第184話 異常の鎮圧と十階の見回り
俺の前に立ち塞がるレッドウルフの数は五十以上。どいつも「絶対に通さない」と言わんばかりに威嚇してくる。
後ろに下がったクリムゾンウルフはじっと俺を睨みつけて、短く「ウォン」と吠えた。奴が吠えた瞬間、五十以上のレッドウルフが全て動き出す。圧倒的な数の差で押し潰そうとしているのだろう。
五十もの狼が一斉に襲い掛かってくれば、普通の人間なら一目散に逃げる。いや、逃げられずにやられてしまうかもしれない。
だが、生憎と俺は普通じゃないんだ。
「ガァァァッ!」
俺は真っ先に飛び掛かって来た二体のレッドウルフに顔を向けた後、片割れに向かって飛ぶように距離を詰めた。剣を横に振って頭部を斬り裂き、もう片方を無視して更に前へ。
唸り声を上げていたレッドウルフに狙いをつけて、身体能力を向上させた状態で一気に間合いに飛び込む。そのまま脇をすり抜けるように走って行き、すれ違い様に腹を斬り裂いた。
一匹を始末した瞬間に足にブレーキをかけて方向転換。また走り出して別の個体の腹を斬り、横から飛び掛かって来たレッドウルフの顔面を強化した左腕で殴りつけた。
一匹ずつ確実に仕留めて行くが、相手も馬鹿じゃない。
「ウォン!」
一匹が飛び掛かって来て、剣で体を斬り裂く。すると、俺が腕を振った瞬間を狙って別の個体が飛び掛かって来た。人間が反応できない瞬間を知っているのか、それとも本能に因るものなのか。
いや、この場合はクリムゾンウルフの指示か?
「チッ!」
口を開けながら飛び掛かって来た個体に対し、俺はガントレットをはめた左腕を口の中に突っ込む事で防御した。だが、口の中に拳を突っ込まれたレッドウルフも手首を噛み千切ろうと必死に抵抗する。
「ガァァァ!」
また別の個体が突っ込んで来て、次は俺の足を狙っているようだ。
「なめるなッ!」
俺は左腕に噛みついたレッドウルフをそのままに、足へ殺到するレッドウルフの鼻先を蹴飛ばす。また次の個体が足を狙って来るが、左腕を強化してぶらさがっていたレッドウルフをこん棒のように叩きつけた。
左腕が自由になったところで、再び足に力を入れる。走り込んで来ていた個体に向かって行き、すれ違い様にまた体を斬り裂く。
「アッシュさん! 離れて!」
レンの声が聞こえて、俺は大きくバックステップ。直後、前にいた三匹のレッドウルフが雷に貫かれた。
「火を吐こうとしています!」
またレンの声。
クリムゾンウルフに視線を向ければ、バックステップした俺に向かって火の玉を吐き出そうとしているようだ。
足に力を入れて、俺は大きくジャンプした。つま先の下を火の玉が通過していき、難を逃れたが……。身体能力を向上させる能力が無ければ避けられなかったろう。
「っと!」
着地間際、レッドウルフが襲い掛かる。剣で払い、間髪入れずに飛び掛かって来た個体に左手でパンチをお見舞い。
いい加減、鬱陶しくなってきた。
ウルカやミレイはどうか? チラリと視線を向ければ、回り込んで来たレッドウルフ達と交戦中だ。ベラさん達も必死に応戦していて、支援は期待できそうにない。
ここはやるしかないか。
「レン! ウルカ達をバップアップしてくれ! こっちはアレを使う!」
「はい!」
レンはウルカ達の支援をさせて、こっちのレッドウルフ達は一気に殲滅させてもらおう。
俺は合金製の剣を腰の鞘に収めて、二本目の剣を抜いた。
灰燼剣。
握った瞬間、手の平が吸い付くような感覚が走る。俺の魔力を吸って起動した灰燼剣がチリチリと音を立て始めた。
「フッ――!」
灰燼剣を起動させた後、目と両足に集中する。視界はスローモーションとなって、俺の前に立ち塞がっていたレッドウルフ達の動きが遅くなった。
チリチリと鳴る剣を下げながら群れの中に突っ込み、一匹ずつ斬り裂きながら駆け抜ける。
無駄に斬らなくて良い。一撃を加えるだけで良い。
一振りする度にレッドウルフは灰に変わっていく。俺のスピードに反応できなかったレッドウルフ達は一瞬で全て灰に変わった。
恐らく、俯瞰的に見れば灰の風が吹いたように見えただろう。突風がレッドウルフを襲い、襲われたレッドウルフ達が灰に変わっていくような。
前に立ち塞がる群れを全て撃滅すると、スローモーションだった視界はゆっくりと戻っていった。
これで後はネームドのみ。
「はぁはぁ……」
だが、俺も俺で限界が近い。
やっぱり身体能力向上と灰燼剣の両方を使うとキツイな……。急激な飢餓感に襲われるのもあるが、俺の額には脂汗が浮かぶ。
「グルル……」
「ようやく危機感を覚えたか?」
クリムゾンウルフは俺を睨みつけながら、今にも飛び掛からんとする姿勢を取りつつ唸り声を上げる。
そりゃ目の前で部下が一斉に殺されれば危機感も覚えるよな。ただの獣らしく、すぐに逃げ出さないのは立派だよ。ネームドにもプライドってもんがあるんだろうか。
「だがな、こっちにも仲間がいるんだよ」
そう、俺は一人じゃないんだ。部下を失ったお前とは違う。
「先輩ッ!」
その証拠にレッドウルフ達を殲滅したウルカ達とベラさん達が俺に合流した。
「あとはネームドだけだ。頼めるか?」
「ああ、任せろッ!」
ミレイがネームドに向かって行ったあと、俺は灰燼剣を鞘に収めて後ろに下がった。
一人で突っ込んで行ったミレイを援護するウルカとレンの横をすり抜けて、両膝に手をつきながら大きく深呼吸を繰り返す。
気持ちを落ち着かせながらみんなの戦闘を見守った。
ミレイの槍さばきは流石だ。槍で牽制を繰り返しつつ、相手の立ち位置を調節してウルカとレンが攻撃しやすいように誘導していた。
勝負が決まったのはウルカの一撃だった。
レンの放った雷魔法を避けたネームドの腹に合金製の矢が三本突き刺さる。
さすがにネームドといえど、ただの魔物だ。これがキメラのような魔物だったら違ったのかもしれないが、レッドウルフのネームド個体は再生能力など持っていない。
腹に受けた矢が致命傷となって、相手の足は止まりつつあった。最後のトドメとして、ミレイの槍が頭部を捉える。
脳天を破壊されたネームドは遂に息絶え、九階に発生したネームド事件は幕を閉じる事となった。
-----
「あー! キツイ!」
戦闘終了後、平和になった九階で小休止となった。
俺が魔力を使って動けなくなったのもあるが、殺害したネームドやレッドウルフの死体を回収せねばならない。
俺は「回収します」と言ってくれたベラさんと騎士達に申し訳なさを感じつつも、収納袋に入れていたパンと水筒を取り出して腹を満たす。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
俺の横に座りながら続々と食料を取り出すウルカ。彼女から受け取ったパンを片っ端から食べていき、どうにか飢餓感を抑えつけた。
だが、ここで満腹には出来ない。満腹になると今度は睡魔に襲われるからな。
今回は六割程度の魔力使用で済んだから良かったものの、限界まで使っていたら……。俺は騎士に背負われながら帰還する事になったろうな。
ダンジョン内での魔力切れは危ないと、改めて痛感した。
「これくらいにしておくよ。これ以上食べると眠くなりそうだ」
「はい、分かりました」
まだまだ飢餓感は感じられるものの、睡魔が襲って来る前に食事を止めた。立ち上がって死体を回収していたベラさん達に歩み寄ると、彼女は俺に気付いて顔を向けてくる。
「大丈夫ですか?」
「ええ、すいません。回収助かりました」
「いえ。戦闘では任せきりにしてしまったので」
ベラさんはそう言いながらも苦笑いを浮かべて首を振った。
「しかし、本当に凄まじい……。灰色のアッシュという異名に違わぬご活躍でした」
ベラさんは地面に残った灰に目をやりながら呟いた。
彼女と彼女の部下である騎士達は、俺が灰燼剣を起動したタイミングでレッドウルフ達との戦闘を終えたらしい。
すぐに俺を支援しようとしたらしいが、身体能力向上と灰燼剣の合わせ技でレッドウルフを灰に変える瞬間を目撃。剣士が剣で魔法を放ったような結果を見て、開いた口が塞がらなかったと感想を漏らした。
「しかし、灰色のアッシュよりも灰の剣士とかの方が正しいのでは?」
「ははは……。俺は何とも……」
異名を決めたのは陛下だしな。しかも、灰燼剣からの注目を逸らすとはいえ、最悪の意味を込めた名付けだったが……。
「とにかく、ネームドの死体は回収しました。これは王都研究所に提出でしょうね」
死体は手順に沿って王都研究所の学者に提出となるだろう。
騎士団本部に帰ったあとは、全員でネームドに関するレポート作りもしなければならないだろうな。
「ついでに十階も見回って行きましょうか」
俺が提案すると、ベラさんは「良いのですか?」と問う。恐らくは俺の体調を気にしての発言だろうが、まだ動けるので大丈夫ですと返した。
その後、俺達は十階へと足を進めた。
ウルカ達からは無茶するな、と言われて戦闘はベラさん達とミレイが主体となる事に。
「十階の魔物は熊に似た姿をしています。レッドウルフよりも狂暴なので気を付けて下さい」
ベラさん曰く、熊型の魔物は体長二メートルの巨大な熊だそうだ。両手に鋭い爪が生えていて、人間を見たら真っ直ぐ襲い掛かって来るほどの狂暴性を持つ。
体が大きく、その分だけ力が強い。爪を使った切り裂き攻撃は鉄をも切り裂いてしまうほど。
弱点はそれほどスピードが早くない点だろうか。だが、防御力は十分にあって剣で斬った程度では倒れてくれない。たとえ体が傷だらけになろうとも果敢に反撃してくるようだ。
十階に降りるとさっそく熊型の魔物――ジャイアントベアに遭遇した。
ただ、生息する個体数が少ないおかげもあってか、階段付近にいたのは一匹だけ。
「よし、やるか!」
気合を入れたミレイが飛び出し、囮となってレンが魔法で仕留めるといった感じで終わった。戦闘時間は僅か五分程度である。
「やっぱり魔法は凄いですね」
うちの騎士団にも魔法使いが配属されないものか、とベラさんが言葉を漏らす。
「魔法使いは数が少ないですよね? それも貴族家に多いと聞いていますが」
魔法使いは貴重な存在だ。昔はダンジョン制御のために最前線へ送られていたようだが、今は王都で研究職に就く者が多いんじゃないだろうか? もしくは家を継いで貴族として生活しているとか。
「いえ、騎士団に所属する魔法使いもいますよ。ただ、最近では国境付近に配属される事が多いですね」
特に聖王国との国境沿いにある国境騎士団に配属される事がほとんどのようだ。ただ、ダンジョンで大規模な氾濫が起きた際は招集されるという話らしいが。
「まぁ、その代わりの魔導兵器なんでしょうけど」
魔法使い達をダンジョン騎士団に配備できない分、王国で開発された魔導兵器が配備される。そういった仕組みでバランスを取っているのだろう。
そんな話をしつつも、俺達は十階を奥まで進んで行った。
十階も九階と同じく見晴らしのよい平原が続いて、魔物がいればすぐわかるような構造だ。何度かジャイアントベアに遭遇しながら進んで行くと、あっという間に最奥まで到達してしまった。
「これは?」
最奥にあったのは、第三ダンジョン入り口となっている遺跡に似た小さな遺跡だった。
入り口には柱が二本立っていて、その中央にある入り口は後付けされたシャッターで封鎖されていた。
「十階の遺跡は王都の命令で封鎖状態となっています。中に何があるのかは私達にも知らされていません」
この遺跡が封鎖されたのは、第三ダンジョンが制御下に置かれた直後の事らしい。
嘗て、オラーノ侯爵が第三ダンジョン都市騎士団に配属となった頃にダンジョンは完全攻略された。その際にこの遺跡は内部調査の後に封印され、第三ダンジョンでは計画が進んでいたダンジョン栽培が本格化するに至ったようだ。
――もしかしたら、この中には第二ダンジョンで見た柱があるのだろうか? もしくは、王都で見た古代文明の遺跡が?
どちらにせよ、国家機密も絡んで封印されたように思える。
「異常は無さそうですし、戻りましょうか」
俺が目の前にある遺跡を見上げていると、ベラさんが帰還の提案をしてきた。
俺達はそれに同意して地上を目指して歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます