第183話 第三ダンジョン九階 2
姿を晒したレッドウルフの群れは、ある程度近付くと一気に走り出して来た。
圧倒的な数の差を利用して、こちらを押し潰そうという作戦か。
「俺が前に出るッ! 援護してくれッ!」
俺は真っ先に飛び出して、正面から向かって来るレッドウルフ達と交戦を開始。狼らしく口を開けながら飛び掛かって来るヤツ等を蹴散らしながら、敢えて前で孤立するように動いた。
レッドウルフ達は奇襲を掛けず、群れでの物量戦を仕掛けて来た。それはどうにも今までのレッドウルフらしくない、直線的な戦い方だ。
しかしながら、孤立した獲物を囲むという考え自体は残っている様子。突出した俺を全方位囲み、ゆっくりと俺の周りを回りながら威嚇する。
「ゆっくりしすぎだな!」
こちらの動きを観察しながら隙を窺うレッドウルフ達だったが、俺は奴等を待つ気にはなれなかった。向こうが一気に殲滅しようとするならば、こちらも同じく一気に殲滅するまでだ。
囲まれている状態から、俺は自分の足に集中する。身体能力を向上させながら一気に踏み込み、真正面にいたレッドウルフの首を剣で斬り飛ばした。
そのまま一気に包囲網を抜け出しつつ、線上にいる個体を切り払っていく。群れの中から抜け出したあと、体を反転させると俺を追いかけて来ていたレッドウルフ達が爆発に飲まれた。
ウルカの放った爆裂矢のようだ。続いて、レンの放った雷がレッドウルフを貫く。
どうやら囮作戦は成功したらしい。
飛び掛かって来たレッドウルフを斬り捨てて、その場で更に飛び掛かって来た個体と戦闘を開始した。
俺が囮となって戦う事で仲間達とベラさんの隊は余裕を持って戦えるだろう。その証拠に気合の入ったベラさんとミレイはレッドウルフ達に囲まれる様子がない。彼女達は一対一の状況を維持しつつ、レッドウルフを薙ぎ払い続けていた。
ウルカとレンも同様に後方からの援護に集中できていた。実際、何度も俺を援護するように矢や魔法が飛んで来ていた。
半数を狩った頃、状況に変化が起きる。
『ウォォォォンッ!』
階層の奥から遠吠えが聞こえて来た。すると、俺に飛び掛かろうと構えていたレッドウルフ達の動きがピタリと止まる。
耳がピンと伸びた後、レッドウルフ達が階層の奥に顔を向けた。一体何事だと構えていると、残っていたレッドウルフ達が一斉に奥へと駆け出して行ってしまう。
「逃げた……?」
「さっきの遠吠えは?」
俺は振り返りながら去って行くレッドウルフを見送り、ミレイは遠吠えについてベラさんに問いかける。
「い、いや、私達も初めてだ。レッドウルフは静かに移動して奇襲を得意とする魔物だから、遠吠えなんて今まで一度もする事はなかったんだが……」
吠えても短く吠えるのがほとんどで、俺達が聞いた大音量の遠吠えなど初めてだ、とベラさんは語る。
「遠吠えを聞いた瞬間、一斉に撤退したよな。もしかしてレッドウルフの群れを統括するボスがいるのか?」
最初に思いついたのは、レッドウルフが形成する個々の群れ全体を統括するボスの存在。群れの頂点が遠吠えによって指示を出した、という考えだ。
「ですが、これまでそのような事は……」
今までボスの存在はなかった。レッドウルフは十匹から五匹程度の小さな群れを作り、小さなグループ単位で活動している。人間を襲う時も群れ単位で襲い、それらが殲滅されるとまた別の群れがやって来るといった習性だ。
「だが、最近になって生まれたとしたら?」
「最近になって生まれた――」
俺の考えを聞いて、ベラさんはハッとなる。
「まさか、ネームドですか!?」
レッドウルフの狂暴性が増した事。これまでとは違う行動や戦い方。そして、極めつけはレッドウルフ全体を支配しているような遠吠え。
急な変化は全ての群れを統括するボス――レッドウルフの変異体であるネームドが誕生し、頂点に君臨したのが原因なのではないだろうか。
「まだ推測に過ぎないけど、急な変化に対しては説明が付く。ゆっくり進んで確認しよう」
何にせよ、原因は突き止めねばならないのだ。俺達は進む以外に選択肢はない。
「奥にレッドウルフ達が集まる住処があります。もし、ネームドが誕生したなら……。そこにいるかも」
ベラさん曰く、奥に進むと大きな岩が地面に埋まった場所があるらしい。その岩周辺にレッドウルフ達が集まっていて集団で眠ったりしているようだ。
彼女から告げられた岩のある場所を目指して進むと、何度かレッドウルフの群れに遭遇した。遭遇したレッドウルフ達は目的地に近付いて行くほど気性が荒くなり、攻撃してくるまでの時間も早くなっていく。
襲い掛かって来るレッドウルフを殲滅しながら目的地に近付いて行くと――
「あれは……」
遠目に地面へ突き刺さるようにして埋まる巨大な岩が見えた。その岩の上に寝そべっているのは一匹のレッドウルフ。
しかし、寝そべる個体の毛色はくすんだ赤色ではなく、紅色で綺麗な毛並みだった。
「毛の色が違う」
「やっぱりネームドか?」
明らかに毛の色が他の個体と違う。大きさも通常のレッドウルフよりも大きく、体全体ががっしりしている。
通常個体とは違う、変異体――個体名をつけるならばクリムゾンウルフといったところか。
遠く離れた場所で観察していた俺達だったが、俺達が存在を確認したタイミングでクリムゾンウルフの耳がピンと伸びる。
閉じていた瞼を開き、顔を上げるクリムゾンウルフ。奴の視線は完全に俺達へ向けられていて、どうやら俺達を察知したように見えた。
岩の上でゆっくりと立ち上がったクリムゾンウルフは大きく遠吠えを始める。
「ウォォォォンッ!!」
遠吠えが鳴った直後、岩の周辺にレッドウルフ達が集い始めた。ゾロゾロと集まって来たレッドウルフに対し、クリムゾンウルフは「ウォン」と一吠え。すると、集まったレッドウルフ達は一斉に俺達へと顔を向ける。
「……気付いたようだな」
一斉に向けられた殺意溢れる視線を受けて、隣にいたベラさんが息を飲むのが分かった。
俺達が武器を抜くと同時にレッドウルフ達も動き始める。岩の上からぴょんと飛び降りたクリムゾンウルフは群れの前に降りて、再び「ウォン」と一吠え。
すると、通常個体を引き連れてゆっくりと前進を始めた。ある程度前進すると、両脇にいた群れが左右に別れて行く。どうやら俺達を取り囲もうとしているようだ。
「逃がしはしないって事らしい」
一旦下がって様子を見るか。俺達は視線を外さずに後退し始めるが、俺達の動きを見たクリムゾンウルフが「ヴゥゥ」と唸り声を上げる。
そのリアクションを見た瞬間、俺は「来るな」と感じ取った。その証拠にクリムゾンウルフの腹がボコッと膨らむのが見えた。
「――!? 来るぞ!」
相手はネームドである。通常個体であるレッドウルフには不可能な、何か特殊な行動を取るのだろうとは推測できていた。
たとえば走るスピードが早いとか、パワーが強いとか。そういった違いなのかと思っていた。
だが、まさか「火の玉を噴く」とは思うまい。
「魔法!?」
俺は口から吐き出された火の玉に驚いてしまった。隣にいたベラさん達も同様だったろう。
唯一反応したのは魔法使いであるレン。彼は俺の前へ飛び出すと、手に溜めていた雷を放出して火の玉にぶつけた。
火の玉と雷はぶつかり合い、衝突した地点で爆発を起こす。地面は小さな抉れを残し、生えていた草は焼き焦げた。近くにあった木も衝撃波で倒れてしまう。
「また来ます!」
間髪入れずに二発目を放つつもりのようだ。またクリムゾンウルフの腹がボコッと膨らむのが見えた。
二発目が放たれ、レンも同じく二発目を放つ。先ほどと同じように魔法同士がぶつかり合って爆発を起こした。
このままではマズイ。早急にネームドをどうにかしないと。
「散開ッ! 通常個体にも注意しろッ!」
俺はウルカとミレイに指示を出し、各個撃破するよう告げる。そのまま前に走り出して、レンを追い越す前に指示を出した。
「レン、ネームドは任せろ! 通常個体を散らしてくれッ!」
「了解です!」
俺が彼とすれ違う瞬間、レンは両手に雷を生み出し始めた。同時に通常個体のレッドウルフ達もボスであるクリムゾンウルフを追い越して俺に飛び掛かろうと走り出す。
迎撃するべきか。それとも避けて放置して良いものか。
二通りの答えが脳裏に浮かんだ瞬間、背後からレンの叫び声が聞こえた。
「アッシュさん! 構わず突っ込んでッ!!」
その言葉を信じて迎撃はしないと決めた。そのまま真っ直ぐ、飛び掛かって来たレッドウルフには構わず走り続ける。
すると、俺に飛び掛かって来たレッドウルフ達が地面から生えた雷に貫かれた。背後にいたレンがやってくれたのだろう。
「ナイスだッ!」
レンの成長を感じながらも、俺は目の前に迫ったクリムゾンウルフに向かって剣を振り上げた。
振り上げた剣を振り下ろすと――俺とクリムゾンウルフの間に通常個体のレッドウルフが割り込んで来る。
「チッ!」
俺の剣はレッドウルフの腹を斬り裂いた。割り込んで来た個体は自らの体を盾にして、群れのボスを守るという行動を見せたのだ。
配下を盾にしたクリムゾンウルフはゆっくりと下がっていき、控えていた通常個体のレッドウルフ達を前に出す。
どうやら、自分と戦いたければ部下を倒せと言いたいらしい。
「情けないやつめ」
魔物に人の道理を説いても無駄だろうが、思わず口に出してしまった。
だが、いいさ。俺は必ずお前に追いつくぞ。
下がって行ったクリムゾンウルフの姿を目で追いつつ、俺は剣を握り直して――壁のように立ち塞がるレッドウルフ達に向かって走り出した。
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