第187話 第四ダンジョン
第四ダンジョンが発見された山の麓、小さな森の入り口に到達したのは二日目の昼過ぎだった。
あと数時間で空が茜色に変わるが、その前にダンジョン入り口付近の状態を把握したいとオラーノ侯爵は考えを明かした。
「暗くなってから森に入るのは危険だろう。今日は場所の把握だけで終わらせよう」
本日中に第四ダンジョンの正確な場所、周辺の状況だけを確認しておく。そうすれば、明日にダンジョン前でキャンプ地を設営する作業も楽になるだろう。
オラーノ侯爵は部下を数名、そこに俺を加えたメンバーを編成する。現地まで案内してくれるのは、実際にダンジョンを見つけた第三騎士団の騎士だ。
「こちらです」
ダンジョンを発見した騎士が俺達を先導しながら森の中を進み始めた。森の入り口から大体四十分程度歩いた場所にダンジョンの入り口があるらしい。
「こりゃ、馬は無理ですかね」
共に向かう騎士が言うように、森の中は非常に歩きにくかった。地面には太い木の根が露出していて起伏があるし、動物が暮らしている痕跡が多く見られた。案内役の騎士によると、野生の熊が生息しているらしい。
「熊程度なら脅威にはならんが、ダンジョンまでの道は早急に整備するべきかもしれんな」
普段から魔物と戦っている俺達にとって、野生の熊なんて脅威にもならない。だが、この悪路はどうにかするべきだ。追加の物資を運ぼうにも、毎回四十分かけて運び込むのは嫌になる。
「見えました。あれです」
先導する騎士が指を差した。その方向を見やると、崩れた石ブロックが地面に散乱していた。
石ブロックは長方形になっていて、緑色の苔が大量に付着している。いくつも同じ形状の石ブロックが重なるように崩れている事から、小さな遺跡が崩れた跡のようにも見えた。
あの崩れた石ブロックの下に階段があるのだろうか? となると、ダンジョンの入り口は剥き出しなのか?
「この下です」
案内役の騎士は石のブロックを持ち上げようとした。慌てて俺も手伝って、二人でブロックをどける。すると、石ブロックの下には鉄製のハッチがあった。
「中は見たのか?」
「一応、開けはしました。ハッチの中には下へ続く梯子があります」
中は暗く、梯子の終点は見えなかったらしい。
発見後、仲間を連れて再びやって来た騎士は仲間達と共に梯子を降りてみたそうだ。梯子を下りると、奥へ続く通路が続いているという。
どう考えてもローズベル王国が作った施設とは思えなかったし、通路には古代文字と思われる文字の羅列が刻まれていたようだ。
「ローズベル王国が密かに建設した施設って事はないんですよね?」
「無いな。発見後に古い資料を探ってみたが、この地域に施設を建設しようとする計画すら無かった」
俺がオラーノ侯爵に問うも、彼は否定しながら首を振った。
「通路に魔物は?」
「十分ほど梯子を下りた地点で待機しましたが、奥から現れる気配はありませんでした」
オラーノ侯爵の質問に首を振る案内役の騎士。彼の返答を聞いたオラーノ侯爵は、腕を組みながらハッチをじっと見つめる。今後の行動を思案しているのだろう。
しばし考えたあと、彼は判断を下す。
「明日は朝から土木作業だな」
オラーノ侯爵はダンジョンから即魔物が溢れるなんて事はない、と判断を下したようだ。まぁ、長年放置されていたにも拘らず、この辺りで魔物が氾濫した記録も無いようだし。
まずは今後の補給も考えて、ダンジョンまで一直線の道を作る事を最優先とするのだろう。
そして、翌日の朝。
騎士達は剣や槍ではなく、シャベルや斧を持って作業の準備を始める。
数名がロープを何束も持ってダンジョン入り口まで向かった。ダンジョン入り口からロープを結んで長さを延長しつつ、一直線になるよう目印を作っていく。
森の入り口まで戻って来たあと、他の者達はロープを目印に邪魔な木や根っこを除去して馬車が通れる道を作っていくってわけだ。
皆が準備している中、俺達も作業に加わろうと思ったのだが――
「アッシュ。お前達は先行してダンジョンに潜ってくれんか?」
オラーノ侯爵はダンジョン慣れした騎士を何人か選抜したらしい。俺達は彼等と共にダンジョンの中を調べる事になった。
共にダンジョンへ潜る事になった騎士隊は王都騎士団所属の騎士達だ。
隊の隊長は本部の運動場でも一緒にトレーニングした事がある者で、名前はロッソという中年騎士。
細くも太くもない体躯に茶色の短髪といったどこにでもいるような外見だが、彼の右頬には大きな傷跡がある。彼曰く、昔第一ダンジョンに出現したネームドから受けた傷なんだとか。
しかし、彼は傷を負いながらも生き残ったのだ。傷を与えた魔物を狩り、怪我した部下を連れて生還したという経験を持つ。その壮絶な経験はベテラン騎士と呼ぶに相応しく、オラーノ侯爵が高く評価するのも頷ける経歴と言えるだろう。
「ロッソさん。今日はお願いします」
「王国十剣のアッシュさんがいりゃ怖いモンはねえな」
ニカッと笑ったロッソさんと握手を交わし、俺達はロッソ隊と共に第四ダンジョン入り口へ向かった。
ハッチの前までやって来ると、ハッチを開けて中を覗き込んだ。確かに下は真っ暗だ。調査用の魔導具を収納袋に入れて持ち込んでいるが、明日以降もランプは大量に必要だと考えさせられる。
「俺達が先に降りる」
まずはロッソ隊が先行する事に。騎士達は順番に下へ降りて行き、到達すると魔導ランプを点けて光源を確保。何名かが通路の先を確認した後、問題無しと返答が返って来た。
続けて俺達も下へ降りていく。
確かに降りた先にあるのは細い通路だ。通路の幅は大人二人分もない。一人一列になって進まないと通れなさそうだ。
「こりゃ戦闘になったら厄介だな」
通路は狭いし天井も低い。ロングソードは振ったら先端が天井と壁に当たりそうだ。
「壁と床はコンクリートっぽいですね」
ウルカが壁を手でコンコンとノックしながら材質を探っていると、彼女の口から「あっ」と声が漏れた。
「先輩、これ」
ウルカは片手に持ったランプを掲げながら、もう一方の手で壁を指差す。そこには細長いプレートが壁に取り付けてあって、プレートの中央には古代文字らしき文字が書かれていた。
「文字と……。矢印か?」
プレートの中には文字だけじゃなく、通路の奥を指し示す矢印が記載されていた。
「奥へ向かえってか?」
「かもしれませんね」
プレートの矢印を見て、俺はロッソさんと顔を見合わせる。二人揃って通路の奥へ顔を向けるが……。何にせよ、先に進まないと分からないってことか。
「俺達が先に行くぜ」
「了解」
ロッソさん達が先行して、俺達は後ろについた。後方を警戒しながらも進んで行くと、俺達はT字路に行き着いた。
「どっちだ?」
左右に伸びた道をそれぞれランプで照らすも、先が暗くて完全には見えない。
「待ってくれ。また壁にプレートがあるぞ」
どちらに行くべきか悩んでいると、ミレイが壁に取り付けてあったプレートを見つけた。
「あー……。まぁ、読めねえわな」
見つけたプレートにはまた古代文字らしき文字列が。だが、右方向を示す矢印がまた記載されていた。
「とりあえず、矢印に沿って進んでみるか?」
古代文字が何を意味しているのか不明だ。どちらにせよ、俺達はどっちの道も調べねばならない。ただ、ロッソさんの提案通り、まずは矢印に沿って進んでみようとなった。
何らかのヒントが欲しかったというのもあるが、まずは矢印を記載したであろう主の考えに従ってみよう、と。
俺達は右の通路を進んで行き、しばらくすると行き止まりに到達した。
「なんだ、ハズレか」
ため息を零すロッソさんだったが、俺にはそうは思えなかった。
プレートに矢印まで記載して、その先が行き止まりだったなんてあり得るだろうか? ダンジョンを造ったのが古代人だったとしたら、そのような無駄な事をするだろうか?
俺は行き止まりになっている壁に近付いて、壁に何か仕掛けがあるんじゃないかと探り始めた。
ペタペタと壁を触っていると、壁の一部に違和感を感じた。大体、三十センチ四方の四角形。この部分だけこちら側に反発するような感触がある。押し込んだら何か起きるのかもしれない。
「ここ、押せそうだ」
ロッソさんに振り返りつつ、押すか? と無言で問う。すると、彼も無言のまま頷いた。
「離れて」
俺は全員を離れさせて、片手で壁を押し込んだ。すると、ズズズと壁の一部が押し込まれていく。完全に押し込んだあと、俺もすぐに後ろへ下がった。
「おいおい……」
壁の一部を押し込むと、今度は壁全体が振動し始める。直後、行き止まりだった壁は右手側に吸い込まれていき、更に下へ向かう階段が姿を現した。
「どうします?」
「そりゃ、行くっきゃねえだろ」
俺が問うと、ロッソさんは頷きながら言った。
もう一方の道は置いておいて、まずは先に下の様子を見る事にした。
全員で階段を降りて行くと――
「マジかよ……」
下の階層は超巨大な空間だった。
階段を降りると左右に伸びた通路があって、通路はぐるっと一周楕円形状に繋がっていた。
「ここは二階部分のようだな」
ロッソさんが通路に出て、通路から下を見下ろす。俺も彼の隣に行ってランプを掲げながら下を見た。
大体、高さは十メートルほどだろうか。一階部分には椅子やテーブルが散らばっていたり、ベンチがあったり、箱が置いてあったり……。
明らかに何者かが生活していた痕跡がある。どう考えても学者に知らせるべき案件だ。
しかし、知らせる前にやるべき事がある。
「まずは安全かどうか調べますか」
「だな」
下の階を見下ろしていた俺達は頷き合い、まずはこの階層に魔物が出現するかを調べる事にした。
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