第182話 第三ダンジョン九階 1
二階層目から先に降りて行くと、事前に聞いた通り五階層目までは安全な階層が続いていた。
三階層目は黄金色の小麦畑が一面広がっていて、なんとも幻想的な光景であった。四階から五階層目は果実園になっていて、イチゴやブドウなど美味しそうな果実を収穫する農家で溢れ返っていた。
ここまでは本当に平和だ。
ダンジョン内とは思えないほど平和で、大人しい魔物と共存する人間達の姿を見ていると「実は魔物じゃないんじゃないか」なんて感想まで抱いてしまう。
だが、六階層目に到達すると雰囲気は一変。
日々の稼ぎにやって来たハンター達の姿がようやく見られるようになって、彼等は武器を抜いて魔物と戦っていた。
「あれは植物……? あれも魔物ですか?」
「ええ。人喰い植物ですね」
若いハンター達が戦っていたのは、食虫植物のような見た目の魔物だった。
大きさは一メートル程度。地面から生えた蔦のようなものが何本も絡み合って、太い一本の体を構成している。頭部を思わせるような巨大で丸い蕾がついていて、まるで大口を開けたかのようにガパッと開閉するのだ。
蕾の部分は騎士やハンター達から、そのまま「顔」と呼ばれているようである。
人喰い植物と呼ばれた魔物はその場から一切動かない。足があるわけでもないし、本体はあくまでも地面から生えているだけだからだろう。
主な攻撃方法は周囲でウネウネと動く蔓を使い、人間を捕獲して顔にある口でバクリといくらしい。ただ、肉食動物のように歯で肉を噛み千切るのではなく、口から分泌される溶解液でじっくりと溶かして
……想像するだけで嫌になる。
ただ、脅威度はそれほど高くない。
その場から動かないというのもあるが、蔓の動きは遅いし射程もそれほど長くない。動きが遅いのもあって、捕獲されても仲間がいれば脱出は可能だ。
口に咥えられたとしても、溶解液はそれほど威力が高いわけじゃない。溶けだすまでに数十分と要する事もあって、最悪の場合に陥っても脱出できる希望はある。
一度、捕獲されて咥えられたハンターがいたそうだが、救出されて今でも元気に活動しているという。ただ、その事件以降、彼の頭から毛が失われたらしいが……。
安全面を考慮して第三都市協会からは「ソロ活動の禁止」という入場条件が出ているし、事件以降はソロで人喰い植物へ挑むハンターが激減したそうだ。
「ここまでは初心者向けですね。本番は七階からでしょうか」
若いハンター達が戦う姿を横目に七階へ向かった。
七階にいたハンター達の年齢は少し上がって、ベテランと呼べるような者達ばかりだ。
「七階からは動物型の魔物となります。それに数が多い」
七階に生息する魔物は「羊」である。特徴は黒い毛で覆われた体と一本の鋭利な角だろうか。
「あれが一角羊です」
ベラさんが指差した方向には、複数のハンター達が羊の群れと戦う姿があった。
一角羊のスピードはそう速くない。体の肉も柔らかく、剣で斬れば簡単に殺せてしまう。しかし、脅威とされるのは群れで行われる「波状突撃」だ。
まず、群れに所属する数匹の一角羊が角を突き出して突進してくる。それを躱すか殺すかしても、また群れに所属する数匹が突進を繰り出して来るのだ。
仲間が死んだにも拘らず何度も突進を繰り返し、一匹に気を取られていると別方向から鋭利な角が向かって来る。死角を突かれたり、不意の一撃を食らえば重傷は間違いない。
上の階に比べて危険性はグッと上がるが、一角羊の毛は冬物の洋服に利用されるので需要は高い。第三ダンジョンの中でも唯一実入りの大きな階層だ。そういった経緯もあって、第三ダンジョン協会所属のハンター達の大半が集う場所でもある。
「邪魔しちゃ悪いな」
「ええ」
更に下層へ降りて八階へ。
八階は草原のような風景が広がっていて、所々に木や岩が配置されていた。
ここからは本当に魔物と戦い慣れたハンター達じゃないと活動できない。階段付近で休んでいたハンター達の数は五人ほどいたが、誰もが常に周囲に目を向けて警戒しながら休んでいた。
「あれ、ベラさん」
「状況はどうだ?」
休んでいたハンターの一人がベラさんに気付いて声を掛けて来た。彼女が状況を問うと「八階はいつも通り」と返答が返って来る。
「数の変動も無しか?」
「ああ。八階は変わらないね」
話を聞く限り、八階と九階に生息する魔物の種類は同一のものらしい。八階に出現する数は変わらないし、狂暴性の変化も無い様子。目に見えて変化したと思えるのは九階に限った話らしい。
「分かった。ありがとう」
ハンターと話しを終えると、ベラさんは「やはり九階ですね」と言葉を漏らした。彼女の案内に従って、八階を抜けて九階へと向かう。
階段を降りて九階に到達すると、景色自体は八階と変わらない。
空には太陽が浮かぶも、気温自体は穏やかだ。風景も草原が広がっていて、所々に生えた木や岩の数と場所が変わっているくらい。
ただ、階層内にハンターの姿はなかった。
「さすがに八階でも厳しいですからね。九階に向かうパーティーは滅多にいません」
ベラさんの隊を除くと、九階まで降りて来るのは一握りのパーティーだけだ。その一握りのうち一組が第二ダンジョンへ派遣されているので余計に数が少ない。
「月ノ大熊は元気でしたか?」
「うん。第二ダンジョンも落ち着いて来たみたいだし、もうすぐ帰って来るんじゃないかな?」
彼等の家族も第三都市にいるって話だし、向こうに引っ越しする気は無いだろう。調査もひと段落してゴーレム狩りも始まったので、彼等が第三都市に帰還する日も近そうだ。
入り口でベラさんと会話していると、奥にある岩の影で何かが動いた。
「おい、アッシュ。おでましだ」
直後、ミレイが槍を構える。
「あれが問題の魔物か」
岩の影からスッと姿を現したのは、くすんだ赤色の毛を持つ狼だった。通称、レッドウルフと呼ばれる魔物だ。
見た目は狼であるものの、その身体能力は動物である狼よりも遥かに高い。口からは長く鋭利な犬歯が飛び出ていて、噛みつかれれば鉄さえも容易く噛み千切ってしまうんだとか。
岩の影から現れたレッドウルフは、俺達から決して視線を外さずにジワジワと隙を窺う様子を見せた。
「先輩、九時方向」
ウルカに言われて、そちらに顔を向けると別の個体が三匹ほど木の影からこちらを窺っている。
正面にいるヤツは囮か。随分と狡猾な魔物だ。
俺達に気付かれたと察したのか、レッドウルフ達は次々と姿を現し始めた。
その数、総勢十匹。ベラさん曰く、レッドウルフは十匹単位の群れとなって人間を襲うらしい。
「普段は迂闊に近付いて来ないのですが――」
「来るぞッ!」
恐らく、レッドウルフは不意打ちを得意とする魔物だったのだろう。決して正面から突撃して来るような魔物ではないようだ。
しかし、俺達の前に現れたレッドウルフ達は簡単に姿を晒した。正面にいた個体が威嚇するような鳴き声を上げると、総勢十匹のレッドウルフは三方向より一気に襲い掛かって来る。
「ウルカ! レン!」
俺の合図に従って、ウルカは弓を構えると連続射撃を開始。一本、二本、三本と速射された矢がレッドウルフの頭部や胴体に突き刺さる。
同時にレンは雷を地面に這わせるように放った。三匹が纏まって向かって来る地点に雷が伸びていき、三匹の足元で雷が炸裂する。地面から天に向かって伸びた三本の雷が三匹のレッドウルフを貫いて黒焦げにした。
「ミレイ、前に出るッ!」
「任せろッ!」
残り四匹。
俺は向かって来るレッドウルフ達を待ち構えるのではなく、逆に前へ飛び出した。
下段に構えていた剣を真正面から飛び込んで来た個体に向けて振り上げる。初撃で顔を斬りつけ、すれ違い様に首元を斬って首を落とした。
その勢いのまま、次の個体へ狙いを定める。
剣を横にして、口を開けながら突っ込んで来た個体の顔面を横一文字に斬り裂く。そのまま体を回転させ、左からやって来た個体の噛みつき攻撃を剣で受け止めた。
合金製の剣は噛み切れないのか、剣と牙の鍔迫り合いが始まる。だが、俺は即座に腹へと左手のパンチを叩き込んだ。
ギャンと鳴き声を上げて離れるレッドウルフ。地面に着地したレッドウルフが俺を睨みつけるが――
「屈め!」
後ろからミレイの声が聞こえた。指示通りに屈むと、俺の頭上に槍が通り過ぎて行く。
投擲された槍はレッドウルフの頭部に突き刺さる。即死だ。
俺が背後にいたミレイへと振り返ると、彼女は一体目を殺害した後に投げたようだ。彼女に向かって「さすが」と言おうとしたが、俺は言う前に顔を奥へと向けた。
「まだいるな」
「ああ」
予想は当たっていて、更に奥にあった岩場や木々の影からレッドウルフが次々と姿を見せる。数は三十匹以上だろうか。
どいつもこいつも怒り狂ったような表情だ。ゆっくりと近付いて来ると、威嚇するように何度も吼える。
「これも前とは違う?」
「え、ええ……。普段は群れを倒した人間にはもっと警戒します。こんなすぐに姿を晒す事なんてあり得ません」
ベラさんに問うと、やはり普段の行動とは違うようだ。奇襲を捨てて、群れでの一斉攻撃を行うようになったらしい。要はこれが狂暴性の増した姿なのだろう。
「調査の為にもある程度は殲滅しないとダメか」
俺はレッドウルフに突き刺さっていたミレイの槍を回収して、彼女に手渡した。
そして、ゆっくり近づいて来るレッドウルフの群れから視線を外さずに叫ぶ。
「全員構えろ! やるぞ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます