第186話 道中の楽しみ方


 第三都市から北東に向かい始めた俺達の旅路は順調そのもの。


 目的地の目印は北東に聳え立つ巨大な山だ。山の天辺は雲に覆われて見えないが、タイミングが良ければ綺麗な青空と共に拝む事ができるんだとか。


 麓には小さな森があって、その森の中に第四ダンジョンの入り口があるという。


 俺達を乗せた馬車は第三都市から北に伸びる街道――聖王国との国境線を守る北部国境砦に続く街道を利用しながら進んでいた。


 街道は国境守護の任務に従事する騎士達が詰める砦まで続く道とあって、十分と言えるほど整備されていた。


 ただ、砦自体はやや北西側にあるので、今回は途中で東方面に向かわねばならない。


 北東への分かれ道を進んだ先は街が無い事もあって未だ道の整備が甘い。西側へ進む道は整備された道が続いていて、北部国境砦の手前にある街まで続いているらしい。


「北東へ続く道の整備もだが、新しく駅も作らねばならん。元々北部の街に駅を新設する予定であったが、第四ダンジョンが発見されたのもあって一旦見送られている」


 少し前に国境を守る砦までの補給路を見直そうという案があったようだ。だが、第四ダンジョンが発見された事で一旦保留となった。


 しかし、王城の計画によると、この際だから第四ダンジョン都市と北部の街両方に駅を新設しようという案が浮かんでいるらしい。


「これまで聖王国との睨み合いが続いていたが、大きな戦争には発展しなかった。だが、第二ダンジョンで起きた事件もあるからな。去年から国境の守りをより厚くする事になった」


 同時に迅速な物資輸送と人員輸送を現実にするべく、魔導列車の線路開通が計画された。予算等も決まって、いざ取り掛かろう――とした際に第四ダンジョンが発見されたってわけだな。


「ダンジョンを迅速に制御するにはそれなりの戦力と物資が必要だ。高速輸送を現実とする魔導列車は必須であるし、将来的には都市化するわけだからな」


 優先順位としては魔導列車の開通。その後、都市化に向けて周辺の整備が始まるようだ。


 オラーノ侯爵から今後の計画を聞いていると、ベイルーナ卿が頷いて口を開いた。


「しかし、まずはダンジョン内部の調査だ。どれだけ危険なのか、どんな魔物がいるのか、どのような構造になっているのか。それらを調べねば計画も進まん」


「それが今回の目的って事ですよね」


「我々の事前調査によって計画全体が左右する。見直す点も出るかもしれん。ダンジョン内部の調査が始まったら、どんな些細な事でも報告してほしい」


 ベイルーナ卿の要請を聞き、俺は強く頷いた。


「といっても、身構えるのはまだ先だ。今は長閑な景色を見ながら馬車の旅を満喫するしかあるまい」


 オラーノ侯爵はそう言いながら、窓の縁に肘をついて外を眺め始めた。


 窓から見える景色は広大な野菜畑。もうちょっと進めば広いブドウ畑が見えてきて、近くに複数のワイナリーを中心とした村があるらしい。


 他にも畑を管理する農家の子供達が道端で遊んでいて、道行く騎士達に手を振る姿が見られた。


「平和ですね」


「これを維持していきたいものだ」


 こんな風景、帝国じゃ一度も見た事がない。だからこそ、余計に守るべき風景なのだと実感できる。


「ところで、第三ダンジョンのネームド退治は見事だったな」


 話題は変わり、今度はクリムゾンウルフの件に移った。話を切り出したベイルーナ卿は、王都に送られたネームドの死体がどうなったかを教えてくれる。


「肉は腐り落ちたが毛皮は残った。素材としてはレッドウルフと同じだな」


 滅多に生まれないネームドから採取できる素材としてはイマイチ。利用価値も低く、毛皮のコートにするくらいが精々なんだとか。


 ただ、珍しい素材とあって王都研究所で保管となったようだ。


「まぁ、第三ダンジョンは魔導具へ利用できる素材は元々少ないからな。あそこは完全にダンジョン栽培専門だ」


 魔導具生産としての利用価値は、やはり第一と第二がぐんを抜いている。ネームドが出現した第三ダンジョンは今後もダンジョン栽培を中心とした利用方法が維持されるようだ。


 丁度、第三ダンジョンの話題になった事もあって、俺は気になっていた部分を質問することにした。


「十階の奥に遺跡があったのですが……」


「ああ、あそこには第二ダンジョンにあった柱がある。といっても、柱があるのは十一階と言える場所だがな」


 俺の問いに対し、オラーノ侯爵は結構あっさり教えてくれた。


 あくまでもあの遺跡は入り口であって、本命と呼べる場所は遺跡内部の階段から降りられる十一階のようだ。


「第四ダンジョンにもあるのでしょうか?」


 ウルカが問うとベイルーナ卿は頷いた。


「恐らくな。これまで全てのダンジョンで発見されてきた」


 つまり、第一ダンジョンにも同じ物があるってわけだ。これまで全てのダンジョンで発見されてきたからには、第四ダンジョンにも同じ物があると考えるのが普通だろう。


「しかし、まさか第三ダンジョンにもネームドが発生するとはな」


「え?」


 ベイルーナ卿の口振りからすると、別の場所でも発生したような言い方だ。しかし、その考えは正しかった。


「同時期に第二ダンジョンでもネームドが発生した。あちらは十六階の巨大鳥だ。巨大な七色の羽を持つ巨大鳥が現れたのだ」


 なんと第二ダンジョンの方では七色の羽を持つ巨大鳥が出現して、第二ダンジョンで活動するハンター達を騒がせたようだ。第二ダンジョンも氾濫とまではいかず、女神の剣と騎士団によって討伐されたらしい。


 強さとしてもあまり狂暴とは言えず、魔導弓による一斉射で地上へと叩き落としたのが決め手となったようだ。


 第二ダンジョンでキメラやら他の凶悪な魔物と戦った経験のある第二騎士団、それに女神の剣に掛かれば問題無しといった感じだったらしい。


「同時期にネームドの発生ですか」


 しかし、時期が重なったのは気になるところ。偶然なのか、それともダンジョンが起こした現象なのか。


「正確には何とも言えんな。第一からは報告が上がっていない。ただ単に偶然とも考えられるし、ダンジョンの共通事項なのかとも考えられる」


 決定的な証拠は得られず、ベイルーナ卿としてもモヤモヤしたまま脇に置いておくしかないようだ。


「第四ダンジョン内にもいると思いますか?」


「可能性は十分にあるだろう。第四はこれまで人が入っていないからな。ただ、中にネームドがいても……。長年放置されていたという理由もある。今回の件との関連性は結びつくか不明だ」


 ベイルーナ卿は腕を組んだまま首を振った。これが第一でもネームド発生となっていれば、共通事項になり得たかもしれないが。


 加えて、仮に第四ダンジョン内にネームドが発生した時点で氾濫が起きていないのも気になるところ。第四ダンジョンでネームドが発生し、同時に氾濫が起きていたらもっと早くにダンジョンの存在が見つかったことだろう。


 だが、それが無かったということは内部にネームドがいない可能性が低いという証明にもなり得るか。


 ……まぁ、どちらにせよ、現地へ向かってみないと何も分からないという点は確かだ。


「しかし、どういった構造になっているんだろうなぁ」


 そう言ったベイルーナ卿はため息を零しながらも目が輝いていた。また古代文明に繋がる手掛かりがあると思っているのか、今からワクワクしてたまらないといった感じ。


 ここからはベイルーナ卿の古代文明についての考察が語られ続ける。俺とウルカは彼の話を聞いていたが、ベイルーナ卿の隣に座るオラーノ侯爵は静かに眠っていた。



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 ベイルーナ卿の話をひたすら聞き続けて、何度か休憩を挟みながらひたすら北東へ。街道として整備された道はとっくに終わっていて、馬車を引く馬は土が剥き出しになった道を進む。


 夕方を迎えると、俺達は中間地点に到達した。


 馬車が止まったの場所は、近くに川が流れる開けた場所だ。今日はここでキャンプとなる。


「キャンプ用の物資を下ろせ! 準備が出来た者から各自設営を開始!」


 ここからはグループに別れてテントの設営が始まった。もちろん、俺達ジェイナス隊は一つのグループとして扱われる。


「あっちに大型の魔導コンロが設営されるってさ。夕飯の準備は交代制。材料は各自取りに来てくれって」


 夕食に使う材料は騎士団持ちだ。騎士団で用意した大型の収納袋に材料がしこたま詰められているらしく、それを使って夕飯を作る事になった。


 他にも各自で好きな物を持ち込んでいる者もいるが、それらは非常食みたいな扱いだろう。


「あー、お尻が痛いですね」


 ただ、レンはさっそくとばかりに自分用の収納袋からクッキーを取り出していた。甘いチョコでコーティングされたクッキーを一枚口に挟むと、自分の尻を撫でながら近くに置いてあったテントを設営し始めた。


 レンが設営しているテントはミレイと一緒に使う物だ。俺も彼等が眠るテントの隣にウルカと一緒に使うテントを設営し始めた。


「私とミレイ先輩は夕飯作ってきますね」


「ああ、頼む」


 二人を見送って、俺達男二人はテントの設営を進めた。慣れない作業に手間取るレンを補助しつつ、無事にテントを設営し終えたタイミングで二人が戻って来た。


「今夜はシチューとパンにしました」


 ウルカは四人用の鍋を持っていて、ミレイは片手にパンの入ったバスケット。もう片方の手には魔導ランプをぶら下げていた。


 ウルカは小さな簡易テーブルの上に鍋を置いて蓋を開ける。開けた瞬間、温かい湯気がモワッと飛び出した。


 それに美味そうな匂いも。


「こりゃ美味そうだ」


「材料は全部第三都市産ですよ。第三都市騎士団の方に作り方のコツも教わっちゃいました」


 曰く、第三騎士団の料理番と呼ばれる女性騎士が今回の一団に加わっているんだとか。ウルカは彼女から美味しい第三都市シチューの作り方を教わったらしい。


「さっそく頂こうか」


 テーブルを囲むように小さな折り畳み椅子を並べて、四人揃って夕食を摂り始めた。


 料理の感想は――とにかく美味い! ゴロゴロとした大きな具材も食べ応えがあるし、味の濃さも丁度良い。第二都市で食べたシチューはスープがサラサラだったが、第三都市のシチューはとろみがある。ウルカ曰く、これが特徴なんだとか。


「うーん。美味い」


「良かったです」


 俺の漏らした感想を聞いて、ウルカは「えへへ」と笑った。


 こりゃ良い奥さんになる。間違いない。


「さーて……」


 一方で、ミレイは食事の途中で立ち上がる。何をするのかと思いきや、出発前に積んでいたワイン瓶を持って来たのである。


「こいつは極上だぜぇ……。イッヒッヒッ!」


 悪い顔をしながらグラスにワインを注ぐミレイ。彼女曰く、第三都市産のレアなワインなんだとか。同じ銘柄の物は二本持ち込んだらしく、もう一本はオラーノ侯爵に献上したという。第三都市へ来る前に話していた銘柄の高級ワインだろうか?


 ミレイがワインを大事に抱えながら飲んでいると、近くを通り過ぎた騎士がそれに気付いた。彼はミレイの抱えたワインをジッと見つめたあと、自分のテントがあるであろう場所に向かって行く。


 そして、しばらくすると瓶を抱えながら戻って来た。


「お嬢さん、良いワイン飲んでいるね。俺のモンと分けっこしないかい?」


「あん? どんな酒持って来たんだい?」


 ミレイに問われた騎士は手持ちの瓶を掲げながら目を光らせた。彼の持っている酒はウイスキーのようだが。


「南部の街で作られた極上のウイスキーだぜ。熟成も完璧。俺のゲン担ぎに持って来たんだ」


 騎士は交換するかどうかは一口飲んでからで良い、と言う。すごい自信満々だ。


「いいだろう! 受けて立つ!」


 どんなテンションだ。もう酔ってんのか?


 ミレイは一口分だけ注がれたグラスを受け取って、口の中に流し込んだ。口に入れた途端に目を瞑り、あたかも専門家気取りだ。


 口の中でウイスキーを味わったミレイは「カッ」と目を開く。そのまま無言で新しいグラスにワインを注ぐと、騎士にそっと差し出した。


「フッ」


 グラスを受け取った騎士はミレイの持っていた空のグラスにウイスキーを注ぎ、両者無言でグラスを掲げて乾杯。二人共ぐいっと一気に酒を飲み干した。


「またな」


「ああ」


 酒好き同士、心を通わせたような別れ方。


 何と言うか……。うん。隣で頬を膨らませているレンの事も考えてやれよ。


 そんなやり取りを眺めながら食事を続けていると、次第に周囲も騒がしくなってきた。俺達の居る場所にはオラーノ侯爵やベイルーナ卿がやって来たり、リンさんもレンと喋りに来たり。


 ワイワイと楽しみながら過ごす時間はちょっとしたキャンプ旅行のようで楽しかった。


 食事も終わって片付けを済ませると、騎士達は交替で見張りをしながら就寝していく。オラーノ侯爵から「お前達は本番に備えろ」と言われたので見張りは無しだ。お言葉に甘える事にした。


「先輩、見て」


 そろそろ寝ようかと話していると、テントに入る前にウルカが空を指差した。


 彼女が指差す空には星がたくさん輝いている。周囲には人工物が何もない開けた場所なだけあって、星の輝きが一層綺麗に見えた。


「綺麗だ。こういった旅も悪くないな」


「そう言えば、帝国にいた時も同じような景色を見ましたね」


 王都周辺の警備任務をしていた際、馬が怪我して野宿した事があったっけ。その時もウルカと一緒に夜空を見上げていたな。


「運良く第三都市に来る事が出来たからな。今度こそ、二人で別の場所に旅行へ行こう。その時、また夜空を見上げたい」


「はい。もちろんです」


 満点の星空の下、今度は二人きりで過ごしたい。俺達は自然と手を繋いで、いつか時間が出来たら必ず旅行に行こうと誓い合った。 

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