第181話 ダンジョン栽培


 翌日、宿泊した宿に騎士達が迎えに来た。


 オラーノ侯爵とは宿で別れ、俺達は騎士達と共に協会へ向かう事に。


「自分は第三ダンジョン都市騎士団第一騎士隊隊長、ベラ・マルタであります! これより皆様を協会まで先導致します!」


 協会まで先導してくれたのは第三都市騎士団第一騎士隊隊長であるベラさんだ。


 女性騎士でありながら第三ダンジョンの最前線に赴き、隊の男達を引っ張って行く姐さんといった感じ。部下達にハキハキと命令を下す態度を見るにミレイと気が合いそうだなと思った。


「こちらが第三都市ハンター協会です」


 キビキビと歩いて行く彼女に連れられて、辿り着いたのは都市西区にある三階建ての建物。木造の建物は年期を感じさせるが、その分だけ歴史をも感じ取れる。


 ベラさんの話によれば、王国内で最初に建てられた協会支部らしい。歴史を残す為にも完全な建て替えはされておらず、補修を続けて原型を残しているんだとか。


 ただ、協会全体の雰囲気は穏やかに思えた。第二都市のように外までハンター達の喧騒が聞こえて来ない。出入りする人の姿もなく、ハンター達から「不人気」とされる現状が窺えた。


 スイングドアを押して中に入ると、やはり中にいたハンター達も少なかった。


 受付で職員とまったり話す者もいれば、新人らしき若いハンター達が掲示板に貼られた張り紙を見ていたり。奥にある待合所ではテーブルに突っ伏して朝から寝ている者の姿まであった。


「おや、ベラさん?」


 建物内に進入した俺達に気付いたのは、丸いメガネを掛けた男性職員。優しそうな顔をした彼は書類の束を抱えながらベラさんの名を呼ぶ。すると、彼女も「スティーブ」と職員の名を呼んでカウンターに近付いて行った。


「どうしたんだい? また任務?」


「ああ。最近、九階の様子がおかしいと言っていただろう? その件について上から指示が出たのでな」


 騎士団長であるリュマ殿から受けたであろう指示と内容を話したのか、聞いていたスティーブという職員の口から「ええ!? 王国十剣!?」という声が漏れた。


 大きな声で漏らした事もあって、建物の中にいたハンター達も「え? え?」みたいな声が漏れ始める。


「そうだ。王都で新たに王国十剣に任命された灰色のアッシュ様がダンジョンに向かう。今日はその通達に来たってわけだ」


 そう言って、ベラさんは俺を見た。俺が会釈を返すと、スティーブ氏は慌ててカウンターから飛び出して来る。


「よ、ようこそいらっしゃいました! 私は第三ダンジョン都市協会の支部長であります、ス、スティーブです! お噂は聞いておりましたが、こんなにも早くお目に掛かれるとは――」


「あ、ああ、そんな……。その、アッシュです。よろしくお願いします」


 そんな慌てず、しかも丁寧な挨拶は止めて下さいと思ったが、スティーブ氏がガチガチに緊張しすぎて俺も上手く言い出せなかった。結局、普通の挨拶と握手を交わしてしまう。


 そして、協会の中にいたハンター達からは――


『え? 王国十剣?』


『あの人が? 王国十剣なんて初めて見たなー』


 と、非常にのんびりした声が聞こえて来た。


「す、すいません……。緊張感が無くて……」  


 他の支部と違って平和ボケしている、と言うスティーブ氏だが、俺は首を振った。


「いえ。都市を守る騎士団とハンターが上手くダンジョンを管理できている証拠ではないでしょうか? 平和なのは良い事ですよ」


 これは本音だ。活気があろうが無かろうが、大事なのはダンジョンを管理できているかどうか。素材を採取して研究を進めるのも大事だと思うが、やはり一番は氾濫を防ぐ事だろう。


 最近は不穏な様子もあるようだが、別に第三都市の騎士やハンターが不真面目に仕事をしているわけでもあるまい。


 その証拠としてベラさんとスティーブ氏の関係は良好に見える。九階の件も話がスムーズだったし、密に連絡を取り合っていたのだろう。


「九階の様子はどう思われますか?」


「そうですね……。出現する数は誤差の範囲内と言えるでしょう。ですが、狂暴性は目に見えて増しています。他の支部から氾濫の兆候と認定された状況について資料を取り寄せましたが、資料の中にも狂暴性について指摘する点がありました」


 だが、資料の中には同時に「個体数の急激な上昇」も指摘されている。現状では片方しか当てはまっておらず、王都研究所が見逃した魔物の習性である可能性も否定できない。


「ただ、随分前に魔物の研究は終了していますし、これまでは全く見られなかった現象でもあります。急に狂暴性が増すのはおかしな話でもあるのですが……」


 魔物がおかしくなってから今日で十日。今日まで慎重に調査をしつつ、状況を見守って来たが氾濫に繋がる目に見えた兆候は発見できず。それが更に判断を迷わせる原因にもなっているようだ。


「なるほど。分かりました。私達が九階と十階の調査を行います」


「はい、よろしくお願いします」


 スティーブ氏は深々と頭を下げて、何かあれば遠慮なく言って欲しいと言ってくれた。


 彼とのやり取りを終えたあと、俺達はさっそくダンジョンに向かう事に。


「ベラさん、気を付けて」


「ああ」


 協会を出て行く直前、何となくスティーブ氏とベラさんのやり取りに目がいった。心配するスティーブ氏にベラさんは「任せておけ」と強気で頷く。ただ、二人の間には特別な雰囲気があるように見えるが……。


「あの二人、デキてますね」


 横から確信を持った声音で告げるのはウルカだった。


「え? そうなのか?」


「匂いでわかります」


 どんな匂いだ。


「では、ダンジョンに向かいましょう」


 再びベラさんの先導で第三ダンジョンへと向かう事に。ダンジョンへ続く門は協会と同じく西区にあって、協会を出てから西側へ真っ直ぐ歩いた方向にあると言う。


 ダンジョン入り口周辺と都市内部が門によって遮られているのは第二都市と同じ。いや、全てのダンジョン都市と同じか。


 門を潜って都市の外に出ると、割れた石畳の道の先に蔦や苔に塗れた遺跡があった。


「あれが第三ダンジョンです」


 やはりあの遺跡がダンジョンなのか。


 ただ、第二ダンジョンと比べて異質なのは、ダンジョンへ向かう人達の中に農夫が混じっている点だろう。剣や槍を持ったハンター達の中にクワやカマを持って、背中に大きな籠を背負う人達が混じっているのは不思議な光景としか思えなかった。


 さらに違う点と言えば、ダンジョン入り口付近には野菜や果物の集荷場があるところだ。


 背負っていた籠には内部で採って来たであろう野菜を満載にしつつ、それを下ろして箱の中に入れる。その後はポンプから汲み上げた水でジャバジャバと洗って、瑞々しいままの野菜や果物が都市の中に運び込まれて行くのだ。


 それらを見ながら歩いていくが、水で洗われたばかりのリンゴが美味しそうでたまらない。


「すごい光景だ」


「だな。本当にダンジョン栽培してるんだなぁ」


 そんな感想をミレイと共に漏らしつつ、俺達は遺跡の中に。中は石で組まれた狭い空間があって、地下に続く階段が伸びていた。階段を降って行くと、終点には明るい光が差し込んでいた。


 地下一階に降りると、これまた目を疑うような光景が広がっている。


「うわぁ」


「すごいな……」


 地下一階は広大な農地だ。


 地面にはいくつもの畑があって、ダンジョンの地面に敷かれた土は完璧に耕されていた。空にはサンサンと輝く太陽が浮かんでいて、第二ダンジョンの内部よりも温かく感じられる。


 いくつも用意された畑には野菜が栽培されているらしく、農業に勤しむ者達が葉の様子を観察していたり、育った野菜を収獲したりと忙しなく仕事を行っている姿が見られた。


 そして、畑が広がる地下一階には人間以外の存在も。


「ンモ~」


 体が黒一色な牛だ。牛型の魔物だ。頭部には凶悪そうな角が二本生えているが、動きや仕草は非常にのんびりとしている。


「あれは魔物ですよね?」


「はい。ですが、害はありませんね。人は襲いませんし、むしろ雑草を食べてくれる農家の味方です」


 牛型の魔物は尻尾をふるふると振りながら、地面に生えた雑草をハムハムと食べていた。そのまま自由にダンジョン内を歩き回って畑の中に進入する事もあるが、人が育てる野菜を勝手に食べたりはしないようだ。


 中には農家である夫婦の子供らしき男の子が、手伝いの合間に牛型魔物のお尻をぺちぺちと叩く姿も見られた。だが、決して魔物は人に手を出さない。子供に尻を叩かれようが、のんびりと雑草を食べているだけ。


 そのまま奥まで向かって、更に下層へと向かう。地下二階層も同じく畑と青空が広がる階層だったのだが……。


「にゃーん」


 二階層目には小さな猫型の魔物がいた。猫型の魔物は個体によって様々な色や模様を持った魔物で、尻尾が二本生えていた。むしろ、尻尾が二本生えてなければ魔物とは思えないほど本物の猫にそっくりである。


 猫型の魔物に混じって一階層目にいた牛型の魔物もいるのだが、たまに牛の背中に猫が乗っているシーンまで目撃できた。


 畑仕事を行う人間達は、休憩中に猫型魔物を膝の上に乗せて背中を撫でていたり、子供達が猫じゃらしのようなオモチャを使って遊んでいたり――


「平和だ……」


 信じられないほど平和である。ここは本当にダンジョンの中なのか?


 これは確かに「魔物を狩る狩人」であるハンターからは「稼げない」「不人気」と言われてもしょうがないように思えた。


「猫ちゃん♡」


 いつもは男勝りで酒豪なミレイですら、甘い声を出しながら猫型魔物の背中を撫でる始末。


「こんな光景が地下五階まで続いているんですか?」


「ええ、そうですよ」


 ベラさんに問うと、彼女は苦笑いしながら頷いた。他のダンジョンを体験した方からすれば異質に見えるでしょう、とも。


「確かに異世界のように感じてしまうよ」


「はは」


 そうですよね、と笑った彼女だったが、直後に先にいた農家の人達から声を掛けられた。


「ベラさーん! ちょっと助けてくれねーべか!?」


「ああ。どうした?」


 声を掛けて来た農家の男性に走って近寄って行くベラさん。男性は近くの畑で育った芋が抜けない、と言い出した。


 芋が抜けないとはどういう事だ? 不思議に思いながらも黙って成り行きを見守っていると、男性はベラさんと騎士達を芋畑に連れて行く。


 後に続くと、畑では太い蔓を掴んで綱引きのように引っ張る男性達がいた。 


「今週のは一際デッカくて抜けねえ!」


「ベラさん達も手伝ってくれや!」


 ベラさんと騎士達は男性達の後ろにつき、一緒になって蔓を引っ張り出した。一気に引き込むと畑の土がボコッと破裂するように盛り上がって、中からは巨大な芋が出現する。


「で、でかっ!?」


 太い蔓を引っ張る事で引き抜かれたのは超巨大なサツマイモだ。大きさは直径三十センチ、長さにして七十センチはあるだろうか。重量もかなりありそうで、男性達が束にならなければ引き抜けないのも頷ける。


 むしろ、これは土を掘って掘り起こす方が良いのではないか、と思ってしまった。


「まだまだ!」


 巨大なサツマイモは一つだけじゃないらしい。他にも土の中に何個も埋まっていて、ボコンボコンと次々に連鎖しながら引っ張り上げられていく。


 サツマイモ同士が繋がる蔓もかなり強靭らしく、引っ張った方が作業的には楽なのかもしれないと思い直した。


「いやー、コイツは頑固者だったっぺな!」


「でも、こういうヤツはうめえぞぉ」


 普段はこうも苦戦しないらしい。大体は三人くらいで簡単に引き抜けるようだ。いや、そもそも大人三人が一緒になって引き抜かねばならないのも俺達にとっては異常にも思えるが……。


「ふう。じゃあ、私達は下に行くよ」


「おお! ありがとうな!」


 農家達に別れを告げて、俺達は再び下層を目指して歩き始めた。


「いつもこんな感じなんですか?」


「ええ。先週は百キロあるカブを抜く手伝いをしましたね」


 ダンジョン栽培ってすごい。


 俺は素直にそう思った。

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