第179話 第三ダンジョン都市 1


 第二都市で仲間達と過ごした日の翌日、俺達は再びオラーノ侯爵と魔導列車に乗り込んだ。


 行先は北にある第三都ダンジョン市だ。噂では美味しい料理や酒が多い都市と聞いているし、昨日から行くのが楽しみで仕方なかった。


 楽しみにしていたのは俺だけじゃなく、ミレイも同じようだ。


「ミレイ先輩、いつの間にそんな本買ったんですか?」


「昨日の夜だよ。タロンに聞いたんだ」


 ミレイが熱心に読んでいるのは「ローズベル王国の酒」という題名のガイド本である。なんでも、各都市で製造されている酒のラインナップや特徴が載っているらしい。


 第三都市のページに折り目を付けて、今からどの酒を買うべきか計画しているのだろう。


「ローズ・レッドというワインは載っているか?」


「ローズ・レッド……。ありませんね」


 横からオラーノ侯爵がワインの銘柄を問うた。しかし、本には記載が無いようだ。


「この酒屋に行ったら私の名を出して買っておいてくれ。年に三十本しか作られない貴重なワインだ」


 とあるワイナリーが作る貴重なワインは、生産本数が限定されているらしい。その年に実ったブドウの中でも最も高品質なものしか使わず、年によっては作られない事もあるんだとか。


 王室に献上されるほどのワインらしく、一般販売される本数はかなり限られている。


 オラーノ侯爵はガイド本に掲載される第三都市の酒屋を指で叩いた。その店だけが取り扱っているそうだ。


 貴重で販売本数自体が少ない。そもそも、その年に一般販売するかどうかも不確定。ミレイが購入した旅行者向けのガイド本では、不確定要素が多すぎて掲載されていなかったのかもしれない。


 オラーノ侯爵は「私が代金を出すから酒屋に行って確保してくれ」とミレイに提案した。その際、オラーノ家の名を出せばある程度は入手しやすくなる旨も告げる。


「分かりました。絶対に入手します!」


「といっても、貴族でも手に入れられん場合があるからな。あまり期待しない方が良い」


 貴重なワインを入手しようと息巻くミレイだが……。これは入手できなくて落ち込むパターンじゃないだろうか。


「第三都市に到着したら私とアッシュで騎士団本部に向かおう。ウルーリカ達は宿に向かって手続きをしておいてくれ」


「了解です」


 到着後の動きを打ち合わせてから一時間後、俺達を乗せた魔導列車は第三ダンジョン都市駅に到着した。


 駅の規模やデザインに関しては第二都市とそう変わらない。


 駅構内で見られる特殊な光景とすれば、駅のホームに野菜の直売所があるところだろうか。他にも第三ダンジョン産の野菜や小麦などをアピールするチラシが貼られていたりと『ダンジョン栽培』を前面的にアピールする広告が目に映る。


 他のダンジョンと違って珍しい魔物素材も採れないし、ダンジョン栽培を第一とした運営方法となっているせいか、とにかくダンジョン栽培を都市の目玉として売り出しているようだ。


 都市南区にある駅の外に出ると、都市の街並みも第二都市と変わらない。近くに山や小さな森があるせいで風景自体は長閑な田舎といった感じだが、建物や都市の発展と文化に差異はない。


 ただ、やはり周囲の環境が影響しているのか、都市内の雰囲気は第二都市や王都と比べて穏やかだ。


 道を行く人々も農具を持った農家らしき人達が多いし、ダンジョンに向かうであろうハンター達の姿も少ない。小さな子供達が元気に走り回って、それを見守る路上販売の大人や年寄りが多く見られた。


「平和って感じですね」


「確かにそうだな。ダンジョン都市の中では一番平和な都市と言えるだろう」


 ただ、数十年前までは地獄そのものだった。第三ダンジョンはダンジョン計画が進む前まで頻繁に氾濫が起きて、最も人が住めない土地だと言われていたのだ。


 それがガラッと変わって、長閑で平和な雰囲気を醸し出しているのは先人達が血と汗を流して勝ち取った証拠と言えるだろう。


「食事関係のお店が多いですね」


 都市南側にある駅から北に歩いて行くと、メインストリート沿いには大衆食堂やおしゃれなレストランが多い印象だ。


「食堂は都市に住む者達が利用する事が多い。逆にレストランは観光向けだな。ただ、どちらもハズレは無いぞ」


 店構えによって差別化されているようだが、オラーノ侯爵の経験から言えばどちらもハズレは無いそうだ。


 昔からある食堂は地域伝統の味があるし、最近増えてきたおしゃれなレストランはダンジョン栽培で育った野菜等を使ったコース料理が目玉なんだとか。


「あとは王国一の大きさを誇る市場だな。新鮮な野菜から果物、保存食まで何でも手に入るぞ」


 巨大市場は都市の中央にあるそうだ。都市外にある周辺農家から運び込まれた物からダンジョン産、他地域から輸入した物も並んでいて、とにかく食べ物であれば何でも揃う。  


 食事関連だけで言えば王都よりも品揃えが良い、とされているらしい。そのせいか、王国貴族の美食家連中が頻繁に足を運ぶ事もあるそうだ。


 歩きながらオラーノ侯爵に都市の説明を受けていると、俺達が宿泊する宿に到着した。


 南区にある高級宿だ。


「夕方までは打ち合わせだから、好きに観光しておいてくれ」


「分かりました」


 宿前でウルカ達とは別行動。夕方五時頃に宿前で合流として、俺とオラーノ侯爵は更に北を目指し始めた。


 途中で通り過ぎた巨大市場は噂通りとんでもない規模だった。市場の外まで活気が伝わってきて、ここだけ別世界のように感じられる。


 市場には入らず、メインストリートをひたすら北上していると――


「アッシュ、ちょっと待ってくれ」


「はい?」


 メインストリートの途中でオラーノ侯爵の歩みがぴたりと止まる。どうしたのか? と俺が彼を見ると、彼の顔はメインストリートを挟んで反対側にある屋台へ向けられていた。


「馴染みの店だ。寄って行こう」


 メインストリートを走る馬車の通過を待ってから、オラーノ侯爵は道の反対側に渡り始めた。


 二人揃って屋台前に立つと、鉄板でソーセージを焼いていた屋台のオヤジが「らっしゃい」と言いながら顔を上げた。


 すると、屋台のオヤジはオラーノ侯爵に気付いて破顔する。


「おお、ロイじゃないか。久しぶりだな!」


「ジェイ、元気だったか?」


 オラーノ侯爵は少年のような笑顔を見せて、屋台のオヤジと握手を交わした。


「どうだ、騎士団長は?」


「そろそろ世代交代だ」


 問いかけに答えたオラーノ侯爵は、背後にいた俺に顔を向ける。屋台のオヤジも俺に気付いて、俺は「どうも」と挨拶を交わす。


「彼は新しい十剣だ」


「ほぉー! まだ若そうなのにすげえもんだ! 若い頃の俺達とどっちが強い?」


「馬鹿言うな。勝てるわけがなかろうが」


 彼等の話から察するに屋台のオヤジは元騎士のようだ。もしかしたら、オラーノ侯爵の同期なのかな?


「彼はジェイソン。私の同期でな。今はお気楽な隠居生活を送っている」


「ははは、よろしくな!」


「それは……。大変失礼しました。自分はアッシュと申します」


 俺がジェイソン氏と握手を交わしたあと、オラーノ侯爵は「これから本部に向かう」と言って屋台のソーセージを二本購入。去り際に機会があったら飲もうと約束をして、俺に棒付きソーセージを手渡した。


 二人で肩を並べながらソーセージを頬張り、本部を目指して再び歩き出す。


「彼は私の同期でな。第三ダンジョンで互いに競い合った仲だった。怪我を負って早期退職となったが……。良い騎士だったよ」


 それこそ、オラーノ侯爵と互角に戦えるほどの実力者だったらしい。怪我を負って満足に戦えなくなった後は、実家の食堂を継いだんだとか。


 しかし、驚いたのはオラーノ侯爵と互角だったという点だ。思わず心の中で「全盛期のオラーノ侯爵とやり合えるなんて化け物かよ……」と感想を漏らしてしまった。


「ここは私にとって第二の故郷だ」


 左遷されたのが理由であるが、若い頃は第三都市で活躍したオラーノ侯爵。今になっては王都で暮らす期間の方が長くなってしまったが、引退したら昔の仲間がいる第三都市で過ごしたいと思っているようだ。


 本日、駅に迎えが来なかったのもそれが理由で、第三都市を訪れた際は自らの足で都市の様子を見て歩くと決めているらしい。


「良いですね、それ」


「お前も帝国が恋しくなるか?」


「いや、それは……。帰りたいとは思いませんが、昔の仲間に関しては心配です」


 特に家を継いだらしいウィルの存在だ。彼は元気に過ごしているだろうか?


「昔の仲間と言うと、ウルーリカ達のような同じ隊の者か?」


「はい。ミレイの話では商家である家を継いだらしいですが、貴族以外の者にとって帝国は厳しい国ですからね。自分も感情のままに国を飛び出してしまったので……。今考えれば悪い事をしたと思います」


「ふむ……」


 オラーノ侯爵は何かを考えている様子を見せて、しばし無言のままソーセージを食べていた。


「その者は強いのか?」


「ええ。強かったですし、頼りになる男でしたよ」


 身の丈と同じくらいのバトルアクスを軽々と振り回す剛力の持ち主だったからな。そりゃもう頼りにしていた。


「……今度、その者について詳しく教えてくれ」


「え? あ、はい」


 聞いてどうするつもりなのだろうか?


 答えが分からぬまま、俺達は騎士団本部に辿り着いた。

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