第180話 第三ダンジョン都市 2


 第三都市北区にある第三ダンジョン都市騎士団本部の規模は第二のものとあまり変わらない。


 建物自体の構造もそう変わりはないのだが、一番の違いは……。本部の玄関に土塗れの農具が置かれている事だろうか。


「オラーノ様。お待ちしておりました!」


 玄関で出迎えてくれたのは第三ダンジョン都市騎士団団長であるリュマ・ハース氏だ。


 歳は三十代後半だろうか。熊のような大きな体躯を持ち、腕も脚も丸太のように太い。本部内では胸の筋肉でパッツンパツンになった制服を着ているが、戦闘になれば重装備を着込んで敵に突撃しそうなイメージ。


 一件、粗暴な男と思わせるような厳つい顔をしているが、言葉遣いや態度は非常に礼儀正しい人物だった。


 そんな彼と握手を交わした後、オラーノ侯爵と共に執務室へ案内される。


 その途中、廊下を歩いている際に窓から中庭を見る事が出来たのだが……。


「あれは畑ですか?」


 なんと、中庭に小さな畑があったのだ。


 よく耕された畑がいくつかあって、中には木の棒をぶっ刺したものまであった。


 訓練終わりと思われる騎士達が畑に水を撒いていたり、学者と思われる人物が実った野菜のチェックまで行っていた。


「はい。あれは実験用の畑です。ダンジョン内で品種改良された作物の種がダンジョンの外でも育つか実験しております」


 リュマ氏曰く、ダンジョン内には季節というモノが存在しない。


 ダンジョン内に植えた野菜や果実は季節問わず育っては確実に実をつける。しかも、通常の品種よりも実をつける数が多かったり、実の大きさが二倍以上あったり、実るまでのスピードが早かったりとメリットが多い。


 それでいて味や品質も良いのだから驚きだ。


 現状、ダンジョン産の作物を食した人間には害がないとされている。となれば、ダンジョン栽培を有効活用しない手はないだろう。


「しかし、問題もあります。地下五階までは魔物も大人しく害は無いのですが、地下六階から七階に生息する魔物は作物を食べてしまうのです。八階以降は狂暴性も増しており、騎士やハンターでなければ入る事ができません」


 ダンジョン内での栽培はメリットも多いが、スペース的には限られている。一般の農家が問題無く立ち入れる地下五階までは既に畑や果実園として整備されてしまっていて、王国内の食糧生産地の一つとして稼働済み。


 もっと多くの品種を育てようにも、地下六階以降に出現する魔物は栽培している作物を根こそぎ食べてしまうらしい。これではまともに育てられないし、最下層付近は戦闘能力のある人間じゃないと近付けない。


 最近では畑を増やそうにもこれ以上は増やせない、というのが問題視されているようだ。


「よってダンジョン内で品種改良を行い、地上で同等の物が育てられないかと実験を繰り返しております」


 ダンジョン栽培と同等とはいかなくとも、それに近い物が育てられないか研究が行われているそうだ。最近では寒さに強い小麦が開発されたらしく、成果はいくつか出ているらしい。


 他にもよりパワフルな肥料の開発等も行われているんだとか。


 これらの指揮を執るのは第三ダンジョン都市を管理する貴族である。


 元は広大な農地を管理していた貴族であり、国内の食料供給改善等の功績と経験を買われて第三都市へと配置換えになったようだ。


 他の都市を管理する貴族とは違い、自分の足でダンジョン内にある畑を見に行くほどの方なんだとか。リュマ氏によると、現在は都市の外にある農地を視察しに出ていて三日ほど都市を開けているらしい。


 オラーノ侯爵も面会の予定があると言っていたが、戻って来てからの話なのだろう。


「第三都市騎士団の編成も少し特殊でな。王都研究所の農業科から学者達が騎士団に派遣される形となっている」


 既にダンジョン自体も安定している事から騎士と派遣された学者の割合は六対四になっているそうだ。現地採用される騎士の中には元農夫や狩人といった者もいるらしく、自然と共に生きて来た者達が多い。


 しかしながら、ダンジョンが氾濫しないよう本来の業務も疎かにはできない。あくまでも騎士達はダンジョン内の巡回等の合間に学者達を手伝っているようだ。


 そんな説明を聞きつつ、俺達は執務室へ。


 ソファーに座ると、さっそく第四ダンジョンについて打ち合わせが始まった。


「第四ダンジョンですが、第三都市からやや北東に七十キロ程度の場所にあります」


 リュマ氏はテーブルに地図を置いて、第四ダンジョンが発見された地点を赤く塗りつぶした。


 第三都市から七十キロとなると、馬車で行くには結構遠い。加えて、発見された山の麓には小さな森になっているので道も整備されていない状態だ。


 目的地まで馬車で向かうには迂回路を使用しなければならないし、現地調査に必要な人間や滞在用の物資を運ぶのであれば大量の馬と馬車本体が必要となる。第三都市から出発した際、ざっと見積もっても片道二日か三日は掛かるだろうか。


「現地までのガイド役は用意できます。ですが、最近は九階の魔物が活発化していて……。警備や巡回に人員を割いている状態です。第三騎士団から人員を出せるのはガイド役くらいしか出せません」


「魔物が活発化? 報告は来ておらんぞ?」


「はい。まだ調査中の段階なので報告は控えておりました。ただ、普段から九階に潜っているハンターの話では出現する魔物の狂暴性が増したと。加えて、個体の数が若干ながら増えたと報告を受けています」


 九階に出現する魔物は狼に似た魔物らしい。普段は人を見ると警戒しながら隙を窺うように距離を取って、いざ戦闘になれば群れで襲い掛かって来るといった魔物だ。


 この狼に似た魔物が最近になって狂暴化している傾向が見られ、九階に到達した人間を積極的に襲っているとのこと。


 次に個体の数の件であるが、増えたと言ってもムラがあるようだ。数日前までは百匹しか出現しなかった魔物が、次の日には百十匹に増えた。しかし、また翌日には百匹に戻っていたり。


 数の問題としては誤差もあるかもしれないし、氾濫の兆候だとしたらもっと急激に数が増加する。狂暴性についてもまだ調査中で、もっと確実な情報を得てから報告するつもりだったとリュマ氏は補足を加えた。


「十階はどうなんですか?」


「十階の状況は変わらないようです」


 十階に出現する魔物は巨大な熊の魔物らしい。元々個体数は少なく、階層内に三十匹程度生息しているようだ。


 以前、ターニャから聞いたように九階と十階の魔物は素材について既に研究も終わっているし、苦労の割に得られる素材が少ないので割に合わないとハンター達からも不人気な場所だ。


 現状、九階と十階での狩りはボランティアに近い状態なんだとか。ただ、騎士団も出来る限りの範囲内であるものの、少額の追加報酬を払ってはいるらしい。


「なるほど。分かった。では、人員に関しては王都側で用意する。第三都市からはガイド役と食料や備品、馬などの調達を頼みたい」


「申し訳ありません」


 オラーノ侯爵の提案に対し、リュマ氏は頭を下げた。


 第三ダンジョンはハンター達の間で不人気とされているし、そもそも所属のハンターが少ない。騎士団も通常任務に加えてダンジョン栽培に関して王都から命令を受けているし、手がいっぱいなのも理解できる。


 団長である彼も騎士団と研究所の橋渡しもあってさぞ大変だろう。 

  

 第三都市に滞在するのは何日だったかな? もし時間があれば潜ってみようか?


 そう考えていると、オラーノ侯爵の顔が俺に向けられた。


「アッシュ。我々は今日から準備を含めて一週間ほど都市に滞在する。その間、ダンジョンに潜ってはくれんか?」


「同じ事を考えていました。下層に行って調べて来ましょう」


「ありがたい! うちの隊を同行させます。普段から九階へ降りている者達なので慣れています。足を引っ張る事もないでしょう」


 ダンジョンに関しては明日から動く事になった。


 再び話は第四ダンジョンに戻って――


「次に現地での調査に関してだが、アッシュと騎士団で内部に突入。可能な限り情報を取って来て欲しい」


「承知しました」


 無理はしないが、ある程度はダンジョンの構造を把握しておきたい。魔物が出現するならば討伐してサンプルも持ち帰りたいところだ。


 調査には王都研究所から学者が派遣されるし、安全性を確保できたら学者達も内部に送り込む計画となっている。第二ダンジョン三階のようなキャンプ地が見つかれば後々楽になりそうだが、どうなるかは中に入ってみないと分からない。


「安全性の確認を終えた後の流れだが……。この距離では確実に第四都市建設になるだろう。周辺の開拓も必要となるし、物資輸送の拠点は第三都市となろう。一時的に人が増えると思われる」


「はい。そちらに関しては役場とも協議中です。一時的に宿を増やす方向で進めています」


 計画が始まれば開拓に必要な人員や第四都市建設に関わる者達が一気に第三都市へ流れ込むだろう。


 魔導列車を利用して日帰りする者もいるかもしれないが、大半の者は第三都市を生活の拠点とするはずだ。それらの者達が生活できる宿の建設も始まっているらしい。


 ラッシュが終わったらどうするのだろう? 何か別の事で利用するのかな?


 他にも王都で決定した細かな点を述べていき、リュマ氏と打ち合わせを行った。全てが終わった頃にはもう夕方になっていて、続きは翌日に持ち越された。


「では、アッシュ様。明日はよろしくお願いします」


「あ、はい。こちらこそ。あと、様は不要ですよ。気楽にお呼び下さい」


 最後にリュマ氏から握手を求められ、その際に様付けは不要と告げた。やっぱり慣れないし……。


 お互いに「殿」付けで呼び合う事にして、俺とオラーノ侯爵は本部を後にした。


「アッシュ、明日は頼むぞ」


「はい。任せて下さい」


 歩きながらダンジョンについて少し話し合い、俺達は宿前にいたウルカ達と合流。


 オラーノ侯爵おすすめの店に移動して夕食を摂る事になり、料理を待っている間に明日からダンジョンに潜る旨を説明した。


 全員が同意してくれて、今夜は夕食を食べたらゆっくり休む事になったのだが……。


「で、でかい……」


 第三都市の料理は全部大きかった。大皿で運ばれてきて、それを皆でシェアしながら食べる方法が主流のようだ。


 しかしながら、味はどれも美味しい。確かに騎士達が言っていたように、美味しい料理を目的とした旅ならば第三都市と言うのも頷ける。


 特にチーズが最高だ。とろっとろに溶けたチーズを野菜やパンに塗って食べるのは最高だった。


「酒も美味い……」


「デザートも最高ですよ! このビッグ・パンプキンのパイなんて絶品です! お持ち帰りできないでしょうか!?」


 酒好きのミレイはワインの美味さに酔いしれ、甘い物好きなレンは目を輝かせながらひたすらパイを食っていた。


「美味しいですが、第三都市で暮していたら太っちゃいそうですね」


「第三都市騎士団に出向していた騎士が戻って来た時は、ウエストのサイズが二つほど上がっている……なんて話は、騎士団内でよく聞く話だ」


 都市を守る騎士達も美味い料理への誘惑には勝てないらしい。特に現場から離れた幹部連中はそれが顕著らしく、王都に戻って来るとヒィヒィ言いながら体型を戻しているんだとか。


「でも、引退したらこの都市でってのも納得できますね。晩酌が楽しみになりそうです」


「だろう?」


 オラーノ侯爵は楽しそうにワインを飲んで、チーズを一切れ口の中に放り込んだ。


 普段よりも口数が多く、ご機嫌な様子だ。確かにこれはマリアンヌ様も心配になってしまうだろう。


 その証拠にウルカからも「そろそろ」と止められてしまっていた。まだまだと言うオラーノ侯爵であったが、彼女の口から「マリアンヌ様」と名が出るとピタリと手が止まった。


 もしかしたら、王国最強はマリアンヌ様なのかもしれない。

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