第185話 出発の日
地上に戻った俺達は騎士団本部へと帰還した。
第三都市騎士団の団長であるリュマ氏と打ち合わせを行っていたオラーノ侯爵両名にネームドが出現していた事を告げると、二人共驚きの表情を露わにする。
「なるほど、ネームドか」
「ええ。ネームドがレッドウルフの群れを率いるボスとして君臨していて、積極的に人間を襲うよう命令していたと思われます」
正確な答えは学者達が出すだろうが、実際に戦った俺達の推測も述べておく。これもレポートに記載しておかなければな。
腕を組みながら頷くオラーノ侯爵は続けて問う。
「見た目はどうだった?」
「レッドウルフよりも鮮やかな赤色の毛波を持つ個体でした。あと口から火の玉を吐いてきましたね」
「魔法を使用する個体か。厄介な相手だったな」
オラーノ侯爵は「アッシュに任せて正解だった」と言ってくれる。第三騎士団団長であるリュマ氏もスピード解決で助かった、と。
これで第三ダンジョンの平和も保てそうだ。上層にある長閑でのんびりとした独特な雰囲気は壊したくない。
「すまないが、あと数日は様子を見て来てくれんか? ネームドが発生したせいだとは思うが、念のためな」
「ええ。もちろんです。ところで、討伐したネームドの死体はどうしますか?」
オラーノ侯爵の提案に頷きつつ、俺は死体の入った収納袋を掲げて見せた。
「うちの騎士に届けさせます」
リュマ氏は「王都研究所に届けさせる」と言って、俺から収納袋を受け取った。本日中に王都へ向かわせて、王都研究所に預けて来てくれるようだ。
ついでに向こうからやって来る学者とも合流して第三都市に戻るようにする、と計画を告げた。
「第四ダンジョンの方はどうですか?」
俺が計画の進み具合を問うと、二人は揃って頷いた。
「今、馬やら物資やらの手配をする商会が決まったところだ。王都へ出す要請書も作ったし、当初の予定通り一週間で出発となるだろう」
「アッシュ殿が解決してくれたおかげで、第三都市騎士団からも人手を出せそうです。その辺りは一旦の見直しをしましょうか」
「そうだな。どれくらい出せそうだ?」
しばらく派遣する騎士の数について話し合いが続くが、第三ダンジョンにあった懸念も消えたのでスムーズに事が進む。結局のところ、第三都市騎士団からは騎士百名。王都騎士団からは騎士五十名という配分に決まった。
「よし、アッシュ達はネームドのレポートを頼む。恐らく、王都研究所から学者達が飛んで来るぞ。レポートを催促してくるだろうから、早いうちに書いてしまえ」
「部屋を用意させます」
オラーノ侯爵がレポートの作成を促し、リュマ氏は部下に部屋を用意するよう廊下へ出て行った。
「……ベイルーナ卿が飛んできますかね?」
「……あり得るな」
オラーノ侯爵はとても小さな声で呟いた。
元々、ベイルーナ卿は第四ダンジョンへ向かう際に合流する予定だったのだ。当初の予定では一週間後に合流するつもりだったが、それを前倒しにしてやって来る可能性は非常に高い。
またミランダから説教されそうだな、とオラーノ侯爵は漏らしつつ首を振っていた。
その後、俺達は一晩掛けてレポートを作成。オラーノ侯爵が言っていた通り、翌日の朝には学者達が第三都市へすっ飛んで来たのだが、彼等の中にベイルーナ卿の姿は無かった。
俺達が書いたレポートを慌ただしく回収した後、全文に目を通してから質問責めが始まる。
彼等の質問責めが続く合間に、俺はベラさんへ問うた。
「そう言えば、協会へ報告していませんが大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、そちらは私が伝えておきました。スティーブも感謝していましたよ」
昨日のうちにベラさんが協会へ伝えてくれたようだ。
合間にそんな話をしつつ、俺達への質問責めは朝から昼過ぎまで続いた。
結局、ベイルーナ卿がやって来る読みは外れてしまったが、彼と変わらないほどの熱意を持った学者達は「今日もダンジョンに行くなら同行したい」と言い出した。
どうやらネームドを倒した後の変化を実際に見てみたいようだ。特にレッドウルフの習性が元に戻ったのかを確認したいらしい。
断る理由もなかったので、俺達は昨日と同じメンバーで再び第三ダンジョン九階層へ。
結論から言おう。
驚くべきことに、一晩経つとレッドウルフの習性はネームド出現以前の状態に戻っていた。
「襲って来ないな」
「かなり警戒していますね」
レッドウルフの姿は見られるも、木々の影や岩の影からじっとこちらを見て来るだけ。
昨日のようにいきなり襲い掛かっては来ない。ジリジリと移動しながら、ゆっくりとこちらを取り囲むような動きは見せるものの……。
「あ、逃げた」
ミレイが戦闘態勢を取ると、こちらを見ていたレッドウルフ達は階層の奥へと逃げ出してしまう。
「これが普通なんです。警戒心が強く、ちょっとでも被害が出そうだと察したら逃げ出します。そして、忘れた頃にまたやって来て取り囲むように動き出すのです」
奥へ逃げた個体はレッドウルフ達の「釣り餌」なんだとか。
人間に敵わないから逃げたと思わせて、実は隠れていた個体がバレないように動き出す。気付けば群れに取り囲まれていて、隙を見せたら一斉に襲い掛かって来るんだとか。
その証拠にベラさんが「ほら」と指出した先にある岩の影には、レッドウルフの形をした影が漏れ見えていた。
「ネームドの出現によって習性が変化する点は興味深いですね」
話を聞いていた学者が紙にメモを取りながらそう言った。
「普通は変わらないんですか?」
「これまでネームドが出現すると、爆発的に個体数が増えるという現象が同時に起きていました。ネームドは増えた個体を引き連れて上層へ向かい、それが氾濫に繋がるって感じでしたね」
ただ、ネームドが発生しなくとも個体の急な増加は起きているようだ。典型的な例は俺が第二ダンジョン都市へ来たばかりの頃に起きたブルーエイプの氾濫だろうか。
どうして急に個体数が増えるのか、ネームドとの関連性、これらがどう作用して氾濫に繋がるかはまだ正確に解明されていない。
だが、ダンジョン自体に何らかの問題が起きて、それが魔物にも影響を及ぼしたのではないかとは考えられているそうだ。
「これまでは習性の変化が認められる前に氾濫が起きてしまっていた可能性があります。そもそも、普段は上層へ移動しない魔物がネームドの出現と同時に上層へ移動するって行動自体がおかしな点とも言えますが……。とにかく、今回の件はかなりレアなケースでしょう」
また、別の学者達は「もしかしたら徐々に個体数が増えていく段階だったのかもしれない」とも推測を口にした。
俺達がネームドを討伐、そして徐々に増えていたレッドウルフ達のほとんどを狩り尽くしたおかげで氾濫が阻止された可能性も高い。増えていた個体を全て討伐したので個体数が正常値に戻ったのかもしれない、と。
「何にせよ、早期解決したのが良かったんでしょうね」
小まめにダンジョンの様子を観察していた第三都市騎士団、そして解決に協力した皆さんのおかげですと言われてしまった。
少しでも役立てたのなら何よりだが、こうして面と向かって言われると照れてしまう。
「とりあえず、数日は私達も同行させてもらえませんか?」
「はい、構いませんよ」
こうして、俺達は第四ダンジョンへ向かう前日まで学者達と第三ダンジョンに潜って九階層の様子を確認し続けた。
ネームド討伐以降は目立った変化もなく、これまで通りの正常な状態に戻ったと認められる。これで第三ダンジョンの件は完全に事件解決となった。
そして、遂に俺達が第四ダンジョンへと向かう日がやって来た。
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第四ダンジョンへ出発する当日。
俺達は騎士団本部の前で帆馬車に荷物を積んでいると――
「おおい、アッシュ」
後ろから声を掛けられ、振り返ればメインストリートを歩く学者達の一団が。先頭にはベイルーナ卿がいて、彼は屋台で買ったであろう肉串を持ちながら手を振っていた。
「ベイルーナ卿。駅から歩いて来られたのですか?」
「ああ。これが食いたくてな」
オラーノ侯爵と同じように、彼もまた第三都市へ赴いたら絶対に食べたい料理があるらしい。美味しそうに肉串をパクパクと食べて、残った串を従者であるセルジオ氏が広げた収納袋の中に放り込んでいた。
「準備は出来ているようだな」
「ええ」
俺達や学者達が乗る馬車が全部で五台。物資や荷物を運ぶ帆馬車が七台。同行する騎士達は全員馬に乗って移動する。
馬車が並ぶ光景もだが、騎士達が跨る大量の馬を見ると「遂に出発の日だ」と実感が沸いてくる。
「さて、ワシはロイと打ち合わせをしてくる」
「ええ。本部の中におりますよ」
ベイルーナ卿を見送ると、再び背後から「アッシュさん」と声を掛けられた。振り向けば、立っていたのはレンの兄であるリン・アルバダインさんだった。
「リンさんじゃないですか。第四ダンジョンの調査に参加するんですか?」
「はい。ベイルーナ様に選抜メンバーとして選ばれました!」
彼は今回の調査に参加するよう、ベイルーナ卿直々に指名されたようだ。第二ダンジョンの調査にも参加していたし、やはり彼は優秀な学者なんだろうな。
「あれ? 兄さん?」
「レン!」
帆馬車に荷物を積んでいたレンがひょこりと顔を出すと、リンさんは彼に気付いて駆け寄って行った。
久しぶりに兄と再会したレンは「アッシュさんに迷惑を掛けていないか」「ちゃんとやっているか」と兄からの質問責めを受けてしまう。質問の度に「大丈夫だよ!」とか「問題ないから!」と返しているが、それでもリンさんの心配は尽きないようだ。
ただ、再開した当初よりは関係性が好転している。こうして二人を眺めていると、心配性な兄と兄離れしたい弟といった感じ。レンの返答はぶっきらぼうなところもあるが、前のようなトゲトゲしさは消えているように見えた。
「こう見ると、仲の良い兄弟ですね」
「ああ」
小物を積み込み終えたウルカが傍に来て、話し合うアルバダイン兄弟を見ながらそう言った。
「おおい、そろそろ出発するって!」
ウルカと一緒にアルバダイン兄弟を見守っていると、本部から出て来たミレイが大声で告げる。
彼女の方へ振り返ると――
「……それ、持っていくのか?」
「当たり前だろ!?」
彼女が両手で運んでいたのは、ワイン瓶の入った木箱だった。それを慎重に帆馬車へ積み込み、倒れないようしっかり固定する周到さを見せる。
「酒が無けりゃ死んじまうよ」
長い付き合いの中で一度も見た事ないくらいの真剣な顔で言うミレイ。彼女の表情を見て、俺は「本当に死んじまうんじゃないか」と心配でならなかった。
「皆、準備はいいか!」
続いて、本部から姿を現したのはオラーノ侯爵とベイルーナ卿。その後ろにはリュマ氏が控えていた。
騎士達が最終点検を終えて「問題なし!」と叫び声が続く。
「全員乗り込め! 騎士達は騎乗せよ!」
俺達もキャビンに乗り込み、遅れて俺とウルカの乗る馬車にベイルーナ卿が乗り込んだ。先導と護衛をする騎士達は馬に跨り、一部の騎士は御者台に乗り込んで手綱を握った。
「では、行って来る!」
「ハッ! ご武運をッ!」
オラーノ侯爵は「出発!」と叫び声を上げてからキャビンに乗り込んだ。
俺達は第三ダンジョン都市騎士団に残る騎士達と団長であるリュマ氏に見送られながら、第四ダンジョンのある北東を目指して出発した。
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