっている階層へ辿り着いた俺達は、まず二階部分から調査する事になった。


 楕円形になって続く通路をぐるっと一周していくと、二階部分には同一の広さを持つ小部屋みたいな空間が並んでいる。隣接した小部屋は壁によって分けられているが、どの小部屋も正面には扉がない。


 小部屋の正面には、扉の代わりなのか網状になったシャッターが降りている。シャッターから中を覗き込むと、空の棚や金属の箱が無造作に置かれていた。


「なんだか小さなお店みたいですね」


 俺の隣でシャッターの中を覗くウルカはそんな感想を告げた。


「あの棚に商品が並んでいても違和感無いと思いませんか? それに奥にはカウンターみたいな場所もあります。あそこに店員さんが立っていてもおかしくないと思うんですよね」


 中に商品らしき物が置かれていないが、俺達がよく利用する店を想像すると――確かに違和感はない。ガランとした空間にたくさんの洋服が置かれ、マネキンを置けば洋服屋と同じようにも思える。


 しかし、これはウルカが洋服屋と言っただけのこと。仮に並べられた商品が違っても、商店としては成立しそうだ。


 むしろ、同一規格の店が並ぶことで、逆に経営者側からは不平不満が出ないようにも思えた。


「このシャッターは入り口ってことか」


 だとしたら、随分と開放的な店舗だなと思う。防犯面とか大丈夫なのだろうか。


「ってことはよ、この通路沿いに続くスペースは全部商店だってのか?」


「いえ、真相は不明ですが。小さなお店が集まってたら……面白いなって思いまして」


 ロッソさんの問いに対し、ウルカは苦笑いを浮かべながら答えた。


「確かに酒屋の隣に乾物屋があったら最高じゃないか?」


「あー、ツマミを買う手間が省けるな。ワインを専門に扱う店とかウィスキー専門の店とかあったら面白そうだ」


 ウルカの考えを肯定するようにミレイも自分好みの店を妄想して口にした。酒と言われれば想像しやすかったのか、ロッソさんもミレイの考えに強く頷く。


 だが、二人が言うように必要となる商店が近くに固まってたら便利だろう。


 普段、俺達は都市で買い物する際に結構歩き回る事が多い。もしも、この場所のように徒歩十秒も掛からぬ範囲内に同種の店が揃ってたら、買い物に掛かる時間はぐっと減りそうだ。


「おっと、また階段だ」 


 二階部分をぐるっと周っていくと、二階部分には計四つの階段がある事が分かった。ある程度の距離を歩いたあと、一階部分へ降れるよう考えられているのか階段の数が多い。


 下へ降りるには端まで移動しなきゃならない、って事が無いのは便利だ。このダンジョンも古代人が造ったんだとしたら、やはりよく考えられているなと思う。


「二階部分は見たし、下に降りよう」


 ロッソさんを先頭に一階へ降りて行く。


 一階の壁際にもやはり扉の無い解放感のある小部屋が並んでいて、どれも網状のシャッターが降りていた。


 一階中央付近にはベンチやテーブルなどが置かれている場所もあるが、それも一部だけだ。ほとんどの場所には何も配置されておらず、広くて解放感のあるエリアと言えるだろうか。


 しかし、所々壁が壊れて瓦礫が積み重なっていたり、金属製の箱が散乱していたりと異様な状況も目に映る。


「あ、ちょっと! 見て下さい!」


 奥へ向かって歩いていると、レンが何かに気付いた。彼が指差すのは、右手側にあるシャッターが閉まった小部屋だ。


 彼の示した場所に向かうと、シャッターの中には何かが残されていた。


「あれ、第二ダンジョンで見ませんでしたか?」


 網状のシャッターに顔を近づけて中を覗き込むと、棚に重ねて置かれていたのは透明な板だった。中央には赤い石が埋め込まれているし、間違いなさそうだ。


「本当だ」


「あれと同じ物が第二ダンジョンで発見されたのか?」


「ええ。あの透明な板の中心にある赤い石が見えますか? あの辺りを触れると文字が浮かび上がるんですよ」


 第二ダンジョンで見つけた透明な板は既に学者達が回収済みだ。ただ、この透明な板の正体が何だったのかは聞いていない。


 結局何だったのだろうと今更気になってきた。 


「おい! こっちにも物が残されてるぞ!」


 ミレイの声が聞こえて顔を向けると、彼女は隣のシャッター前に立っていた。


 そちらに歩み寄って中を覗くと、壁際には棚がズラッと並んでいる。一部の棚には瓶が並んでいて、中には植物のような物が液体と共に浮かんでいるようだ。


「瓶詰……?」


「中は植物っぽいですね」


「古代人の食い物か?」


 レン、ウルカ、ロッソさんの順でそれぞれ感想が漏れる。


「学者達が喜びそうな物ではありますが、ちょっと怖いですね」


 中の植物は一体何なのだろうか。液体が漏れて、実は毒だった……なんて事もあり得る。


「回収は止めておこう」


 シャッターを強引に開ける事も出来そうだが、正直下手に触って事故を起こしても怖い。ロッソさんの意見に全員が肯定した。


 再び奥に向かって歩き出すと、最奥にはやたらと大きくて広い場所があった。しかも、入り口と思える場所には看板らしき物が掲げられている。


 看板らしき物には『Food &』とあって、一部の古代文字らしき文字を象った物体が床に落ちて散乱している。


「ここはシャッターが降りてないな」


 最奥にあった場所だけはシャッターが降りていなかった。入り口の幅は五メートル以上あるので、それだけ大きな幅を持つシャッターが無かっただけかもしれないが。


 とにかく、中に入ってみようという事になった。


 中に進入すると、大量の棚が列になって並んでいる。四方を囲む壁沿いには、蓋の無い金属製の箱が並んでいる。箱の中には仕切り板で区切られていて、箱の外側にはケーブルが伸びていた。ケーブルを辿って行くと、どうやら壁の中に続いているようだ。


 やはりここも何かを陳列させていたような雰囲気がある。天井には何か取り付けられていたようだが、現在は崩れ落ちて床に落ちていた。落ちていた物体からはケーブルが伸びていて、それは天井に開いた穴の中へと続いていた。


「でっかい店みたいだ」


「ですね」


 大量の棚が配置されている事から、二階部分や一階部分にあった他の場所と同じく商店のように思える。だが、商店にしては規模が大きい。


 この巨大で広い空間全てが商店と言えるエリアなのだろうか。だとしたら、とんでもない話だ。第三都市にある巨大市場の半分くらいの広さはあるんじゃないだろうか。


「魔物はいなさそうだな」


「ええ。ここはセーフゾーンなんでしょうか?」


 所謂、第二ダンジョンで言うところの地下三階。魔物が出現しない階層で休憩に使えそうな階層だったとしたら、ダンジョン内で拠点を築くにはもってこいだ。


「なんだ? これ?」


 棚と棚の間を歩いていると、ミレイが声を上げた。後ろを歩いていた彼女に振り返ると、彼女は足を止めて棚に手を伸ばしていた。


「なんだか金属っぽい?」


 彼女が棚から取り出したのは銀色で円形状の何か。彼女が手でそれを叩くとコンコンと音が鳴って、確かに金属らしい音が鳴る。


「迂闊に触るなよ?」


「いや、特に害は無さそうだけど……。中に何か入ってんじゃないかな」


 ミレイは円形のそれを耳元に寄せながら振ってみせた。特に音は聞こえなかったらしく、首を傾げながら棚に戻そうとしたのだが――


「あ!?」


 手が滑ったのか、ミレイは手から円形の物体を床に落としてしまった。ガツン、と床に落ちた瞬間、円形の物体からは「ブシャッ」と何かの液体が漏れた。


 液体の一部がミレイの靴にかかって、彼女は慌てて距離を取った。


「ミレイ! 大丈夫か!?」


「あ、ああ。何ともない」


 液体が付着した靴を見つめるミレイ。靴に異常もないし、露出した肌には付着しなかったようだ。


 俺が彼女に注意をしつつ、体に異常があればすぐに言ってくれと告げる。


 一方で、ロッソさんは床に落ちた円形の物体を剣先でちょんちょんと弄っていた。


 そして、物体の近くにしゃがみ込むと床に飛散した液体を指で掬い取って匂いを嗅ぎ始めたのだ。


「だ、大丈夫ですか?」


 俺は彼の大胆な行動に驚いた。


 ロッソさんも腕にはガントレットを装着しているが、液体を触って平気なのだろうか? というか、むしろ匂いまで嗅いで平気なのだろうか? 


 毒薬の一種には匂いだけで意識を奪うという物もあると聞く。その類だったら……と心配していると、ロッソさんは俺に顔を向けて首を振る。


 首を振った彼の口から飛び出したのは意外な言葉だった。


「むしろ、美味そう」


「は?」


「いや、何というか……。美味そうな匂いがする」


 そんな馬鹿なと思い、俺もしゃがみ込んでから手を扇ぐ。匂いをかき集めるようにしていると、俺の鼻が感じたのは「魚っぽい?」といった感覚。魚が持つ独特の臭みのような匂いが感じられた。


 正直、俺としてはあまり「美味そう」とは感じられないのだが……。


「昔、外国で食った魚料理みたいな匂いがする。凄い美味かったんだ。酒のツマミに最適」


「そ、そうですか……」


 とにかく、匂いを嗅いでも体に異常はない。


「この金属の中に食べ物が入っているって事ですか?」


 本当にロッソさんが言うように、魚の料理が入っていたのか?


「どうだろう。食えるのか……?」


 ロッソさんの答えに「そんな馬鹿な」と首を振る。


 そもそも、かなり長い間放置されていたであろう物だ。中身が食べ物であったとしても食えるとは思えなかった。


 ただ、腐臭はしないんだよな……。


「これは回収していくか」


 ロッソさんは収納袋から小さな紙袋を取り出して、液体が零れ出た円形の物体を回収した。そのまま収納袋にぶち込んで、地上に戻ったら学者達に見せると言う。


「ぐるっと見て周って、魔物がいなかったら一旦戻ろう。地下一階にあった別の通路も調べなきゃならんし」


「そうですね」


 結論から言うと、この階層に魔物の姿は無かった。やはり第二ダンジョンの地下三階層と同じくセーフゾーンなのかもしれない。


 ただ、問題は下へ向かう階段だ。一階部分を端から端まで見て周ったが、下の階層へ続く階段は見つからなかった。第二ダンジョン二十階のように仕掛けや遺物を作動させると出現するのだろうか?


 階段探しは一旦保留として、地下一階へと戻る事に。


 調べていなかった通路も調べてみたが、そちらにはただの小部屋があっただけ。小部屋の中には何もなく、ただ壁と床があっただけだった。


 確認後、俺達は地上に戻った。


 地上では残りの騎士達が作業を進めていて、邪魔な木を斧で切り倒したり、根っこを除去している姿が見られる。


 作業中の騎士達から「ダンジョンはどうでした?」なんて聞かれながらも、俺達はオラーノ侯爵とベイルーナ卿が待つキャンプに戻るのであった。

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